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Still…

Episode.63 最初はパー!

宮地さんの前で片膝をついて揚げたてのカキフライを献上する白幡さん。その隣で冷めた視線を注ぐ福井さん。そしてそれを指差して笑う高尾。
宮地さんは「どんだけ待ったと思ってンだよお前を揚げるぞ」と怒りを露にした。 それに応える白幡さんの言葉は『ご尤もで御座います。お詫びの分だけ愛を詰めました』。至極真面目な顔をして言う先輩のこういうところが、今回の火種を大きく燃やしたと思うのだよ。
「アホか」と白幡さんの頭を叩く宮地さん。この先輩も、こういうところに虹村さんを匂わせる。

白幡さんはそのまま大坪さんと木村さんにもカキフライを渡した。

「ありがとう。……お、美味いな」

「あぁ。この五日間俺は白幡の飯を褒美に頑張ったぜ!」

『幸甚の至り……! 南無阿弥陀仏南妙法蓮「色々間違ってるのだよ!」

顔の前で両手を合わせて何故か南無をし出す白幡さんにはさすがの俺も突っ込まずには居られなかった。
それは仏に帰依する為のものであるし、そもそも南無阿弥陀仏と南妙法蓮華経では中身も宗派も違う。それを説明してやると、白幡さんは感心したように頷いた。

『さすが医学部』

「関係ないのだよ」

今の今まで全員の注目を集め、この場を断崖絶壁に作り上げていた本人が、怒りの片鱗も見せずにこの調子だ。大抵の人間が心に何かスッキリしないものを残しながらも、興味は薄れた。というより、息を吸いやすくなった空気に安堵して同じ状況は作るまいと思ったのだろう。


白幡さんは高尾にカキフライの売り子を頼み、何故か俺も同行することになった。全てを空にして戻ったときには、白幡さんは大坪さんと木村さんに挟まれて接待を受けているような状態で、福井さんが時おり肉を奪ったり宮地さんがニンジンを勝手に置いたりと茶々を入れる。……ニンジンがお嫌いなのだろうか。

白幡さんはご丁寧にそのどれにも対応するから、宮地さんたちも楽しそうに笑っていた。それを遠巻きに見る高尾が唸ったような声を出す。

「宮地サンってさー、3年の中で一番に凪紗サンと仲良くなってたよなー」

「そうだったか?」

「とか言ってー! 真ちゃん含め帝光のやつらはみんな恨めしそうにあの2人や日向サンたちを見てたの俺知ってんだからね!」

「なっ! 俺は別に……!」

「てかさー、凪紗サンって罪な女だよなー」

“恋愛的な意味じゃなくてさ” 。そう言った高尾に、俺は返す言葉が見つからなかった。
“恋愛的” じゃないと言うのなら、…… “友情的” な意味だと言うのか。確かにあの人は放っておけない気にさせられるし、一度懐に入られると存在感は大きい。
高1のWCが終わって黒子の誕生日を祝うために集まったときに確認したが、俺たちの問題が片付いて最初に見えたのは白幡先輩のことだった。



思えば、彼女は。赤司に最初に敗北を教えた人だったな。俺は少し先で宮地さんにカキフライを口に埋め込まれている白幡さんを見て帝光時代に意識を傾ける。
あれは1年生の5月が開けた頃で、昼休みに赤司と2人で真田コーチからの伝言を虹村さんに伝えようとした日だったか。彼はまだ主将ではなかったが、それでもコーチからの期待と信頼を背負っていたのが窺えた。

「済みません、虹村さんどこにいるか知ってますか」

「あ? あースマン俺は分かんねぇわ。───けど、おーい白幡ー」

赤司の情報で虹村さんの教室を訪ねたが、そこには居らず。偶然扉のすぐ近くに座っていた関口さんに聞くと、彼は首を傾げた後で窓の方へ振り向いた。
そこにいたのは、マネージャー副リーダーの白幡凪紗さんだった。
俺たちの部活は1軍から3軍まであるが、マネージャーもそれに合わせて各学年で2、3人ずつ軍の担当を作る。どのような要領で決まっているかは分からないが、彼女は1軍のマネージャーだ。ボールや備品の管理を任されている身でもあるから2軍や3軍にも行き来したり、倉庫にいることも少なくない。

『んー? どうしたぐっちー』

「虹村どこにいるか知ってっかー?」

『あー、今中庭の方の自販行ってるわー』

「……だそうだ。虹村のことなら俺らよりもアイツに聞いた方が早いぜ、大抵の行動は網羅してっから」

「……白幡さん、ですね。あの二人は、幼馴染みなのですか?」

赤司の質問は尤もだ。青峰のことも大抵は桃井に聞けばわかる。だから2人もそういう類いだと思っていた。しかし、関口さんは首を横に振る。

「いんや、小学校が同じだったんだと。つっても仲良くなったのは中学入ってかららしいけど。ただでさえ休みの無ェ部活だってのに、アイツら休日も一緒に備品買い出ししたり試合観に行ったりしてっからほぼ毎日顔見てんだよ」

