このメンツでやるのは初めてじゃないけど、バスケバカのこの人たちはそもそものボーリング経験が浅い。私は和気藹々が大好きな親族や友人と共に、小学生のガーター世代、そして高校生のときにそこそこ場数は踏んでいる。劉が勝負を持ちかけたときにボーリングだなんて言うから思わずハンデを持ちかけようとしたくらい勝利は目に見えていた───────はずだったのに!
「「「きゃあああ!!」」」
「凄いな劉。またstrikeだ」
『な ん で ! ?』
「あれー、どうしたアルか白幡。スコアに差が見えるアル」
『なんでだあぁああ!!!』
惚けたフリして席に戻ってくる劉に吼えた。これでターキーだなんてそんなバカな。意味が分からない。しかもコイツがキメる度に周りのレーンの女子から歓声が飛ぶのだ。もう一度言う。意味が分からない。
お前私たちと来たときが初めてだって言ったじゃん。サスガ日本、楽シイアルって言ってたじゃんっ。あれからみんなでボーリングするのはこれでたったの3度目だよ?
『物申したい!!!』
「申してんだろ」
『だって日向なにあれ!? 前来たときと全然違うんだけど! サナギ通り越していきなり成虫になっちゃってるんですけど羽ばたいてるんですけどぉお!!』
「おま、うるせぇよ! 俺たちに比べたらお前だって2位なんだからいいじゃんか!」
『良くない! しかもあんな! あんなに女の子が……っ!』
このボーリング場は隣のレーン席との間隔が狭く、私の向かいに座る劉、氷室、中村はズイと身を乗り出している後ろの女の子たちと楽しくお話している。おいYouたち私には!?
「大きいお兄さん本当にスゴいですね!」
「ね!! よくここに来るんですか??」
「いや、普段はサークルで忙しくてね」
「ボーリングは今日で3回目ですよ」
『「「!?!?」」』
待て待て待て待て!!! オイコラ劉偉!? お前なに標準語さらりと喋ってんだよオイ! 周り見てみ? 全員瞠目しちゃったから。氷室ですら戸惑いを隠せていないからね? お前のアイデンティティーだろそんなに簡単に捨てちゃえるもんじゃないでしょーが!
『あれれ殺意しか沸かないんだけど』
「落ち着け!! あー、ほら伊月、次お前だよ!」
「あ、ああ! 行ってく「あの! 部活って何やられてるんですか?」……へ?」
ふとかけられた声に振り向くと、こっちがわの女の子たちも身を乗り出していた。伊月への問いから察するに、さっきの氷室たちの話を聞いていたらしい。
2人の女の子、その向かいにはつまらなさそうな顔をする男子が2人コチラを見つめている。なんかごめんなさい。
「あー……っと、俺ら?」
「はい! お兄さんたちカッコいいので気になっちゃってぇ」
「バスケだけど……」
「バスケ!? やだそれもカッコいい!!」
あっという間に私を挟んでいた2人も縄に捕らえられてしまった。
『伊月テメェ早く投げ「あのぉ、投げ方教えてほしいんですけどぉ」 いづ、「え!? いや、俺そんなに上手くないし、」
がっつり被せてきたし、伊月の視界に入らせてくれもしない。この野郎。
『オイいづ「え、日向くんって、誠凛の!? 私バスケ好きで、優勝したときのWCとかも観に行ってました!」「マジで!?」………………。』
私には目もくれない女性陣のお相手で手一杯の男子勢。ていうかそれ以前に、全員が全員私の存在を忘れてやがる。明日のドリンク覚えとけよ。故意に青汁入れっからな。
チッと舌打ちをしてスコア画面を見る。高い順に並べると、劉、私、氷室、日向、伊月、中村。力みすぎてガーターばかりに行ってしまうジャスティス中村も女の子のお話に相槌を打っている。貴方だけは信じてたのに……って何だこれ。
急なぼっち展開に嫌気が差して立ち上がる。日向と伊月と目が合うけど、にっこりと笑ってやった。『飲み物買ってくる』と呟くと、漸く伊月が席を立ちボールを投げようとする……も、女子が離さない。慌てる伊月を横目に小さな階段を上がって自販が並ぶスペースに立つ。
飲み物だけじゃなくてフードやクレープなどといったある意味ボーリング場でしか見られない自販を冷やかす。ふとアイスのそれを見て、双子コンビを思い出した。あいつらとゲーセン行けば良かった。なんて、何拗ねてんだろ私。
はあーとため息をついた私の肩を、誰かに叩かれた。ビクッとして後ろを見上げると、女の子たちと一緒に来てた男性2人だ。
「えっと、なんつーかその……災難だったな」
『はい。あの、……お宅も』
「女子ってのはすぐに顔の良いやつに取り入ろうとするからなぁ」
『そのようですね……。男性もすぐに乗っかってしまいますようで』
「あはは……、面目ない」
自分達の席を見ては遠い目をする私たち。可哀想なグループの出来上がりだ。というかあんなに女の子が周りにいた状況でも男子と話してる私って一体。
あれかな、特技男友達作り加えとけってか。いやいや、でも私いつぞやの3人組にフラれたし……、死にたい。
「彼らとは友達?」
『はい。同じ学部で、部活仲間です』
「ってことはバスケ部か。マネージャー?」
『はい。でもあれを見て辞めてしまおうかなとか思いました』
「俺たちもそろそろこういう企画すんのも辞めような」
「そうだな。どうせイケメンがいたら持ってかれる。挙げ句費用はこっち持ちだし、良いことなかったもんな」
『女の子の友達作りって大変ですよね……』
「ほんとそれ! 気が合うな! 名前何て言うの?? 俺は────、」
「「え!?ちょ、キャーーッ!!」」
自己紹介をしようとした人の台詞を遮ったのは、聞き飽きた黄色い悲鳴だ。もういいよ、どうせ調子乗って鎖骨チラ見せとかサービスしちゃったんでしょ(そんなの見たことないけど)
はあーっと呆れる私のそんな耳に次に突き刺さったのは「なんでお前らが……!?」という声だ。今のは日向のもの、ってことは誰か知り合い?
