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Still…

Episode.33 帰って来て……、

「凪紗先輩っ!!!!」「凪紗センパイっ!!!」

本日最後の授業が一緒だった劉と体育館に入れば、予想できた展開が両手を開いて駆け寄ってくる。桃色と黄色を揺らして彼らは身ぶり手振りで思いを表してくれた。

「大丈夫だったんスか!?」

「殺人事件に巻き込まれたって、本当ですか!? 調べても被害者のことしか出てこなくて……!!」

『大丈夫だよ、その情報尾ひれついてるから。巻き込まれてないし、目撃証言集めに強制参加させられただけだから。てかなんかあったら流石にサークル休むわ』

「そ、そーっスよね! あー良かった!」

ホッと安堵してくれる2人はいそいそと準備に戻る。とはいえ、この反応を待ってたよ私は。劉にしか会ってないけど、コイツは心配するような言葉をくれなかったからね……。2限分サボったことにしか突っ込んでこない薄情者め!
お騒がせアンドご迷惑をおかけしました! と全員に向けて頭を下げる。「何にも無かったなら安心じゃ」と言ってくれたゴリラにも私は感激した。人間の気持ちを良く分かっていらっしゃる。

劉と更衣室に入り着替えて上に戻ると、さっきはいなかった原と山崎、若松、リコと日向もいた。リコは私を見て直ぐに名前を呼んでくれる。アッここにも天使が……!

「ちょっと大丈夫だったの!?」

『うん。本物の警察手帳に興奮したよね』

「そうじゃなくて! 昨日よ昨日!」

『は、昨日?』

「あんたバイトだったんでしょ! シフト12時まで入ってるって言ってたし、深夜に現場の近く歩いたんじゃないの?」

『ああ、そっち!』

確かに! 一番心配してほしいのそこだね! そこが最も重要じゃん!
事件のことは今日の朝、いつメンからの連絡で知ったらしい。全体のラインで言わなかったのはご愛敬。だってもう黄瀬とか高男とかへの返信怠いでしょ。
私とそこそこ家が近いさつきと青峰は流石に近所の噂があったらしいけど、その連絡が入っている携帯を確認したのは家に着いてからだったってさ。携帯の意味ないがな。

「12時くらいに、大ちゃんと先輩のバイト先に迎えに行ったんですけど、早めに帰られたって聞いて…、先輩返信してくれたの今日の朝だし……」

『え、バイトにまで来てくれたの? それはごめん!』

かく言う私も昨日は12時以降携帯を触らずに寝てしまったのだ。さつきのいうメッセージには朝返信したが、迎えに来てくれたことは書かれてなかった。加えて事情聴取という言葉が余計な心配を招いてしまったらしい。申し訳ないな。

『私もマスターとかお客様に言われるまで事件のこと知らなくて……。11時に突然帰れって言われたから驚いたよ。お陰でそんなに遅くなかったし、帰り道はまこっちに送ってもらえたけどね』

「「「え?」」」

『え?』

今まで黙っていた人も含めるこの場の全員が聞き返して来た。いつぞやの土下座を思い出す揃い具合に、思わず周りを見回す。漏れなく皆、騙されちまったぜ大賞のような顔つきだ。赤司でさえ、あの猫目を見開いている。



