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青花軍 -aohanaikusa-

太陽が眩しいこの時間帯。目の前に伸びる影はたった一つ。周りの人も疎らな、無言の空間。耳から流れ込む二年前のヒット曲。俺はそんな些細なことすら気に食わない。
はあー……とため息をついて校門を潜った。時刻は7時半前。朝練の開始まであと10分。

弾まない足取りで体育館横に設置された部室棟の階段を上っていく。
着替えて、何時も通りのアップをして。チームを分けてのミニゲーム。俺らに負けたチームが、ペナルティトレーニングを終えてヘトヘトとドリンクを取りに行く。

「虹村先輩今日も荒いですよね……」

「どうしちゃったんですか?」

俺が聞こえてるんだから側にいた奴等にも勿論同じわけで。そそくさと顔色を伺いながら若干の距離を置かれた。それに舌打ちをしながら、ゆっくり敗者の方へ足を進めていく。
後輩の問いに答えたのは俺と同じクラスの佐伯で、最近は良く一緒にいるんだけど。

「あーそれは……。アイツ、まだ仲直りしてないんだよ。月曜からのが長引いててさ……」

「えっ!? 清水先輩とのやつ、まだ続いてるんですか!?」

「なるほど。要は清水先輩不足ってことすか」

「そーゆーこ「オイお前ら、内緒話はもっと静かにしねーと……聞こえてっぞ?」

ニコリと笑ってやれば、後輩は雁首揃えて「「「スンマセン!!!」」」と頭を下げる。
てか、何でコイツらまで清水の名前知ってるんだよ。確かに体育祭とか球技大会とかで雄叫び上げて注目集めてたことはあったけどよ、アイツどんだけ問題児。

でも良く考えれば、俺に非があるのも確かだ。部活にまで私情持ち込んでちゃダメだよな。

「いや、こちらこそ悪かったわ」

「……キャプテンが、謝った……」

「あ?」

まるで変なものを見るように目を丸くする連中。全く解せねぇんだけど?
口角を引き攣らせる俺の肩が副キャプテンに叩かれたのは、素直に受けとれよと目の前の後輩の頭を掴んで力を加えた時だった。

「でもさあ、俺は謝る相手違うと思うぞ?」

「は?」

振り向いた先で、笑みを浮かべる吉田。さっきまで俺らと交代してミニゲームをしていた筈なのに、相変わらずの穏やか且つ爽やかな表情だ。
急に話に入ってきたかと思えばよく意味の分からないことを言う。口っちゃべってたことを珍しく注意しにきたのかとも思ったのだが、どうやら違うらしい。

「虹村がまず謝るべきはさあ、清水でしょ」

シン、と。体育館が静まった。驚いて双眸しか開けない俺と、そんな俺に集まる視線。

「……何でだよ」

聞き捨てならない発言に、ムッとして睨み付ける。大体全部見てないなら全く説得力ねぇじゃねぇか。この言い争いがこんなに長引いてんのはアイツが、

「だってそもそも、虹村のヤキモチが原因じゃん」

「…………、」

「清水に買ってあげてたマドレーヌ食べちゃったのは清水が片山とばっか楽しそうに喋ってたからでしょ?」

「……っ、な、」

吉田の見解に「なるほど」と頷き、追い撃ちをかけるように口を開いたのは佐伯だった。

「あー、じゃああの箱入り娘のおとんみたい、ってのはそういうことか。独占欲って怖いな」

「っんなわけねぇだろ!!!」

これでもかってくらい大声で否定したのに、バカなことを言う同級生だけでなく周りの後輩も全員が全員「あーハイハイ」となあなあに聞き流す。
極めつけは始業十分前に設定していたブザーの音で、弁明も伝わらないうちに更衣室へ移動となるが。そこでも必死に訂正を諭す。

「俺は別にそんなんじゃ……!!」

「そんなんじゃないなら、今日の内に清水にちゃんと言いなよ」

「は、」

「ヤキモチじゃないって理由があるなら、どうして怒ったのか説明できるでしょ。清水にちゃんと分かるように言わなきゃ、ただの八つ当たりだと思われてるに決まってるじゃん」

言い返す言葉が見つからなくて、「ぐ、」と喉を殺す。

「今日中にやんないと、土日挟むからまた2日会えなくなるんだよ。我慢できるの?」

「それは……、って、我慢できるわ!! 何でそうなるんだよ!!」

「じゃ、みんな。虹村がヤキモチだったのかそうじゃないのかは月曜に確認するから、また放課後なー」

「「「「うーーっす」」」」

「話は終わってねぇぞ!!!! オイこら!! 待ちやがれてめーらァアア!!!」



四百四病の外




────分かってる。このままじゃ埒が明かないってことも、俺が悪くない訳ないことも。
興味とお節介半分で首を突っ込んできた部活の奴等も小学校が一緒だった橘も仲が直ることを願ってくれているのは理解しているし、応えたいとは思う。

だけど。

『あ、やっべ教科書忘れた。───佐伯見せてー』

「えー? 仕方ねぇなあ」

俺と佐伯の間に席を持つ清水が、全く迷いもせずに向こう側へ机を動かす。承諾した佐伯は佐伯で、俺の方をチラリと見ては鼻で笑った。テメェは朝から……! ケンカ売ってんのかよ!!

