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ブラフに衝突

一番最初の印象は、笑顔が目立つ子、だった。といっても別に終始にこにこしている人当たりのいい子と言うものではない。ただ笑顔が“笑顔”って言葉をちゃんと果たしてるなって意味だ。表現拙くて申し訳ねぇけど、とにかく、笑った顔がすごく似合ってた。



でも。その印象を知ってから数年経った今、俺は彼女を笑わせるどころか、一つ後悔している。

───『ご、ごめんな、さ、い』

謝られたことに、眉を顰める。ただぶちまけた筆箱の中身を拾うのを手伝っただけなのに。
こう言うときは謝るんじゃなくて礼を言えば良い話だろって宥めようとした俺は顔をあげたままで終わった。


彼女の瞳からポタリと落ちた雫に、思考が止まったんだよ。


は?って半ば放心状態の俺の前から、彼女は慌てて駆け寄ってきた友人によって連れ去られて。
弁明をしたのは俺の所に残ったもう一人の友人。「ごめんね、気にしないで。あなたを嫌いな訳じゃないから」と詫びて教室から出てく。
一人残された夕焼け色に染まる正方形の部屋。しゃがみこんだままの俺はきっと寂しい野郎だ。放課後で良かったと心底思った。


そう言えば、中学から一緒のあいつが男と話しているのを見たことがないことを。それに似た状況の時は、必ず女子が仲介に入っていたことを。
初めて知った、高二の秋だった。




ブラフに口付け
(それは絶壁)





一夜明けて翌日。俺は絶賛寝不足だ。何故ってそりゃあ、全然寝られなかったから。
今まで何度か女の涙を見たことはあったし、その中で差異なんてつけるもんじゃねぇとは思うけど。だけど、ベッドに入って目を閉じたって俺は。アイツの…、木目調の茶色いタイルに落ちた一点の黒も白い頬を伝う露も。まるで瞼裏に直接刻まれてんのかってほど消えてくれなかった。

「何だよ原田。元気ねぇな」

「…ん、あぁ。まあ少し、嫌な夢を見ちまってさ」

そんな言い訳を「女みてぇな理由だな」と苦笑した土方さんは隣の席に腰かけて本を開く。この人は本当に同い年の高校生だと思えねぇくらい落ち着いてて。剣道の道場で年上だと勘違いして“さん”を外せないままもう五・六年が過ぎたな。
────五年と言えば、月夜とももうそれくらいの付き合いだ。っつっても、全然付き合いと呼べるほどの絡みもクソもねぇけど。一学年に二クラスしかない中学が一緒だった月夜より、学校が違っても道場で竹刀合わせてた土方さんとの方がよっぽど仲良くなった。毎日のように顔を見てたって面じゃ一緒なのにな。

このまま時が過ぎれば、何をしなくたって月夜とはほぼ六年の日々を送ったことになる。
そんなメンバー、別にそう多い訳ではない。女子で数えれば月夜と、いつも彼女の周りにいる二人の女子くらいだ。男子は同中だった奴と、道場で知り合った土方さんと新八を含めて五人くらいか。どちらにせよ、やっぱり片手で事足りてしまう。

だから。どうせ数少ない境遇なら、このままどこか平面的な存在だけの関係で終わらせるのは淋しい気がしたんだ。この時は、ただ単純に。触れたこともちゃんと直接話したこともない、いつも視界や聴覚で周りの景色と同じように見過ごしていた“クラスメイト”とを、大人になっても鮮明に思い出せるようにしてぇな、なんて。そんなひどく身勝手な思いのままだった。



とりあえず、初めて知った事象を改めて確認しようとした俺は一日月夜を気にしてみた。
中学から一緒のアイツら以外にも何人かの女子とは分け隔てなく楽しそうに会話している。が、やはりあの二人はもはや親にしか見えない位月夜に首ったけらしい。
朝のHRが終わり、授業が始まった。月夜の席は廊下側の前から三番目で、席替えしてもでかいから前に座られると邪魔くさいという理由で毎度一番後ろの席にされる何とも言えない俺の席からは観察しやすかった。
授業態度は至って真面目だ。だけど、…何だ?何か違和感がある。分かんなくてジーっと見ていると、視線を感じたのか月夜が振り向いてバッチリ目があってしまった。───瞬間、あからさまに勢いよく逸らされる目と顔。

「(……おいおい、マジかよ)」

自慢ではないが、これでも女受けは良い方だと自負はある。新八みてぇにデリカシー無い筋肉じゃねぇし、土方さんみてぇに冷たくあしらうわけでもないからな。そのためにこの理由も見えない拒絶は結構心に刺さった。一体俺が何をしたというんだ。

