×
「#お仕置き」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

Still…

Episode.62 見たくなかったよ

……しゅ…っ、修羅場ァアアア!!!!
ちょ、どうするのよこれ!! ハラハラ過ぎる!! でもニヤニヤが止まらない!!!

私たち全員の視線の先には、花宮真に首を腕で絞められている凪紗と、彼女の手首を掴んだ虹村くん。言うなれば背中に今カレ、胸に元カレみたいなっ!?
いや、花宮真が凪紗の彼氏だなんて私はぜっっったい認めないけど!!

丁度同じくらいの背(少しだけ虹村くんの方が高いかしら)の二人は互いに睨み合っていて、真ん中の凪紗は今にも白目を剥きそう。

「何のつもりだ」

「……弱いものいじめならカッコ悪いからやめた方がいいと思うぜ」

虹村くん、────……言い訳下手くそか!!!
隣のさつきは手に汗握って「あぁもう虹村キャプテンのバカ!!」と小さく叫ぶ。

「もうそこは “俺のだから離せよ” って言ってしまえばいいのにぃい……っ!」

「ちょ、ちょっと落ち着きなさいさつき!」

砂浜に足をベチベチ打ち付けるさつき。あの3人に集中できないじゃない!
因みに、元凶を作った今吉さんは、少し離れたところで高見の見物をしている。うっわめっちゃイイ顔してるわ……。

「ふはっ、弱いものいじめ? 馬鹿言えよ。立派な復讐だっつーの」

『…おっ、オッケーまこっち。よく聞くんだ。復讐は復讐しか生まないよ?』

「何つった?」

『ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ』

息を吹き返したと思いきや、またバカなことを言って首を絞め直された凪紗。聞き直した花宮真の顔は恐ろしく笑顔だった。
そして、そんな風に扱われる凪紗を見てよく思わない虹村くん。人一人殺っちゃえる視線で花宮真を僅かに見下ろしている。

けれど花宮真は何のその。むしろそんな風に思われて嬉しそうに口角を上げた。

「その顔、随分不服そうだな?」

「別に。元からこういう顔なんだよ 」

「じゃあ文句ねぇならその手離せよ。肉がなくなる前に終わらせなきゃなんねぇんだから」

『きっと今からでも間に合わないから止め「うるせぇ」ぐえっ!!』

凪紗としては此処で手を離されては命がないけど、手を離さないでいられても困るでしょうね。まさに崖っぷち。

さつきは断然虹村くんを応援しているみたい。だけど私は正直、そこまで味方になれないの。花宮真の肩を持つわけじゃ決っっっしてないけれど、それでもアイツといるときは笑うのに、虹村くんといて笑顔になったのを見ていないのは事実よ。
だって、友情を誰よりも大切にしている凪紗があんなに誰かを拒否するなんて有り得ないと思ったんだもの。凪紗にそんなことをさせる其れなりの理由があったはずだわ。

今は花宮真がいるからあんなアホ面だけれど、きっとこれが2人きりだったら。凪紗は泣きそうな顔をするんじゃないかって思うの。ねぇ凪紗、違う?


花宮真は凪紗の頭を叩きつつ虹村くんの右手に視線を遣り、次は呆れたように言う。

「大体、こんなバカのどこが良いんだよ。足元見ねぇですっ転んだりタンスの角に小指ぶつけたりおちおち目も放せねぇだろ」

『ば、バカじゃないし!!』

「ンなん小学生からの話だろ。むしろ6年生で夏休み明けにランドセル忘れて自由研究に使ったカブトムシだけ持ってきた方が問題だったわ」

『お前は何年前の話してくれとんじゃァアア!! しかもカブトムシじゃなくてクワガタだから!!』

「知るか」

そしてそれに対抗した虹村くん。ていうか、低学年なら解るけど、6年生でランドセル忘れるって……。なのにカブ、あ、クワガタはちゃんと持っていったの? え、何しに行ったの?
そもそも小6の自由研究の内容が虫ってどうなのかしら。ああ、隣のさつき曰くソレ小3の青峰くんレベルらしいわよ、凪紗。

「エレベーター未だに乗り間違えるくらい学習能力ねぇしな」

『いや花宮ん家のアレ見た目違わないから紛らわ、って何で知ってんの!?』

「怖い話聞いたらまず一人で居られねぇだろ、ソイツ」

「寝起きの顔とかマジで地獄絵ず『やめろぉぉォオオオオ!!!』

花宮真の台詞を遮った凪紗。大分今の情報に参っているみたい。……ていうか、寝起きって何!?

