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Still…

Episode.70 嘘つき…っ

普段女とは思えねぇ力を持つその手は、虹村サンの手から退こうとはしなかった。

「オメーらマジで覚えとけよ……」

前と横からカシャカシャ響くシャッター音の嵐に、虹村サンはひくりと口角を上げてぼやく。さつきとリコ…さんはこの人がどんだけ鬼畜なのか知らねーから終始笑顔でスマホをタップしてるが、ホントにどーなっても知らねーかんな。

めっきり喋らなくなってしまった虹村サンは相変わらず顔を腕に伏せたままだけど、耳が赤いのは丸見えだ。
俺らが初めて会ったときからこの人は凪紗のことただの友人だとは思ってなかった訳だから…中2だろ? 中3、高1…大学1、2……、ろく…うわ、6年……!? 6年越しかよスゲーな虹村サン!
さつきも未だにテツテツうるせーけど良く会ってたし、……やっぱ違うよなぁ。

「……何よ大ちゃん、その蔑むような目!」

「別に。お前はまだまだだなって思っただけだよ」

「何それぇー!」

「ちょっとさつきうるさい! 起きちゃうでしょ!」

「……もういっそ起こしてくれ……」

「「ダメ!!」」

「良いところだろーが、そろそろ着くぞー」

「良いとこじゃないですから!! ホラどっちにしろ起こさなきゃなんねーだろ」

虹村サンはガシガシと頭を掻いて凪紗を覗き込む。

「オイ着いたぞ、起きろ」

『……………………』

「白幡、起きろって」

「名前で呼んであげたらいいじゃない。そっちの方が起きるわよ?」

起きる時間が決まっていないときのガチ寝の凪紗は、確か起きるのがすこぶる下手くそらしいと何時だったかさつきが言ってた気がする。
ニヤリと笑うリコさんに「うっせーな!」と反論する虹村サン。……オイ、相田父の顔が鬼の形相だぞ。

「白幡起きろよ。白幡、っ……あああクソ起きろよ凪紗!」

『……………………』

「起きねぇじゃねーか!!!」

「誰も絶対なんて言ってないわよ?」

うふふふふと笑うリコさんに言い訳が見つからない虹村サン。相田父はにやけ顔に戻るしさつきは相変わらず上機嫌だ。
俺も思わず頬筋が弛むが、虹村サンにバレたら死ぬから俯いて耐える。

「おーい。とりあえず駅には着いたが、凪紗ちゃん家まで送るか?」

「いや、大丈夫です。こっからは歩いて帰りますんで(これ以上乗ってられっか!)」

力任せに凪紗が掴んでいた腕を振り解けば、その反動で凪紗もうっすら目を開ける。……最初からそうやらなかった理由は心に留めておく。此処まで黙ってる俺グッジョブ。

ごしごしと目をかく凪紗を「傷つくだろーが!」と止めさせる虹村サンはもはや母親に見えてきた。
車線的に扉は凪紗側から開くが、まだ寝起きで頭が働いていない凪紗はボーッと座る。ため息をついた虹村サンが身を乗り出して扉を開けてやり、凪紗を外に促した。

「着いたから下りるぞ」

『んー……』

「バカお前荷物持て「はい、虹村先輩」……クソ」

自分の荷物を綺麗に避けてよたよた外に出る凪紗。さつきが直ぐ様凪紗の荷物を持ち上げ、下りようとする虹村サンにそれを預ける。舌打ちをしながらも受け取った鬼の異名を持つキャプテンは凪紗に続いて車を降りた。

「……送って下さりアリガトーゴザイマシタ」

「「こちらこそご馳走さまでした」」

「オメーらなぁ……っ!」

「ちゃんと家まで送ってやれよトンガリ」

「……ッス」

時刻は七時過ぎ。そんなに遅くはないが、まあ普通だろ。

「…………青峰」

「は!?」

今まで唯一大人しくしてたってのに、虹村サンは鋭い目で俺を捉える。眠たくて若干揺れている凪紗の腕をちゃっかり掴んでいるのは見ないフリしとけよ俺。

「今日のこと……誰かに言うんじゃねーぞ」

「俺は言わねェですって! 危ないのは女二人…!「俺は忠告したからな」何でだよ!!」

理不尽だ!! と叫んでる最中に虹村サンは凪紗の腕を引いて歩き出しちまった。

クスクス笑うさつきを見る。幸せそーだなァおい。
二人の後ろ姿を見て、ふと “あの日” のさつきの泣き顔を思い出す。……他のやつらにあんな思いさせたのも、全部俺だったんだよな。



「はぁ? 届け物?」

「うん、虹村先輩から頼まれたの。お願い、青峰くんもついてきて?」

「何で俺が……、テツと黄瀬もいるんだろ。それに今日もオメー部活なんだしよ、待ってるのダリィじゃん」

「だ、だから一緒に部活やってさ! それから行こ?」

「ヤダ」

「お願い! テリヤキバーガー奢ってあげるから! 今日だけはお願い!」


何時にも増して、真剣だった。……まあ、久しぶりに運動するか、なんて理由で部活に出て。この時俺が行かなければとも思ったけど、……そしたら赤司がきっと凪紗の宝物を壊してたかもしれない。そうしたらやっぱり、俺はとりあえず行くしかなかったんだろう。

