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青花軍 -aohanaikusa-
今日もいつも通り、お弁当を持って親友がいる隣のクラスに向かう。前方の教室から入って、ちらりとお約束の方向を見遣った私は首を傾げた。そこには今日も、あの子の姿が無い。
手を振る親友の席に近付きながら、彼女越しに黒板付近の集団を確認すると、昨日と同じ3人組がいた。
私がいつも座る席はそのうちの一人、とも子ちゃんの場所だ。此方を見てくれるとも子ちゃんに借りるねと声をかけると笑顔で頷いてくれる。可愛い。

親友の目の前に座ってお弁当を広げて暫く、クラスのぎこちない雰囲気が昨日より増幅していると気付いた。少しだけキョロキョロと辺りを見回すと、向かいの口が開く。

「どうしたの?」

「あ、いや……。昨日も思ったんだけど、このクラスなんかそわそわしてるなぁって……」

それを聞いた彼女は「あぁ」と何か附に落ちた様子。そうして私に少しだけ申し訳なさそうに一瞥したのは、とも子ちゃんのいる3人グループだった。

「実は虹村と月夜のケンカが終わらなくてね。確かに毎日言い争いはあったけど、こんなに一つのモノが長く続いたの初めてだったから……。ちょっと私たちも雰囲気に呑まれちゃってるの」

「そう、なんだ……」

親友は羨ましいことにずっと虹村くんと月夜ちゃんと同じクラスだったから、あの2人の仲の良さもこの事態がいつもと違うこともよく理解しているようだ。
かくいう私も、一緒のクラスになったことは2年ほどしかないけれど異常さを認知できる。たぶん他のクラスにも何人かはいるだろう。

「まあ、ゆっこにとっては好機かもしれないけど、……やっぱり違和感が、ね」

困った顔をしたあと、彼女は「ごめんね」と素直に謝ってくる。私はブンブンと首を振った。

「謝ることじゃないよ! た、確かに私は虹村くんを、その、……想ってる、けど、それでもやっぱり、笑っててほしいもん」

ほぼ対角線上にある彼の席に意識を投げる。特徴的に唇を尖らせて、周りの男子と喋りながらご飯をつついている。何の話をしてるか分からないけど、その顔はつまらなさそうだ。

私が虹村くんを特別に想ってしまう始まりは、何年も前で、まだまだ幼稚と言われ易い小学生の頃。それでもあの見た目によらない優しさに一瞬で心を奪われた。マンガみたいで、あの光景すら夢なんじゃないかと疑う程に平凡な私には畏れ多いシチュエーションだった。
彼とは小学校が一緒で、中学が離れて、また高校で同じになった。髪の毛が黒くなった彼にばったり再会したときは声を出して驚いた上に運命だなんて言葉を本気で感じたけれど、そのときにはもう、隣に月夜ちゃんがいた。あぁやっぱりって、思った。実は月夜ちゃんとも小学校が一緒だったんだ。好きになったときは気付かなかったけれど、十歳の頃から彼処は月夜ちゃんの場所だったように思う。

でも、私は、

『あ、そうだ忘れてた!』

突然声をあげてガタガタと教室を出ていく月夜ちゃんを見送る。
彼女はとても明るくて、女の私でもカッコイイなと惚れ惚れすることだってあるくらい、ステキな子で。虹村くんを理由に色々こじつける悪質なアンチもいるけれど、そんなことをされる人なんかじゃないって知ってる。

それに─────、

『はい、ゆっこ』

「えっ?」

『明日、誕生日だったよね。ちょっと早いし即興で申し訳ないけど、土曜だから今渡しちゃうね。……おめでとう!』

手に握らされた、購買で売ってるアップルパイとジュース。どれも私好みだというのを、きっと彼女は誰に聞いたわけでもなく自分で見つけたんだ。
手に余るソレを大切に両手で包んで、月夜ちゃんを見上げる。

「嬉しい! いつもありがとう、月夜ちゃん」

『いーえ! またあのクラスで遊ぼうね』

ひらひらと手を揺らしてとも子ちゃんたちの席に戻る月夜ちゃんは凄く眩しい。その明かりは私の心まで温くするのだから、───嫌いになんて、なれないのだ。



三十三・九度の灯り




見かけによらず弓道部に所属する私は、放課後の部活で休憩時間の合間に自販機を訪れていた。月夜ちゃんに貰ったミルクティーが美味しくて、効率的な水分補給にはならないけどもう一杯欲している。
自販機の前に立ったとき、ピーッと遠くの方からブザーが聞こえた。たぶん体育館だろう。この時間なら、バスケ部も休憩の始まりかもしれない。
帰りに覗いてみようかな、なんて出来ないことを思い付いた。

