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我ながら、自分のメンタルは果てしなく強いと思う。
嫌いなものはたくさんあるし、それを受容するほど出来た子ではない。
世渡り上手とも言われるけど、その時はその時。
都合が良ければ少しの間くらい仮面はつけておけるってだけで。
『総司!もっと走ってよこのアホ!』
「昨日も一昨日もこの時間だったじゃん。いつもギリギリでセーフなんだから平気だよなまえ」
『今日は水曜日だよ!?』
「………あぁ、そうだったね」
『斎藤くんからの信頼がかかってる!!!!』
長年連れ添ってきて密かに独占欲を与え続けてきた幼なじみのなまえが、僕以外の誰かにこんなにも惚れ込んで心酔してる姿を隣で眺めるって、なんて残酷なんだろうか。
というか、なまえのはじめくん愛はもはや愛と言うよりは宗教のそれに近いもので。
色素の薄い焦げ茶の中に僕の翡翠を入れ込みながら「そんなのは恋とは言わないよ」と諭せばどうにか取り戻せるのかもしれないけれど。
『おはようございます斎藤くんっ、間に合いましたかっ…!?』
「あぁ、三十秒前のためギリギリ許容範囲だ。おはようみょうじに総司。」
『っ、はい!!おはようございますっ斎藤くん!!』
「さっきも挨拶はされたが…?」
朝からキラキラと目を輝かして頬を紅潮させて、そんなに幸せそうな顔をされたら流石の僕も口を噤むよバカなまえ。
『え、あ、いいんです!気にしないでください!あの、いつもお疲れ様です!』
「…あぁ、ありがとう」
『──────っ!!!』
ああ、やめてよ。
そんな感極まった顔向けられても、その涙拭うことなんて僕には出来ないんだから手のやり場に困るじゃないか。
とりあえず、感動で動けないなまえの手を仕方なく引いて校門を潜り校舎に向かう。
すれ違いざまに向けられたやるせないはじめくんの顔に、飲み込んだはずのため息が競り上がってきて堪らず吐き出した。
ほんっと朝から鬱陶しいなぁもう。
「大体さあ、」
昼休み。
部活の部長会で席をはずしているはじめくんの話をここぞとばかり聞かせてくるなまえに水を注す。
「君たち付き合ってるんでしょう?」
『なっ、だ、で、ぅえ、総司!!!!』
なんなのほんと、その反応。
「いつまでそんなめんどくさい返しをするつもり?いい加減飽きたんだけど」
数ヶ月前にくっついた二人の話を現状報告とかみたいに言われても正直のろけにしか聞こえなくてムカつく。
なまえはあたふたと慌てていたけれど、途端に静かになって僕を覗き込んだ。
『総司…、何か怒ってる?』
「………はあ」
幼なじみはこれだから憎い。
理由までは分からないにしても、相手の感情ベクトルが今喜怒哀楽のどの方角に向いているか分かってしまうんだ。
素直ななまえは心配そうに僕を見つめている。
違う。
こんな顔をさせたいわけじゃない。
僕が見たいのはもっと、花咲くような春に似合う笑顔で。
「別に。廊下歩いてる土方先生がちょっと視界に入っただけだよ」
『………』
「(はあ、嘘も通じないんだよね。面倒くさい)……どちらにせよ、なまえに対してじゃないし、そもそも内容も大したことじゃないからさ」
『………そっか!』
不機嫌な理由を君に教えたくないと言うことが伝わったようで、なまえは初春に似合う控えめな笑顔で場を流した。
こういうことを見る度に、なまえが僕のもので無くなってしまったことが無性に悔しくなる。
けれど決して恋ではないこの感情は、彼女をある程度のとこまでにしか幸せにはできない。
