「はい、じゃあ八割の票が集まった虹村くんに決て「ちょっと待て!!!!俺は認めねーぞ!!!」
ガタンッと立ちあがった修。黒板に塗られた白い粉は、七個の正の字の上に修の名字の形で並ぶ。そこまではいい。その右隣少し上、“王子様”の文字に、彼はご立腹なのだ。
まあ、普通だったら私も冷やかし九割と、非常に不本意ではあるが整った系のルックス一割で背中を叩いてやったろう。
そう、その左隣に並ぶ“お姫様”にあの文字が無ければな!!!
根本的思想は違うが、目的は同じ。ならば手を組もうではないか友よ!!
『意義あり!!!!』そう叫びながら修に倣って立ち上がった私を、クラスの皆はまるで狐に化かされたみたいに見つめる。
「は……、」
力の抜けた疑問符を口にする修の目が一番見開いていて、少しのドヤ顔で援軍であることを示唆する。
『そのキャスティング、私も嫌だ!!!』
「「「ぅ、うおぉおおお!?!?」」」
何故か沸き上がる咆哮のような雄叫び。驚きだけでないものを含んだかと思えば、それは謎の冷やかしだったらしく、全部修に向けられている。
「「良かったな虹村!!!」」 「「此処に来ての脈ありか……!?」」 「「計画より大分早い展開!!」」
「うっせーよオメーら!!!」
顔を赤くしてあしらう修とニヤニヤしてる男共はちょっと解せぬので、あれは放っておこうと思います。
「凪沙は何で嫌なの?」
あれ? 実行委員で前に出て司会を担当してる女子も男子に似た顔をしているけど、これ男女共通?
心なしか焦りを感じつつ無かったことにして、私はビシッと黒板を指した。
『我らが東様のお相手があんなバカヤローなんておかしな話でしょうが!!!』
「「「そっちかよ!!!!」」」
オールモストツッコミ。東様やナチュラルおしとやか系な女子だけが苦笑いを浮かべておられる。
『そっちもなにも、いいのか男共。高嶺の東様とは言えど夢は喪いたくないだろ!? 下手な男より私にしとけって! ほとんど170センチあんだから東様よりは高いよ!!』
「……なるほど。王子様の推薦者に入ってたあんたの一票って……」
「うわ、自分でいれたのかよお前……」
『何その言い方!! オメーは知ってただろーがってか何で私にいれてないんだよ裏切り者! そんなんだからフラれんだよぐっちーのろくでなし!!』
「てめっ、今それ関係ねェだろーが!!!」
隣の席でドン引きーみたいな顔してるけど、こいつには前々から私が王子様作戦を伝えていた。というか、ぐっちーだけじゃなくて私の東西南北八方位にいる人は全員協力者だったはずなのに!!!
話を聞けば、女子は「虹村君の王子様姿に勝てない」男子は「虹村の方が面白そう」ってなんだそりゃああ!! お陰でこちとら痛い子じゃねーか!!
「まぁ却下と言われても多数決なんで変更は無理なんで。そういう凪沙だって推薦されてるじゃない、姉その1に。」
『ジーーザッッス!!! 私に! 東様を! 罵れと!?』
「本当は凪沙が罵られてほしいけどね」
『オイコラ実行委員』
「大丈夫よ、他にも二人いるから傷は浅いわ」
何の解決にもなっていない私の声は所詮蚊の鳴き声さ。しれっと黒板に書いてある配役の確認を強行したあとで、大道具や音響やらの立候補に話は移る。
こうしてあの美人を堂々と口説きエスコートするという積月の夢は儚く散ったのだ。嗚呼無情。
とはいえ、このとき。私は満場一致で意地悪な姉が似合うとクラス規模で苛められ、けれどもお姫様は紛うことなく去年のミス帝光であられる東様に決まったのだ。
そう、決まった、のに─────。
燦々と浴びせられるスポットライト。みすぼらしい服。ステージの中央。もはや何個目かすら分からない部分の台詞を口にする現状。目の前の、やたら金のボタンと紐がついた白い衣装を身に纏う親友。そして、そいつと二人きりの独壇場。
『今夜は、どうしてここに?』
「愚問だ。貴女に会いに来たに決まっているでしょう」
修の台詞にキャーーーーッと女子の悲鳴が響き渡る。カツンとブーツを鳴らしてこちらに一歩踏み込む相手だが、思わず後ずさってしまう。
─────どうしてこうなった。
ことの発端は、我らが東様のミス帝光中決勝進出が決まったことだった。従って二日目の今日、最後の公演スケジュールに出れなくなってしまったのだ。
そうして、欠員の出た超重要なお姫様と言う枠に無理やり捩じ込まれたのが何故だが私であった。東様に頼まれて彼女と何度も台詞合わせをしてきた挙げ句、仮衣装として東様のサイズのものの前に作ったらしいお姫様のドレスが私にぴったしだというまるで仕組まれたような偶然のせいだった。『待って私の役は!?』「大丈夫、残りの二人に台詞を分けるから」ガッデム!!!!! なんて良くできた脚本家なんでしょうね!?
