白幡先輩が地下でおにぎりを拵えてくれている間、突然訪問したアレックスさんに氷室先輩や赤司くんが駆け寄ったのは記憶に新しいです。
火神くんや氷室先輩の師匠であるのに加え虹村先輩や灰崎くんの知り合いだということを隠せ、という無茶ブリに首を傾げていたアレックスさんでしたが、氷室先輩の「その子がシュウの弱味だよ」という一言で直ぐに了承してくれました。
コーチとして自身を紹介してしまった為に、アレックスさんはアレンさんとしてほぼ毎日来てくれます。今日はいませんけれど。
今のところバ火神くんやアホ峰くんも何とかヘマをしていないので、白幡先輩にはバレていなさそうです。
しかし、二度あることは三度ある、とでも言いましょうか。白幡先輩や日向先輩たちのご友人である3人の方々と、そしてアレックスさんに引き続き、3番目の来訪者が来ました。
迎え入れたのは、僕たち帝光出身者で。午後の休憩直前ではありましたが白幡先輩は倉庫でボールの空気点検と調節に勤めていらっしゃるのでこの騒ぎには気づいていません。
2人組はどうやら僕たち後輩に会いに来てくれたようで、仲良くまた同じチームでプレーしている姿を見れて良かったと言ってくださいました。あの頃の僕たちは、白幡先輩だけでない多くの関係者に迷惑をかけていたのだと思うと、全員が全員素直に頭を下げて謝りました。あの紫原くんでさえそうしたのですから、驚きです。
そして、赤司くんが白幡先輩の話をしようとしたときでした。
宮地先輩が白幡先輩の名前を呼ぶのが聞こえ、僕たちは顔をしかめます。計算が狂った赤司くんが何よりその色を濃くしました。
「なっ……、白幡ッ!?」
『っく、くぼやぁああんンン!!!!』
「って俺はァアア!?!?」
止める暇もなく、その場で踏み切ってドタドタと体育館真ん中を突っ切る白幡先輩。そして真ん中にいた赤司くんと緑間くんを左右に突き飛ばしながら間に入り込み、声を出さなかった方にタックルをかましました。
赤司くんが突き飛ばされたので実渕先輩たちが絶句していますが、白幡先輩は何のその。
くぼやんこと久保田先輩へ、まるで黄瀬くんのように尻尾を振ります。
「驚いたな、白幡までこの大学だったのか」
『驚いたのはこっちだよ! くぼやん久しぶり!』
「ああ。卒業以来会ってなかったからな」
「オイ白幡!! 俺のことは無視かよ!!」
『あぁ、ぐっちー居たのか。』
「最初に目ぇ合っただろーがよ!!!」
『あ痛たたた!!!』
白幡先輩には弄られキャラで定着のある関口先輩が、いつもの日向先輩のごとく頭蓋骨を締め付けていきます。それでも今は喜びの方が大きいからか、先輩は悲鳴ほど痛がる様子もなく笑いながら彼に腹パンを入れました。
僕たちのことは全く意に介さず、同級生との感動の再会を咀嚼する白幡先輩。彼女は少々友情に飢えている節があり、こういうときの愛情表現ならぬ友情表現を惜しみ無く出すところは中学時代から全く変わりません。
『まさか同じ大学だった!?』
「いや、俺たちはここの生徒じゃないよ」
「ていうかお前何で携帯通じねぇんだよ!!」
関口先輩の怒りに、白幡先輩は一瞬ドキッと肩を揺らしますが。『あれ変えたの教えてなかったっけ』と誤魔化してしまいました。バスケだけでも虹村先輩を思い出してしまう白幡先輩ですから、わざと教えなかったことは簡単に想像がつきます。
「同窓会とか何回かやってんのに連絡一切つかねぇんだもん」
『まじかよ!』
「白幡の好きだった東とかも毎度来てるよ」
『嘘だろ東様が!? くそおおお女神ィイイ! 絶対数倍綺麗になってる!!』
森山先輩は、見た目こそ虹村先輩に似ているけれど中身は実際白幡先輩寄りなんじゃないか、と僕は思います。少なくとも、憧れの対象を女神や神と崇める姿はそっくりです。
