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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -

Still…

Episode.45 ただいま

セミの声が煩わしくなってきた、8月初頭。テストが終わり夏休みが始まったが、今年は部活やレポート作業などを含めてほぼ毎日の登校になりそうだ。

7時から17時までの時程の中、漸くお昼になった。夏休みに入って、白幡が初めて料理係としての仕事をして10時にお握りが配られるようになったがそれでも腹は減る。
適当に円になって、各自家から持ってきている御弁当をつつく。
あれよあれよと時間が過ぎ、休憩も残すこと15分くらいになったとき。体育館のガラス扉がノックされた。丁度そこの正面に座っていた俺は顔を上げる。

「「「「「『あれ?』」」」」」

声をあげるのは、訪ねてきた奴等と同じ学部の俺たちだ。一番扉の近くにいた宮地先輩が扉を開ける。一礼をした3人は、俺と劉と白幡を呼んだ。劉が「あ」と呟いたのを俺は聞き逃さなかった。何だよその声。何の声だよ。なんか嫌な予感するんだけど。

「休憩中ごめんな」

そう謝るのは、田辺知也。後ろには田辺と仲の良い林と城戸もいる。コイツら3人組は若松や山崎とも知り合いらしく、手を振り合っていた。

「いや大丈夫だけど、どうした?」

『田山たちってことは、この前の実験関係かな?』

「惜しい……! 俺は田山じゃなくて田辺だから!」

“あら” と惚ける白幡を軽く叩く。本当に人の名前を覚えられない奴だ。珍しかったりあんま見ない読みや漢字が含まれる人のは覚え易いらしく、俺や氷室は間違えられたことねぇけど、伊月と中村は初めの方によく1文字違いとかで呼ばれてたな。
こいつと出逢ってもう1年か。正直、此処まで仲良くなるとは思わなかったわ。

なんてことを考えていたら、爆弾が落とされた。

「その実験レポートさ、日向たちの班だけ出てないって先生が言ってたのを聞いたから。今日の3時までだけど、大丈夫か?」

「『え』」

林の話に、俺と白幡は一瞬目を点にして劉を見る。
その実験は3人1組という都合の良い割り振りでやるもので、班で1つレポートを出すものだ。じゃんけんで負けた劉が代表で先生へ提出する手筈になっていた。そして俺たちは一昨々日無事に完成させている。3時、つまりは15時なわけだが、残すところ20分もない。

「あー、……すっかり忘れてたアル……」

『「劉ゥウウウウ!!!」』

何故か涼しい顔で言う劉。白幡と劉の服を掴みかかる。コイツっ……責任感無さすぎだろ! 3人分の評価背負ってる自覚が全く感じられない!! てかさっきの “あ” はこれについて勘づいてたな。今思い出したみたいな言い方しやがってクソ!

「落ち着くアル。今から出しに行けば3時には間に合うアル」

「練習には間に合わねぇだろーが!」

「白幡が行けば良いアル」

『お前なァ!!!』

確かに、園内を走る小さなバスを使っても往復10分だが運良くバスが通るとは思えない。歩けば確実に30分以上は必至だ。
それに大学の男子バスケの大会を1ヶ月後に控えている今、そんなことに練習時間を奪うのも避けたいし、汗だくであそこを歩くのは気が引ける。
白幡もソコんとこをよく理解してくれたのだろう。

『あーもうしょうがないな!! 劉早く今すぐレポート取ってきて! 私が出しにいく!』

切り出してくれた白幡に尻を叩かれて小走りで地下に向かう劉。白幡もウィンドブレーカーを取りに隣に並んだ。
幸い、先生はあのユルい若い先生だ。1時間半も講義できないからって授業短くする人。ちょっとくらい格好がアレでも、その上期限内の提出なら何も言われないだろう。

