×
「#お仕置き」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

Still…

Episode.36 私にはもう

いい加減にしろと頭を殴られたような衝撃が覚醒を引き起こすよりも先に絶望を魅せた。引き摺って、足掻いて、抵抗して。その相手が自分だけじゃなくて周りも巻き込んでいたことに本当の意味で気づいていなかった私は、クローゼットの奥深くで眠っていたクマのぬいぐるみを呆然と無心で見下ろした。




『ほっっっっっっんとにご迷惑をおかけしました!!!!! 昨日はなんだか熱があったようで!! 今日は完全復活しました!!! 仕事させてくださいっ!!!』

始発に乗って、最大限に早く来れる時間から守衛さんに鍵をもらって必要な準備全部終わらせた。守衛さんは今日も朝早いのにマイナスイオンを身体から出していた。その余裕は年の功ですかね……。
てか、1人でやると結構キツいな、これ。いつも来てくれてる方々……謝謝。

ふーと汗を拭って、6時前。まだ誰も来ていない。間に合って良かった。
正座で入り口に構えていると、宮地先輩、高男、ザキ(って呼ぶことにした)そして若松が体育館に入ってきた。その瞬間に頭を下げて土下座をかます。「「「「うぉおお!?」」」」と全員同じ声をあげたのにちょっと笑ってしまった。
そして、冒頭の台詞に戻るのだ。

話を聞いて、若松が言う。

「具合は平気なんだな?」

ザキが言う。

「つーか、そうなら普通に言えよ!」

私が言う、前に思う。正座で見上げると立っているあなた方はまるで巨人のようだな。みんながムラサキレベルに見えるよ……。

『いやー、私も気づかなくて……。そんであの、…これ、つまらないものですがお詫びの品を……』

いそいそと横に置いていたクーラーボックスから取り出したのは、ほぼ徹夜同然で作ったレモンゼリーだ。
昨日、さつきたちに送ってもらったあとで自転車で駅まで戻って具材や容器を山のように買った。お財布から諭吉2人くらい消えたけど、何のその! さつきと青峰には御礼も兼ねてもう一つ桃味のも用意した。

頑張った私、と自画自賛も束の間。

「凪紗サン、風邪引いてたんスよね?」

『え、あ!? 大丈夫だよ!! 治ってからマスク手袋完全常備でやったから!! 絶対大丈夫!!』

高男に言われて気付く事実。アホ!! 病み上がりの作るものなんて危険度マックスじゃん!! でもそれ以前に速攻で出来る御礼が此れしか見つからなかったんだよ。
風邪だなんてのはもちろんデマカセです。これについても、あの失態を説明する理由が見つかりませんで、スミマセン。

訝しむ4人に、私は慌てて前髪をあげた。

『じゃ、じゃあほら!! おでこ触ってみますか!? 熱ないよ!!』

「は!? ばっ、おま、「んじゃ、タカオンケイ入りまーす!」 高尾!!!」

ぴと、と額に宛がうのは高男の手のひら、じゃなくておでこだった。まさかそう来るとは思わなくて、ビックリするあまり声がでない。
反射条件で視線を目から下に下げたけれど、あんたなんで今日に限ってVネックなの!! 黒のVネックって!! お前の今の態勢だと鎖骨とかその下が!! あああああ!!! 目のやり場に困る!!

「え、ちょ、熱くないっすか!?」

『おっ、おおおお前のせいだ!』

「でも顔赤───……あー、なるほど、ブッフォ! 凪紗サンでも男に照れるんですねっ!」

『違っ……!!!』

「自分から言い出したくせにー! 和成にドキドキしちゃったん───痛った!?!? ちょ、なんで俺の頭握っ、痛い痛い宮地サンタンマ!!!」

「ゼリー貰うぞ。無理したら轢くからな! オラ高尾さっさと歩け!! お前は今から轢く!!」

「物騒!! てか、俺まだゼリー貰ってないんですけどー!」ですけどー、けどー、けどー……(エコー)

うん、ズルズルと地下に引き摺られた高男の分はロッカーに入れてあげよう。
ザキと若松の分を手渡せば、2人は同時に頭を掻いた。お前ら本当に双子みたいだな。



私が準備を終わらせていたので、4人はみんなより30分自主練が出来たから嬉しそうだった。お礼まで言われた。朝から良いことをしている気分だが、実質プラマイゼロである。
4人の練習を見ながら他の人が来るのを待って、到着した順に謝罪とゼリーをお捧げした。みんな風邪ということについて心配をしてくれたり怒ったり。だけどゼリーはしっかり握って着替えに行くから、頬が弛む。

