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Still…

Episode.52 優しくなれない

みんなが夕飯を食べている間に、私は1人調理場で明日の朝御飯の支度をする。予定はサンドイッチビュッフェなので、ディップになるものやフレンチトーストのタネを拵えていく。
作業をしながら考えるのは明日の夕飯だ。4日目はチャーハンにしようかと思っていたのにアイツが来てしまったから何だか出し辛くて仕方ない。いや、考えすぎなんだろうけど……! それでも好物なわけだし、なんか嫌だ。しかし餃子があるからなぁ。中華枠は保って天津飯と青椒肉絲でいいか……。てかそもそもあの量を炒めるとか無理ゲーだったわ、よし決定。

あれあれよと合宿3日目の夜になった。毎日慌ただしいので1日が直ぐに終わっていくのだ。時間の流れって怖い。
幸運なことにドリンクとタオル運び以外はほとんど外に出なくていい私は冷房という文明の利器を行使している。

アイツとは、1日目以降全く会話してない。時おり目が合うことはあるけど、最初の牽制が聞いたのかお互いに逸らして終わりだ。出来るだけ顔も姿も見えないようにしてる。
よく森山先輩と比べてしまってたけど、実際後ろ姿はそんなに似てなかった。身長と肩幅に差があるから、もう間違えたりなんかしない。まこっちも、髪型が違うし、大丈夫。

────氷室は嘘つきだ。なんて、そんなのは半ば八つ当たりだけれど、彼のいつぞやの話を最後まで聴かなかったことは正解だったとも思う。
「、きっとナギサはシュウにとって──」
あの後に続く言葉はきっと自惚れの欠片だから。危うく、また余計に傷つくところだったよ。



『スクランブルエッグとツナとフレンチトーストはオッケー。ハムと野菜も全部切り終わった。食パンも切ったし、別添えの耳も揚げたでしょ。アボカドとかベーコンは明日の朝、フルーツも明日、生クリームも明日で……』

ぶつぶつと唱えながら脳内のリストにチェックをつけていると、扉が開く。ひょっこり顔を出したのは日向と伊月だ。

「白幡ー、食い終わったんだけど皿運んでいいか?」

『えっ、あぁごめん! うん、運んでいいよ! こっちに置いてって!』

時計を見れば20時半だ。もうそんな時間か。
返事をすると昼も手伝ってくれた誠凛グループがわらわらと入ってくる。グラスは重ねないように作業台に並べてもらい、その他は3つある流し台へ誘導していく。
私も片付け作業に入ろう。食器のある場所を分かっているのは私と水戸部なので、2人で仕舞う係りを担い、他の人たちは洗剤と流しに分かれた。

本日の手伝い隊のメンバーは、元誠凛高校出身の人たちだ。1日目は赤司抜きの洛山と、さつきアンド今吉サン抜きの桐皇。2日目は霧崎第一だった。
うちの部活は何かとグループ分けに出身高校を使うことが多く(人数の割り振りとかチームワークを考えると一番手っ取り早いらしい)、今回も例に漏れない。
元誠凛というのは、日向、伊月、黒子、火神くん、水戸部、小金井、木吉。あと、ミーティングで此処にはいないけどリコもそうだ。
下手に不器用な人はいないから、安心して仕事を分担できた。

「(白幡さん、それ仕舞うよ)」

『ん? ああ、助かる! ありがとう水戸部』

高い所に仕舞うためにと椅子に上ろうとしたとき、横からにょきっと手が出てきた。水戸部だ。

料理も手伝ってくれた水戸部だけれど、本当は彼の声を一度も聞いたことがない。
ただ、私はこのなんとも言えない包容力と滲み出る優しさにくぼやん的な何かを感じていて、それが理由なのか分からんが水戸部の言いたいことが何となく分かるようになってきた。小金井しか為せなかったという水戸部との完璧な意思疎通を早々に会得した私に誠凛勢がとても驚くから、今では立派な私の自慢である。
もう少し仲良くなれたら是非とも水戸部にあだ名をつけたいというのが白幡凪紗の小さな野望です。


「そういや、さっき劉とトランプやろって話してたんだわ。伊月は来る、ってか一緒の部屋なんだけど、お前来れる?」

日向の誘いに悩む時間など無く頷く。大方の仕込みは終わっていて、あとはまこっちの為のアイスコーヒーを作って冷蔵庫に投入するだけだ。

『明日の朝の飲み物の支度をしたら行く! どこの部屋?』

「まだ何かあんのか? じゃあ今やっちゃえよ。劉に決まったこと報告してねぇし、氷室と中村も誘ってねぇから終わったら一緒に行こうぜ」

『おー助かる! 水戸部ごめん、片付け任せていい?』

「(うん)」

『ありがとう! ……じゃあ、黒子、手伝ってよ』

さっきからチラチラ見ていた癖に、いざ話しかけられるとビクリとその細い肩が揺れた。んな怯えた顔しないでよ傷つくからさぁ。苦笑しながら手招きすれば、流し係だったその仕事を引き継ぐと申し出てくれた伊月に頭を下げて向かってくる。

その間に水に火をかけておき、冷蔵庫の中からオレンジジュースとリンゴジュースの紙パックを取るよう黒子に言いながら、私は棚からプラスチックのピッチャーを4つ出した。
それからアイスコーヒー淹れに必要なドリッパーやサーバーなどの器具と材料を黒子のいる机に揃えて、作業を始める。