東先輩といえば、確か桃井さんと数票差で争っていたミス帝光の方で、白幡先輩が仕事そっちのけで彼女に見惚れるのを虹村先輩が怒鳴っていた記憶があります。『切実に拝見したかった……!』と、後悔をバシバシ容赦なく関口先輩の胸板に浴びせている白幡先輩に、漸く赤司くんが手をつけました。
「お邪魔して申し訳ありませんが、相田さんがお呼びですよ」
それが、赤司くんとカントクの言葉なきアイコンタクトで設定された即興のものだということに気づいていないのは、白幡先輩とごく一部の人だけで。白幡先輩は久保田先輩の服を掴みながら不満を漏らします。
『あ、うん。……でも話し足りないよくぼやん……』
「だから俺は!?」
「じゃあ連絡先交換しておこう。時間合わせてまた会えばいい」
『よっしゃその言葉を望んでました! ケータイ取ってくるから待ってて!! 絶対帰んないでね!!』
地下へと走る間際、カントクにも『もうちょい時間ちょうだい!』と叫んで慌ただしく地下へと下る白幡先輩。その姿を全員が生暖かい目で見送ります。彼女が見えなくなったところで、フッと肩の力が抜けました。
やり取りを見れば、白幡先輩がその人とどれ程の交友関係なのか直ぐにわかります。一線を越えた親しさを見分けるのは、互いに躊躇なく攻撃出来るかどうかもひとつのポイントですね。それと彼女の場合感覚的な距離間も何となく見えてきます。
大学で白幡先輩と知り合ったチームメンバーにとって、そのポジションに値するのは、日向先輩、伊月先輩、中村先輩、氷室先輩、劉先輩。あと強いていうなら花宮さんです。
そして、他の人にそれが向けられているのは何となく気にくわないのだと思います。さっきから氷室先輩たちの視線がチクチク刺さっていますから。別にそれは、彼らに限ったことでもなく他人事でもありませんが。
注げば注いだ分だけ返すのが、白幡先輩の友情です。それは一種の独占欲的なものを引き起こすのを、彼女は全く知らないでしょう。無自覚ほど怖いものはないです。
白幡先輩が戻ってくる間に、赤司くんが話をしました。白幡先輩と虹村先輩が一度も会っていないことを聞いたお二人は驚きますが、僕たちにも衝撃はありました。てっきり、赤司くんはアレックスさんのときと同様に “虹村先輩が帰ってきてることを隠して” と頼むのだとばかり思っていましたが、赤司くんが伝えたのは、それだけだったからです。
「お前ら、ホント不器用だよな」
白幡先輩と連絡先を交換したあと、去り際に関口先輩が溜まらず溢せば、白幡先輩は理解出来なかったのに『なんかムカつく』また腹パンを食らわしていました。
その後、2回目の休憩終わりにやたらうきうきした白幡先輩の様子で久保田先輩たちとの同窓会の日取りが決まったことを把握した赤司くんは、然り気無く日にちを聞いていました。
1週間後に4泊5日の合宿を控えている僕たちですが、その出発の2日前だと聞けば、赤司くんは「良かったですね」と笑います。
そしてその笑みを消さないまま、すれ違い際に、
「調整する手間が無くなったよ」
と、ボソリ。僕だけが聞こえる声で言った赤司くんに、僕は白幡先輩を複雑な心地で見遣るしか術がありませんでした。
むしろ、合宿前の空白の中日が僕は不安で溜まりません。
彼は “白幡先輩たちおふたりの力で” と言いましたが、本当は “そういう手” を加えただけか、と思い直しました。
“会うべくして” という言葉も彼だからこそ言えたのかと。きっと、どういう状況で2人が出逢うのか───いえ、出逢わせるのか、を。もう赤司くんはとっくに組み終えているのでしょう。
そして恐らく、僕にもそれが何となく予想できるのですから気が気でなりません。全く憂鬱です。
#黒子テツヤ side#