赤司と氷室だけまたあの痛みが見えるような顔で笑っていて、それだけが気掛かりだけど。君たちの、その笑みの意味を知る日はもう訪れないだろう。
ゼリーを作りながら、ジクジクと痛む内側にはたくさんの嘘を塗りつけて、ガーゼで包んだ昨夜。大丈夫、笑える。吹っ切れそうだ。最初からこうしとけば良かったって後悔すら覚えた。



****



時刻は10時半になった。一旦2度目の全体休憩に入る。
朝6時半からやっていた練習だけど、いつもより感覚的に早く過ぎた。土曜日の今日は午後からここの体育館が女バレに使われるらしい。重ねてバイトはマスターの私用で1日お休みである。ってなわけで私も午後はフリーダムな身になったのだ。

ドリンクとタオルを置いている長机から一番遠い場所にいる人たちの分を、かごに入れて持っていく。
青峰、緑間、福井先輩、木村先輩、原。みんな息切れをしながら受け取って、ゴクゴクと喉を鳴らしていく。
中村と伊月にもタオルを巻いたそれを渡しながら、話しかけた。

『ねぇねぇ、今日の午後暇?』

「別に用事はないけど」

『久々にみんなでどっか行こうよ!』


結局何がしたかったのか。その問いに答えはある。 “忘れたかった” んだ。
─────ただ。何を忘れたかったのかと問われれば、閉口してしまう。
改めて考えたら全然はっきりしない。明確な線引きが出来ていないから、行動と自分の気持ちに矛盾が生じてる。

「俺凪紗と遊ぶの地味に楽しみにしてたわ」

『原は誘ってないけどな』

「あれ、白幡バイトは?」

『マスターの用事で無くなった! ゲーセンとか、カラオケとか。ボーリングでもいいね!』

「いや、散々ボール突いた後にボーリングはちょっとなあ。───ハッ! ゲーセンでゲッ、せ『よし伊月は参加な! 中村は?』

「何処に行くかは後で考えるとして、俺もいいよ」

「俺もいけるけど?」

『よっしゃ。んじゃ伊月と中村はオッケーだね! 日向たちも誘ってくる!』

「うっわ俺の存在ガンスルーとか。目ぇくらい合わせ『ひゅーうっがくんっ! りゅーうーくん!』

お前合わせる目無いだろ。と、心のなかで原に返事をして、空になったかごをぶらぶら振り回しながら、日向と劉の前に立つ。座って休んでいる2人は私を見上げて、笑った。笑われた。解せぬ。

『え!? なんで!?』

「お前がそういう顔するのは遊びに行きたい時だろ」

「さっき伊月たちと話してたのもどうせそんなとこアル」

『なんかバカにされてる気がするんだけど、まあいいや! どーせ暇でしょ。遊ぼーよ』

「相変わらずその前提ムカつくな」

「ラウンドツーにするアル。お前を泣かしてやるアル」

『よーし決まり! あとは氷室かぁ』

くるりと首を回すと、丁度こっちを見ていたのか氷室と目があった。彼も日向たちと同様、何の話か勘づいているんだろう。ただでさえ氷室は私のことを理解している節が多い。最近は冷たいけどね。
微笑んだ氷室の方に歩いて行けば、周りの視線が全部付いてくることに気付いた。急に居心地が悪くなるけど、……考えるのやめよ。

『氷室! バイトもサークルもないんだ! 遊ぼ!』

「ふふ、そう言うと思ったよ。他の4人もOKしたんだろう?」

『もちろん。劉がラウンドツーが良いって言うんだけど、伊月はボール触りたくないってよ』

「でも、いざ行ったらシュンもやるだろう。俺もそこで良いと思うよ。カラオケもGame Centerもあるからね」

『う、うん』

……氷室くん。私は将来、君が第2のノレー小柴にならないか不安だよ。何でゲーセンをわざわざフルネームにしたの。合間のオーケーとかさ、きれいな発音がちょいちょい危ない気がしてならないよ。
どうでも良い不安が胸を掠めたとき、ズシリと後ろから重みがかかった。

『んぐっ!? 重いんですけどムラサキ!!』

「凪紗ちん、遊びに行くのー?」

『行くけど……?』

「俺たちも行きたいッス!! 連れてって!」

どっから沸いて出たのか、黄瀬が膝立ちで私の半袖パーカーの裾をクイクイ引く。その上目遣いわざとか? あざといんだけど! 他のお姉さんたちにやったらイチコロだわこりゃあ。同時にまたコイツ犬に一歩近づいているけど……それでいいのかデルモよ。

