パタパタと誰かが廊下を駆ける音がする。
人物は分かっているから、目的地も恐らく此処だろう。
俺は盗み見るように、前の人物を確認した。
今、この部屋にいるのはコンドウ局長(俺たちでいうエルヴィン団長)にヒジカタという副長と、サイトウというその部下。
そして俺エレンと、兵長とエルドさん。
たぶん、この中で今の足音の正体が予測できていないのはコンドウ局長だけだと思われる。
あと数秒余りでそこの扉は開き、艶めくブラウンがひょこっと顔を出すだろう。
『すみませんっ、リヴァイいますか??』
ほら、やっぱり。
一気にこの場が冷たくなった。
張り詰めたような糸が気づけばぴんと辺りを囲んでいて、身動きが取れなくなる。
あまりいい気分はしないな。
部屋に入らずにいる彼女の影をじとりと一瞥したヒジカタさんが口を開く。
しかしそれを遮るようにぴしゃりと言い放ったのは兵長だった。
「後にしろサユキ。大事な話をしてる」
ヒジカタさんとは違って目を閉じたまま見向きもせずに答えた彼を、何故だか格好いいと思ってしまった。
周りに行き交う糸を物ともせずに、見えない何かが一瞬で兵長とサユキさんを繋ぐ。
『あ・・・、うん、分かった。すみません、大変失礼いたしました』
平常語はリヴァイ兵長に。
敬語は俺たちその他に。
彼女が引く線はとても分かりやすく、初対面の日の太陽が沈む前に知ってしまった。
中には傷つく人もいるらしいけど、俺はなんだか嬉しかった。
リヴァイ兵長を取り巻く雰囲気全てが、まるで入れ替わったように柔らかくなったから。
サユキさんもとても笑顔だし、二人にとっての幸せを実感してしまう。
そしてそれは、ペトラさんたちも同じようで。
「あー、本当に良かった!これでサユキも兵長も寝不足が改善されるよ!」
自分のことのように笑って喜ぶ三人方に、あのときは呆気に取られてしまった。
サユキさんが部屋を離れていくのと同時に、彼女の焦ったような声が聞こえた。
『あ、ソウジさん。大事な話だったみたいなんですけど・・・、もしかして騙しましたか・・・??』
「何さゆきちゃん、まさか飛び込んじゃったりしたの?」
『し、してませんよっ!ソウジさんが広間でお茶を飲んでるっていうから危なかったんですっ』
「だってさゆきちゃんさぁ、りばいりばい煩いんだもん」
おいおいおいおーい!!!
手榴弾投げ込まれてきたんだけど!!
あのオキタ・ソウジってやつはスゴい危険人物だぞ?!
此処に来てから何度兵長のこめかみを動かせば済むんだっ!!!
俺は慌てて兵長の顔色を窺う。
そして、口を開けてしまった。
───・・・・・・笑ってる。
───あの兵長が、笑ってる・・・・・・。
「リヴァイ、兵長・・・?」
「ヒジカタ。此処で世話になるならお前たちの手伝いをするのは当然だ。サユキたちもかなり此処に居座っちまってるからな」
「・・・それは、つまり、一時的な隊への加入を認めるってことでいいんだな」
「「え、ちょ、リヴァイ兵長!?」」
俺とエルドさんの声がきれいに揃っても、兵長はただ静かに頷くだけ。
しかも話は終わりだと勝手に切り上げるように立ち上がった。
「あとはこいつらに説明してやってくれ」
「あ?おいりばいっ!!」
ヒジカタさんの叫び虚しく、兵長は部屋を出てしまった。
目的地は言うまでもなくサユキさんの元だろう。
突然振られた役目に目を白黒させる俺とエルドさん。
『あっ、話は終わったの?リヴァイっ!』
遠くから聞こえた声だけで、サユキさんの笑顔が描けた。
幸せ冥利に尽きた影に、
(・・・何があった)
(うん?・・・何でもないよ)
(嘘つけ削ぐぞ)
(・・・怖い夢見ちゃった)