『何なのお前ら! こう言うときってお互いの悪口言うんだよね! なのに黙って聞いてりゃあそれ何自慢!? 殆ど私の悪口なんですけど!?』

……あのね、凪紗。端から聞いたらどっちが貴女のマイナーなことを知ってるか自慢でしかないわ。
高尾くんとか原一哉とかはもう声を出さない爆笑を極めているし、何人かはただの痴話喧嘩になりつつある状況につまんなくなったのかバーベキューに戻り始めてる。

「「うるせえ」」

『がっ!』

2人分のチョップが凪紗の頭に入ったのを見て、私はやっと理解した。……なるほど、凪紗は “ある意味” 見る目持ってるわ。
こうして見ると、確かに重なるものがある。森山先輩みたいな見た目じゃなく、笠松先輩や宮地先輩の言動でもなく。

花宮真は、……咄嗟の仕草が、虹村くんに、誰よりも一番似てる。

もちろん他にも身長とかだって似てるけれど、結局大切なのはそれを自覚しているかどうかの話。その “咄嗟” は些細なこと過ぎて、あの子は気付いてないのよ。他のは明らさまだから分かるけれど、花宮真のそれは、とても途切れ途切れだから。無意識に見ないようにすることは簡単なんだわ。


頭を押さえて悶絶する凪紗から花宮真が虹村くんへ視線を移す。

「で?いつまで掴んでんだよ。今更手離せなくなったか?」

『「……っ、」』

花宮真の言葉に肩を揺らしたのは虹村くんだけじゃなかった。ギュッと凪紗を掴む虹村くんの手に力が入るし、凪紗も握られている手首の先で強く拳を作る。

花宮真は僅かに眉を顰めたあとで、それを誤魔化すように嘲笑した。

「ふはっ、そんなわけねぇよなァ? コイツはもうお前のもんじゃねぇんだからよ」

ピクリと、虹村くんの眉が動く。花宮真の今の台詞で空気が大幅に下がった気がした。肌寒く感じてしまったけれど、えっと、今は夏、よね?
虹村くんがグイと凪紗の手を引くから、凪紗はますます花宮真の腕に首がめり込む。

「あ? じゃあオメーのもんかよ」

「さあ? どうだろうな?」

ニヤリと笑った花宮真は首に回していた腕を少しずらし、その手のひらで前のめりになっていた凪紗の額を、自身に引き寄せた。

花宮真の目的は分からないけれど。今までこの合宿で見てきた凪紗と花宮真の隣り合う姿や、その中の会話が。離れていた虹村くんにとってどういう風に映るかは、彼の表情を見れば一目瞭然で。一層眉間の皺を濃くした虹村くんが口をへの字に閉じれば、ここぞとばかりに花宮真が追い討ちをかける。

「つーか、コイツがどうなろうとお前には関係ねぇだろ」

「それは……、」

「むしろ俺は羨ましいけどな。うるせぇバカ犬が居なくなって良かったじゃねぇか」

花宮真が、羨望にはほど遠い顔で虹村くんに言った────その瞬間、パッと凪紗の一部が開放される。離したのは、…………虹村くんだった。


『え、』

突然だから、凪紗の右手はそのまま重力に倣って落ちる。
虹村くんは困ったように眉を上げて、それでも笑って見せた。

「……そうだな」

『……何が、』

虹村くんとの物理的な繋がりが無くなった凪紗が浮かべるのは、困惑、焦燥、哀愁。……そこに安堵なんてものは一つも無い。
何に頷いたのか訊ねる凪紗から視線を逸らして、虹村くんは誰もいない左側の方向を見た。手首を掴んでいたはずの手は、手持ち無沙汰になったのか首の後ろに宛てられる。

「花宮の言う通りだったなってことだよ、白幡」

『ッ……!』

吐き捨てたような言葉を拾った刹那、凪紗の右脚が弧を描きながら空を斬りそのまま虹村くんの腰上を下から強打した。痛みに息を詰まらせる虹村くんは患部を押さえながらも何とか両足を踏ん張らせる。
脚を戻した凪紗は、吠えるように叫んだ。

『───私だって…ッ、私だってお前の顔なんか今更見たくなかったよバカ!!』

言われて傷付いた顔をする虹村くんに、同情が沸く。不器用さはどっちもどっちね。いいお灸になったんじゃないかしら。
花宮真は隠しもせずに口角を上げて嗤っている。

虹村くんだからこうなってしまったんだと思えば責め立てるのは少し忍ばれる。それでも凪紗にとってはそんなの関係無くて、…というか理解できないのよね。
花宮真の腕にかけていた指にますます力を加えるから、少しだけ花宮真の顔も歪んだ。