「なるほど……」

中1から仲良くなったというのなら、まだ1年しか経っていないことになる。それであの親密度ならば、ほとんど毎日なんて言葉も強ち嘘ではないようだ。
お弁当を片付けながらこっちに手を振る白幡さんをどこか眩しそうに見て頷く赤司。名門の一人息子となればそういう関係が少し羨ましいのだろうか、などと考えてしまう。

そのあと関口さんに一礼をした俺らは、共に自販機に向かう。
白幡さんの言う通り虹村さんは自販機で飲み物を取り出している所で、俺たちに気づくと手を挙げた。

「おう、赤司と緑間。俺に何か用か?」

「はい。真田コーチから明日の昼休みに次の試合について話すから職員室に来いと言伝てを頼まれました」

「おー了解。あんがとな」

そう言った虹村さんはその手に既に1つオレンジ色の缶を持っていたが、また小銭を入れて同じ商品のボタンを押す。ガコンと音をたてて落ちてきたそれを取り出す虹村さんに、赤司が声をかけた。

「それ、1本は白幡さんのですか?」

「あァ? ……あー、まぁ。今日じゃんけん負けたからな」

「じゃんけん?」

「いつも朝にじゃんけんして、負けたら一本奢ンなきゃなんねーの」

「へぇ……」

「……なんだよ」

「いえ、そういうゲームはあまりしたことないので。楽しそうですね」

赤司の言葉に、虹村さんは視線を上に向けて小首を傾げた。

「楽しいっつーか、一年以上やってっともはや腹の探り合いだぞ。昨日とか一昨日の手を考えて裏かいて……って、無駄に頭使うかんな」

「無駄だと思うのに止めないんですか?」

「赤司っ……!」

何らおかしな質問はしていない、という風の赤司に俺は思わず焦る。やはり考え方や価値観の差異は否めないな。
虹村さんは眉を寄せて赤司の頭を小突いた。

「はァ? アホかオメー。ただのゲームや遊びをそういう話に持ってくなよ」


────『そうそう、人間の娯楽なんて全部無駄なことじゃん』


そして突然話に入ってきたのはさっき見かけたばかりの白幡さんで。俺らの後ろから現れたかと思えば赤司の首に腕をかける。彼女は基本パーソナルスペースが狭い。

「白幡さん」

『ってことで赤司。出さなきゃ負けよ最初はパー!!』

普通にグーを出した赤司は、目先にあるパーに小さく口を開ける。あの赤司が唖然としているのを見た俺がやっていてももちろんこの勝負は負けていただろう。

『お、グー出してんじゃん。ハイ、赤司の負け! お前も私にオレンジジュース一本寄越せ』

ニヤニヤ笑う白幡さんの頭を虹村さんがバシンと叩く。

「なに卑怯な手で後輩にタカってンだオメーは」

『卑怯じゃありませんタカってません。最初はグーなんて誰が決めたんですか私が変えても何らルールに支障はないでしょねぇ赤司くん?』

「……じゃんけんに負けたのは初めてです……」

『「え、マジで?」』

じゃんけんですら負けを知らない赤司。後に他の勝負においても初めて敗北を期した瞬間だったと語るから、俺は白幡さんにそれを絶対伝えるなと釘を指した。あの人なら調子に乗って赤司を弄り倒すだろう。
……ちょっと見てみたい気もするが、何だかんだで庶民的常識が無い赤司がそれで不登校になる可能性も否定できない。

苦笑いした虹村さんは赤司の肩を軽く叩く。

「まァ赤司、最低な勝負だが負けは負けだ。今日は奢って、明日から勝ち越せ」

「そうします。後悔させて済みません白幡さん」

『オイ何で後悔するのが既に決定事項なんだよ』

「っ!? や、やめてください!」

赤司の髪をグシャグシャと掻き乱す白幡さんに、俺も本人の赤司もギョッとした。けれど虹村さんは口角を上げて自分の分のオレンジジュースを口にする。

『おい修、聞いたか今の反応! 可愛いな赤司』

「オメーはオメーで完全にクソ変態野郎の反応だけどな」

虹村さんは呆れたように言い捨てながらも、白幡さんの頭を片手で同じようにガシガシ弄った。『やめろ!』と叫んで手はそのまま脚だけ後ろに回す白幡さんに俺と赤司は驚いたが、虹村さんも軽く避けている。
彼が離れたことに満足したのか、白幡さんはまた赤司の髪を弄りだした。

