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Still…

Episode.41 じゃあね

『ねぇ、やっぱり考え直そう?』

「ここまで来てまだ言ってんのか。腹決めろようぜぇな」

『だって!』

まさかこんな、こんな……!! こんな高級マンションだとは思ってなかったんです!!
だだっ広いエントランスに、2重のセキュリティドア。エレベーターはバカみたいにスペースがあって、極めつけはこのボタンの数字……。

『あの、2階から30階までが存在してないんですが……』

「それはもうひとつのエレベーターにあんだよ。いいから早く一番上のボタン押せよ」

『(し、失礼しまーす)最上階かよクソが』

「本音と建前逆なんだよクソが」


まこっちに頭蓋骨を締め付けられながらエレベーターが止まるまで過ごした時間は、数分もかかってないと思う。想像以上に早く止まった箱からいそいそとまこっちを追いかけて出る。
ガチャンと重たく仰々しい音で開けられる鍵。2段に分かれたプレートの下にはHanamiya、上には6004の文字。

「突っ立ってねーで入れノロマ」

『ぅお!?』

斜め上を見上げたまま顔を引き攣らせて固まれば、後ろからドンっと手で押される。わたわたと玄関に入れば、左に廊下が伸びていた。……あれ、案外短い。


とか思った私ハイ馬鹿〜。その先にあるリビングもダイニングも居心地悪いくらい広かった。

「邪魔だから座れ」

『帰りたい……!』

さめざめと溢れる涙を拭いながら、逆らえるわけもなく真っ黒の光沢あるソファーに腰かける。この家具も何もかも畏れ多いよ拷問だよ……!
しかも座ってみたところで何もない。それどころか無理矢理連れてきたくせになんか勝手にガラステーブルの上にあった本読み始めたんですけどこの子!!
まさかのここに来ての放置。手持ち無沙汰過ぎてキョロキョロと周りを見渡す。置いてある物は全て高級感が漂っている。うわ、植物……、観葉植物置いてあるよ……! まこっちの部屋、食虫植物置いてたりしないかな。蝿をわざとピンセットで近付けて食わせて “ふはっ” とか笑ってるゲスい想像が容易すぎる。クズだな…うん。

ふと、いつメンからの連絡が気になって鞄から携帯を出した。LEDランプを見ると2色交互に点滅を繰り返す。ん? 1色じゃない? 1つはLINKの通知を示す緑だけど、他方は着信を示す青だ。
といっても、着信で思い当たるのはまこっちからのかけ直しくらいなものなので先にアプリを見ることにした。通知数15件……って多すぎだろオイ。返信はせず予め既読無視する予定だから構わずに開く。

いつメンのグループでは、1人ずつ呪文のような謝罪が並んでいた。
氷室に関しては本当に呪いの類いである。《ごめん。怒ってるのはとても分かるけれど俺の話も聞いてくれないかな。ごめんね。本当に反省しているんだ。楽しみにしていた君の気持ちを踏みにじっ(以下略)ごめん、本当にごめん。何度謝ればいいのか分からないから電話出来ると嬉しい。ごめん。どうすればいい。すまなかった、ごめん。どうしたら許してくれ(強制終了)》
二言目にはごめんがある。何回……うわ、27個あるよ。もはやごめんの価値下がってるんだけど。謝りゃ良いってもんじゃねぇんだから黄色と黒のちゃんちゃんこ着て寝てろ。

日向はすごく堅苦しい文章でつらつらと反省の文を述べている。《申し訳なく思い候》ってその文法合ってる? 大丈夫?
中村と伊月はいつも通りの語調で懇切丁寧に謝っているが。一番の問題は劉だ。なんか知らんが謝る以前にひたすら私のことを誉めちぎっている。
《今日の女子よりも白幡の方がトークは面白いアル。ボーリングとかゲーセンとかも上手いアル。差し入れとドリンクだって美味いアル。白幡の方が頭良さそうアル。香水より柔軟剤の方が良い匂いアル。あと脚の形が白幡の方が綺麗アル。……これくらいで機嫌直すアル。》────天誅。
ウザすぎるのでこのトークだけ消してやった。いつか絶対にこいつにはえげつない神からの裁きが下りますように。アーメン。

残りの通知は、制裁を下したというさつきとリコからの報告と、全員が正座して2人に叱られてる高男からの写真つき草原メッセージ。青峰はみんなが普通に楽しそうに遊んでるというケンカ売ってる写真が数枚。やはりあのとき悲鳴が増幅した理由はこいつらの登場だったようだ。
そして一番最新の通知は原。《花宮と楽しんでるー? つーか2人って何すんのwww デレ宮いたら写真送ってwww》うん、こいつがまこっちを召喚したに違いない。てか私にデレ宮が降臨することなんてないし都合良くシャッター押せる訳もない。その件に関しては諦めろ。
とりあえず。戒めにも氷室たち以外のメッセージには返信をしておく。



次いで青いランプの点滅を確認しようと、画面上部を下にフリックして通知の内容を見る。だけどその瞬間──────、条件反射で思わず電源ボタンを押して画面を暗くしてしまった。
暗闇に反射する自分の顔は酷いもので。驚き、焦り、疑問、不安、いっぺんに心を襲う色々な悪夢が冷や汗と動悸を焚き付ける。

────どうしよう。どうしよう、どうしよう……!!