いつもあの美女を前に照れながら読んでたあの台詞は周りの人たちが。そして、東様の透き通るような美声で披露されるはずだった言葉は今まで私の口から出ている。因みに流石に丸暗記は辛いので、万が一にと用意されていたカンペを見ながらの主演である。
展開は山場。中世のなんCHARA時代、私を含む残念な姉と継母のせいで破産した一家は家やその地位を追われ郊外の田舎へと住まいを移し、あの貴族のような暮らしから一変した衣食住の下にいた。元凶の継母たちは一夜で姿を消し、私演じるイリス元令嬢と女の毒牙にかかったぐっちー演じる愚父は齷齪と働く。
一方、物語序盤でかつての地位を持って参加した社交界で出逢った王子はイリスを探し求め、ついに今、再会したのだ。
こっからはハンバーグ師匠も吐き気がするようなあまーーい言葉の応酬が続く。それを、……こいつに、言えと……。笑えねぇよマジで。
『ど、どうして私なんかを……?』
「とてつもなく、会いたかったから」
キャーーーーッ!! 虹村さぁぁん!!! 虹村くぅううううん!! キャプテェェエンン!! 凪沙せんぱぁああい!!
おい待て。今一瞬部活の後輩の声が聞こえた気がするんですけど!?
『……神様は意地悪ですね』
「どうして?」
『だって、……私は、もう貴方とこうして顔を会わせるのも烏滸がましい身分になってしまったのです』
「……世の人々が纏う、その身分という装飾品に俺は価値を見いだせない。だってほら、そんなものを身に付けなくても、……今の、君は、」
『………………、』
「今の、きみ、は……、」
『…………………………? 』
それなりにスムーズに進んでいたはずのストーリーが狂い始めたのは、この頃だった。修の台詞が止まり、固まる。何、今さら台詞飛んだの?
「王子頑張れ!!」「大丈夫! 嘘にはなんないから!! 台詞だから!!」「馬子にも衣装って言うよね!!」おいスタッフ。テメーら甚だ私に失礼を振り撒いてるんだけど。
深呼吸をしてキッとこちらを改めて見下ろす修。大きな覚悟を決めたような目をしているが、
「こんなにも!う、うつく、し、ぃ……」
最後はしょぼしょぼと声を縮めて顔ごと逸らされる。
ああそう? お前もそっち側か悪かったな東様クオリティじゃなくて!!!!
舌打ち、罵倒、ローキック。全てを貼り付けた笑みの下に隠す。
『それはきっと月の光のせいですわ。……さぁ、お戻りください王子。こんなところに居てはいけません』
「っ、ならば、君も共に帰ろう」
『えっ』
「その、っ美しさ、は、一目見たときと何も変わらない。ならば、月のせいなんかじゃない。舞踏会のシャンデリアのせいでも、雰囲気のせいでもドレスのせいでもないだろう?」
苦笑いを浮かべるその表情に思わずドキッとしてしまった。照明と衣装が良い仕事しやがるぜ。決してこいつのスペックなんかじゃない!!!
ぐい、と腕を引かれて近づく。ブーツの爪先が掠めるくらいのそれは、かなり至近距離だ。
「イリス姫、私と共に国へ来てくれないだろうか」
『! なりません、王子。どうしてさっきからそのようなことを言うのですか? 私は姫なんかでもなければ、あの社交界にいた他の方々ほどの人間ではありません』
「姫だろうとなんだろうと関係ない。私は、……いや、俺は、世界でたった一人の、…き、君が……」
『………………』
……おい、大丈夫かコイツ。照明に当てられ過ぎて逆上せた? 顔真っ赤なんだけど。
「す……っ」
『………………王子?』
「……す、」
『……す、』
何これ。台詞忘れてるわけでは無さそうだし、演出?
突然の親近感を狙ったのか、至るところから王子を応援する声が小さく聞こえる気がする。
つーか、 両腕を掴まれる力強くなってるんですけど力まないでくれますか痛い!! お前東様にもこんな力加えてねぇだろうな!? 不思議そうな表情を表に出しても内心はこんな具合で、そろそろ助け船を出してやろうかと思ったときだった。
「すっ、スキっ…やき、」
『は、』
「す、すき焼きを、食ベニ、イキマセンカ」
全員が目を点にした。修も冷や汗を流してひくりと口をひきつらせる。
『いや、どんなナンパですか? すき焼き? 結構です夕飯あるんで』
ドッと会場が沸き起こる。四回目の公演で初の爆笑を頂いた。
「てっ、テイク2!!」
機転を利かせた舞台袖のスタッフが、トンキーにてノリで買ってきたカチンコを見せて鳴らす。
その音に驚いた修は顔を歪めて、また深く深呼吸をした。
「俺は世界でたった一人の君が、」
『たった一人の私が、』
「……っす、……」
『………………』
「…………す、きー、上手そうだなって」
「「「王子ィィィィイイイ!!!」」」
ついに会場から野太いツッコミが入る。こいつマジで何がしたいんだ? あ? こちとら慣れないヒールで脚攣りそうなんだけど。
「テイク3!!!」
「俺は! 世界でたった一人のっ、」
『世界でたった一人の?』
「っ、お前が!!」
王子性格変わってんだけど。
私の心の声とは裏腹に、何故か会場からまた声援が飛んでくる。え、何これ。どこに向かってんの?
