二手に別れることに異を唱えたのは、不甲斐なくも、土方以外の幹部ほぼ全員と等しい。
斎藤だけは口を閉じたままうんともすんとも言わなかった。
沖田は途端に不機嫌になり、リヴァイがいても気にせずにサユキの傍を離れなかった。
「今しなきゃなんねぇのは、一刻も早く奴等を見つけることだろうが」
「だから、僕をさゆきちゃんと一緒の班にしてくれるならそれで構いませんって」
「おいおい、お前の意見ばっか優先にはできねえよ」
「左之さんの言う通りだろ!俺もさゆきとりばいと同じ班がいい!」
どんどんと眉間の渓谷を深く深く掘り下げていく土方に、サユキは困惑顔を浮かべるしかない。
ここで何ができるわけでもないので黙ってはいるものの、この状況を回避したいとは思うわけで。
ちらとリヴァイを見上げれば、他人事の顔をしっかり決め込んでいた。
恐らく、自分の名前がサユキのついでであり、同時に彼女への下心を隠しているものでしかないことを察しているのだろう。
沖田は心中で土方を強く批判した、というよりは、理解出来なかった。
二手に別れた場合、土方は迷わずサユキとは別の班に着き、仕事のためだけに奔走するのであろう。
沖田の洞察力は鋭く、それは自他共に認められる。
もちろん、己の感情がそれを作用してしまうこともあるが・・・、土方歳三という沖田の格好の遊び相手に対して発揮される観察眼は感情に揺らされるからこそ明るくなる。
そんな彼の見たところによれば、土方もサユキに向けて好意を持っていたはずだ。
此処で別れてしまえば、サユキを見送ることがまず難しくなるのをあの藤堂でさえ考えている。
だから誰も彼女たちと道を違わないようにしたい。
しかし土方は、サユキとは別の班に自ら進んでつくのだろう。
心配しない気持ちが無いとして、何故それを抑えられるのか。
甚だ疑問だった。
そういう部分も含めて、やはり土方は気にくわない。
口を尖らせた沖田は、困り顔を隠せないまま辺りに気を配るサユキを見た。
彼女は一度羅刹に出会っている。
普段斬りつける対象が巨人という彼女にとって、恐らく初めて人間を手にかけたのだろう。
『あの、お怪我はありませんか?』
震える手を隠すように前に組んだサユキの声は、酷く頼りなかった。
返り血の似合わない顔に、困惑の色が月明かりに照らされていた。
鮮明なこの静止画を頭で思い描いて、沖田は手遅れだと己を嗤う。
蒼白い光を背から浴びて影が浮き彫りを濃くする、血濡れたサユキの儚く柔な表情が、綺麗だと思えてしまうのだ。
狂気染みた感情に、いよいよ沖田は項垂れた。
「・・・ねえ、さゆきちゃん」
『はい』
「・・・ありがとう」
『え?』
リヴァイの存在を無視した、“あの日のやり直し”が始まる。
目をぱちくりさせるサユキに沖田は困ったように笑って、それでも尚言葉を紡いだ。
「助けてくれてありがとう。・・・・・・言い忘れてごめんね」
サユキはさっぱり理解できなかった。
沖田を助けた記憶が直ぐに思い当たらない。
「怪我はないよ。君のおかげさまで、僕はあの日、血も浴びなかった」
『・・・オキタ、様、』
漸く彼の時間に追い付けば、サユキの鼻奥がツンとした。
ひたりひたりと嫌な音を経てながら、近づいてきているのを今更ながら感じる。
『お怪我が無くて、良かったです』
ふわりと笑うサユキに、沖田も同じような笑みを返す。
すると今度は、眉を若干下げて、上目遣いで沖田を覗き混んだ。
洋風の衣装には似合わない浅葱色の羽織が、沖田の視界ではためく。
『あのとき、私がお守りしたのがオキタ様で、良かったです』
嬉しそうに、寂しそうに。
サユキがそんな笑みを浮かべるから、沖田は首を傾げた。
自分を好いてくれたような言い方は彼の心を叩くけれど、すんなりと喜びに変えられるものではない。
「それ、どういう意味?」
「ひっじかったさーん」
「あ?」
「やっぱり僕、さゆきちゃんと一緒じゃなくてもいいです」
「・・・そうか」
ああ、やっぱ気にくわないなぁ。
一瞬の間を置いて、素直に頷くあたり、さっきの僕とさゆきちゃんの会話を聞いてたんだろうね。
盗み聞きとか趣味悪いなぁ、・・・本当に。
一くんと左之さんとも同罪だけど。
逆に、お馬鹿な平助と新八さんは、どうしてどうしてと理由を教えるようせがんでくるから面倒くさい。
そうなると、土方さんたちの方がましか。
「・・・班を分ける。よく聞けよお前ら」
ぴしりと固まった空気でも、僕の行く先は決まってる。
土方さんは僕をさゆきちゃんと一緒に行動させたくない。
何故って、簡単だよ。
僕が、さゆきちゃんを守ってしまうから。
羅刹に攻撃されるその間に滑り込んで、せっかくの機会を壊してしまうから。
だから班を二つに分けるんだ。
まあ、羅刹を早く見つけるってのも一因には限りないけどね。
平助や新八さんも同類だろうから、残念だけど君たちも僕と土方さんと同じ班だよ。
って、何その顔。
そんな嫌な顔しないでよ、
「僕だって土方さんと一緒なのは真っ平ごめんなんだからさ」
「ああ??」
「あ、すいません。口に出てました?」
「総司てめぇ・・・!!」なんていう怒声は一旦此方に置いといて。
僕はさゆきちゃんに向き直る。
それにしても、いつ気づいたのかなー、さゆきちゃんは。
出来るだけ彼女の前ではしないようにしてたのにさ。
りばいくんが来るまでに分かってたら、優しすぎる彼女はもしかしたら情をかけてくれたかもしれない。
でも今、さゆきちゃんの隣に寄り添うのは僕じゃない。
だから、時期的にはりばいくんが来たあとだろう。
彼がいて、心に余裕が出来た証がこの暴露だなんて、ちょっと酷いと思わない?
僕の挨拶を、顔を引き締めて待つさゆきちゃん。
・・・・・・あーあ、結構本気だったのになあ。
「ここで、ばいばいだね」
『・・・はい』
しゅんと、瞳の色が暗くなった。
伏せられた睫毛が、さゆきちゃんの白い白い肌に影を落とす。
ただでさえ月明かりで逆光なんだから、そんなに影作られちゃよく顔が見えないんだけど。
「さっきのお話さ、・・・あれ、君もだよ?」
『えっ』
「君も生きてよ、絶対に」
笑うよ、僕は。
君が笑ってくれたから。
「それ、どういう意味?」
『こんな言い方しかできなくて、本当に失礼かとは思うのですが・・・・・・、生きて、下さい』
約束は守る主義なんだ。
僕は破らないよ。
だからさ、さゆきちゃん。
「僕が気に入ったさゆきちゃんを、大事にしてね?」
小指が塞がったときは。
『私がお守りしたその御命。大事になさってくださいね?』
(ほら、これが君の約束の誓い方でしょ?)
(ねぇ、笑ってよ)