生唾をごくりと飲み込んで、目を閉じた。
1件の、着信履歴。ずっと待っていた文字の羅列が、真っ暗な視界にぼんやりと淡く光る。
落ち着こう、とりあえず一旦落ち着こう。今自分が居る場所なんてすっかり忘れて、飛び込んできた情報の整理に努める。

いつかかってきたのかより、何故かかってきたかの方が重要だと思う。これでも間違い電話のように見せかけて切ったのだ。無言の上の片言sorryならば、間違い電話と思われなくても怪しさにまみれているはず。私だったらまずかけ直したりなんてしない。


そして何をすべきか考えたところで、漸く落ち着いた。この動揺すら無駄なのだと悟ったから。だって、1つしかない。
……かけ直せば絶対に向こうは出るだろう。また声を聞かせるのだろう。そうなったら、私は同じく固まる上に今度こそ棄てられなくなる。だから何も見なかったことにすればいいのだ。否、そうするしか、ない。

意を決して、もう一度電源ロックを解除しホーム画面を迎える。大丈夫、こんなの直ぐにどうでもいいことになるか……、ら?
重みが無くなった手を確認するよりも早く上を見上げた。画面に指を滑らせていくまこっちは、瞼を少し下ろしてから私と目を合わす。

「────虹村修造。…………帝光中の野郎か」

『っなに見て……!』

「似合わねぇ面してやがると思ったら、……売約済みってこういうことかよ」

『花宮ッ!』

「あ? しかもなんだこれ。……暗証番号って、お前シークレットモードかけてんのかよ」

『はあ!? ちょ、返して! 何しようとしてんの!? その画面が出るってどういうことだ!!』

慌ててソファーから立ち上がるも、腕を垂直に真上まで上げられてしまえばいくら身長が10センチくらいしか違わないからってその先に届くことはない。てか悲しいかな腕の長さが違う!

暗証番号の入力を求められるのは、編集メニューを開くときだ。一体何をしようとしてる?
それに、なんで。なんでそんなに真面目に怖い顔してるの。

『花宮! いい加減にし「シークレットモードにしてまで守る価値あんのか?」……は?』

口調はいつものニヒルなものなのに、お馴染みの笑みは浮かべず。能面のような顔で提案される。
何を言われたか理解して想いを口にするより早く、手が動いた。『返して!』と粗っぽい声が出たのは思わず二の腕を両手で掴み、下に下ろそうと力を加える時だ。

「いや、価値じゃねぇな。────守り甲斐、あんのかよ。連絡を取り合う予定が今後一切ないアドレスに何の意味がある?」

『ッ!』

「こんなのにお前のミジンコ以下のエネルギー使ってちゃこの先身が持たねぇだろ」

『……そんなの、わかってるよ…………』

分かってる。解ってる判ってる。やらなきゃならないことも、その理由も結果も、全部。
でも知ってしまったのだ、まだ繋がるのだと。実感してしまったのだ、ソレを。空よりも地底よりもちっぽけな存在なのに。

ああ、あのとき魔が差した自分を殴りに行きたい。息を吐いて、道を探る。
見ないフリを決め込むと決めたのだから、通話履歴の糸なんて辿らないでおこう。
電話番号が生きてたことを知る前までの価値を考える。思い出せ、アイツにとってもう私は───。
私の表情や動作で察したらしいまこっちは、指に引っかけたままの携帯を私に向ける。見上げる暗証番号入力画面に、もう私の顔は映らない。

「ふはっ、安心しろよ。ちゃんと導いてやる。誰に運命開拓させてると思ってんだ」

『神様仏様まこ殿様にございます』

「いっそコイツごとぶっ壊すか」

『アッそれは御勘弁を!!!』

頭を下げてから、1つずつ、暗証番号を入力していく。これで、直接繋がっている確かなものは全て消えるのだ。あとはクローゼットのクマさんと、鍵をかけた引き出しの凶器を処分するだけ。

『────じゃあね、修……』

さよならなんて、結局。虚しくなるだけの言葉で、そこに “また会おう” なんて意味は無いんだよ。


【虹村修造 のデータを消去しました】