『私も嫌だから、離れないよ。何があっても、離れられない』
さゆきの台詞だとは、やはり思えなかった。
只一つの理由は、言わなくても分かるだろーが、砕けた言葉遣いだ。
敬語なんてもんにこれほど不快感を覚えたのは初めてだったな。
人を敬うその気持ちに善も悪もありゃしねぇし、それがさゆきの個性だ美点だと解釈してた俺───いや、俺たちには、今となっては邪魔物でしかねぇ。
俺はどっかで知ってたさ。
お前がそんな風に笑えることも、そんな風に喋ることも、りばいに殆どを託していることもな。
風邪を引いて苦し紛れにぼやかれた名前を、俺は忘れられなかった。
これから先もきっと、無理だろうが・・・。
弱みと強みは表裏一体。
てめぇの惚れた女のそれが、ただ男だっただけじゃねぇか。
いつまで縛り付けられてんだよ糞ったれが・・・っ!
『リヴァイなら、井戸にいますよ』
『リヴァイは濃い目のお茶が好きみたいです』
『リヴァイを知りませんか?』
『待ってリヴァイ!』
俺の耳はいかれてやがる。
さゆきの話しかけた先が、近藤さんであれ、千鶴であれ。
てめぇじゃねぇっつーのに、嫌でも拾ってくんだよ。
其にしたって餓鬼が虫捕まえてきたのをそのまま叩き落とせるんなら良いのに、俺はさゆきの意思云々を汲み取る前に奴の声に酔っちまう。
・・・───ほらまただ。
『ヒジカタ様、リヴァイとちょっと外に出てきますね』
適当に理由をこじつけて抑止してぇ話も俺は聞き取れねぇで、久方ぶりに聞いたお前が呼ぶ俺の名前ばかりに気をとられちまった。
なぁさゆき、覚えてくれてるか?
お前の盾になるなんて吐かした俺の青くせぇ心を。
結局、使われもしなかったか。
まぁ、それでもいいさ。
・・・・・・仕事の息抜きが出来たな。
「帰る方法を、考えてみた」
リヴァイの言葉に、その隣にいたサユキが静かに目を閉じる。
エレンが二人を横目で見ながら、「えっ」と声を出した。
どうやら、彼を含めるサユキを除いた全員には伝えられていないものだったようで。
「どういうことですか、兵長」
困惑と期待が混濁した瞳を渦中の人物に向ける。
『・・・私は、巨人にワイヤーを掴まれて振り回された時に此方に来ました。そうでなかったら、私はきっと地面に打ち付けられて、そして巨人に捕食されて、死んでいたと、思います』
突然話始めたサユキの声は途中から震えていた。
そんな彼女の手が、隣のリヴァイの服の裾を軽く摘まむ。
リヴァイはサユキと一度目を合わせてから自分も再度口を開く。
「俺はエレンと任務の途中、しくじって巨人に襲われかけた。あのままだったらお陀仏だっただろーが、俺たちは此処へ飛ばされた。そーだよな、エレン」
「あ、はい!」
「で、聞けば、ペトラたちも死にそうになって気づいたら此処にいた、だったよな」
「「「はい」」」
ため息をつくリヴァイをサユキが覗く。
不安げな彼女は、囁くような声でリヴァイに問うた。
『リヴァイ、やっぱり───』
「とりあえず俺たちが考えられる方法はこれしか無いだろ」
『でも・・・っ、』
今にも泣きそうなサユキの頭をリヴァイが一撫ですると、サユキの顔がぐっと引き締まった。
それはリヴァイも同じで、二人の視線は土方に注がれる。
腕組をしたまま、土方は眼光をさらに細く強くした。
場の空気が一層冷えていき、千鶴は身を縮めて見守った。
「ヒジカタ、頼みがある」
「・・・俺に、か?」
「実質隊の人間を動かしてんのはてめぇだからな。・・・お前に頼む」
「言ってみろ」
その言葉に、リヴァイの手がサユキの頭を自身の肩に引き寄せる。
場の冷たさは一変、絶対零度の音域に急激に下がった。
この場にいる者たちが得物を持っていなくて良かったと、千鶴とペトラ、エルド、オルオは心からそう思う。
しかし、次にリヴァイから放たれた言葉はそんな状況などどうってこと無いものに変えてしまうものだった。
「次の死番、俺とサユキに回せ」
じわりと迫る刻限、
『死ぬ瞬間が、私たちが帰れる瞬間なのだと、二人で考えたんです』
「俺たちは、帰ってやんなきゃなんねぇことがあるんだ」
『どうか、許可をお願い致します。・・・ヒジカタ様・・・』
(俺に、人殺しをさせる気か。)
(一瞬脳裏に過ったそんな言い訳が、酷く腹立たしかった)