────こういうのとか。


「清水ー、まだ虹村とケンカしてんのー?」

『ごめん虹村って誰だっけ?』

「あー把握把握。んじゃ今から校庭でサッカーしねえ?」

『行く行く!! あ、とも子と花菜もお昼食べ終わったら見ててね!』

バタバタとどっかのクラスの奴等とつるんで教室から消えていくバカを見るとどうしても謝る気が失せる処か怒りが増す。
無意識に飛び出た舌打ちと「隣の席にいる人間の名前すら覚えてねーのかよあのゴリラ」の台詞で上手く吐きようのないストレスを僅かに発散した。
ふと顔をあげると教室内にいる人間全員の目が視界に入る。漏れなく全部生温かい。………………、

「何見てんだよ!!」

「「「別にーーー……」」」

白々しい!!! 意味わかんねぇ!!!



すべての授業が終わるまでに募ったイライラを、結局部活にぶつける辺り俺も大概学習能力が無い方だとは思うわ。
ハアハア息を切らしている1on1の相手を見下ろしながらも、俺は今日のムカつくことを全部頭のなかで思い出す。浮かぶのは清水の憎たらしい笑顔ばかりで。

っあ゙あ゙あ゙!!! 分かんねェ何でアイツだけあんなに普通に学校生活エンジョイしてんだよ。こっちは最近笑った記憶が無いのによ。むしろ逆に何で俺はこんなにエンジョイしてねーの?
気にしているのが自分だけみたいで、それがまたスゲー腹立つ。

「オラもう一本やんぞ!!」

感情任せに続きを申し込めば、ため息をついた吉田が手を叩きながら場を取り持った。

「ハイ虹村時計見てー。今日の練習は終わりー」

「あ? ……チッ、もうそんな時間かよ。俺居残「は? 清水のとこ行かなきゃでしょ?」……うるせぇな」

悪態つくと、「あのさ」と吉田が初めて真顔になった。思わず突っ慳貪な態度を改めてしまう。
吉田は似合わないため息をつくと、出入り口の方に視線を遣りながら言った。

「俺のクラスの奴がさ、……あ、片山じゃないよ? そいつが、清水と最近昼に遊んでるんだけど」

「…………」

「今までお前がいたから出来なかった告白、するって言ってたよ? 清水に。」

無表情で淡々と告げられたその情報に、気づけば俺は体育館を飛び出していた。キャプテン兼部長としての仕事なんてすっかり忘れて、朝は時間をかけた更衣室への階段も2段飛ばして駆け上がり着替える時間も持たずに荷物を纏めてジャージを羽織る。

下駄箱に着いて自分の靴に履き替えてから、勝手知ったる清水の蓋も開いた。ローファーはまだ残っているから、どうやら部活も終わってないらしい。
それを確認して漸く肩の力が抜けた。下駄箱を背に寄りかかって息を吐いてから、昇降口の所まで歩いて影に隠れる。見つかったら逃げられるだろうし、何時も待ち合わせていた校門で待つのは得策じゃねえ。もう片方の門から出られる可能性があるからな。

汗をタオルで拭い、暇潰しに適当に詰め込んだリュックの中身を整理する。それが終わった頃に、やっと望んでいた声が聞こえた。
顔だけ少し出して盗み見れば、一緒にいるのは女子だ。その事実に安堵した心には気づかないフリをして、ローファーに履き終えた清水に後ろから近づいた。俺に気づいたのは友達の方で、そいつが発した「あ、」と言う声に清水も振り返る。
目があった瞬間に睨まれたが、俺はそんなのを気にしなかったお陰で何とか清水の手首を掴んだ。

『ちょ……!?』

「ワリィ、コイツちょっと借りていい?」

『なっ「ど、どうぞどうぞ!!!」オイ裏切るなよ!!』

叫ぶ清水にも何のその。女子は「ごめん今日は用事があったんだった。先帰るね」と捲し立ててさっさか反対方向の門へ向かってしまう。
潔さに唖然とする清水を見下ろしてから、俺は掴んでいた腕を少し強引に引いた。

少し遠回りになるが、人通りの少ない道へ誘導する。文字通り人気が感じられなくなったところで、手は離さず振り向きもせずに、音を乗せた息を吐く。

「……悪かった」

『は?』

「マドレーヌ食ったこととか、言い過ぎたこととか、……悪かったって言ってんだよ」

思えば、良く言い合いはするけど互いに謝ったことなんて無かった気がする。いつの間にか怒りは失せてるし、最悪その日に解決しなくとも翌朝に顔をみればどーでも良くなることが多かった。

今回は何が違ったのか分からねぇけど、とにかくこのままの状態でいるのは避けたい。何を言えば許してくれんのかを考えているうちに、返事が返ってきた。

『い、いや、そんなこと言われたら私だって悪いとは思ってるけどさ……』

「…………」

俺の数秒の悩みを返せ。予想に反してあっさりと向こうからも謝罪が返ってきたもんだから咄嗟に振り返ってしまう。

立ち止まり、数秒見つめあってから手を離した。

「『…………っ、なんだよー……』」

そして同じタイミングで、愚痴を溢す。

「あーくそ、緊張して損したわ」

『本当だよ。いやー “ごめん” て凄いよね、この数日越しのイライラ全部無くなったわ』

「いや、そこまでじゃねーけど」

『あァ?』

「何でもねぇ」

『……とにかく、気まずく無くなって助かった。先に謝ってくれてありがとう』

実際そんなに大したことじゃなかったのに、律儀に礼を言う清水。何時もの怪獣みたいなやつじゃなくて、 “ふわり” なんていう柔らかい効果音がついたそれに背筋がゾクリとした。


────あークソ。やっぱり誰にも渡したくねぇよな……。


だから、この関係が崩れそうになるような下手発言は言えない。今はまだ、そうしなくとも隣に置いとけるから、それでいい。

ヤキモチ?違うっつーの。

生憎、この感情はそんな可愛いもんじゃねェんだよ。

 

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