はいっ!と元気良く片手を挙げたさつきが、にこにこと可愛らしい笑みを濃くして第一声を出す。
「飲み物も全員揃ったところで、コイバナに花を咲かせていこうと思います!」
テンションを高める私と玲央だけど、その目の前には既に死んだような顔で冷笑を口に浮かべる人がいる。言わずもがな、この会の主旋律を担う唯一のリア充白幡凪沙。自分の役目をしっかりと理解しているからこその反応なのだろうけど、残念ながらそんな顔されたって私たちは手加減しないわよ。
「ちょっと凪沙先輩! 盛り上がってますかー?」
『………………。』
「ムーバで女子会したいって前にあなたが言ったからこの少しお高いお店をこうやって選んだんじゃない」
『いやお前女子会に参加できない勲章が股に、「お下品!!!」ッッたぁあ!!!』
机の下で玲央が長い足を軽く振り上げる。『ベンケェェエ……!』と悶絶する凪沙にフン、と鼻を鳴らして眉を寄せた。
確かに玲央は生物学上女子ではないけれど、身嗜みや中身は明らかに凪沙の上をいく存在。だからこうしてもう四度目になる女子会の席を埋めてるのよね。
まあこの会は実際、虹村くんを使って凪沙を弄り倒すってのが主流だから本人が嫌がるのも無理はないけど。訊かなきゃ何も教えてくれないから悪いのよ。
「そう言えば、あなた卒業したら向こうに行くの?」
『は?』
「アメリカよアメリカ! あっちは院まで入って博士号取るのが基本でしょう? そうなると虹村ちゃんあと数年は向こうにいることになるじゃない。……あらやだ、式のためにパスポート更新しなくちゃ」
『オイ待てこら。そもそもけ、結婚するって決まった訳じゃないし……!』
「でもでも!それ前提に付き合ってるんですよね?」
玲央のそう違わないであろう予想と、さつきの念押しが凪沙をグサグサ串刺しにしていく。
そうよね、少なくとも虹村くんはそう思っているんだろうし、あの告白を受け入れた時点で凪沙も同義。この子たちが他の誰かを隣におくのなんて想像できないわ。
『と、ともかく!! 修は卒業したら日本に帰ってくるって言ってたよ! 向こうは確かに院まで行くのが王道だけど、こっちはネームバリューで就職できるから。ネイティブの帰国子女ならそんなに引きは悪くないだろ、って』
「まあ日本は上辺だけだものね。最近はそうでもないみたいだけど、修士どうこうより大学名が良い装飾品になるのは事実よね」
「凪沙先輩たちが日本にいるのは嬉しいですけど、ハワイとかで挙式するのかなって期待してたからちょっと残念かも……」
『だからっ……!!』
凪沙の声も何のその。勝手に妄想を進める私たちはふとさつきが思い出した内容に進路を変えた。それは彼女がガラス窓の外に帝光の制服を来た女子学生を見つけたのがきっかけだったようで。
「そういえば、中学のとき凪沙先輩と虹村先輩をくっつかせようとバスケ部一丸で仕組んだこともありましたね 」
『は!? 何それ!!』
「先輩気づいてなかったんですか?」
『…………。思い当たる節すらないんだけど……』
「凪沙の場合鈍感とかじゃなくてそもそも興味がないから気づかなかったんでしょ 」
「結局他人事で片付ける質悪いタイプってことね、虹村ちゃん可哀想」
『お前ら今日は私をただただ傷つけに来たのか?』
怒りを露にする凪沙を他所に、玲央と私はさつきにその続きを促す。
さっき私と玲央が言った見解はおおよそ当たりで、玲央の言葉通り虹村くんの苦労はきっと計り知れないものなんでしょう。学内で時々凪沙たちと一緒にいるのを見かける、この子と同学科の田辺くん。彼の態度は周りの人間に同情を誘うほど明白なのに凪沙はまったく気づく様子無くスルーしているんだから、虹村くんの場合でも間違いないわね。
さつきの話は七年ほど前に遡るものだった。……中学二年生ってそんなに昔だったかしら……。なんでも、きっかけは凪沙ではなく虹村くんが告白されたことのようで。彼は凪沙への気持ちは言わずバスケを理由に断ろうとしたそうなんだけど、