数秒後、響いたのは原氏の笑い声だけだった。

「ぶっはっ! ちょ、ちょっと待って、まこっちって花宮? まこっちって花宮だよね?」

『花宮真だよ。あの東大の、私がコーヒーを絶賛貢いでるマロ眉花宮』

「その花宮が、凪紗を?? へえぇ??」

『お前ウザいなそのしゃべり方。そーです送ってもらったんです! それもマスターとかお客様が頼んだんだけど、きっちり家の前まで』

「ぎゃははははは!! 花宮が!! あの花宮が、凪紗を、送るって……!!!」

「……槍でも降るんじゃねえか」

『霧崎出身共、甚だ失礼だなオイ。深夜に女子を送るのは普通だろーが』

原と山崎はまこっちと一緒の高校だったという。類は友を呼ぶを見事に具現化してますよね、その高校。無礼な人間がひたすら集まったんだろーよ。

「っつってもあの花宮だぜ? 猫かぶり宮なら未だしも、本性見せてる、しかも凪紗みたいなタイプの女子を送るとか……! マジ天変地異!」

『ぃよぉーし原ァ表出ろ。そのゆるっゆるなお口結び直してやる。まこっちにも言いつける』

「いや、お前、自分の立場もうちょい自覚しとけって! あの花宮に大事にされるなんて、世界中でお前一人かもしんねーよん?」

『大袈裟だって。まこっちでも昨日のは不可抗力だっただろうし……』

原の台詞は、見事に信用性が欠けている。まこっちのツンとデレの割合が200対1くらいなのは分かるけど……、その1にすら満たないだろう、昨日のことは。だってまこっち自身に利益あったもんね、アレ。デリケートな話ではあるけど、数分前に喋ってた人が……、ってのは相当堪えることだと思う。

『まぁその立ち位置に悪い気はしないけど……』

頷けば、眼下の茶色がひょこひょこと跳び跳ねて私の注目を浴びたがった。

「ダメよ凪紗!!!」

『え、何が』

「あんなやつ、絶対にダメだからね! ズッタズッタに心身引き裂かれて捨てられるに違いないんだから!!」

私のTシャツの裾を握って言われれば、肯しか返すものはない。女子の上目遣いって、万能薬だよね。

『いやぁ大丈夫、まこっちに限ってあり得ないよ。でももし付き合うなら、捨てられる前にめっちゃ貢がせてやる。金持ちだからな』

「花宮って、金持ちなのか?」

『じゃなきゃ週4でカフェにまで来てブレンドとご飯頼まないって……。毎回の会計、積み上げればかなりの額だよ? 私がいるときには必ずいるからねアイツ。常連様からの話によれば綺麗にシフト被せてきてるしさぁ、こえーよもう。嫌がらせの域越えてるから。コーヒー代まじ馬鹿になんないんだけど……』

お客様のプライバシーとか、まこっちに関してはもう守る価値ないと思う。あっちが散々侵してきてるからね。高木さんとか、他のお客様の情報はそりゃもう厳重に扱いますけど。
いくら彼につぎ込んだかなぁと計算する前に、再び訪れた沈黙に同じく周りを見回す。

『あ、またその顔……』

最近のサークルの流行りですかね、ソレ。よく分かんないけど……、なんかとてつもなく憐れみを感じる。何に対しての同情だよソレ。




リコの空気を入れ換える声で練習が始まったので、ボールの空気入れに向かう。本当は今日の朝やるつもりだった私の十八番。これだけはさつきにもリコにも譲らない。私が輝ける場所である。悲しくなんてないから。可哀想なんかじゃないから。

地下への通路とは逆サイドにある倉庫に入り、奥にあるワゴンの中身を全部足元に出す。
このワゴンには空気圧が足りなくなったものを入れてもらっていて、1週間に一度私がこれらの空気を入れ変えたり、圧力を調整している。1つ1つを長持ちさせるためにも今は1週間毎に数十個単位でローテーションして使うことにしてもらった。

中学のとき、偶々色々ある割り振りの中で用具の管理担当になったことがきっかけだった。案外、ボールの正しいケアとかを知らない人も多いし、100を超えるボールを1から手入れし直すのは肩が凝ったけど、元々地味な作業が大好きな自分は直ぐに徹底管理に嵌まってしまったのだ。

ここの1軍の場合、タッパがあるだけ力がある人が多い。例え小さくても葉山なんてほんっと力強いから……直ぐボールダメにするんだよな。
始めたばかりだからこうやってこまめに作業しなきゃならないけれど、全ボールのメンテが2周しちゃえば回すスパンも月1回ほどでいいはずだ。
……バカみたいにあいつらがボール使いまくらなければ、だけど。