結局違和感の正体も俺を避ける意味も見つからず。そのあとは、演劇部出身だという恐ろしく深みのある声で行われる女性教師の現国授業と、男女別になる二時間体育の授業で午前が終わってしまった。
バラバラと食堂や部活の昼練、弁当を持って友達の机に散らばるクラスメイトたちを呆然と見送る。この四時間何の成果も得られなかった。
はあ…とため息を落としてパンの袋を開ける。

「左之〜、やっぱお前今日変だぜ?」

「そうだな」

そんな俺の席の前にどっしりと座ったのは新八だった。隣の土方さんもお姉さん特製の弁当箱を開けて何時も通り手を合わせながら同じく頷く。
俺は一瞬沈思、そして二人に近付くよう手招きをする。机とイスごと寄ってくれた彼らに、声のトーンをかなり下げて訊いてみた。
「…お前らさ、月夜…、清水月夜と喋ったことあるか?」

「「はぁ?」」

二人して眉間に皺を刻み訝しげに俺を一瞥してから件の少女に視線を流した。俺も倣ってさっきまでのように月夜を見る。
御弁当と箸を両手に、周りの女子と楽しそうに笑っている。月夜はどちらかというと聞き手側で、あいつらの空気がこのクラスで一番澄んでいる気がした。
だけどあの顔を見れば見るほど、昨日の涙の意味が暗闇に沈んでいくんだよな。
もう一度ため息をつくと、顔を戻した新八がニヤニヤと下品に笑う。

「なんだよ左之〜。月夜ちゃんのこといつからそんな風に見てたんだよ!言えよ!」

「違ぇよ馬鹿。そんなんじゃねぇっつーの…」

まるで月夜とは大違いの新八の表情に否定を刺すと、土方さんは月夜の名を呟いてから首を振った。

「そういや、直接はねぇな」

学級委員も担うこの人なら、業務連絡で話したこともあるかなと思ったんだが…。

「あいつの周りにいる女子とは何度かあるけど、たぶん清水とはまだ一度も喋ってねぇ」

「やっぱそうか…。────てことは、」

チラリと。もう一度、月夜を見遣る。すればまた目があって、その双眸は丸まりパッと顔ごと逸らされる。
確信の種が静かに芽を出したのを実感した俺は、二人に断って席を立つ。視界の隅で一瞬肩を震わせている月夜に罪悪感を抱きつつ、教室から出て階段を降りた。






それから数分後。手に握るソレは汗をかくから、俺の潜在感情を映されてるようで苦笑する。
戻ってきた教室に人の気は少し増えていたので予定を変更することにする。
出たときとは反対のドアから顔を出して、月夜の友人の一人を呼んだ。同じ中学から上がってきたはずだが、コイツは顔をしかめて出てくる。

「…俺なんかしたか?」

「あんた今日、月夜のことずーーっと見てるって聞いたんだけど」

「あー…、やっぱ怖がらせた、か」

その言葉に、目の前の眉は勾配を高めて下から俺を睨んだ。確信の芽が、早くも蕾をつけている。
償いといっちゃあなんだが、その為に買ってきた手の中にあるものを見下ろす。気づくのがちょっと遅すぎた。もっと早く予想できていたら、怖がらせない方法で確認出来ただろうに。

「じゃあ悪いけど、詫びを代わりに伝えてくんねぇか。それとコレも、渡しといて」

「は?……何でレモンティー…、」

「よく飲んでる気がしてたけど、嫌いだったらお前がもらってくれ。別のもの用意するわ」

「いや、確かにあの子好きだけど…」

「お、そりゃラッキー」

「ちょ、ちょっと待って。何でコレを月夜に?」

「昨日、泣かせちまったからな。それに、今日も悪いことした」

「……だからあれは、言ったと思うけど原田のせいじゃないんだよ」

「────知ってる」

すごく申し訳なさそうにペットボトルを握るから、眉を上げて静かに笑んじまった。パッと顔をあげる友人は、驚いた様子で距離を一歩詰める。

「月夜は、」

花が咲いた確信を一輪────、

「……男が、怖いんだよな」

─────小さな声で渡す。
受け取ってしまった細い茎を折らないように、戸惑う彼女はきっと全てを知っているのだろう。

証拠となるのは過去の経験値だけだが、考えられる一番有力な説だった。肯定されてしまった為にもう、知らないフリをして近づいて、あの笑顔を近くで見ることなんて出来なくなることに今更気づいて。嗚呼、もったいねーことしたなぁ、なんて、それもまた今更過ぎてる。

直ぐに戻ってこない目の前の親友を不安に思うのか、月夜が此方を見ていた。

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