普通の話の流れでさつきが赤司に凪紗と会うことを伝えると、コーチからサボりのお許しが出たことも伝えなくては、みてーなこと言ったソイツも凪紗に会うことになり、たぶん心配になったんだろう緑間と紫原も付いてきて。
何だかんだで結局 “キセキの世代” なんてふざけた冠をつけられたメンバープラスさつきとテツの七人で校門へ歩いた俺たちは、閉まりかけた校門に寄りかかって携帯の明かりで単語帳を捲る人影を見た。


「……あっ、凪紗先輩!」

『お、珍しい。全員揃ってんだ』

さつきを待っていた凪紗は単語帳と携帯をブレザーのポケットにしまうと、少し嬉しそうに笑う。……なるほど、この顔のために俺は部活に駆り出されたのか。

辺りはすっかり闇色に染まり、俺たちは街灯の下を選んで進む。渡したいものがある、と言ったさつきに凪紗は頷いて、十字路の手前、少し広めの私道で足を止めた。
先に前に出たのは、さつきとテツと黄瀬。全員が全員とも湿気た顔をするから、凪紗が訝しみつつ笑う。

『何、不幸の手紙でも渡されんのコレ』

「ちっ、違いますよ! そんなんじゃないんですけど……、……その、預かったんです」

某テーマパークの小分け用の袋が、さつきから凪紗の手に渡る。前にいる3人以外、俺らは中身を知らない。
月明かりが袋を開ける凪紗の様子を不気味に照らす。手の中に落ちたのは、……この暗さには不釣り合いな虹色だった。

『……えーっ、と? 何で修のリストバンドが私に?』

「……頼まれたんです。虹村先輩に」

ひくりと顔を強張らせた凪紗にさつきが若干怯えながら伝えると、凪紗は『ハッ』と乾いた笑いを溢した。ガサガサと袋の中に入れ直したそれを、さつきに突き返す。その表情は酷く苛ついていて、ここまで怒ってるのは初めて見るものだった。

『何の冗談だよアイツ……。人に頼んで返そうなんて礼儀がなってないんだよ』

「あ、いや! そうじゃないんス『悪いけど受け取ってくれませんでしたって言って返しといて』

「……出来ません」

黄瀬の台詞に被せたのは凪紗だったが、そいつの言葉を切り捨てたのはテツだった。俺たちは後ろにいるからテツの表情なんて見えないけど、それは凪紗にも似たようなことかもしれねぇ。テツは少し俯きがちに言う。

「返せないんです、白幡先輩。───虹村先輩は……、もう、もう日本【ココ】にはいらっしゃらないんです」

『…………どういう、こと?』

「キャプテン、お父さんの具合が悪化して……!」

「……昨日の放課後に、……アメリカに向かわれたんです」

テツの言葉に、凪紗だけじゃなく俺たちも目を丸くする。唯一反応を崩さなかったのは赤司で、色の違う両の目でしっかり凪紗たちを見据えていた。

凪紗はリストバンドを袋ごと握ると、苦笑いをしながら首を横に振る。

『は? 嘘だよね? だって私、何も聞いてないよ?』

「急遽決まったので伝える暇がないと……」

『待って、だって……、……卒業式までは、いるって言ってた……!』


今思えば。凪紗や虹村サンは、俺たちと1つしか違わねぇけど歳のわりに大人びてた。それは “先輩” って意識がそう見せてたのかもしんねーけど、それでもやっぱり俺たちにとっては大人に近い存在だった。
そんな凪紗が、初めて中学生に見えたのがこの時だ。聞き分けのない、ってほどじゃないけど。認めたくないと拒絶する姿が、むしろ俺たちより幼く見える。それは別に貶している訳じゃなくて、……ただ、コイツにとっての虹村サンの存在を目の当たりにさせた。

『ど、して、……嘘つき……っ』

親父さんの一大事だ。凪紗の “嘘つき” が、それほど重い意味を持っていないことは俺でも理解できた。そう言うしかなかったんだろうなって。
でも、たった一人。────紫原が……、それを流せなかった。

「それさぁ、アンタにも言いたいんだけどー」

さつきとテツの間に割って入る紫原。凪紗が完全に見えなくなったのが不安で、俺は慌てて横に回った。そこから見た紫原の目は、……怒りというには哀しげで、悲しみというには凶暴過ぎた。
容赦なく浴びせられる言葉に、凪紗の目が再度大きく開かれる。途中で凪紗は慌てて誤解を解こうと紫原のブレザーを掴んで見上げたけど。

