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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -



#16

勝手場の外の壁に背を預けて、さゆきと原田の会話を聞いていた。

原田が思いがけぬ告白をしたときは、流石に俺の神経を逆撫でした。
だが、ここで覗き込む勇気も、況してや入り込む度胸も無い。
加えて、さゆきの答えを知りたかったんだ。
そんなの分かりきってるというのに・・・。

さゆきは原田と俺の予想を裏切った。
いや、たぶんあれは現状理解が儘ならなかったんだろう。

理性をぎりぎり保ち続けた原田を、俺は誉める。
同じ状況下で、同じようにあのまま唇も奪わずにさゆきから離れられる自信は無い。




俺の存在に気づいていた原田は、勝手場を出て俺の前に立つや否や、苦笑いしていた。

「やっちまったぜ、土方さん」

「・・・・・・」

「あれ、お咎め無しか?」

「ぅるせぇ。てめぇのあの気持ちを無下にするほど、俺は腐ってねえんだよ」

「・・・そうか」

さゆきには聞こえぬよう、小声でした会話はそこで幕を閉じた。
原田は「一発殴ってもらうつもりだったんだけどなぁ」と笑いながら屋敷内に姿を消す。


俺はもう一度、さゆきに意識を向けた。
その瞬間、ぱちんっと軽快な音が小さく鼓膜を突付く。
何事かと思わず覗けば、俺に背中を向ける形でさゆきは頬を両手て押さえていた。

『・・・ちゃんと、向き合うよ、リヴァイ』

また、だ。
またあいつは、堅苦しさを持たぬ砕けた口調で奴の名を呼んだ。

だらりと下げていた手がいつの間にか拳を握り、何とも言えない感情をそこの力に捩じ込んでみる。
しかし、心が洗われる分けがない。

痛みすら感じず、止めれば良いものを俺はまたもやさゆきの独り言に耳を傾けた。



『・・・強くなるから』

ずしりと確かな重みを持って、言葉は俺の中へ落ちる。


さゆきがりばいだけを特別扱いするのは、ただ単に幼なじみだからじゃ無いだろう。
たぶん、りばい以外の俺たちを完全には信用出来ていないからだ。
りばいが過保護過ぎた点も上げるとすれば、さゆきがそこに甘えすぎた点も指摘しなければならねえ。

りばいだけに、さゆきの壁作りの怒りを押し付けるのはお門違いな気がしてきた。
そうしちまえば楽なんだろうが、気づいたことに背を向けるほど俺は器用な奴じゃねえ。

さゆきがりばいと離れたこの機会を、むざむざ逃すわけもない。
原田や雪村の優しさに触れたり、源さんや斎藤の誉め言葉を一身に浴びたり、そう言ったものをりばいの濾過装置無しで直に受け取った。
とすれば、他人の心に直に触れたことになる。



出入り口へ視線を預けたさゆきは、俺を見ると驚いた。
しかし疑うような素振りは全くせずに、微笑んで首を傾げる。

『あれ、ヒジカタ様・・・。お茶ですか?』



さゆき自身ももう、壁を壊す決心はついたはずだ。
けれどまだ、免疫は足りていない。
総司の冗談や悪巧み、原田の唐突な想いに対応出来る術をきっと持っていない。

ならば、俺は濾過装置とまでは行かないにしても、その術を身に付ける手助けをしてやりてぇ。
いや、そんな上っ面の言葉じゃ駄目か。

『それでしたら私がお持ちいた────「・・・守ってやるよ」

『え、何を、ですか?』

きょとんとするさゆきの腕を引き込み、真上から覗く。
茶色の髪から覗く、長い睫毛が作る影がさゆきの肌の白さを一層引き立たせている。
この女の泣き顔など、もう見たくねぇ。

たぶん、りばいが今まで守ってきたものと俺が守ろうとしているものにそんな大差はねぇはずだ。

「その間、お前を守ってやる」

お前が強くなるまで、心が死んじまうような痛みから守ってやるよ。
だから、頼む。
その間だけ、俺に“りばい”をさせてくれ。





仮初めの舞台で一時の幸せを





『・・・ありがとうございます』

(意味も分かってねえくせして、笑顔でお礼を言うさゆき)
(俺も大概溺れてやがる)





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