財布を開けながら改めて陳列品を見上げると、ミルクティー以外にも心惹かれる商品がならんでいた。ああどうしよう、ミルクティーは飲んだから別のにしようかな。
お金を投入する前に吟味していると、ふと影がかかる。場所を退こうとするよりも早く、私の耳がいつも探している音を拾った。

「お、橘じゃん」

「に、虹村くんっ!?」

「その格好……、あぁ、弓道部だったっけ。清水がいつも橘の袴姿にキャーキャー言ってたけど……。似合うな、お前」

「えっ、あ、……本当?」

「おう」

「ッ、あ、ありがとう」

都合のいい私はその言葉が嬉しくて、途中で出てきた月夜ちゃんの名前なんて気にならない。弓道部に入ったのは自己統一という部活紹介の言葉がきっかけだけど、弓道部に入って良かったなんて現金なことを思った。

私の隣に立った虹村くんは首にかけたフェイスタオルで汗を拭って、小銭を入れる。表示に現れたのは150円で、学校特設故に外で買うより遥かに安価が並ぶこの自販機だからどれでも買える金額だ。

何を飲むんだろうと興味本意で見ていると、虹村くんが問うた。

「何飲みてぇの?」

「え?」

「やっぱりミルクティーか?いや、でも部活中にミルクティーは辛いよな」

「えっと……、うん?」

「うん? って、今日誕生日なんだろ、奢ってやるよ」

「えぇ!? い、いいよ! 悪いよ!」

「良いから貰っとけって。遠慮するだけ橘は良い奴だと思うぜ。清水なんて勝手にボタン押すからな、アイツ」

ま、俺もやり返すけど。なんてニヒルに笑う虹村くんに、私はたじたじだ。やっぱり月夜ちゃんの名前がよく出るな、とは思うけど、それでもお昼休みに見たときより随分と楽しそうな顔をするから、私まで嬉しくなる。

「じゃ、じゃあ……、」

一瞬迷って、「ミルクティー」と答えた。白い歯を見せて了承に笑う虹村くんは、即座に一番上のボタンを押して、取り出し口から私の手に乗せてくれる。

「いつも清水が買うの見てて好きなんだなとは思ってたけどよ、余計喉渇かねぇか?」

「ううん、平気」

「ふーん。アイツも練習中にカルピスとかレモンティーとか……ピーチネクターとか飲んでたし……、女子はそういうもんなのか」

「ど、どうだろう。ピーチネクターはすごいと思うけど、……でも、私もやっぱり好きなものを飲みたいから」

「そうか。ま、俺の誕生日は7月10日だから、宜しくな」

知ってます。なんて、言えなくて。スポーツ飲料を買う虹村くんを後ろから眺めて、ミルクティーを握る。誕生日も、空手を習ってることも、チャーハンが好きなことも、お昼休みに月夜ちゃんの行動を全部追いかけていたことも、……本当は、私にとっての虹村くんの存在が、彼にとっては月夜ちゃんであることも。全部、全部知ってるんです。

手にしたポカリを投げて遊びながら練習に戻ろうと口にする虹村くん。「橘も頑張れよ」と言ってくれながら見せた背中に、私は勇気を振り絞って彼を呼んだ。

「に、虹村くんっ!」

「!? な、なんだよ。どーした?」

「あ、あの、ミルクティー、ありがとう」

「あぁ。どーいたしまして」

「そ、それとね!」

「おう、?」

「……女子はね、甘いものも好きだけど、それまで名字だったのに突然名前で呼ばれたりすると、ドキッとするよ」

「……は?」

「私ね、笑ってる月夜ちゃんが好きなの。月夜ちゃんは、虹村くんと居るときが一番綺麗に笑うから……、だから、」

ドクドクと心臓が脈打つ。月夜ちゃんの笑顔が好きなのは嘘じゃないけれど、その名詞を “虹村くん” に変えられたら、……どんなに素直な人間だっただろう。

「……だから、早く仲直りしてね」

「……おう、分かった。なんか、ゴメンな」

「ううん。虹村くんも、月夜ちゃんといるときが一番、……カッコイイよ

たぶん、最後は聞こえてないと思う。聞き直すような虹村くんの声が届いたけれど、その時には弓道場に走り出していた。


側にある昇降口のガラスに映った、初めて虹村くんの隣にいる私を見て、思ったこと。やっぱりあそこは、月夜ちゃんの場所だ。月夜ちゃんに向ける笑顔は、もっとカッコ良かったんだけど、私じゃ引き出せないようだから。

手にある缶を握りしめる。喉が渇いた。
憧れの人と、好きな人。二人に貰ったミルクティーが、きっと私にとっての青春の味なんだろう。レモンなんかよりも、よっぽど甘くて美味しいや。


 

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