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Still…

Episode.51 せめて口で言えよ

合宿2日目。
息を切らして木に身を隠すように寄っ掛かりつつ、疲労を感じ始めた脹ら脛を休める。健太朗でさえ前髪をあげ直しながら顔をしかめた。
けど、この地獄のような時間もあと少しで一先ず終わりだ。このあとは山を出て昼飯を食う。午後は今体育館でやってる奴らと交代して俺たちが室内で練習する。頭の中で、10から1ずつ1秒毎に引いていく。───4、3、2、い “ピィーーーー!!” 、チッ、ちょっと遅かったか。まあいい、充分許容範囲だ。

ドロケイ終了の合図に、泥棒役だった俺らのチームの勝利が決定する。
泥棒も警察も同じ人数。泥棒が全員捕まったらその時点で警察の勝ち、若しくはタイムアップ時に刑務所の中に過半数以上の泥棒がいても警察の勝ちというルールだった。2人だけムショの中にはいるが、むしろあの今吉クソ野郎相手にそれだけしか犠牲が出なかったことは価値がある。
満足するかどうかは別だが。

一緒に隠れていた健太朗と共に山道を降り少し開けている場所に出ると、そこには既に康次郎がいた。そして何故か、指導者である相田の父親の隣に凪紗も。どうやら此処まで人数分のタオルを持ってきたらしい。
姿が見えない警察組は下まで新しいドリンクを取りに行っているようだ。

俺に気づいた凪紗に目線で命令を下せば、明らさまなため息をついて俺のボトルとタオルを持ち近づいてくる。そこら辺の野良犬よりはマシだな。

『せめて口で言えよ』

「ふはっ、言わなくても来たじゃねぇか。無駄な労力を使うバカが何処にいんだよ」

ムッと眉を寄せる凪紗の手からボトルを奪い、煽る。このドリンクに慣れたりしないよう、直ぐに喉を通した。くそ、地味に俺の好みに合わせてくるから厄介なんだよこのバカ犬。
あー、早く冷房にあたりてぇ。その一心で、相田の父親に声をかける。

「もうここ終わりですよね。山降りて休憩入っても大丈夫ですか?」

「2本目のドリンク直ぐにいらねぇってなら構わねえよ」

「……おい、戻るぞ」

『私もかよ「あ?」ハーイ。』

声だけかけて待つことはせず、さっさか1人で山を下るために足を動かした。3分もすればその土も慣れたアスファルトに変わり、途端歩くのが早くなった凪紗が駆け足で俺の隣に並ぶ。

『ってか花宮! そういえばお前今日片付け手伝い隊なのに朝御飯のあと部屋に戻っただろ!』

「あ? 4人いりゃあ充分だろ」

『ブァーカ!人手足りてないんですぅ!! ただでさえいつも手伝わないのにさあー。昼と夜はちゃんとやってよ、…ね……』

不自然なところで言葉が切れるから、前を向いていた顔を左斜め後ろに持ってく。凪紗は右を向いていて、丁度そっからは浜辺で練習していた奴らが戻ってきていた。防波堤の石階段を上ってくるなかに、 “ソレ” を捉える。

「(……コイツ、忘れたんじゃねーのかよ)」

携帯の履歴も消して、思い出も全部捨ててやったと酒を飲ませた時に1人でべらべら喋ってたのは何処のどいつだっつーの。
呆れる俺と目線が合えば、ハッと我に返りボトルを持っている俺の左手首を掴みだす。

『やば! こんなとこでノロノロ歩いてちゃお昼ご飯間に合わないや! 花宮早く歩いて!』

ふざけんな止まってたのはお前だろ。と言おうとした瞬間、ガクンと凪紗が膝を折る。爪先を上げるのをしくじったのか、地面にあった排水路の蓋にサンダルの先端が引っ掛かったようでグラリと前に倒れ込む。
どこかで「あっ」と声がするのを聞き流しながら、咄嗟に俺の手首を離した凪紗のソレを逆に掴んで、胸へと引き込んだ。俺も重心が前に倒れるが、凪紗の腰に回した腕と足に力を入れて何とか共倒れにならずに済ませる。
凪紗の腹に腕をめり込ませながら重心を立て直した時に『ぅぐ』とくぐもった声がしたけど知らねぇ。足の裏全体が地面について、凪紗の頭が俺の肩にぶつかる。地味に痛ぇなこの石頭。