「…………ダメですよ」



1人黙々と作業をしていると、諌めるような声が耳に刺さる。

『え?』

顔をあげれば、そこには眉を寄せてる赤司。そんな表情をするなんて珍しいなぁと思いながら聞き返す。

『ダメって何が?』

そう言えばまた。まるで胸を締め付けるような顔をして、言うのだ。

「……恩着せがましいとは思いますが、それでも俺は、」

赤司の顔が綺麗な分、顰められた眉間に責められたように汗が背中を伝った。冷たい。
さっきの皆のやつは解んなかったけど、今の赤司の表情は知ってる。氷室が、前にしていた顔。アイツの話をするときに見せた、あのどこか背徳を匂わせる、痛々しい顔。

氷室も、赤司も、何でそんな顔をするの。そして君たち2人は、どうして私をこうも追い込むんだ。
嫌だよ。だってそれは、その表情でする話は、まるで私に “忘れるな” って言ってるようなモノじゃん。氷室の時はそうだった。同じ顔をする赤司がこれから話そうとするのも、その類いな気がしてならない。

「あなたが違う方に目を向けるのを見過ごせないんです」

頭のなかで、わんわん警報が鳴っている。

腹を括るとは言ったけど、私のペースでやりたい。
逃げてばかりだった私が考えたそのやり方は、あくまでアイツを思い出すきっかけになるものに対して少しずつ免疫を作っていくことだ。黒髪だって、氷室の、伊月を呼ぶ声だって、そうできたんだ。それは毎日の反復によるもので。
だから宮地先輩の頭をぐしゃぐしゃする手も、何かを達成した時の火神くんの嬉しそうなニヤけドヤ顔も、汗で湿った前髪をかきあげた森山先輩も、毎日見てるから出来るはずだ。そしたら昨日のまこっちの後ろ姿も、あの首の角度も何もかもきっといつか平気になる、何も想わなくなる。

そういう思い出に似た今の景色を、少しずつ。少しずつアイツの色に混ぜて、真っ黒くして。あの鮮やかな虹色なんて判別できなくするの。

『……赤司、練習行きなよ』

だけど君たちの情報は、新しくて、色合いが強すぎて、眩しくて。黒なんかにほど遠いから、染まらないんだよ。それどころか、黒に一滴落ちれば広がって虹を見つけ出すんだ。
いらないよ、そんなものは。邪魔でしかないんだから。



そう、思ってるのに。

「今日の日付は?」

『………っ、』

どうして私は、強くなれないんだろう。どんなに目を閉じても、耳を塞いでも。体が勝手に反応して、邪魔物を取り込んでしまう。はね除ける方法が、見付からない。

「明後日は、納豆の日ですね」

『赤司ちょっと黙れ』

ホースの真下から動けない私に、元凶である水道の蛇口を締めない限りその冷水を浴びない術は無くて。

「……また、帰ってくるかもしれませんよ?」

『!』

例え蛇口が締められても、後の祭りだ。それだけ言って倉庫から立ち去る赤司も、……あの日先に踵を返した氷室も。この水滴を拭うタオルなんてかけてくれやしない。

『……また、って、どういうこと、』

びしょ濡れのまま、独り立ち尽くす私は、醒めた心地の頭でまた余計なことを考える。

────何で、気づかなかった。
───火神くんが、言ってたじゃないか。

「一昨年の夏くらいに、虹村サンとアレックスが灰崎を更正させるために向こうに連行したんだ」

呼び寄せたんじゃない。灰崎は、連行させられた。無理矢理、誰かの力で抑えられたまま。

……ということは。アイツは、………修は、一度、日本に、


『帰って来て……、た?』


ほらね。新しいそれは、キラキラ光って。綺麗だから、棄てられないんだよ。