「うるさいな!」

「「紫原!」」「紫原っち!」「紫原くん!」「むっくん!」

赤司を除く俺たちの声は、ドンと肩を押された凪紗の手からすり抜けたリストバンドと共に地面に落ちる。凪紗は黄瀬が支えたから二、三歩後ずさっただけで済んだが、袋からは中身が出ていた。流石の紫原も衝動的になりすぎたとバツの悪い顔をしている。


そんで、声を出した全員が見下ろしたそれを拾ったのは、……赤司だった。

「確かに、敦の言う通りだ。けれど気にすることはないよ、凪紗」

『あか、し、?』

誰よりも礼儀とかマナーとかを叩き込まれているはずの赤司が、先輩にタメ口を利いた挙げ句呼び捨てにした。
凪紗は赤司をお坊っちゃんだとか何だとかそういう目では一切見ない人で、さつき曰く赤司もそれを居心地よく思っているらしかった。事実俺から見ても、赤司は凪紗の前では少し印象が変わってたと思う。それはつまり、少なくとも赤司は凪紗を慕っていた筈と言うことだ。
なのに、呼び捨て? ……いや、慕っていたからこそ、名前で呼ばれたのか……?

驚いた凪紗に、赤司はクスリと笑う。

「もう僕たちには、普通のマネージャーなんて必要ない。だからもう凪紗が様子を見に来る必要も無いよ」

その言葉には全員が赤司の名を叫んだけれど、届きはしなかった。

『……お前、それ本気で言ってんの? ふざけんなよ、私が見に行く元凶の一つは誰だと思ってんだ』

「さぁ。例えそれが僕だとしたところで、キミには何も出来ないだろう?」

凪紗は自覚があるのか、そこで言葉を詰まらせる。それを嗤った赤司は、突然ブレザーのポケットからライターを出した。

「ああ、このリストバンドも要らないっていうならこちらで処分しておくよ。ライターを拾ったんだ、丁度いい」

『は?』

「オイ、処分ってなんだよ……。これはお前のもんじゃねーだろ赤司!」

「ゴミは誰のものでもないだろう、大輝」

「ふざけんな! 凪紗に返せ、よ!」



────俺が一番選択を間違えたのは、この瞬間だったと思う。リストバンドを持つ手じゃなくて、ライターを持つ手を掴むべきだった。そうすれば……、
振り払おうとした赤司の手から離れてしまった虹色が、たった二メートルもない先の十字路に落ちたりすることも。それを追いかけた凪紗が、車と接触することもなかったのに───。

暗闇の中で、凪紗だけが異様に照らされたその瞬間。幸い車はすぐ先の自宅に向かってブレーキを踏んでいたらしく強い衝突ではなかったし、クラクションさえも聞こえなかったが。
それでも、凪紗が突き飛ばされるには十分で。
意識の無い表情が、中高の俺らにとっての凪紗の最後の表情だった。


「あ、カラフルズくんたち! また来てくれたのね、ありがとう。相変わらず車に轢かれたなんて大袈裟なくらいすごく元気にしてるよ。だけどやっぱり、」

「会えません、か?」

「……ごめんね。ただ、君たちをどうこう思っているわけではないんだよ? あの子が自分から飛び出したって言っているし、加害者の方にも勿論こちらから謝罪して示談で済ませているから」

「……いえ。本当に、済みませんでした……」

「ううん、謝るのは凪紗の方。恐い思いさせてごめんなさい。きっとトラウマになってしまっているよね、あの子もそれを心配しているんだけど……。……それでも合わせる顔がないって言うから、母親としては落ち着くまでカラフルズくんたちをここで止めておきたいの。協力してくれる?」

「……はい」


赤司以外のメンバーで何度も訪ねた先で話す凪紗の母親は、俺たちをカラフルズと呼んだり、さつきを可愛いと持て囃したり。喋り方や笑い方が凪紗にそっくりだった。……少しズリぃ頼み方もな。
そんな風に言われたら俺らは従うしかなくて、五回目くらいに行くのをやめた。退院するのを待って会いに行こうって話になった。

けどそっから、俺たちは壊れていった。心のなかに不味いものがずっと残ってて、飲み込めない肉を食ってる感覚のままバスケをする。周りの環境もそんな自分も、全部理解したくなかった。
さつきが調べたって凪紗の情報が上手く掴めなくて、そっちも苦い思い出で消えていくもんだと思ってた。



こうしてまた話せるようなったことについて、きっと凪紗は何も思っていないんだろう。あいつ自身が “あの日” の事故を気にしてねぇのは分かってる。
でも、あんなの無かったことにはできねーから。

相田サンの車から降り、スーパーに向かう途中でさつきが俺を見上げた。

「凪紗先輩たち、今ごろ和解してるかなー」

「あー…、そうだといいな」

「! うん! 私もそう思う!」

やっぱり俺たちは、これから一生あいつに笑ってて欲しいって思っちまうんだろう。
それがエゴで、自分達の罪悪感を薄めようとしていると言われちまっても。……本当にアイツを思ってることにはならないかもしんねーけど、そうするしかできない。

「……これでいいんだよな」

「え?」

「……いや、あとはもう見守るしかねーって話だ」


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