『そうやって自分に都合の悪いことは隠してっ、意味わかんないことばかり残してさあ……! 何で今更、折角忘れかけてたのに、全部っ、全部仕舞いかけてたのに……!』

あぁ、そうか。日向くんたちとボーリングに行ったあの日。貴女が特別なものについて話した相手は、私じゃなかったのね。
虹村くんは、凪紗をちゃんと見て彼女の想いを聴いていた。むしろ逸らしてるのは凪紗の方で、じっと下を睨み付けながら告白を続けようとする。

『 “もういい” のは私の方だもん! さっさとアメリカにでもイギリスにでも帰れよバカ! そんで二度と帰ってくんなそのままし 「白幡!」

凪紗の止まらない想いを途中で強制的に掻き消したのは、───「日向くん……?」───そう、私のよく知る日向順平だった。呼ばれた凪紗はハッとした顔で口を覆い、声の方を見る。

「お前、俺のコップに何て書いた?」

『え゙』

クラッチタイムに入ったような、目が笑っていない笑顔で凪紗を手招きする。その隣にいる伊月くんはマシュマロの袋を見せびらかした。

「ちゃんと説明しねぇとお前のマシュマロの命が無くなるぞ?」

『っノォオオオオオ!!!!』

容赦なくあらかじめ網の上に引いてあったアルミホイルにどばどばとマシュマロを落とす伊月くん。ただそれだけのことなのに、凪紗は顔を真っ青にして花宮真の腕を力任せに振りきりそっちに走った。火事場の馬鹿力ってヤツかしら、あまりの衝撃にあの花宮真が半ば放心している気がするわ。

ちらりと日向くんの手が持つコップに目をやる。───日向ダ眼鏡。……そうね、何も言うことは無いわ。
今までのシリアス全部ぶっ飛ばしながら日向くんにドロップキックを決め込む凪紗。

『何してくれとんじゃあああ!!』

「痛った!!! それはこっちの台詞だこのだアホ!!! 誰がダ眼鏡だ何で俺だけ眼鏡強調すんだよ! 中村だって眼鏡だろ!」

『そういう反応が見たいからだよバーカ!』

「白幡、マシュマロって案外溶けるの速いんだね」

『伊月くん!? 君には何もしてないつもりなんだけど!?』

別の人と騒ぎ始めた凪紗はさっきまでの怒りは何処へやったのか、伊月くんと日向くんに牙を剥いていて。
その単純さに呆れていれば、中村くんが飲み物を取りに来た。ついでだと思って、私は訊いてみる。

「ねぇ、何で日向くんあのタイミングで凪紗を呼んだの?」

コップについて突っ込むならもっと早くてもおかしくはなかった筈だし、あの3人のやり取りをあそこで切ったことがとても引っ掛かる。中村くんは少し目を開いたあとで「さすがだな」と私を褒め、教えてくれる。

「……白幡ってさ、すっげー口悪いくせに今まで一度も “死ね” とか “殺す” って言ったことないんだよな」

「そうなの?」

それは常識や人道としては当たり前のことだけれど、結構ポロッと溢してしまいがちな言葉。ゲームとかをする人やそれこそ花宮真とかは普通に軽々しく口にするもので、私も恥ずかしながら使ったことがないとは言えない。

「たぶんそれは、虹村の親父さんのこととかを考えてたんじゃないかって思うんだよ」

「凪紗先輩……」

中村くんの見解に、さつきが凪紗を見つめる。

「だけどさっきはそれを口走りそうになってたからさ。伊月と日向が咄嗟に防いだんだ」

「なるほどね。良く分かったわ、ありがとう」

私も大きく頷いてから、件の彼女に視線を移す。日向くんも伊月くんも、もちろん中村くんや劉くん、氷室くんだって。ちゃんと凪紗を見てるのね。

「オイ白幡。さっさと焼きそば作れアル」

『なぜ私が!? って、あ! 宮地先輩……うわぁああめっちゃ見てる怒ってる!!』

「……カキフライ……」

『はいっ! ただいまご用意致します!!』

ジトリと凪紗を睨み付ける宮地先輩は、確かに昨日あの子を助けたお礼に好物(らしい)カキフライを昼に出してもらうことになっていた。
それを今思い出した凪紗はどたばたと私とさつきがいるテントに走ってくる。そして慌ただしく色んなものを出して宮地先輩や大坪先輩たちのいるコンロへ向かった。……というか、バーベキューで揚げ物って出来るのね。
そんな凪紗とは別に花宮真は原一哉たちのいる場所へ戻っていて、虹村くんも仏頂面でトン具をカチカチ鳴らしていた。
全体の様子を見てさつきと一緒にため息をつく。


ねぇ凪紗、……やっぱり、どうあがいたって貴女の中から虹村くんは消せないわよ。


#相田リコ side#