追いかける気は、無かった。
彼女を傷つけていることは火を見るよりも明らかで、だからと言って後悔などしたくなかった。
今までの人生で、沖田総司が後悔をしたことなど殆ど無い。
強いて言えば、土方を近藤に近づけ過ぎたことくらいだろうが、彼は昔から格好の遊び相手でもある。
失えば失うで、詰まらない幼少期のような日常を淡々と生きるだけだろう。
そしてきっとこの先も、後悔はしない。
そんな人生を送るつもりだ。
だから、気分屋と揶揄される沖田はサユキを追いかけず、ぷつりと障子から消える二つの影を見送った。
連れ去った犯人───と称するのは間違っているかもしれないが───の見当もついていたし、心のどこかで、自分は彼女を確実に幸せにできる感覚も掴めずにいた。
沖田としては、これほどまでに執着するつもりじゃ無かった。
近藤の剣として生きる決意には、サユキは邪魔な存在。
けれど、やっぱり足蹴には出来ないほどの存在だった。
胸の奥が疼く度に、なんとも言えない感情がキリキリとそこを縛り付ける。
この感覚すら、不快だった。
彼女を知らない日々に戻りたいと何度も願った。
憤らされているのに、どうして嫌いになれないんだろうと悩んだ。
「そうじゃないなんて言うなら、入れてよ、僕を」
ついに自分の気持ちだけではどうにもできないことを悟った沖田は、とうとう彼女を利用していた。
それでも、特別になりたい気持ちは健在で、あわよくば本当に受け入れてもらう魂胆もあった。
サユキにとことん嫌われればくだらない恋情も消えるだろうし、好かれれば願ったり叶ったりである。
戸惑う彼女に鈍感さが目に見えて、口許が歪みそうになったときには必死に堪えた。
てっきり拒否するかと思った矢先の承諾は、案外簡単に入り込めるものなんだと隠すのも止めて嗤った。
だが、サユキはやはり受け入れられなかった。
真っ青な顔に、沖田は自分の浅はかさを呪った。
サユキの優しさ且つ愚案に一時でも浮かれた己を恥ずかしく思った。
暗闇に一人のこの空間で、沖田は賭けに勝ったのか負けたのか考えたが、正解にたどり着く前に愚問だと振り払った。
「くそ・・・っ、」
──どうして負の感情しか産まれないんだ。
飲み込んだ言葉は、拳となって畳に落ちる。
「僕は、近藤さんの為に生きる筈なのにっ、・・・ぅして・・・!」
──どうして、こんなにも融通の利かない自分なんだろう。
破戒の寸止めまで引き摺っても、
(欲しくてたまらないんだよ)
(まだ、完全に人のものでない君が)