「マジ助かったわ。サンキュ」

田辺たちに礼を言う。しかもこの炎天下の中だ。正しく単位の恩人だな。

「いやー、伝えられて良かった! ま、知也にしてみれば役得だったしな!」

そう言われた田辺は焦ったような声を出して発言者の城戸を殴る。……それってつまり。勘繰ったと同時に、ゾクリと後ろから殺気紛いのものを感じた。

「(……氷室……?)」

そこに認めたのは切れ長の目を刃先みたいに細めた、大学に入ってからよく一緒に行動する友人で。
その理由を尋ねるなんてのは自殺行為に等しいと思えるくらいの感覚に、俺は見て見ぬふりをする。


戻ってきた白幡が財布を上着のポケットに仕舞いながらこっちに来た。どうやら、どうせ外に出るなら少し薬局まで遠出して部活の備品の買い出しも頼まれたらしい。
靴を履く白幡に城戸が話しかける。

「俺らあの先生とサークルで仲いいからさ、付いてってやるよ。な、田辺」

「えっ!? あ、おう、」

『それは心強い! いやはや、助かるよ知也くんと愉快な仲間たち!』

「ぇ、は!?」

『んじゃあ、ちょっとだけ抜けます! ドリンクとかは余分に作ってあるから各自随時飲んで平気ですよ! 行ってきまーす』

然り気無く田辺の背を押しながら体育館を出ていく白幡。あいつが突然田辺を名前で呼んだのは苗字を間違えない為で決して深い意味なんてないだろーけど。
白幡が居なくなった体育館で、青や赤、紫、黄色の目がやけにギラギラして見える。

「……ナギサ、大丈夫だと思うかい?」

「は?」

「いや、何でもない」

この時ボソリと低く呟いた氷室の瞳は、髪に隠れて確認出来なかった。




白幡を送り出して少し経つと休憩が終わり、練習が始まった。桃井とカントクの準備を見て練習内容を考えていると、「あ!!」と誰かが叫ぶ。主である黄瀬が指差すのは方角的に入り口で、また来訪者かとそちらを見て、俺は血の気が引いた。

その人を見た瞬間。何でか分かんねェけど、また嫌な予感がしたんだよ。

鋭い目。少し尖り気味の唇。その見た目が鍵となって頭に浮かぶのは、笠松先輩や宮地先輩を思わせるキレ方、ブランクがあるとは考えられない俊敏なプレーと、いい動きが出来たときの火神や青峰が見せるようなどや顔。

そして、関係ないはずのアイツの顔。もしこの場にいたなら、どんな表情をするんだろう。懐かしいチームメイトに、笑顔を見せんのかな。


「「「「「虹村キャプテン!!」」」」」



『……虹なんて、大っ嫌い』



─────虹が嫌いなのに、笑ったりできんのかよ。



他にも、アレックスや灰崎の名を呼ぶ声もあったけれど。そいつの、虹村の名前だけが俺の耳に酷く研ぎ澄まされて響く。

練習が誰の言葉もなしに中断され、体育館に入ってきた3人を歓迎する雰囲気になった。高校時代はあまり関係の無かった人たちも中にはいるが、今では全員面識がある。
早速、アレックスが火神と氷室に抱きついていた。にこやかに笑うアメリカ3人組。その反対側では、キセキの世代が虹村と灰崎の周りを囲んでいた。

「キャプテン! いつ帰ってきたんスか!!!」

「だから俺はもうキャプテンじゃねぇっつーの。帰ってきたのは2週間前くらいだな。3人の都合が合わなくてこんな時期になっちまったけど」

「お帰りなさいっス〜!」

黄瀬が喋る度に、俺の肝は冷や冷やさせられる。理由なんて本当に分からない。だけどなにか、なにか余計なことを言うんじゃないかって構えちまう。
あまりのはしゃぎぶりに笠松先輩から「うるせェ!」と制裁が下され、虹村からズルズルと離される黄瀬を目で追いかけてホッとした。ふと、森山先輩が目に入る。……よく見ると、虹村とちょっとだけ似てるよな、見た目が。

黄瀬がいなくなった場所で、次に口を開いたのは赤司だった。

「火神から早く帰国する旨は聞いていましたが、今年もお盆での帰省ですか?」

「まあそれもあるが……、ちょっと野暮用が出来たから早めにした」

「そうですか」

質問をして満足そうに笑う赤司に、虹村は不思議そうに唇を尖らせた。
虹村の父親は具合が良くなって、昨年家族と日本に帰ってきたらしい。それでも向こうの大学に進学した虹村はそのままアメリカ暮らしを続けていて、毎年お盆くらいに日本に帰省する。
今年は去年より早い帰国。野暮用って、一体何をしに来たんだ?

