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Still…

Episode.53 しょーがないなあー!!

白幡と黒子との会話は、なるべく聞かないようにしていた。そんな中で避けようもなく知ってしまったのは、 “もう少し時間が必要だ” ってこと、それだけだ。たった1つだけど、俺はこの合宿で全力でそれに尽力しようと思った。
赤司や氷室と敵対するのにはあまり自信が無いけれど、たぶん日向と劉も同じだろう。中村だって白幡の考えを優先すると思う。というのは、本当は白幡がソッチに行ってしまうのが嫌だってのもあるから。

『日向と伊月の部屋って2人だっけ?』

「いや、あと劉も一緒」

『ああ、そっか。中村は早川のとこだったか。そんで氷室は、……教えてくれなかったけど、まあ予想はできるな、うん』

日向の半歩後ろを歩いていた白幡は、そんな頷きと共に誰もいない壁を向く。白幡の後ろを歩く俺にはその表情は見えなかったけれど、それがこの子の為になってれば良いな。

3人で3階の廊下を歩く。ココは2年生組が割り当てられた階だから、もちろん俺たちの部屋も、……虹村と氷室の部屋もある。2人は確か2人部屋だったかな。
虹村と一緒に手伝いに来てくれた灰崎はひとつ上の階で同じ一年生と部屋を組んでいる。あそこには紫原と黄瀬もいるが、室長は赤司の筈だし、大丈夫だろう。

向かっているのは俺たちの部屋で、その途中にある中村の部屋も訪ねることになった。

『……って、噂をすれば!』

だけど部屋に入る必要はなくなったらしい。目指していたそこから中村と早川が出てきてくれた。早川は今から葉山と一緒に直ぐ側にある海辺に走りにいくらしい。食べたばっかりなのに、相変わらず元気だなぁ。

そんな早川を見送り、大富豪大会に参加の意を示した中村と俺たちの部屋へ。けれどそこに劉はいなかった。仕方なく、劉とまだ誘いきれていない氷室を探すために館内を詮索することになる。

『グッとパーで分かれましょ!!』

白幡と中村がパー、日向がグー。そして俺がチョキ。あ、と思ったときには、もう何度目か分からない白幡の嘲笑が響く。

『また伊月くんチョキ出しちゃったねぇー!というわけで、ハイ伊月くんと日向くんはお一人様の旅でーす』

パチパチと拍手をする白幡。そんなに嬉しそうにしなくてもいいだろ。
俺の地域ではグーとチョキだったんだけど、いつも白幡が掛け声をするからどうしても間違えた手を出してしまう。

「1人!? いや、日向と回れば良いよな!?」

『いーや残念。3チームの方が見つけるの早いしこれで決定します』

「じゃああれだ、俺劉戻ってくるかも知れねぇから部屋にいるわ」

「いや日向! お前絶対 “戦国戦線” のイベントやりたいだけだろ!!」

「ソンナワケナイダロ!!」

『日向、大富豪中はスマホ弄るの無しだからな! 触った瞬間に大貧民だからな!』

「わーってるよ! ってわけで解散!!」

「ちょ、待っ────、」

俺の叫び虚しく、日向は秒モノで部屋の扉を閉め鍵をかけた。マジかよ、本当に俺だけかよ。まあいいけどさぁ。
結局二手にしかならないというのに、たぶん俺を1人で行動させたい白幡は日向を責めることなくニヤニヤしながら中村の腕を引く。

「じゃあ見つけたら連絡するから」

『またあとでねー』

福井先輩達のところを見に行く為に2階に下がる階段へ向かう2人。俺は独り寂しくそれを見送って、とりあえず4階を見ることにした。


****


「(いないなぁ……)」

4階を一回りしたけど誰も見つからない。3階に戻るかと踵を返したとき、携帯が鳴った。日向からのメッセージだ。どうやら劉は部屋に戻ってきたらしい。
ということはあとは氷室か。……白幡がいるから中村たちは氷室の部屋には行ってないのかもしれないし、先にそっちを確認しておこう。

順路を決めて下に下り、二手に別れる道で氷室たちの部屋がある左を見る。……と、白幡と中村の背中が見えた。声をかけようとした瞬間、白幡と中村の会話が止まり、どちらも前を向いた。
丁度良いタイミングだと思ったのも束の間、

「……凪紗────、」

躊躇いがちの、あまり耳慣れない音が、白幡の名前を呼ぶ。咄嗟に、俺も角は曲がりきらず壁に尾行探偵宜しく背中を寄せた。
男女問わずフレンドリーな白幡だけど、呼び捨てにするとなると限られてくる。知ってるのは青峰と氷室、あと花宮と原くらいだろうな。
誰のものか覚るのと同時に、中村と横に並んでいた白幡が突然その隣の背中に身を隠した。空いた空間から見えたのは、氷室と、……頭に浮かべたばかりの虹村で。

「ナギサ、そんなに明らさまにしなくても、」

と苦笑混じりに氷室が言う。……隣の人は凄い眉を顰めてるけど。
白幡は白幡で、小声で必死に中村に訴える。

『ちょ、早く氷室だけ誘ってよ中村マン!』

「え、それ気まずくないか?」

『大丈夫、中村は正義の中むりっ、マンだから!!』

「いやいや、正義どころか悪者になりそうなんだけど。てか今噛んだから “中無理” マンにしか聞こえなかったんだけど……!」


背中側に首を回しながら突っ込む中村。あーあ、これどうすればいいんだ? 確かに氷室だけ誘うのは虹村に申し訳ない。かといって誘えばそれも気まずいのは火を見るより明らかだ。