……っとに、

「何やってんだテメーは!」

『痛っ!?』

ゴンッとわざと音を立ててグーを頭蓋骨に落とす。その脳ミソを守る意味すら疑問に思う程どうしようもねぇバカだ。
頭を押さえる凪紗を一睨みすれば、おずおずと『何でもないですアリガトウ』と目線を逸らしながら言った。

触っていた部位から身体を全て遠ざけて、大きな息を吐きながら歩きだす。

『いやー危ないとこだったわー、まこっちも足元気を付けろよ!』

目線と言えばさっきから鬱陶しいのがあるんだよな、面倒くせぇ。なんか繕い始めたバカは無視して、チラリと視界の右端で確認すれば。眉を顰めて口をへの字口に曲げる男と、その隣で俺を睨む片目ホクロ。2人揃って餓鬼かよ。
フッと意味ありげに口角だけ上げて見せれば、表情が一層険しくなった。ふはっ、くだらねぇ。バカじゃねぇの。

ふいと視線を前に戻すと、こっちはこっちで無視されていたことに漸く気づいたバカ犬が腕をがっしり両手で掴み込みながら俺の顔を覗き始める。

『ごめん嘘! ごめんて花宮! だからちゃんと昼も夜も手伝ってぇえええ』

「うるせぇ!!」

『ぅがっ!!』

凪紗の手を振り払ったついでに腕頭骨筋の辺りを額にぶつける。女とは言えない声で呻いた凪紗は、患部を押さえながらも後ろのやつらに追い付かれないために必死に足を動かして俺の隣に並んだ。

どいつもこいつも……。お互いの何がそんなに良いんだよ。


****


夕飯を早めに食い終わった俺は、食器をワゴンに乗せるだけ乗せて廊下に出た。昼は手伝ってやったが、くそ怠かった。もうやりたくねぇから俺は戻る。
どうせ止めに来るのは凪紗かヤマだろうし。さっさと上に上がって鍵閉めちまえばこっちのもんだ「あ!! いたよ花宮!」

一哉の声が聞こえて、何度目か分からない舌打ちが出た。あいつ絶対あの前髪で視界悪いくせに何で目敏いんだ、物理的法則どうなってんだっつーの。
走りたくなかったけどそれは無理かと諦めたとき、次に聞こえたのは凪紗の声だった。

『花宮ァアア!!! オメー何処にいくつもりだ!!』

「(うるせぇ……)」

あーくそ。あのバカ犬何であんなに声でかいんだよ。タイミングも合ったお陰で、食い終わった連中がぞろぞろ食堂から出てきやがった。最悪だ。
さらに舌打ちをして歩を進めかければ、またもや響く凪紗の声。

『あーそう! 分かった! そーいえばさー! 私さー! 真くんにー、訊きたいことあったんだわー!』

「…………」

思わず立ち止まって振り返る。あいつが俺を苗字で呼ばないときってのは大抵何か企んでる時だ。
凪紗との距離は教室2つ分程。その間に野次馬共がいるが、凪紗の目の前を避けているために必然的に俺へと一直線の道が出来ている。

『真くんの趣味についてなんですがー、』

「は?」

『人のものを奪うのがお好きナンデスネー』

「それ俺とキャラ被ってね?」

「灰崎。そんなのは心底どうでもいいのだよ」

何を言い出すかと思えば。俺は別にそこに愉悦を感じているわけじゃねえ。その先にある絶望した表情を引き出す為にそういうことをするときもあるってだけの話だ。
話の意図がイマイチ掴めない。そしてソレが気になるから誰もこの隙に無理矢理俺を調理場へぶちこんだりせずに大人しく聞いている。帰れよテメーら。

