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Still…

Episode.65 嫌だよ行かないで

余ってしまったオレンジジュースとリンゴジュースを配り歩き、冷蔵庫も綺麗に空になった。コンロやシンクはピカピカになったし、私、凛ちゃん、実渕、火神くん、桜井の5人はそれぞれ自室に戻る。掃除は朝のうちに各部屋が終わらせているけれど、今一度忘れ物が無いか確認するのだ。……うん、私の部屋は大丈夫みたい。
それが終わったら各自ロビーに集合し、他の人の終わりを待つ、又は助っ人で駆り出される。凛ちゃんと火神くんは力持ちだという理由でトラックへの荷運びにまた回されていた。ドンマイ!

大切な連絡事項や最後の締めは昼食の終わりにやっているので、東大組とは全員が揃うと早々にお別れとなった。
まこっちから距離を保つために何となく近くにいた木吉の陰に隠れて見送っていると、みんながバスに乗る前にその場で整列をする。今吉サンは備品トラックと一緒に先に行ったらしいので、諏佐さんが代表として声を上げた。

「この度は宿舎の用意にはじめ何から何まで大変お世話になりました!」

「「「お世話になりました!!」」」

日本一の大学である東大には変人ばかり集まると言われるのに想像以上に普通の体育会系のノリで思わず笑っていると、突然「特にマネージャーの皆さん!」と叫ばれる。

「相田さん、桃井さん、トレーニングをサポートしてくださりありがとうございました」

「「「あざーした!!!」」」

「「あっ、ハイ! こちらこそ!」」

照れ臭そうにペコペコとお辞儀する我らマネージャー2人が可愛い。東大にはマネージャーが居ないからな、女の子もさぞかし新鮮だったのだろう。眼の保養って大切だ。

「そして白幡凪紗さん!」

『っは、はい!』

「あんなに豪華で美味しい食事を毎日ありがとうございました!」

そう言った諏佐さんに続いて、今度は一斉じゃなくバラバラと声が届く。

「マジで上手かったです!」
「あれがご褒美でした!」
「差し入れのデザート最高だった!」
「生きて帰れるの君のお陰だから!」
「あの! 良かったら今後は俺のために飯を…痛っ!?」

おい、おいおいおいおい。なんだこれ。何このサプライズ。突然の温かい思いに思わず目が熱くなった。

『ゔっ、え゙っ、皆さんお疲れさまでしたぁぁーっ!』

「何で泣くんだよ」

まこっちの突っ込みなんてどーでもいい! こんなに嬉しい言葉を浴びせてくれるなんて。

『私、とーだいに入りたい……!』

「「「「無理だから諦めろ。」」」」

『辛辣!!』

前からも後ろからも非難が飛んできて涙も引っ込んだ。木吉、生温かい目で頭を撫でるのはヤメロ。全て解せぬ。

というわけで、東大組の乗るバスを感動の中で見送った私たちは一旦宿舎へ戻る。前の方にいた私は必然的に最後尾で、木吉と日向と伊月と4人で固まって歩いていた。

ふと合間から見えた後ろ姿にぶわりと罪悪感が沸く。……嘘は一つもなかったけど、私は最後に最低なことを言おうとしたんだよな。……また謝らなくちゃいけないことが増えてしまった。自己嫌悪に浸って、宿舎の入り口前にある階段を登る彼から目を逸らす。
────けど、もう一回視線を戻した。違和感があって、じっと観察する。背中から下へ下へと注意を下げて、5段目にかかった足に行き着いた瞬間。私は足を止めた。

「白幡?」

木吉が私を呼んで、日向たちも止まる。
リコが何も言わないなら、ただの勘違いかもしれない。……でも、まだ気づいていないだけだったら。
どうするか、とか。今までの確執とか。この時だけ、私から消え去っていた。

─────『修!』

澄み渡る青空に、私の声が響く。宿舎に入ってしまった人以外の全員が肩を揺らして振り返った。もちろん、アイツも例外じゃなく。
私にしてみれば、驚いた顔で私を見ているその普通さが憎たらしい。お得意の何食わぬ顔ですかコノヤロー。じとりと目で詰りながら、私は命令をした。

『そのままゆっくり、しっかりコッチに歩いてきて』

「……は?」

『いいから踵からしっかり踏み締めて来いって言ってんの!』

「……横暴な命令だな」

眉を寄せる修からは目を離せなかった。
そう、これは。頼み事じゃなくて命令だ。嫌な言い方だけれど、何でもないならそれで良い。命令じゃないとアイツは動いてくれないからそうしただけで、……無事ならそれで、いい。
疑問を持ちながらも修だって普通に動こうとするから、あぁやっぱり思い過ごしだと言い聞かせようとした、その時だった。

