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Still…

Episode.71 これで最後にしてやる

目が完全に覚めたのは、駅前を抜けて車の音が少なくなった辺りだった。

「いい加減にしろ」

『いっ…、…っ!?』

後頭部に刺さったチョップで周りの景色が突然鮮明になる。隣にいたのはまこっちでも宮地先輩でもなくて、驚きで声が出なかった。
あれ、待って。記憶があやふやなんだけど、何でコイツと一緒に歩いてんだ!?
目を白黒させて頭を擦る私の目の前に、自分の荷物がグイと突き出される。

「そろそろテメーで持ってテメーで歩け」

『!? は、はい、スミマセン…』

言われた通りズシリと重みのあるそれを受け取り、負荷にする。
…あれ!?

『お前家まで送ってもらうんじゃなかったの!?』

「……もう俺が怪我人だなんて誰も覚えてねーよ」

遠い目をして言う修には申し訳ないが意味が分からなさすぎて同情も沸かない。

「言っとくが、お前のせいだからな」

『は?え、私何したっけ!?記憶正しければ寝てたんだけど…』

「………」

『ご、ごめん…?』

「…いい、帰るぞ」

うわ、なんかすごい怒ってる、というか、呆れてる?ただでさえ気まずいのにこの仕打ち…。何したんだろう…。
とぼとぼと後ろを歩く。話すことなんて勿論無い。あーあ、こうなるのが嫌だったんだよ。
前を向けば視界に入ってくるし、俯くことしかできない私は何が悲しくてこんな風にしなきゃいけないんだ。下を向いて歩くのがこんなに苦痛だなんて。

「……白幡」

『! …何?』

呼ばれて一番に、もう名前じゃないんだと思ってしまった自分を誰か殴ってくれ。どの口がそれを言うんだって話だ。最初にそうやって突き放したのは、私なのに…。
虚無感に苛まれるのが酷く惨めに感じる。

修は──虹村は、いつの間にか足を止めて振り返っていた。

「……も、……、」

『……も?』

「も、……もうすぐ夏デス、ネ……」

『……は?もうすぐってかもう夏ですけど』

「…………知ってる……」

自分から言ったくせに顔を片手で覆ってため息をつく虹村。何が言いたいのコイツ。
そのまま手を離さずに、問われる。

「そうじゃなくて、……あー、あれだ、高校、都立に行ったんか」

『は?まあ、うん』

「……ふーん、良かったな。」

『うん…。…………』

「……………。」

え、会話終わり!?そんで聞いといてその反応かよオイコラ。しかも高校の進学先とかぶっちゃけ大学生の今にしてみれば割とどうでもよくないか!?また訪れる沈黙への不満が閉じた唇に当たっては喉に引き返す。

また足を動かし始めたヤツの五歩後を追う。
こんな風に後ろを歩いたことなんて、なかったのに…。ド突けなくなるなんて、夢にも思わなかったんだ。いつも見送らずにいた背中をこれほど長く見つめることになるなんて、何の因果応報だよ。

…苦しい。もどかしい。
言ってやりたいことがたくさんあったはずなのに、何一つ音になろうとしないのはどうしてだろう。


ふと気づけば、五歩の距離が二歩になっていた。虹村はまた立ち止まっていて、私を見下ろす。

「……も、桃井から、」

『…さつき?』

「あー、その、お前がくれたリストバンドだけどよ、……桃井とか黄瀬とか黒子とかから貰ったりしたか?」

『え、』

言われた瞬間、血の気が引いた。

『もら、った、けど…』

ぎこちなく答えてしまうのは仕方ない。だって、私はもうアレの行方なんて分からない。コイツとの目に見える思い出は全部、…もう戻ってこない。

「……それ、まだ持ってっか」

『っ、』

久しぶりに見た、本当に真剣な顔だった。……たぶん、初めてちゃんとお父さんの具合のことを聞いたときだ。試合の時とは少し種類が違う大真面目な、……楽しむ余地なんてないような、そんな眼。
ドクン、と。心臓が大きく脈打った。そっからはもう望んでないのに出血大サービス。さっき失った分を補おうと、次々とポンプが押し出されて血液が身体中に充満する。そのせいか冷や汗が首筋を流れた。