──………悪い予感しかしない。
「うわ、何あれ」
「スゲーイケメンだらけなんだけど! 誰だよパラダイス開いた奴やめて!」
『私は何も見えません聞こえませんイケメンなんてうんざり爆発しろ』
「「どうした!?」」
だってもうこんなとこに全員来てみ? 周りの視線が痛いのなんのって、本当に嫌なんだよ。ギャラリーばっかだし、誰かが点決めれば煩いし逆に私が点とるとブーイング来るし。人生何だかんだアウェイは辛い。ぼっちとは話が違うんだよ。いくら私でも否定されるのは耐えられない。
目を逸らしながらまだ名前も知らない2人の服の裾を引いて前で合わせる。私を自販とサンドイッチして隠してください。もう帰りたい。つーか帰る。
あんなやつら知らない。特別なんかじゃないもん。勝手に鼻の下伸ばしてリコに滅されろバーカバーカ!!
『すみません、あいつらから私を出口まで隠してください』
「えぇ!? 本当にどうした!?」
『彼らのそばに女子がいたらどうなるか考えてみてください。女は怖いんです』
「わ、分かった。じゃあとりあえず出口まで連れてってやる」
『神!! ありがとうございます!』
幸い貴重品含め荷物は持ってるし、何か忘れ物があったら明日あいつらにもらおう。金は払わねぇからな当たり前だろ。何でこうなっちゃうのもう。今日のおは朝何位だったっけ。
2人は上手く私を隠してくれて、カウンターを通りすぎてエレベーターに乗り込むところまで着いてくれた。優しすぎるよもう! 泣きそう。
「ここでいいか?」
『はい。ほんっとうにありがとうございました! あの、女子の友達作るなら、やっぱり可憐という言葉が似合う子がいいとおもいます! 頑張って下さい!』
「おう! そっちも頑張れよ!」
「また縁があったら会おうな!」
ありがとう心の友よ。エレベーターの扉が閉まるまでずっと手を振り合う。彼らの頭の上、焦ったような顔の氷室と伊月が見えた気がした。
さて、これからどうすっかな。1人きりのエレベーターで弄る携帯。LINKは行き止まりだったから、久しぶりにアドレス帳を開いた。その瞬間に着信を受け取るけど、問答無用即断即決で拒否をフリックする。だけど、虚しく上部に残る着信アイコンと “氷室” の2文字に、怒りより淋しさが募った。
私から誘ったのは確かだ。それでもあんな風に1人になったことに怒ってる。……はずなのに。今更、突飛すぎた行動を反省し始める私は本当に馬鹿。心の狭い奴と思われちゃったかな。劉なんて潔いから “もうお前めんどくさいから嫌アル” とか言い出しそう。うわ、それ聞きたくない。
でもでも、自分からかけ直して謝るのも違う気がする。
とりあえずアドレス帳をスクロールして連絡する相手を探してみる。あ、そっか……。私まこっちの連絡先持ってないんだ。これは失敗したなぁ、なんて隠しもせず笑ったのは誰にも見られる心配がないから。
親指の動きが止まったのは、心臓が止まってしまったから。余計なものを押したのは、どこかでその形でさえも渇望していたから。そうなったのは全部────、
虹村修造
▼本当に消去しますか
はい
いいえ
▼本当に消去しますか
はい
いいえ
─────『馬鹿な自分のせいだろ』