「何が言いたいんだよ」

初めて1人キャッチボールを2人キャッチボールにさせてやれば、凪紗はニヤリと笑ってみせる。そして、息を吸ってから、とてつもなく早口で喋り始めた。

『私実は知ってるんだよね真の部屋のベッドシートの下に “人妻保健い「テメーなに人の部屋勝手に物色してんだこのブタ野郎!!!」っ、ブタってなんだこの麿眉貴族がァアア!! そしてザキ! 君に決めた!!』

「俺ェエエ!?!?」

コイツ!!! マジでぶっ殺す!!
凪紗が言おうとしたのは随分前に一哉がこっそりそこに隠して置いていったやつで、見つけたときに捨てようと思ったのだが親に呼ばれた手前タイミングを見失い結局忘れて放置していた代物だ。
此処には今吉がいる。あいつの前で【ピー】の話なんてしてみろ。格好の餌だ。集られる。

凪紗に盾にされて怯えた表情で逃げようとするヤマだがお前はどうでもいい。突き飛ばすだけ突き飛ばして、調理場内へと逃げる凪紗の腕を掴み、そのまま俺も中に入った。奥へと追い込み、一番後ろにある冷蔵庫へ背中を押し付ける。

「てめぇマジでどうなるかわかってんだろーな、ア゙!?」

『花宮が悪いんじゃんか!! これ以上私に嫌なことしたらさっきの情報明日の朝飯のときに回してやる!!!』

そう言われれば凪紗の襟元から手を離すしかねぇ。とはいえむざむざ逃がす筈もなく、ダンッと冷蔵庫に両手をつき逃げ場を無くす。
あーこうなんなら親の前に持ってても何でもさっさと捨てときゃあ良かった。どうせ見もしねーのに一哉も余計なもん置いときやがって。あんな映像と演技に乗せられるかっつーの。

「……言っておくがアレは俺のじゃねぇ。一哉が置いてったやつだ」

『誰が置いていったにしても隠してる時点でクロだろーがよ! しかもベッドシーツの下とか完全にお約束じゃん花宮最低!! 男なんてみんな最低!! 見るなら人妻以外にしろし!!』

「ぶっは凪紗そこかよ! 流石すぎる〜」

「一哉てめぇ笑ってねぇで弁明しろ!!」

「え〜」

人妻以外ならいいのかよ。つくづくバカの思考回路は意味わかんねぇな。
ケラケラ笑って使い物にならねぇ一哉。そして健太朗はヤマの耳に少し口を寄せる。

「……スゴいな白幡って。いつもこんなんなのか?」

「あー、まあ、こいつは基本誰にでもこうだから。赤司にデコピンまでしたし「うわー……赤司……」

「花宮ん家にはよく飯作りに行ってるんだよね〜?」

「黙れよ一哉「なるほど。花宮が持ってる【ピー】は俺も気になるしな。……俺とも仲良くしてくれるか白幡」

『それを望むならコイツどけ「よーし、みんなー、片付け始めるぞー」被せてきた挙げ句棒読み!』

健太朗が台詞被せてくんのは今に始まったことじゃないと教えてやれば『流石霧崎タチ悪……』と呟く。俺らが木吉の足壊したこと知ったらどうすんだろうな、コイツ。とは言え、考えるのは至極時間の無駄だ。

すると、わざわざ康次郎が皿を持って近づいてきた。助けに来てくれたのかと思い目を輝かせる凪紗だが、康次郎が他人のために動くかよ。

「ねぇ。これ昼通りにやればいいの」

『えっ、あ、はい。あの、はい……』

「俺、あの流しにあるやつ全部やったら帰るから」

ホラ見ろ。作業を勝手に始めた康次郎に倣って、ヤマもそこに手伝いに行く。一哉は俺らの隣にあるもうひとつの冷蔵庫を開けて明日のメニューを訊き出すし、健太朗は「暇だな」と一言溢してそこに突っ立ったままだ。

『いや、暇じゃねーよ片付けしろよ。なんなん霧崎。各々が自由すぎるでしょ……。頭が良い奴らって本当恐ろしいな』

遠い目で心境を語りだした凪紗。【ピー】の話も消えたので、俺もさっさと終わらせて部屋に戻りたい。
凪紗の頭を一度だけ叩いて、康次郎たちの隣のシンクの中身に手をつけた。


#花宮真 side#