結局、みんなに迷惑かけて。馬鹿な奴だなって、どこか遠いところで嗤ってる。
小心者。焦心者。……傷心者。
真実なんて、知りたくない。だけどこのままじゃ、置いてかれてしまう。……約束なんて、してないのに、こんなに胸が痛いなんて、本当にどうしようもない。
どこかで、帰ってきたら一番に会いに来てくれるんじゃないかって、期待してたらしい。私に投げつけたもの、その全ての意味を、教えてくれるんじゃないかって、願ってたらしい。
7月8日。私は、いよいよ現実を突き付けられた。ユメを見るのはもうおしまいだと、シャッターが勢い良く全て閉まった。
絶対に痛くないように忘れていこうとしていたのに、それが叶わなくなった1ヶ月前。ならば、せめて深い傷は負わないように、仕方なく忘れる速度を少しあげようと決めた、数日前。だけど、それすらも生温いらしい。
私だけこんなに嫌な思いしなきゃいけないなんて理不尽だ、そんな怒りすら沸く。ここまで引き摺ってる自分が悪いのにね。
いい加減にしろって念じられてるのか。誰にってそりゃ……、まこっちとか? とにかく、一度ざっくりやられれば、案外スッキリするのかもしれない。
夜道を心配して、わざわざ本来の最寄り駅より1つ手前で降りて送ってくれてる2人には感謝しかないけど。……もう1つだけ、お世話になってもいいかな。
『……あのさ、』
「あ?」
「どうしました?」
『ちょっと、……相談したいんだけど、』
私のこの台詞は大層衝撃だったらしい。目を見開いた2人は、そのまま顔を合わせて、また私を見遣る。オイその反応もそこそこ失礼だからなお前ら。
とりあえず、通り道にある小さな公園に入ってベンチへ座るよう勧める。なんかビクビクしながら従われるから解せぬ。
『飲み物、買ってくるけど何が良い?』
「は!? ちょ、落ち着けよ凪紗!!」
「そ、そうです凪紗先輩!! 熱あるなら私が買ってきますから!!!」
『お前らが落ち着け』
まるで私の親切が珍しいとでも言いたげなその行動地味に心に刺さるからね? いつでも優しい凪紗先輩がモットーなんで、一応。だからその顔やめろ。
手首を掴む2本の腕を振り払って、自販の前に立った。とりあえず無難にコーラとレモンティーを押す。
私のを選ぼうとして、迷わず指そうとした人差し指の先に顔を歪めた。……いや、これも今日で終わりにしよ。唯一ずっと、繋ぎ止めてくれていた実体あるソレを手にして。私は後輩たちの元に戻った。
はい、と渡そうとしたら青峰が未だ訝しむから、とりあえず上下に5回振っておくわ。
「ばっ!! 何してんだテメェええ!!」
『あちゃー、メンタス忘れたわいつも持ってんのになあ』
「お前俺に飲ませる気ないだろ!!」
レモンティーを受け取った良い子ちゃんのさつきの頭を撫でながら、青峰を退かして2人の間に座った。何か失礼なことをしたら即座にこのでかい足を踏みつけられるようになフハハハハ!!! さつきには癒しのために傍に居て欲しいんです。
さて、そうと決めたんだからさっさと実行して終わらせよう。うじうじすんのは止めだ! もうまこっちにも虫呼ばわりされたくないもんね!
てか、まこっちに選んでもらったこの運命、ハートズタズタルートなんですけど。抜け目無さすぎるよあの悪魔……。氷室じゃなくてまこっちこそ神なんじゃねぇの? アッどうしよう残酷なこの世界、大いに有り得る……!
とか考えつつ、まずはもう一度立ち上がって向きを変え、2人を見下ろした。
『今日はごめん。色々変なとこ見せて、迷惑かけたし練習の邪魔しちゃったよね』
「……別に、俺のドリンクは平気だったし、」
「気にしてませんよ!」
『そう言ってくれると有り難いけど……、やっぱり最悪なマネジだった。ごめんね』
眉を下げれば、何故か青峰の方が怖い顔をしだす。そうして伸ばしてきた手はまたもや私の手首を掴んだ。グイッと引き寄せられて、青峰の肩にダーイブ───ってちょ!? さつきの前で何てことしてんだお前!!!