どうしよう、待って、どうしよう。
もう、持ってないよ。だって、捨てちゃったもん。この前まであったよ?だけど…、だけど今は……。
───嗚呼、本当にタイミングが悪い。


何も言えずに黙り込む私に、彼は苦笑いをした。それを確認して、私の身体は性懲りもなく固まる。咄嗟に“違う”って口走りそうになったのを、なんとか堪えた。“違う”って何が。何も違わないでしょう。…自分からゴミ箱に放り込んだのは紛れもない事実だ。

「あー…、ちょっと待て。そんな顔すんなよ」

『っ…、あの、あれは、』

「返事を聞くのにそうさせたのは俺だし、捨てたことについて何も言わねーから」

そう言って目線を逸らし、僅かに笑う修に心が締め付けられた。
返事って、何?何の返事?そもそもリストバンド返して欲しかったの?けどあれは、逆に修が私に返したものでしょう?

修は、片方の眉をあげて笑う。その笑い方が、たぶんとても好きだったけれど、…今見ているのは嫌いだ。そんな無理矢理作ったようなもの、見たくない。

「いやマジで気にすんなって。お前の気持ち聞けただけで良かったと思ってる、し……」

『は?』

「……ホントに、親父の報せとか、合宿中とか、……他にも、たくさん振り回しちまって悪かった」

『何、いきなり、』

「………暗くなってきたし、家まで送ってく」

『ちょ、待ってよ…!』

すたすたと歩いて行ってしまう彼に既視感を覚える。


───行かないで。そう言えないのは迷惑だと思われたくないからだ。やっぱり私は、あの頃から何も変わってない。立ち止まっているだけで、一歩も進めていないんだ。

口に出せる言葉は、

『っ…修のバカ!!分からず屋!!』

そういう、いつもと同じような不躾でどうしようもない在り来たりなもので。普段使っているもので繕うことで、決して面倒に思われないように謀ってる。どこにそんなことを考える余裕があるのか自分に聞きたいくらいだ。

『私の気持ち分かったとか、嘘いうなボケ!!何も分かってくれてないじゃんっ!』

三度目の足止めとなった修は、双眸を瞠ってこちらを見る。待ってよ、何でそんな顔してんの。
さっきより距離は開いていて、だから物理的にこっちから歩み寄ってみたけど。近付いた心地が、しなかった。目の前にいるのに、遠い。きっとこの感覚はもう縮まらない。

ああ、もうダメなのか。何がって、上手く説明できないけど漠然とそんな気がした。今ですら、何の力添えも支えも無しに二人きりではいられないのだから、きっともう、この先も無理だ。
リストバンド、捨てなければ良かった?そしたら何か変わってた?あのバンドじゃなくても、オレンジジュースとかあれば今ここで投げつけて、そしたらまた違う展開があったかもしれないけど。
現実丸腰無装備の私にはもう、この人の隣を歩く未来なんて見えやしない。


それなら、それならもういっそ。どうせなら後戻り出来なくなるくらいに────。

『これで最後にしてやる』

「は?」

息を吐く。言わなくちゃいけないこと“だけ”伝えよう。そこに私の感情なんてものはいらない。あげない。

『あの日、無責任なこと言った上にあんな風に責めてごめんなさい。…お父さん、治って良かったね。なのに、なのに死ねって言いそうになってごめんなさい…』

「っ、凪紗…?」

突然静かになった私を訝しむ声がする。

やめてよ。名前なんて呼ばないで。
出来ない約束ならしないで欲しかった。
約束を守れなくなるなら、アメリカに行くことを黙ってくれれば良かったのに。それで、もう二度と会わないでくれれば、…あの日が無ければ、修を額縁に入れられたかもしれないのに。
本当は、行かないでって言いたかった。
リストバンド返して来た意味だって、…あのキスの理由だって知りたかった。