はぁーっとため息をつきながら黄瀬の頭を無造作に撫でてやる。

『よーしよしよし。お前は今日はお留守番でちゅよー』

「赤ちゃん言葉!! って、何でッスか!?」

『今日は安心楽チンメンバーと遊ぶって朝から決めてたんですぅ。邪 魔 す ん な』

ギチギチと黄瀬のこめかみに引っ掻けた指に力を入れると悲鳴が体育館に響いた。
ムラサキが、頭上で不服そうな声を漏らす。

「室ちんたちがそんなに好きなの?」

『は? まあ、そりゃ数少ない親友ですから! な? みんな!』

「「「「「………………………………。」」」」」

『ちょ、ここは同意を返せよ!! 何黙ってんの!? 共に1年過ごした仲なのにこの一方的感やめよう!? 泣いちゃうから!』

「ハイ休憩終わり!! みんな位置に戻って!」

『リコちゃんんんんん!?』

パンパンと拍子が聞こえて、全員動き出した。え、何これ。放置プレイ? メンタルブレイク放置ですかい。
重いもあざといも、それぞれ舌打ちをしながら去っていく。……ん? 舌打ち? 何で舌打ちされた? 神様。まこっち様。世界は分からないことだらけでございますよ。

ひゅるりと心のすき間を吹いていく風が凍みて、でも遊ぶ約束は出来たからいいやと思ったとき。氷室が私を呼んだ。

「ナギサ、」

『ん?』

「……いや、何でもないよ。遊びに行くのは久しぶりだから楽しみだね」

『うん! 残り2時間頑張ろうね!』

少しの間の後、結局氷室は首を横に振った。いつもの爽やかスマイルで続いた思いに、私は逆に縦に首を振るしかない。
無理矢理聞き出すなんて野暮は避けて、地下に戻ることにした。その途中、今度はリコに話しかけられる。

「凪紗」

『ん?』

「あなた、結構言うのね。あれじゃあまるで、黄瀬くんとかは安心楽チンじゃないって言ってるようなものじゃない」

『いや、事実だし』

私がそう答えれば、リコは目を丸くした。

『別に黄瀬たちが面倒くさいって訳じゃ……いや、面倒くさいけどさ。でも嫌ってるんじゃないよ? ただ、やっぱり年の差もあるし、気を遣わせちゃうんだよね。黄瀬とか黒子、さつきや赤司とかには特に。同じように私も気を遣う部分はあるしさ。これは後輩だけじゃなくて、たぶん木吉たちと行くとしても同じ話かなあ』

見えない部分があると、どうしてもそこを踏んでしまわぬように気を付けるから。それが礼儀であるし、常識とも言えるから決して悪いことじゃないだろう。

だけど、

『だけど、今日はちょっとね、羽目を外したいんだ。私には幸せなことに、暴れたときそれを対処しながら一緒に暴れてくれる奴らがいる。日向たちとは、もうお互いに一切気遣いの類いが必要ないんだよね』

合わせてくれるのは、気遣いに似てるかもしれないけどちょっと違う。手探りで、曖昧なものなんかじゃなくて、ちゃんと手筈を知っている上での行動、親切、優しさ。今日はそれに甘えたい気分なのだ。

『伊月たちは、そういう意味で特別だよ。私にはもう、特別は彼らしかいないから』

「もう?」

『あ、そろそろ洗濯が終わってるかも! じゃあ地下にいるね! 黄瀬たちの憂さ晴らし、宜しく!』

走りはせずに、普通に歩いて地下に降りる。洗濯物は干す場所が無いから乾燥機でいつも事を済ませるけど、1回くらいお日様に当てたいなぁ。

あ、ラウンドツー予約しなきゃ。土曜日だから混んでる可能性高いよね。
今日は目一杯遊んで、楽しい気持ちで過ごす。そうすれば、明日からまた笑える。何かを失う前に何かを得ておけば、きっと悲しくなんてない。そもそも怒りだってあるんだから、これも発散しとかないとね。


どうでもいい存在なんかにはできない。だけど、アイツが居ないままもう4年が経った。それでも楽しいことや嬉しいことはたくさんある。……アイツをどうでもいい存在なんかにはできないけど、もう特別なんかでも、ないんだよ。