助けを舞台袖に求めるも、一概にガッツポーズを返される。何の応援? これに耐えろと?
「……っだから、その、」
『…はあ』
「俺は、お前が、…………す、」
『……………………』
進まねぇぞこの劇。もう無理だよと向かいの袖にもう一度視線を送ると、カンペ係が急いでなにかを書き始める。漸くこっちからなにか出来る、はずだった。
だけど彼女に見せられた新たなページには衝撃な指示が書かれていて、今度硬直するのは私の番だった。
《もう進まないから姫から告って!! そのまま首に抱きついてチューしろチュー!!!》
黙れ小僧!!! どんな急展開!?!? 私身分気にしてる役なんですけど王子の強引さに掛けてる人生なんですけど!!
絶句を他所に、バンバンとカンペを叩いて急かされる。
────ああもう!!!
やけくそで、背伸びをして修の手を振り払って頬を両手で挟む。そのままグッと引き寄せて、額を合わせた。会場がシン、と静まる。
『…………好きです。ずっと、シュウ王子のこと忘れません』
「え゙、」
『さようなら、王子』
顔を両手で覆って泣き真似をしながら踵を返して袖の方へ走り出す。
けれど道中「ッオイ待てコラ!!」と後ろから腕を引かれて、そのまま向きは変わらず引き寄せられ。背中に温もり、両脇腹から回るのは白い袖。
耳の横から、聞こえる声。ハウるマイクが拾う、やけに強い台詞。
「勝手に言って去ろうとすんじゃねーよ!! 俺だってッ────オメーのこと好きなんだよ!!」
「……ぅ、「「「うぉおおおおお!!!」」」」
「「「「キャアアアアアアア!!!!」」」」
誰か一人の声から派生して響き渡る、歓声。どんだけ一体化してんだこの会場。
苦笑いする私の前に、どうにか展開を繋げるためのぐっちーが新しく派遣されてきた。登場のっけから土下座させられてるざまあ。
「その台詞本当ですか王子!!!!」
「!?」
パッと私の身体から離れて両手を上げる王子。さながら痴漢冤罪を示すおっさんのようだ。
「ならば娘を!! どうか娘を嫁に!! 私の趣味が悪かったばかりに辛い思いをさせてしまったその子を、どうか幸せにしてやってください!!」
「お、おう……」
どんな父親だよオイ。てか王子に至ってはマジで素。中身で答えるなアホ。
「こうして、自分の手で幸せにすることを決意した王子は姫の手を引き城へと帰りました。────帰 り ま し た」
『修、ほら、私の手掴んで向こうに走って』突然のナレーションに固まる修の手を握り、マイクに拾われぬよう促す。あたふたと走り出す修に引かれる形で袖へと掃けた。
あーーーやっと終わった!! あとはナレーターが上手く締めてくれるだろう。
息を吐いて苦労を思い返していると、視線を感じる。マイクに拾われないように静かに手で覆って問う。
『…さっきから顔赤いけど逆上せた?』
「っは、『おいマイク!』 っ、別に赤くねーよ!!」
『じゃあなんであんなアドリブぶっ込むの』
「そっ、それはっ、…………凪沙だからに決まってんだろ…… 」
視線を逸らして口を尖らす。……うん? それって───は!! あんなところに東様が!! 舞台袖のもっと隅の方でこちらを微笑みながら見ていた彼女の元へ、みすぼらしいスカートの裾を上げながら走る。
「おいっ!!」
『東様!! あのっ、わたしっ、頑張りました!』
「あ、うん。代役ありがとう。可愛いかったよ凪沙ちゃん。私も途中から見てたけど、……こっちに来て良かったの?」
『はい?』
「虹村くんとお話してたから」
『あー良いんですあんなやつ!! 大した話じゃないし!』
“大した話だったろ!!”
なんていう修を含める聴いていたクラスメートの心の声の一致は虚しく、私はミスコン用の衣装に包む彼女に抱きつく衝動を俯いて何とか堪えていた。ふと、視界に入る靴で思い出す。東様とは数センチの距離。……そういえば、あのとき修とはこれより近かったのか。東様も何回もあれだけ近づかれたわけで……。
その瞬間、モヤモヤと胸に気持ち悪い感覚が走った。ついでに言うなら、それに混じって少しの痛みも。
『……?』
「凪沙ちゃん。カーテンコール始まるよ」
『あ、うん』
言われて舞台の方に向き直る。明るく光るステージの手前で修が待っていた。そっか、二人で手ぇ繋ぐんだっけ。
「……ほら、何してんだよ。行くぞ」
『…はーい……』
白い手袋をはめた修のそこに、自分のを重ねる。……うーん、東様にもこんな風にしたのか、な。って何を考えているんだか。
『私でごめんね』
「は? ……むしろお前じゃねーと無理だから」
『ん? そういうもん?』
「…………はぁ。そういうもん」
キュ、と下から回っている指が力を加える。まぁ、修がいいなら、それでいっか。