ずっと、たぶんずっと、修だけはどうしても特別で、お互いに何かの“一番”であって欲しくて。
困ったような笑い方も、頭をグシャグシャしてくる手も、声も性格も、…きっと私は───。



『…修なんか、…っ』



人間はバカだ。かき氷のシロップは見た目と香りと名前で味を判断する。見えていない部分は記憶と感覚で補正をかけて景色を完成させる。ただのショ糖の錠剤を風邪薬として作用させてしまう。……思い込みで様々な情報を処理しながら生きてる。
だったら今回もそうしよう。バスケ部勧誘されたときもやったけど、あれはタイミング悪かった。あんな風にすぐ刺客が来るとは思わなかった。思い込みを馴染ませる前の段階だったからノーカンです。

今度は、平気だ。きっともう、これを覆す出来事なんて、近く起きない気がするから。
……───そんな予想が、外れるなんて知らないで。




振りかぶる、コイツへの想い全部乗せた右手が、


────『大っ嫌い…!』────



パチンッ!と音を立てて目の前の頬を弾いた。ジンジンと此方にも伴う痛みが、今回ばかりは理不尽だと思ってしまう。ざまあみろバーカって、嗤ってやりたいのに。……痛いよ神様。
さあ、最後の仕上げだ。脳みそくんよ感覚野に刻み込め。

『ごめんっ…、もう、絶対会いたくないからっ……!!』

殴られた方向に顔を固めたままの修の反対側を、走って追い抜かしてやる。放心してるのに加えて足怪我してる訳だから、たぶん追いかけて来れないだろう。
……最後の最後に、修の中にある優しさを利用してる。こっちが会いたくないって言えば、向こうは会いに来ない。私はそれを、信頼とか以上に確信している。

台詞冒頭の“ごめん”は、頬も、たぶん心も傷つけちゃったことに対してだ。私だったら少しでも面識があった人に会いたくないなんて言われたくないから……たぶんきっと、修も傷つけた。

これでもう、悔いなんてない。謝らなきゃいけないことには全部謝った。本当に言わなくちゃならないことは伝えた。……だから、大丈夫。





────…傍にいて欲しい。一番で居たい。この気持ちが、どっかのラブソングとかに唄われるソレだというのなら、私はアイツが好きということになる。似合わないけど、友情じゃない意味で。
私のなかに修がいる。それを自覚したのは不甲斐ないながらも昨日氷室に似非告白をされたときだ。だからこの想いは決して過去形なんかじゃない。



本当は。知りたいことも、言いたいこともたくさんあるけど。
…でも、言わないよ。修だって本当のこと隠してたし、嘘ついたもん。

───だからこれで、おあいこ様でしょ?


そう言い聞かせた相手は、修なのか。それとも、

『っ、うっ、青春返せバカヤロー…!』

びゅうびゅうと横を通り抜ける風に、目から水滴を流して潤してやる心優しい私になのか。
どっちかなんて分かんないけど、とりあえずこのふざけた涙をどうにかしなくちゃ。


あの顔も、声も、温度も何もかも全部おさらばだ。きっと今後会うことなんて殆ど無くて、会ったとしても今回の合宿以上に遠い距離でお互いを視認するだけ。
そう思うと無性に悲しくなるけど、これでいいんだ。いや悲しくなんてないからへっちゃらだから。

またいつもの日常に戻る。ただそれだけで、明日から普通にバイトに行って、バスケ見て、日向たちとバカ騒ぎして、いつかは卒論書いて就職して。
この四年間予想してきた未来を進むだけで、何も残念になんて思わない。

それでいて逆に、アイツは一生、今日のこと忘れてくれなければいい。私をこんな気持ちにさせたこと、ずっと後悔すればいいんだ。


大丈夫、この手の痛みも明日には絶対消えてるから。アイツみたいに、立ち止まって振り返るな。