「っ、」

先に右足を置き、そこに重心を移動させていざ左足を上げたその顔が、僅かに歪む。そのあとに、私を見てから気まずそうに視線を横に投げた。

『言わんこっちゃない…!』

何時だってそうだ。喜怒楽不満の表情はすぐに顔に出すくせに、肝心な哀や苦、痛みはどうして隠そうとする。……バレないと思ってるの? 私が気づかないとでも、思ってるの?
ズカズカ歩いて目の前に立てば、向こうはおたおたと背筋を反らした。気づいたらしいリコが宿舎内に小走りで入っていくのを見ながら足元にしゃがみ込み、無遠慮に足首を触る。

「オイ…!」

『いつやったのコレ』

「大したこ『何時だって聞いてんだよこのまま足持ち上げて転ばすぞァア ゙?』……さっき、片付けの最中に」

凄めば観念したようにボソボソと答えが返ってくる。明らかに尾っ子引いていた訳でもないし、内出血や酷い腫れも今のところは見られないけど。

「凪紗! 中まで連れてきて!」

リコの声が聞こえて、私も立ち上がる。治療や診断はそういう学部にも進んだ彼女の方が適任だ。

『ひとりで歩ける?』

「…おう」

『ゆっくりでいいから早くして』

「どっちだよ」

分かんないやつだな。どっちもだよ。理不尽だとは思うけれど、こういうのは早く処置したくて堪らなくなる。

木吉は身長が合わなすぎるから言わなかったけれど、伊月と日向も肩を貸そうかと声をかけた。修は「いや、大丈夫」とそこそこ普通に歩く。もし例えキツかったとしても、コイツは無理矢理じゃなければ誰かを頼ったりなんてしないだろうけど。


宿舎に入るとロビーにある小さなテーブルとソファーにリコがいて、修もそこに座った。
足首を少しだけ曲げさせて「軽い捻挫ね」と診断したリコ。

「一応聞くけど、捻挫癖は無いのよね?」

「おう。久しぶりにした」

「そう。とりあえず湿布貼っておくわ。もしも痛みが出たり腫れが酷くなったら直ぐに病院に行くのよ」

手際よく包帯を巻き付けるのを見ていると、木吉が後ろから私に声をかけた。

「普通に歩いてたように見えたけど、何で分かったんだ?」

『……階段、登るとき左足からだった』

「え?」

リコが驚いたように視線をくれる。修も、たぶん同じだけど、私は白く補強された足だけを恨めしく見ていた。
人には利き足と軸足があって、階段を上るときに先に上げるのが前者、下りるときに踏み出すのが後者とされる。サッカーでボールを蹴るのも全て利き足がやるし、軸足は体全体を支える役目を持つから片足に重心をかけて立つときに腰に手を宛てた側でもある。コイツの利き足は右、軸足は左だ。

『そのあとも右足を軸にする時間が明らかに短かったから』

「まさか、それだけで?」

「すごいな」

『あとはしっかり歩かせる実験して顔色で判断した。………何で直ぐ言わないの』

リコと木吉、どちらにも首を振って私は決定打を告げる。それから修を睨み付けると、バツが悪そうに唇を尖らせた。

「そんなに痛くなかったし、」

『お前2週間ドクターストップかかったときもそう言ったじゃん学習しろよナメてんの?』

「……凪紗、『捻挫が癖になったらどうすんの? もうバスケ出来なくなったら「凪紗

外されていた視線が、合わさる。周りの音が全て消えてから、至極真面目な顔と声とが、私を“イマ”に戻した。

「俺はもう、プレーヤーじゃねぇから」

『ッ…………!』

直ぐ様足を引いて、木吉の後ろに隠れた。そうだ。そうじゃん。何焦ってんだ私。てか普通に会話してんのもバカか。

『……そうだった、ごめん』

捻挫の治療期間が延びたって、言いつけ破ってバスケをするような原状じゃない。あー暫く息抜きができねぇなって、そんな程度で。生活に多少の不便はあれど、致命傷なんかじゃない。
焦って責める必要なんて、どこにもなかった。修の方がよっぽど現実を見ている。