「その人が、“虹村先輩は私のこと全然知らないでしょうから、フラれるなら私のこと知ってからフッて欲しいんです!”って言ったんですって」
『あぁー、そういえばそんなこと言われてたやつあったかも』
「あんた見てたの!?」
『知ってるってことは見てたんだろーねー。アイツ告られたことはあんま言ってこなかったし……』
ふーん、玲央と私は視線だけ隣合わせて頷く。
告白されたことを伝えて凪沙に焦りを感じさせようとか、そんな風に思った私たちとは違うらしい。虹村くんはバカみたいに真面目そうだからソレを使って凪沙をどうにかしようとは考えなくて、……まあ、良い男なんだろう。少なくとも花宮真よりは何億倍も、ね。
「そう、たまたまその現場を見ていたらしい凪沙先輩がその日の部活で言っちゃったんですよ。“明日から帰る時間ずらしてみよっか?”って」
「「うっわぁーーー」」
『えぇ……何その反応……』
「だって、……その頃からあんたを好きだった虹村ちゃんの気持ち考えたら、……可哀想……」
『ぅぐ……、』
「もうそのときの虹村先輩といったら……」
「…………ンで、そういう話になんだよ」
『え、いや、それはそのー……』
「! まさかオメー、昼休みのやつ聞いてたな?」
『ぅ、たっまたま!! マジで盗み聞きするつもりはないってか、ぐっちーも共犯だよ!!』
「ばっか白幡何巻き込んでくれてんだよ!! 」
『馬鹿はそっちだろむしろ“俺も聞いてたぜ”って進言ぐらいしてこいやヘタレ!!』
「―――おい」
『っ、いや、だから! ごめん!! 罪滅ぼしとかそんなつもりじゃないけど、あの子と一緒にいる時間作るの協力するからさ!』
「―――いらねぇ」
『え、』
「オメーと帰る時間潰してまで作るなんざ御免だっつってんだよ」
「ちょっと!!!! それもう七割ぐらい言ってんじゃない!!」
「ですよね! ついに告ったー!って全員思いましたもん! でも甘いんですよ、凪沙先輩には」
『何で?』
「な、んでって、……っるせーな、なんでもいいだろ!」
『は、え、なに? 逆ギレ?』
「チッ、オルァ休憩終わりだオメーら!!」
「「あーあ……」」
私と玲央の視線が凪沙に刺さる。
『…………は、ハハ。それってそういう意味だったんだー……』
他人から聞かされてみると自身の鈍感さに気づいたのか。気まずそうに、…それでいて気恥ずかしそうに視線を窓へ逃がす凪沙。ほんっと、虹村くん苦労したと思うわ……。
「それで見てる此方が居たたまれなくなってきちゃって。もういっそ私たちも協力してしまおう! ってなったんですよ」
虹村くんの凪沙への気持ちなんてだだ漏れで、本人もそれはわざとだったらしい。鈍感凪沙には周りの空気に染み込ませて呼吸させて全身の血管に乗せてでもしないと伝わらないのを知っていたようだし、だからといって早計に告白してこの子との関係が崩れるのも嫌だったのかもしれない。
特に、男子とやたら気が合う彼女の隙につけこんで近づく野郎共に向けた殺人レベル視線は男避けにも絶大な効果だったよう。さつきは言う、「知らなかったのはたぶん学内で凪沙先輩一人だったと思いますよ」と。
それだけでなく大抵余計な女避けにもなって、告白を断りまくる虹村くんの気も知らずちょいちょい“彼女にすれば良いのに”とか“そんなんじゃ一生残念な感じだよ”とか言ってたらしい凪沙の減らず口を閉じる効果もあったみたい。
「あんたって本当最低ね」
『私が悪いのコレ!?』
これぞ無知の恥。
「で? 具体的には何したの? 征ちゃんとかも勿論協力したんでしょ?」
「はい! ノリノリでした!」
「そんな征ちゃん見たかった!!!!」
ドンッと男の力でテーブルを叩く玲央を宥めて、作戦の内容を窺う。それは別に特別妙案と言うわけではなかったけれど、それなりに効果がありそうに思えた。
「へぇ……、ジンクス」
「はい! 帝光中に近い一番大きな神社で毎年夏祭りがあるんですけど、そこで偽ジンクスを作って凪沙先輩に自覚させようって!」