この3日間、朝も昼間も夕飯のときも平気そうに見えたんだけど。……顔を合わせたくないというよりは、 “合わせられない” の間違いだったんだな。特にこういう障害物の無い狭い空間では。

「オイ凪紗『ホラ中村!』お前ちょ『行け中村マン!』とは人のはな『なっかむるぁァアアア!!』聞けよ!!!」

さっきよりも一段と低くて大きい声が白幡を呼んだけど、白幡も負けじとボリュームを上げて中村を急かす。てかもはや意味もなく叫ぶ。困った顔をしている氷室と、イライラしている虹村。白幡と中村のことも顔が見えなくたって大体分かる。

虹村が足を動かしたことに反応した凪紗は、やむを得ずといった形でぶっきらぼうに口を開いた。

『……今更聞く話なんてないよ。そっちこそ何話すつもり?』

「たくさんあるっつーの! 良いからちょっと面貸せよ!」

『そんな上から発言嫌に決まってんじゃん!』

「っ、あー……、……今の無し『に出来るかだアホ! 土下座で頼めや!』

日向が移り出した白幡は、かなり気が立っている。居ても立ってもいられなくなった俺は、とりあえず転機人になろうと息を吸った。

「白幡ー、ちょっと声が大きいよ」

『! あ、伊月……!!』

振り向いた白幡は、至極安堵した顔で中村から離れて俺の元へ走ってきた。犬みたいで何だか微笑ましく思うのもくわばら。視界の中で眉間の溝が一際深くなったのを確認して白幡に伸ばしかけた手をサッと仕舞う。
虹村の眼力ハンパないっつーか恐ェエ……、そりゃ青峰や灰崎が怖れるわけだ。同い年とは思えない。

白幡にとっては救世主でも虹村にしてみれば邪魔者でしかないこの状況。死活問題に───ハッ、死活問題にビシッ! 勝つもーん! キタコ────いやいやいや!! そうじゃないよバカ俺! オールウェイズ冴えちゃってる俺バカ!! えーっと、何だっけ、ああそうだ。死活問題スレスレだと言うのに、白幡は俺のシャツを両手で握ってくる。
てか何この突然の女子力!? お前そういうキャラだったっけ!? ……あ、いや違ったわ、うん。シャツに込められてる力尋常じゃ無かった。めっちゃ皺寄ってるわ。


「シュウ。そういう言い方はしないって言ったじゃないか」

「っ……分かってるけどよ! あークソ……!」

相変わらず苦笑混じりの氷室が諌めれば、虹村は片手で前髪をぐしゃりと掻き上げる。その焦った声と様子に、何となく、だけど。気恥ずかしさを隠しただけなんじゃないかなって思えば、少しだけ親近感が沸いた。
とはいえ、ウチのお姫様(なんて柄じゃないけど)は怒りと、そして同じく焦りで聞こえないフリをする。

『なんだよ伊月! そんなに大富豪待てなかったのか!! しょーがないなあー! じゃあ氷室誘わないで始めちゃおうカッ!!』

「「「「………………。」」」」

……白幡。……びっくりするぐらい演技下手くそだな。最後声裏返ってたよ。
しかし目をギラギラさせている白幡にそんなこと言えるわけもなく、これまた凄まじい力で俺の手首を引いて歩き始「待って白幡握りすぎだから!!! 痛たたた!!」

逃げたりしないのにギチギチと俺の手首を締め付ける力に悲鳴を上げながら白幡に引き摺られる。だけど後ろから刺さる視線も同じくらい痛い。痛みがありすぎてダジャレ考えることすら出来ない。

「あーっと、じゃあ氷室と、虹村。今日はお疲れ。また明日な!」

とりあえず中村も持ち前の爽やかな挨拶で2人と別れて俺たちの後を追うように走ってきた。俺と顔を見合わせて、苦笑いよりため息が漏れる。
何だかんだで意識しちゃってるんだから、白幡も隅に置けないな、とか考えたりして。俺の腕を掴むこの手が本当に掴みたかったものを想像して、少しだけ寂しくなったのも秘密だ。



そんなわけで何とかあの場を切り抜けたは良いが。部屋に戻ってからの白幡は少し……いや、かなり荒れていて。

『大貧民は大富豪の言うこと1つ聞くルールが追加されました』

「いきなりィイイ!?!?」

自分が大富豪になった瞬間に真顔でそう言い出すと、大貧民日向へロビーにある自販機でコーラ買ってこいと命を下し始める始末だ。グチグチ文句を垂れていれば、その首根っこを掴んで女子には程遠い腕力でペイッと廊下に放り出してしまった。
まあ、俺たちの大富豪は都落ちルールがあるからそんなに長くこの独裁政権は続かないだろうけど。

『さ、今日は寝落ちするまでやるぞー』

相変わらず眼孔開いたままでシャカシャカとカードをシャッフルする白幡を止められる奴は居らず。
結局耐えきれなくなった劉が寝たのを切っ掛けに中村も自室に戻り、3人で布団の中に入ったのは日付変更線の辺りだ。

白幡のルールのお陰で怒ったり笑ったりと練習の疲労に別の疲れを重ねた俺らには、1つ余っていた布団に当たり前のように寝る白幡にも何も思わない。
そしてまさか、これが “あの事” の原因になるとも露知らず。全員が数秒で夢の中へ入ったのだった。


#伊月俊 side#