『チクショーこんな生意気な色してんのにツヤサラとか意味わかんねェクソが世の中の女子に謝れよコノヤロー』

「何もしてませんが、」

『赤司財閥の御子息のシャンプーとドライヤーの問題かよあァン?』

返答に困って赤司が苦笑いをする。……普段よりずっと年齢相応の表情だと思ったのは俺だけの秘密だ。
すると、校舎と第1小体育館を結ぶ連絡通路から先輩たちを呼ぶ声がした。

「虹村ー! 白幡ー!」

『「おー」』

「お前ら暇か? 昼休み終わるまでの残り20分卓球やんね?」

「凪紗メシは?」

『食べ終わった。 それダブルスー? 景品はー?』

「人数いるしダブルスかなー。景品は明日の購買パシリ権!」

「『乗ったァ!!』」

声を揃えてニッと笑った彼らに、「相変わらず仲良いなお前ら」と苦笑する名の知らない先輩たち。去り際に白幡さんは赤司の、虹村さんは俺の肩を叩いて小体育館に向かっていく。


赤司は2人の背中が見えなくなったところで、俺を見上げた。

「緑間。今財布は持っているか?」

「は? あぁ、貴重品だからな」

「そうか。なら……───最初はパー!」

「む!? 赤司! ズルいのだよ!」

「ズルくないさ。白幡さんも言っていただろう? ああ、緑間。俺もオレンジジュースが飲みたい」

「くっ、やられたのだよ!」

先の赤司と同様に反射的にグーを出した俺は、クスリと笑う赤司に虹村さんと同じボタンを押す。缶ジュースを初めて手にしたのか珍しげにそれを受け取りしげしげと眺めた赤司は、プルタブを丁寧に開けて口をつけた。

「ふむ。果汁100パーセントじゃなくてもそれなりに味はするんだな」

「それ、虹村さんと白幡さんの前では言ってはならないのだよ」





───「……俺さぁ、名前だけなら高2んときから凪紗サン知ってたぜ?」

「何だと?」

「だって真ちゃんたち、和解してからキセキのメンバーと会う度に必ず凪紗サンの名前出してたもん」

高尾の言葉に、悪いことをしていたわけではないがギクリと肩が揺れた。思い返せばその通りだろう。
白幡さんへの関心は、虹村さんをも越えるもので。それは、“あの日” あそこにいた俺たち全員が、これまでの事を真っ先に彼女へ償わなければならなかった故かもしれない。

「真ちゃんたちさぁ、…………凪紗サンに何したの?」

「……恐らく、虹村さんや宮地さんだけでなく、────高尾。お前にも殺されるようなことだろう」

「は? ……え、マジで?」

「マジなのだよ」

一生、忘れることはないだろう。俺なんかは特に、このまま医者になればそれを職としている間、絶対に忘れられない。
医師の道へ進んだ理由は家の事情も勿論あるが、そんな用意されていたものだけではない。俺なりに医者になろうと思ったきっかけが、……敷かれていたレールに車輪を填めた瞬間があったのだ。

“あの日” の白幡さんを見て、応急処置になるような知識が頭の中から忽然と姿を消した。あの瞬間だけ “元に入れ替わった” 赤司がソレをするのを、桃井たちの声の中でただ呆然と見下ろしていた。
指先と脳が酷く冷たく、血の気が全く得られないその感覚を、俺は今でも鮮明に思い出せる。

正直、バスケでの敗北を知るまで、俺はトラウマの光景から逃避する手段としてバスケをやっていた節もあった。
誠凛に初めて負けた瞬間には “あの日” から続く人事の尽くせなかった日々を痛感し、バスケをしていても良いのか考えたが。思い悩む俺を止めたのは黒子だった。

「絶対に、辞めてはいけませんよ、緑間くん」

「……何故、そう言い切れる」

「誰よりも僕たちがバスケを楽しく続けて欲しいと願ったのは、白幡先輩です。ここで辞めれば、彼女と逢える可能性だって低くなる。……僕は、君たちを倒して、全員で白幡先輩に謝りに行こうって決めたんです」



───「だから俺には、白幡さんが望む方にしか賛成できない」

「ふーん。珍しいね、真ちゃんが他人の人生に関してそう云うこと言うの」

「それが俺の人事の一つだからな」

高尾は白い歯を見せて笑うと、「余りのカキフライ、食べよーぜ!」と俺の腕を引く。引っ張るなと諌めながらもコンロに近付けば、白幡さんが俺らを見上げてニヤリと笑った。

『お前らあそこでずっと突っ立ってたけど、私に見とれてたの?』

「丁度良かったです。今日のラッキーアイテムは鏡でしたので、使ってください」

『どういう意味だゴラ』


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