「大ちゃん!?」 『何してんの!?』
「なんつーか! そういうのお前似合わねえんだよ!」
『人の真面目な誠意をお前は!!』
「今日のアレぐらいじゃ俺はお前に何とも思わねーし、いつものに比べたら怒れるレベルじゃねぇんだよ!」
『……さつき翻訳して』
「何でだよ!! 普通にわかんだろ!」
「えっと、つまり、これまでの凪紗先輩のお仕事ぶりからしてみれば今回のことは全く問題なしだってことです!」
『なるほど。褒められたのか』
「ふふ、褒めてられてますよ」
「うっせ!」
トンと肩を押される形で解放された私は、青峰の頭も撫でてやってからベンチに座り直した。
やめろとか言ってきたけど、お前の反射神経で避けられないもんじゃないんだから大人しくされている時点で見え見えの嘘なんだろう。さっき抱きしめ紛いをしたのも、照れを隠すためだったと見た、可愛いヤツめ。
そっぽを向いた青峰が、顔の赤みを隠すように下を見ながらコーラのプルタブをなぞりながら言う。
「そんで? ……赤司に何言われたんだよ」
『え、そこまで分かってたの?』
「私は知りませんでした! 赤司くんが何かしたんですか??」
『えっとー……、うん、まあ、』
「まどろっこしいな、早く言えよ。赤司のせいであんなドジしてたんだろ」
さつきはどうやら地下で作業してたらしいけど、大体の人が赤司が倉庫に入ってくるのを見ていたらしい。
あの青峰が的を得てるとは。人生何が起きるか分かんないもんだねえ全く。……あの日も、そうだったけどさ。
赤司のせいで、という部分は訂正してから、息を吸って吐く。大丈夫、傷つくのは今日で最後にするんだ。明日にはもうビクビクしないで済むはず。アイツの残り香全て、消し去ってやる。
『2人にね、訊きたいことがあるんだ』
「赤司の話は?」
『だから訊くんだよ。その話を確めるために』
さつきは背筋を直した。青峰は、恐る恐る腕を伸ばしてコーラを開ける。チッ、何も起きなかった。振りが足りなかったな。ドヤァと笑った青峰は一口飲んで、私から目を逸らす。ハハ、お前もやっぱり優しいよ。月を見上げてるなんて似合わないけどさ、景色と同化しそうだけどさ、カッコいいって言われるの、解る。
『赤司がね、言ったんだ』
「……おう、」 「…………」
『明後日は納豆の日ですね、って』
平城京すらも思い浮かばないであろうアホ峰は首を傾げたけど、さつきはすぐに反応した。さすが情報のスペシャリストだわ。はてなを浮かべる幼馴染みを、さつきは私を気遣ってもどかしそうに見上げる。青峰の為に、私が教えてやろう。
『納豆の日は、7月10日。……修の誕生日だよ、覚えやすいでしょ』
うまく、笑えてるかな。私を見た青峰は、困った顔で「あー……」とぼやく。パイ投げしたのは6月だもんね。そっちの方が記憶鮮明かも。
『それでね、…… “また、戻ってくるかもしれませんよ” って言ったんだよ、赤司が』
「は、」 「えっ」
『……ねぇ。修はさ、日本に、帰ってきたことあるの?』
先程の青峰と同じ様に、私も手の中にある銀色を見下ろしたままだった。顔をあげようとしたけど、それでも急に肌寒く感じた空気に怖じ気づいて、膝の上でオレンジ色を隠す。
何も答えない2人。息をしてるのかすら疑えるほどに静かだった。そんな風にさせてしまうことが、とても心苦しかった。
自分は、きっと先輩として彼らの前を歩いているほどの存在ではないだろうなと、心のなかで失笑する。私にとって、カッコ良い存在だった “先輩” 。何かを学ばせてくれて、隣に並ぶことなんて滅相も無いと思わせてくれる “先輩” に憧れたはずなのに。
今じゃこのザマだ。
「───何お前、会ってねーの?」
「ッ、大ちゃん!!」
「てっきり会ってたと思ってたけど?」
その発言に驚かされて、反射的に面を上げる。たぶん私と似たような顔をする青峰に呆れてしまった。
だけどさつきもそれは変わらなくて、今きっと3人揃って違うものに対してこの反応をしているんだろう。食い違いすぎか。
「バカなの!? バカなんだ!」