みんながいる流しから少し離れた此処なら、水の音も相まって会話は聞こえにくいだろう。気まずそうにする黒子に、ジュースをピッチャーに9分目まで注いでねと指示すると、「はい」とか細い声が返ってきた。
バイトで叩き込まれた淹れ方を半ば流れ作業ですすめながら、本題に入る。

『……聞きたいこと、探るように頼まれたこと、あるでしょ』

黒子の紙パックを傾ける手が止まる。目を丸くして私を見上げてから、申し訳なさそうに「済みません、失礼な態度をお見せして」と律儀に謝ってくれた。
透き通るような水色がオレンジを捉え直す。火神くんと小金井以外は私たちの方を気にしないようにしてくれているから有り難い。

「……その、何というか。……虹村先輩が帰ってきたのは、本当はもっと前だったんです」

『うん、知ってるよ。くぼやんたちに教えてもらった』

「! そうだったんですか。……アレックスさんのことは本人から直接?」

『うん、初日に。ぶっちゃけアイツのことより驚いたわ』

笑って見せれば、少しだけ黒子の表情も和らぐ。……ああ全く。後輩になんて顔をさせてるんだろう私は───否、私たちは。

お湯が沸いたみたいだ。ココは火力も強くて助かる。
用意していたドリッパーの上の粉にお湯をかけていけば、コーヒーが下のどでかいサーバーに落ちていくのを面白そうに黒子は眺め始めた。作業の手が止まってるけど、まあいいや。

「……僕たちは、おふたりにとてもお世話になりました。どちらにも幸せになってほしいと思っています」

『あんたらは私らの親か』

「赤司くんや桃井さん、黄瀬くんは、その道がおふたりの仲が前のように戻ることだと考えています」

突っ込むも、黒子は特に受け取ってくれなかった。分かっていたが寂しい。

「……ですから、ここ最近の、昨日とかにもあった白幡先輩と花宮さんのやり取りにはあまりいい顔をしていません」

『あちゃー、折角の別嬪さんなのに。それはまた勿体ないことを』

「因みに、僕や紫原くんはおふたりがあの日々の状態まで戻すことだとは思っていません」

しかし言っていることはとても大事な話で、私も寂寞を棄てて『ありがたいね』と呟く。
名前が出てこなかった奴らのうち、緑間はこういう他人の仲や選択に自分の意見を立てない人だ。彼は良い意味で “他人事【ヒトゴト】” にできる。まあ、答えの無い問題を考えるのが苦手だというのもあるけれど。
青峰だってたぶんそこまで深く考えてないだろう、青峰らしい。灰崎はぶっちゃけマジでどうでもいい派だ。自分に害が無いほうを選ぶはず。

他のみんなも、それで良いのに。

「……でもそんな僕と紫原くんも……、勿論他の帝光中の人たちなら皆、以前のようにはなれなくとも会話をする程度には戻ってほしいと願っている筈です。少なくとも僕はそう思っていますよ」

『………………』

「すごく他人事な上に身勝手な話で申し訳ないですが、知ってほしいと思ったので言いました」

真っ直ぐ、私を見つめる黒子。目を合わせないわけにはいかず、注ぎ終わって空になったポットを机に置きながら視線を受け取った。
何だかんだ頑固で自分をちゃんと持っている黒子は、カラフルズの中で私は一番強いと思う。他の人たちは脆い箇所があるけれど、黒子のそれは未だに見つけられない。

『いや、聴けてよかったよ。でもそれは黒子個人の話でしょ、他に頼まれたことは?』

「色々ありますが、尋ねる気はありません。というか、みんな人任せにしてズルいです」

『ふっ、あははははっ! そうかそうか、黒子らしいよ、うん!』

「む、馬鹿にしてますか?」

『してませんよー。……あーでも、やっぱりちょっと厳しいかもな』

「え……」

『だって今んところ、仲直りしたい理由が見つからないんだよね。今アイツと話したところでぶつけるものがないんだよ。かといって、私が謝らなきゃいけないことを口に出来るほど、優しくなれない』

「……そう、ですか」

使い終えたドリッパーを取り、熱いうちに氷が入ったピッチャーに注いでいく。中のキューブが溶けていく様子に、儚い、とか。少し感傷的に受け止めてしまったのは何でだろうか。
自嘲気味に笑いながら、黒子を見下ろした。

『逃げるな、って思ってる?』

「いいえ。僕はそう言える立場にはありませんし、仲直りしないことが逃げることにはならないと思いますから」

何時の間にか作業を再開して、挙げ句全部のピッチャーを冷蔵庫に入れていた黒子はしゃがんだままもう一度私を見上げた。

「ですが、言いたいことがあってその機会も持っているのに、その先にあるものを恐れて思いを告げないのは、逃げだと思います」

『っ……、…………言うねぇ、黒子くん』

彼の言葉に思わず眉を顰めてしまうも、茶化すのは忘れない。シリアスとかもう飽き飽きしてるもんでね、漸く終焉か見えたのに穴に堕ちるわけにはいかないんだよ。

作り終わった私のピッチャーも、黒子の手で冷蔵庫に入れられた。
丁度話が終わったタイミングで、水の音が止まる。ただ、賑やかさは失わない。

「よーし終わったー!」

「あ、白幡と黒子も終わった?」

『うん!終わったー!』

伸びをする日向とこっちに話しかけてくれた伊月に頷いて、皆で調理場を出る。鍵を締めてから上に戻る黒子の頭をぐしゃぐしゃ撫でた私は、部屋にいたアレックスさんに遊んでくることを告げて日向と伊月と初の地上階へ進出した。