「いや、謝ることじゃねーし、……その、……白幡も相田もサンキューな」

「あ、うん」 『…………っ』



ソファーの脇息部分においた腕に体重をかけて立ち上がった修。
何となく纏わりつくぎこちない空気を割いたの景虎さんだった。

「このあと流れ解散なんだよな?」

「そうね。届けてもらった備品の片付けは明後日に回してるから、大学まで行ったらもう解散よ」

「じゃあリコは俺の車でいいんじゃね?」

備品は先に出発した赤司が体育館に入れておくと言っていた。私たちも間に合えばその作業を手伝うけど、倉庫に入れ直したりするのは後日だ。
とは言え、その作業があることを気にしたリコは頷かずにいる。そこでカッコ良く許可を出したのは笠松先輩だ。

「どっちにしろそれは力仕事だし、俺ら男でやるから車で帰っていいぞ。わざわざ遠回りする必要もねぇからな」

『笠松先輩イケメンかよ』

「いや、お前は手伝いだべ」

『福井先輩? 泣きますよ?』

お言葉に甘える形で、リコがバスではなく自家用車にて帰宅となる。景虎さんはついでと言った感じで足を怪我した修を指しながらリコに聞いた。

「このトンガリの家って近いのか?足やってんなら家まで送ってやるよ」

「えーと……」

アイツ、トンガリって呼ばれてんのか。……まあ日向なんてプッツンメガネだしな。修が最寄り駅の名前を言うと、景虎さんは「なら通り道だな」と頷く。
それで? なぜ私を見てるんだいリコちゃん?

「なら凪紗も乗りなさいよ。あなたもそこの駅でしょう?」

『え゙。いや、私はバスで結構です!』

「遠慮すんなって」

『備品運び手伝わなきゃなんないですし!』

福井先輩を手で差し示しながら訴えれば、景虎さんはサングラスをちょっと下げてガン飛ばす。

「ンなのは野郎の仕事なんだろ?なぁオメーら」

「「「「………ウス。」」」」

『福井先輩!?』

「じゃー決定だな。」

『いや、ちょ…っ!』

「あ、カゲトラ。ならワタシとショーゴはバスに乗るよ。ルームメイトもバスだからな」

「俺もかよ」

「そーか。女子2人乗るならさつきちゃんも乗せねぇとな。近いか?」

「えっ、あっはい! 凪紗先輩たちと二駅差です」

「ならオッケー。もう一人誰かいるか?」

「じゃあこのガングロ宜しくお願いします! 家隣なんでっ」

「ガングロっつったのか? オイさつき今ガングロって……」

というわけで、笠松先輩が「んじゃ俺たちも移動すっか」と流れを作り、皆が荷物を持ち宿舎を出る。
────え、ちょっと。この会話終わり!? マジで言ってんの!?
場所のケンカにならないようにバスの座席は行きと同じだ。私は中村マンの隣になるはずだった。後ろと前もいつメンだし、またトランプでもしようと思っていたの……に!
バスに乗ろうとする中村の腕を掴む。

『嫌だよ行かないで!! 中村の隣がいい!』

「ごめん、行きで葉山と早川が2人でサービスエリアで迷子になりかけたろ?あれで実渕とお守りなんだ。どっちにしろ隣には座れない」

『おいクソ餓鬼共ちょっと来いや』

「「ごっ、ごめんて!!」」

「ほら凪紗先輩行きますよ! 大ちゃん手伝って!」

「腹くくれよ凪紗ー」

『離せよゴキブリ! ガングロ! じゃあ強面イケメン!筋肉万歳!「うし、絶対ェ離さねぇわ」嫌ぁああああ!!!!』

青峰に両脇下から腕を通されながらズルズルと運ばれて車に運ばれる。手を振る黄瀬がスゲー腹立つわ。嬉しそうな顔してんなぁオイ、次会ったらその面潰したる。

「もう凪紗先輩っ! 虹村先輩がかわいそうですよ!」

「なっ!? オイこらテキトー言ってんじゃねぇぞ桃井!!」

『じゃ、じゃあせめてさつきの隣だよね!? ねっ!?』

「下りる順考えると私は大ちゃんの隣なので」

『ジーーザーーースッッッ!!』

青峰に運ばれ終えても尚、意地でもさつきの腕にしがみつくと、横から見覚えのありすぎる腕が飛んできた。

「いい加減にしろ!!」

『痛っ!?』

まさかの躊躇いない修の鉄拳が頭を揺らす。咄嗟にさつきから離した手で頭を押さえると、その隙に彼女は青峰を押して2列ある後部座席の一番後ろに乗り込み中列をガシャンと戻してしまった。
その音に絶望を露にすれば、今度は目の前の人が顔を真横に逸らして手の甲で口を隠した。

「……ンなに嫌がんじゃねーよ…………」

『っ、』

─────こっ、小声でそんな風に言うなよ卑怯者ォオオ!!!