ふんわりと花の匂いが嗅ぐわす日です。
と言っても、季節が春真っ只中というわけではなく、花壇の前にしゃがむ私の周りだけ平和な平和な時間が流れています。
ジョウロが無いこの地で、壊れた桶を持て余していたイノウエ様から其れを譲り受け。
剣で底面に丸を幾つも開けて作ったお手製のジョウロは、今じゃ立派な花たちの命綱です。
あの時、「器用だねぇ」と言って眺めてくれていたイノウエ様に頼まれた炊事や裁縫その他諸々のお仕事も、暇で仕方がなかった私にとっても、大切な生活の一部になっています。
花を見下ろしていると、巡察という任務から帰ってこられたハラダ様が私に手を振って下さりました。
隣にはサイトウ様もいらっしゃっいます。
慌てて腰をあげ、その場でお辞儀をすると、サイトウ様と近づいてきたハラダ様が花を褒めます。
「源さんから聞いたんだがよ、この花壇、お前が世話してんだろ?綺麗に育ってんなぁ」
『そうですか?ありがとうございます。そう言ってくださると、もっともっと頑張りたくなりますから』
「ったく、さゆきといい千鶴といい・・・・・・、いい嫁さんになるな」
『あはは・・・、』
頭を撫でてくださるハラダ様がそんなことを言うもんですから、自然とリヴァイの顔が浮かびました。
そもそも、調査兵団の私がお嫁なんてステキな職業につくのは夢のまた夢で。
思い描いたこともない想像は儚く、一瞬の煌めきを目に焼き付けて消え去ってしまいました。
「あんたは、・・・確か、掃除もよくしてくれているな。」
寡黙なサイトウ様は、人をよく見ていらっしゃいます。
千鶴ちゃんは廊下や門の前など、皆様が良く使う場所をしておられるので、私は文字通り人目につかない場所の掃除をやっている方です。
それはどちらかと言えば陰がかかっていて、私自身もヒジカタ様にしかお伝えしていませんのに・・・。
ちゃんと彼は、知ってくれているのです。
『掃除が、好きなんです』
「・・・あまり聞かない嗜好だな。」
『確かにそうかもしれませんね。私もリヴァイがそんなに汚れを気にしない人柄だったらここまで念入りにはしないかもしれなかったですし』
良く言えば綺麗好き。
悪く言えば潔癖症。
そんな彼が小さいときから傍にいた為か、掃除をちゃんとやろうって思い始めた年齢は定かではありません。
でも、二人して雑巾片手に握ってたり、リヴァイが重いものを持ち上げてその下を私が拭いたりと、息のあった連携プレーを気づけば繰り広げていたりしました。
兵士の方々の中でも、「おまえたちは本当に掃除好きだよな」とか、「あの二人の通った後には埃一つ無い」なんて尾ひれのついた話まで飛び交ったりしていて。
今改めて反芻してみましたが、巨人や死にどこか支配されていた日常の中にも、ちゃんと幸せや平和や、落ち着いて笑える時があったんです。
苦笑というには余りにも苦さの足りない笑みで、表情を埋めます。
『お陰で掃除後の埃の確認とか、しつこいって言われちゃうんです。全部リヴァイのせいなんですけどね』
そう言うと、急に場が静かになった気がします。
顔を上げると、少しだけ真剣味を帯びた四つの眼が私を捉えていました。
「なぁ、さゆき」
『はい』
「お前にとってさ、そのりばいってやつは・・・どんな存在なんだ?」
その意味を、決意を、全てを。
『そうですね・・・。きっと彼が死にそうなら私が身代わりになるでしょうし、それでも彼がこの世から消えてしまうのなら・・・・・・私は生きていく自信がないですね、不甲斐なくも』
(だから何時だって何度だって願うのです。・・・・・・貴方に会えることを・・・)
(どうやら敵わねぇみたいだな、斎藤)
(・・・何の話だ。)
(ま、かと言って俺は譲る気ねぇけど)
(・・・・・・・・・・・・・・・・挑むところだ。)