幸せにするというよりかは、不幸でなくすると言った方が良いのかな。
だってそもそも、
『あ、斎藤くん戻ってきた!!』
僕のときとはじめくんに向ける心持ち自体が別次元でしょ。
手を振って彼を此方に呼ぶなまえ。
はじめくんもなまえを見つけて、そして振られる手に微笑しながら寄ってくる。
二人とも同じ顔しちゃってさ。
あーあーやんなちゃうな青春。
皮肉にも僕が見たい笑顔ははじめくんの隣にあるんだもん。
『さ、斎藤くんっ、』
すこし緊張が張った声で、なまえが傍に立つはじめくんを見上げる。
名前ではじめくんを呼べなかったり敬語を使ったり変なとこ恥じらうくせに、ちゃっかり彼のブレザーの裾をキュッと握っている辺り僕の幼なじみはコワイ。
しかも自覚なしでしょあれ。
なんなの、はじめくんもちらちらちらちらちらちらなまえの手気にしてるし。
てかこの二人どこまで行ったんだろ。
恐らくキスはないな。
はじめくんもあれでヘタレだし。
手を繋いだことがあるのかどうかが問題だろう。
『初詣に、一緒に、行きたいの、です…っ』
数日後に迫っている冬休みは二人にとって初めての長期休暇なわけで。
これを逃したら受験勉強始まって大変だよはじめくん。
暇な今のうちにやるとこまでやっとかないと。
『総司と三人で!!』
「……………。」 「は?」
ちょっと待って何言ってんのこの子。
馬鹿なのアホなの舐めてんの?
僕の声が聞こえた瞬間、ぐわっと間にある身を乗り出してなまえの顔が近づく。
ちょっと僕のフルーツ牛乳危険に曝すのやめて欲しいんだけど。
てか彼氏くんまた複雑な顔をしてますけど。
なんかもう、僕が謝るよはじめくん。
なまえがこんなんでごめん、甘やかして育てすぎたみたい。
「ちょっと何僕を巻き込んでんの。嫌だよ正月早々あんな寒くて人混み混みしてるとこに行くの」
『だ、だって総司!斎藤くんと二人きりとか無理!』
後ろのはじめくんを今すぐ見てあげてなまえ。
暗闇背負っちゃってるよ。
『緊張とか緊張とか緊張とかで死ぬ!!』
「緊張しか存在してないし。とにかく面倒だから却下。二人で行ってきなよ。初デートが初詣なんて目出度いんじゃない」
『薄情者!!』
薄情者はどっちだよ。
彼氏くんと僕の情をもっと考えて行動しないとダメだってば。
「なまえ、「みょうじ、」
諌めようとした僕の言葉を遮って、はじめくんが彼女を呼んだ。
いつの間にやら教室がしんとなっていて、耳を大きくして僕らにご執心なのは面白いから黙っておこうと思う。
いい加減クラスのみんなもこの二人の焦れったさにイライラしているところだと思うし、ね。
「その、俺は、」
(((頑張れ斎藤!!!)))
なんてクラスの叫びが聞こえる。
いやー、愛されてるね君たち。
「俺の願いも、聞いてもらえるか…?」
『も、もちろんですとも!!』
「俺は、その、あんたと、二人で、行きたい…」
(((言ったーーー!!!!)))
『え、っと…』
チラ、と僕に助けを求めるなまえ。
しょうがないなぁ。
「なまえ、正月ってことは一月一日でしょ。何の日か分かってんの」
『…あ!』
「そこは二人で祝いなよ。僕は別口でやるからさ。いや、むしろはじめくん、これ僕からの誕生日プレゼントね。はい、なまえと二人で初詣誕生日デートー」
『「なっ、」』
「「「「ひゅーーーー!!!羨ましいぞ斎藤ーー!!!」」」」
「「「「いいななまえ!!!」」」」
『え、ちょ、』 「お前たち…っ」
ナイス外野。
これで二人も断れないね。
僕の恋愛観察
(さ、正月の僕の予定も決まったかな)
(カメラと録音機器買いにいかなきゃ)