灰崎は青峰や黒子と話しているが、俺は正直虹村の話しか頭に入ってこなかった。だから、

「……なぁ、お前らさ、」

眉を下げて、少し小声になった虹村のその質問を耳にいれるのは、至極容易なことだった。

「………アイツ…、……凪紗は、」

刹那、“来た……!” と思った。たぶん反応したのは俺だけじゃない。視界の隅だったけど、確かに宮地先輩や福井先輩、原、高尾が顔を向けたのが分かった。

後から考えてみれば何で待ちわびていたのかも謎だった。虹村と白幡は例え同じ部活だったとはいえ大した関係では無かった可能性も大きいのに。
だけど白幡の名前が出てきた瞬間に緊張がピンと走り、耳がダンボになる。気づけば傍にいたカントクと伊月と一緒に意識を集中させていた。
緑間たちの表情が動く中で続く会話を待っていると、しかし虹村は頭を横に振りだす。

「あー、何でもねぇ。今のなし。忘れてくれ」

「え、でも、」

桃井が食い下がると、虹村は苦笑する。

「やっぱり自分で見つけるわ」

その言葉に、桃井は嬉しそうに笑顔で頷いた。
虹村の笑い方が、なんかカッコいいとか思ったのはどうしてだろう。


────ということは、白幡がこの部活にいるのは内緒にすんのか。
カントクが腕時計を見る。白幡の帰ってくる時間を計算しているんだろう。見る限り何か訳ありなのは間違いなさそうだ。今更、白幡がバスケを避けていた理由の糸を掴めた気がする。そうすると此処でばったり2人が鉢合わせるのが、少し怖い。

「シュウ、ショウゴ。そろそろ一旦実家に戻ろうか。私の荷物もそろそろタイガん家に届く頃だからな」

「はあ!? またお前俺んちに泊まんのかよ!」

「今日は冷うどんが食いたいぞタイガ!」

「行くぞ灰崎」

「へーへー」

コーンロウではないどころか名前通り灰色の髪色に戻った灰崎が、素直(?)に虹村についていく。連れ去られたってときは驚いたけど、たぶんそれは灰崎の為になっているんだろうな。
練習中に邪魔をしたことについて詫びながら帰っていく背中に、俺は息を吐いた。無意識に気を張っていたらしい。

「もー何で帰しちゃったんスか赤司っち〜!凪紗センパイが帰ってくるまで引き留めれば良かったのに!」

「黄瀬。……だけでなく他のみんなにも頼みたいんだが、白幡さんにも虹村さんにも、互いのことは言わないでおいてほしい」

「えぇ!? 何でッスか! せっかく会えるのに!」

「俺たちは、あの2人がこの4年間音信不通の仲になった理由すら分からない。だから下手に干渉するわけにはいかないんだよ」

「でも凪紗先輩は今でも…、」

「とにかく、虹村さんも自力で白幡さんを探すと言ったんだ。俺たちが手を出す必要は無い。それに心配しなくとも、あの2人は会うべくして会うさ、必ず」

そう言った赤司は、どこか誇らしげだった。白幡と虹村に何があったのかを帝光中生に聞くのは蛇足のようだし、俺たちは白幡がカントクに強制帰宅させられた日みたいにまたもや傍観の一途を辿るしかないようだ。

それから約30分後、漸く白幡が帰ってくる。たまたま扉の近くにいた俺に、コイツはからりと笑った。

『ただいま!』

「おー、…お帰り」

あーなんか。オレンジジュース、飲みてぇな。

#日向順平 side#


(賽は投げられた。)