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青花軍 -aohanaikusa-
今日はいつもより家を出るのが遅く、始業5分前のチャイムと同時に上履きを履き終えた。こんな時間でも暢気な奴は暢気なもんで、歩くスピードを緩めない俺は何人もの生徒を抜かして自分の教室がある廊下に入る。すると、目の前には朝練を終えたらしいバスケ部勢がいた。吉田に声をかけようとした瞬間、虹村と佐伯が列から抜けて教室に入っていく。そしてバスケ部は何故かそのクラスの前で止まるもんだから、俺も吉田に話し掛けつつ輪の中に入った。

「おはよう。何かあんの?」

「おはよー片山。いやまあ、一応証拠をね、見ておこうと思って」

相変わらずの爽やかな笑みで教室内に目を向ける吉田に倣い、俺も部屋の中へと視線を遣った。丁度清水が見えて、虹村に気付く。
そう言えばあいつ等、昨日もまだ仲直りしていなかったけれど大丈夫なんだろうか。と思いきや。

『虹村! おはよう!』

「おう。ってお前また朝からそんなもん食って…」

清水の机に目を遣った刹那、そこに広げられているお菓子の数々にうぇーって明らさまに顔をしかめる虹村。そう言いながらも勝手に一粒かっさらっていく。くそ、そんな最低な姿すら絵になるとかマジイケメン滅びろ。

……って、そうじゃなくて!

『いつもいつも文句いうなら食うなよ』

「お、思ったより甘くない」

『ふははは、ビターチョコがいい仕事をしているだろう! どうだ参ったか!』

「いや、参るほどじゃねぇけど」

『参れよ「「「いやいやちょっと待て!!」」」

何日目かの平穏を文字通り穏やかに過ごしていた2人に喧騒を挟んだのは、それをここ一週間当事者達よりも望んでいたらしいクラスメートだった。勿論、俺もその台詞には同感だ。
総突っ込みに同時に肩を震わせて口を閉じた清水と虹村に、矢継ぎ早に質問が飛んで行く。

「え、お前ら何なの?」

「仲直りしたの?」

「昨日まで目すら合わせてなかったよね?」

「いつ普通に戻ったんだよ!」

「てかお前ら何なの?」

「学年どころか学校中巻き込んどいて呆気なさ過ぎるよね?」

「先生たちだって気にするレベルだったっての知ってたか?」

「ねぇお前ら何なの?」

『「落ち着け」』

確かに今回の長丁場は、学年問わず存在する虹村ファンの間だけでなく先生たちにも気苦労をかけていた。このクラスの担任である我が卓球部の顧問の授業なんて、 “もう俺あのクラスにいられないんだけど。SHRとか地獄。息詰まる。どうにかして” なんて開始数分間は毎度愚痴を漏らしていたぐらいだし、他の先生たちも授業に遣りにくさを感じていたらしい。どんだけだよ……。

教室の中から聞こえる会話からすると、どうやら昨日の放課後に和解したらしい。
少し惜しいなと思いながらも、安堵に包まれる自分がいる。……まあ、清水の傍にいない時の虹村の目付きとか半端無かったもんな。近づくやつら皆にガン飛ばしてた。あれはもはや殺人級だわ。

隣にいた吉田曰く、あの2人を仲直りさせたのは自分だと誇らしげに豪語する。と言うのも、昨日の放課後に虹村を焚き付けて謝らせたってことで、本当に仲直りしたのかバスケ部で確認したかったんだと。
無事それが遂行されたバスケ部はまた廊下を進みだし、俺と吉田も自分の教室に入る。

「でもあの感じだと、虹村言わなかったみたいだな」

「何を?」

「焚き付けたときに、告白しちゃえるようにしたつもりだったんだけどさ」

天然爽やかボーイで定評のある吉田の言葉に、俺はピタリと歩みを止める。あの吉田が、 “したつもり” 、だと?
もしかして日頃の天然も実は計算なんじゃないかと勘繰れば、ゾクリと背筋が凍った。

とは言え、まだ彼らはくっついていないらしい。コーヒー投げつけられた俺としてはもはや早く成立して欲しい。そうすれば諦めも付くし、あわよくば、という無謀な下心故に俺みたいな無駄な犠牲者が減るだろうからな。



*****



お弁当を持って、いつも通り隣のクラスを訪ねる。扉を開けながら無意識に視線を対角線上に滑らした私は、思わず「あっ」と小さく口を開けてしまった。

月夜ちゃんと虹村くんが一緒にいる。本当に仲直り出来たんだ。
安堵が心からポカポカと熱を発して、体内を満たしていく。ここ最近ずっと感じていた居心地の悪さも全く払拭されていた。

このクラスの担任の先生やさっき廊下ですれ違った弓道部の虹村くんファンである後輩たちが言っていた通り、平生と変わらない距離感で肩を並べている。
5日間、虹村くんの目付きや月夜ちゃんの自由さにどれほど学校内がてんやわんやだったのか。当事者たちは露にも思わないのだろう。

口が綻ぶのを隠さないまま幼馴染の席に座れば、親友は呆れて言う。

「全くお騒がせでしょ? 朝来たら普通に話してるんだもの」

「あはは、二人らしいね」

「あーあ、こんなこと言いたくないけど、ゆっこも月夜も何であんな奴が好いのかねぇ」

まるで近所のおばさんみたいに、若者の趣味を遠巻きにする親友に私は苦笑するしかない。
何故、と言われても、あの日雨の中で捨てられた子猫を抱き上げていたのが彼だったのだ。金色と、それより少し草臥れた金色は、黒い傘の中で互いに額を突き合わせて寂しそうに笑っていて。
小学生ながら放課後は近くのちょっとヤンチャすぎる中高生と連んでいる、所謂不良というレッテルを貼られた虹村くんのそれに、 “ギャップ萌” を浴びたんだろう。彼のあの控えめな苦笑いが心を締め付けるほどにもどかしく想えて、仕方がなかったんだ。