名付けて【“私の運命の相手が修? んなわけ……いやでも待って、なんか光って見えるんだけど……! これってもしかして……!?” 計画】は、一番信憑性のある赤司くんによって広まったジンクスだったらしい。
夏祭りにみんなで行こうという話を部活の休憩時にさつきが持ち掛けて、かーらーの赤司くんの言。
「確かその神社は古くから言い伝えもあるんだ。なんでも、祭事中に賽銭を投げてお参りをすると祭りを観に降りてきていた土地神が運命の相手を引き寄せてくれるらしい」
「運命の相手っスか!?」
「あぁ。境内で自分を助けてくれる人物がその相手になると言われていてね。俺の母はそこで父に出逢ったらしく、小さな頃に勧められたのを覚えているよ」
「征ちゃん良い子……!! こんなバカの為にそんな家族を巻き込んだ良い話をしてあげるなんて……!!」
『オイこら』
「最初は凪沙先輩も信じてくれなかったんですけど、部員の皆さんの中でも知ってる役を四割くらい用意して! 事情を知らない部員以外の人にバラされないよう唐突ではあったんですが、何とか夏祭りに一緒に行って貰えることになったんです」
『あー……思い出したわ……。てかあれ嘘だったんだへぇええ……』
「あ、いや、その、騙してしまったとはいえ……!」
「謝らなくて良いのよさつき。元はと言えば全部凪沙が悪いんだから」
凪沙の責め立てるような視線に焦るさつきだけど、悪いのはこの子じゃない。弁明を途中で遮ってやれば『え? リコさんマジで言ってる?』と凪沙の顔が若干青ざめた気がした。
「そうそう。で? 長い目で見れば結局その通りになってるわけだけど、実際どうだったの? 虹村ちゃんに助けられたの?」
「えーっと、それが……」
興味津々の様子で軽く身を乗り出した玲央に促されると、そろりと誰もいない方向へ目を逸らしたさつきが困ったように笑う。そんな上手く行かなかったのかしら?
「仕掛け役の大ちゃんときーちゃんがやらかして、隣の人にぶつかっちゃって……。その人の焼きそばが白い帝光中ジャージにかかりそうになったのを助けた人はいたんですけれど……」
「知らないオッサンだったオチ?」
「そうではなくてですね……、『あのとき私、助けられたんじゃなくて助けたたんだよね』
私の王道路線に否定したさつきの台詞を、今度遮ったのは当事者の凪沙で。どこ吹く風でしれっと訂正する彼女に、目が点になる。それってもしかして、
「まって、……え、まさか凪沙が助けた相手って、」
「いえ、虹村先輩ではなく、……私でした」
「「そっちかよこのバカ凪沙!!!!」
『コレも私が悪いの!?』
吊り橋効果というか、助けられたことでそういうフィルターもかける予定だったこの策は最悪な形で終わったらしい。
当初でっち上げのジンクスだとは知らなかった虹村くんは、色んな意味でショックを受けた様子。そんな彼にネタばらしをしたのは赤司くんだけど、いくら嘘とはいえ先行きは不安になるでしょうね。
玲央の予想を越えて第三の当事者だったさつきの遠い目と「あの日の虹村先輩の顔は忘れられません」という台詞には恐怖とは違う何かが宿っているもの。
こうして私たちは改めて彼の精神力に感服するのだ。もほや畏敬の念すら覚える。 『あそこであの人にぶつかった“アホ峰”と“デルモかっこ笑い”が悪いんじゃないの? ねえ。 聞いてる?』なんて責任転嫁をしようと必死なバカ凪沙のことだからどうせこれからも何かしらやらかすんでしょうけど、虹村くんは絶対嫌いになれないんでしょうね。
結婚しない今ですら滲み出てるんだから確実に愛妻家気質だろうし……。第三者さえ想像の容易い約束された未来には、彼の隣で笑ってるか照れてる凪沙しか視えない。
「……くっそ羨ましいわね、この幸せ者。のろけ過ぎてノロウィルスにでもなればいいのに」
『ぜんっぜん上手くないんだけど伊月の話かな!?』
いいから早く結婚式の話持ってきなさいよ。友人代表の挨拶くらいならやってあげるから。
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