「はあ!? バカバカうるせぇよ!!」
『……、会ってたらこんな状態じゃないでしょーよ』
「そーか? また何も言わずに帰られたとかそこら辺かって読みだったわ」
「もう本当にバカ! そう思ってたのは大ちゃんだけだよ!」
「ンだよ! だって虹村キャプテン普通だったじゃねぇか!!」
「────っ!!!」
顔面蒼白。月に照らされたさつきの顔はまさにその言葉がぴったりで、ギギギギと錆びた音が聞こえそうな動きで私を見上げてくる。バチリと焦点が交われば、泣きそうな顔で青峰に叫んだ。
「こんっのアホ峰!!! 余計なこと言わないでよ! あり得ない!! 凪紗先輩を見てれば分かるでしょ!!」
「見てたっつーの!」
その言葉、どんどん私の気分を下げていることにお気づきでしょうか、おふたりさん。
はあーとため息をつく。つまり考察するとこんな具合だろう。修は日本に帰ってきていた、そしてその時にカラフルズたちと面会。アイツの様子は至って普通で、きっと私との対面も終わっていると思ったのだろう。だけどいざ大学で私と再会し、蓋を開けてみれば全くの勘違い。恐らく青峰(緑間も危ういな。あとは別の意味で赤司とか?)以外はこの時に漸く気づいたんじゃないかな。((……先輩たち何も終わってなくね?))ということに。
「あ、あああの先輩!」
『あー……うん、平気だよ?』
「で、でもその、か、缶が……」
『……わお、なんか手ぇベタベタすると思ったら。あは、ナギサチョービックリー』
「それ、スチー「大ちゃんシッ!!」
中身が裂け目から滴っていたらしく、右手にオレンジの匂いが付着した。左手はたまたまプルタブにかけてたから無事である、不幸中の幸い的な? だけどそれどころじゃないのが本音だ。
……普通の、様子だった? 何だそれ、何だよそれ。
じゃあ、あの言葉も、あの一瞬も、ただの気紛れとか、やってみたかっただけとか、そういうこと? そういうことなの?
修にとっては大したことなくて、私だけがバカみたいにしがみついてた訳か。
『…………それはキツいなぁ……』
グシャ。手の中で醜い音が鳴る。さらば120円。さらば最後のオレンジジュース。そんな感慨はこのあと10分後に訪れるもので、現在の私は左手で、表情筋で、同じ音を立てて前髪や顔を歪めていた。
そして漏れでる、どうしようもない渇いた笑いは、不気味に夜の公園に響く。子供がいたら泣かせていたかもしれない。
『っは、……ハハ、』
「せん、ぱい?」
『あーあもう、……っとに可笑しいわ』
「オイ凪紗、」
『こんなの、とんだ、……とんだ自惚れ野郎じゃんか。ねぇ?』
“なーんてね! 厨二的台詞、言ってみたかったんだ” と後からおどけても、さつきと青峰の顔は歪んで戻らない。本当に先輩失格だな、こりゃ。
─────「キャプテンってカッコいいよね」、そう言ったのは、誰だったか。たぶんクラスメイトの女子だ。満更でもなさそうな顔で私を見たのは、アイツで。「聞いたか今の。カッコいいってよ、お前もそう思う?」って聞かれた自分は、あのとき何と答えたんだっけ。
直ぐに思い出せるのは、じゃんけん関係なく自分で買ったオレンジジュースが勢い良く口に入ってきたことだ。手元にあるのは、ひしゃげた紙パック。本来は四角いはずのそれは今日私に買われたばかりに、いつも自販の缶で飲む癖でつい力を入れられ原形を失っていた。
単純な私からすれば、自分よりスゴい人はみんなカッコ良い。バスケ部の引退を控えた “先輩” たち然り、入部したてだってのに一際輝いていたキセキの世代然り。……もちろん、貪欲にがむしゃらにボールを追いかけて主将に選ばれた目の前の同級生然り。
なのにこのとき、素直に頷けなかったのは……、今思えば、そこに明白な “動揺” があったからだろう。
本当に、参っちゃうな。今更、想いの重量を知るなんて。もう、遅いのに。何もかも。
アイツの中で、私はとっくに白黒の過去の人で。
私の中でだけ、アイツは色鮮やかに動いていたんたから。
(幸せは、去ったあとに光を放つ)