もう一度ちらりと向こうを見れば、ニヒルな笑みで月夜ちゃんのお弁当箱に箸を突っ込む虹村くん。あの頃よりもずっと無邪気な顔が、悪びれも無く唐揚げを口に運ぶ。
勿論月夜ちゃんは立ち上がって彼の右手を揺さぶった。

『お前ェエエエ!! 今日のメインディッシュ何処にやってくれてんじゃボケェエエエ!!!』

「シューマイやるよ」

『ぜんっっぜんギブアンドテイクじゃない! 唐揚げにシューマイごときが勝るわけあるか!』

月夜ちゃんが、曰くおかずの王様唐揚げについて熱く語りだした時だった。ガラガラーと音を立てて私のすぐ後ろのドアが開く。

「清水ー! ……って、あ、本当に戻ってるわ」

少し残念そうに言ったのは、喧嘩の間中昼休みに月夜ちゃんをサッカーや卓球に誘っていた私のクラスの男子だ。
パッとこっちを振り返る月夜ちゃんだけど、同時に虹村くんの射抜くような鋭い視線が飛んでくる。しかし、クラスメイトは怯むこと無く月夜ちゃんにその場から話しかけた。

「お前昨日リベンジしたいって言ってたけど、どーする?」

ざわめく教室。親友も、「勇気あるなー」と感心している。

『そうだった! ちょっと待って! 行くから!』

「は?」

『は? 何?』

「……行くのかよ」

『え、うん。昨日一点差だったからさ。敗けっぱなしは嫌じゃん?』

「………………」

何の気なしに頷いた月夜ちゃんに、ムッと眉を寄せて口をへの字に曲げる虹村くん。大概彼も分かりやすいと思うのに、何で月夜ちゃんは気づかないのかなぁ。

「……俺も行く」

『はい? いや、お前が入ったら昨日と同じシチュエーションじゃなくなるじゃん』

「何だよ俺がいちゃワリィのかよ」

『だから今そう言ったよね!? 来んなよ! 参加は明日からでお願いします!』

「無理」

『何で!?』

席を立とうとする虹村くんを座らせようとする月夜ちゃん。ガタガタと椅子や机を鳴らすその光景にみんなが呆れ返っている。

「清水ー、早くしねーと時間なくな、……ど、どどどうぞごゆっくり……」

月夜ちゃんを誘いに来た男の子は彼女を急かそうとしたけど、虹村くんがスゴい眼力で睨み付けるもんだから怖じ気付いてしまった。すごすごと身を引くと、パタンと扉まで閉める。
それを音で察知した月夜ちゃんはドアを振り返って、それから虹村くんを責め立てた。

『なっ、お前のせいで置いてかれたじゃねーかワガママもいい加減にしろよこのガキ!!』

「ンだとゴラ! オメーも同い年だろうが、ってかそっちこそ普通に男に囲まれて遊んでんじゃねーよアホ!」

『今更何を言ってんだお前は! あーもう面倒くさい!! 付いてくんのは勝手だけどゲームには入れねぇからな!!』

「言ってろ。ぜってぇ入ってやる、何がなんでも参加してやらァ」

『お前は私に何の恨みがあんだよ!! 嫌がらせすんな!!』

「お前だって俺に嫌がらせしてんだろーが!」

『いつどこで!? した覚えないんだけど!!』

「……っとに何でオメーはそんなに頭も感も鈍いんだよイライラするわ!」

『オイコラふざけんなよ、そんなにイライラすんなら話しかけてくんな修造チャレンジ』

「誰が修造チャレンジだ!!」

またも始まった言い争い。うーん、おかしいなぁ。お互いに言い合う姿に、教室内はそろそろ飽きてしまったのか自分達の世界を広げて行く。

『「お前なんてこっちから願い下げだ!!」』

聞こえた決め台詞のようなものに、私は首を傾げて親友に問うた。

「……あの2人って、仲直りしたんだよね?」

「呆れた。一日も持たないのね」




ゴールテープが
終わりだと思うな!





ため息をつくのは目の前の子だけではない。周りにいる皆がみんな、二人に…、というよりは不器用で素直になれない虹村くんに幻滅の息を吐く。中には同情やら憐れみやらも混じっていて、この教室は相変わらず二人を中心に回っているなと苦笑いしてしまった。

「清水は未だしも、バカだなー虹村」

「願い下げだとか言って、また遠ざけちゃったよ」

「さ、今回のはどれくらい続くかな」

「賭けるか。この前のが一週間だったから、俺は三日!ジュース一本で」

「俺は今日中かな」

「私も乗りたい、今日中で」

「えー、じゃあ私は明日!」

「これ当たったら全員から貰えんの?」

「マジか!ちょっと待って、今までの痴話喧嘩総ざらいすっから!」

「無理だろ、何百個あると思ってんだ」



『「てかお前らはさっきから何してんだよ!!止めろよ!!」』



「あーいいよいいよ気にしなくて。どうぞ続けて?」

「とめたって無駄じゃんか。いいからやってろよ今日中にケリつけたら許さねぇからな」

『「どういうことだゴルァァア!!!」』

今日も今日とて、平和な一日になりそうです。

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