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テーマ「推しとの恋」
- ナノ -

Still…

Episode.31 そのままにしてね

「おう。また明日な」


─────嫌な夢を見た。すごく不愉快で、それでいて、安心してしまう夢を。

アイツの夢を視るのは、初めてで。そんな自分に嫌悪している自我さえ、身体から引っ張り出して踏みつけてやりたくなる。同時に、深層心理においてアイツはきっとその程度の存在で───だから望むことすらアホらしいよと言い聞かせては、なんて滑稽な暗示だろうと嘲笑ってしまった。

夢は、誰かに言えば正夢にならないというけれど。それなら、誰かに言わないでおけば正夢になるのだろうか。
どっちの結果を欲しているかなんて決められなくて。今日はずっと氷室の前で口を開けたり閉めたりしていた。話せるとしたら彼にだけだから、2人きりになることさえ葛藤があった。




「で、まだ生きてんのかよ」

『感想にしては重すぎるよ。初っ端からなんつーことを仰有るんだ』

音も立てずにコーヒーを啜るまこっち。今日も今日とて私の奢りである。それというのも、あの日調子に乗ってまこっちを弄った償いで2ヶ月彼のコーヒーを私の財布から提供することになったのだ。
「花宮からのお仕置きなんだったー?」と早々に問いに来た原曰く、肉体疲労を伴わないお咎めは珍しいんだと。だがしかし、私だけこうなるのが腑に落ちない。あの詐欺師も同罪なのに。彼はきっと何もやらされていないのだろう。あり得ねぇ。

因みに、夢の話を彼にしたわけではない。たまたまウジウジしていた今の状態にいい具合で被っただけだ。
まこっちの指していることは、私がサークルに入ってるのに何で死なねぇんだ、ということである。たぶんその後に、いや死なないでって括弧で括られてるはず。いわゆる反語。ホラ、まこっち平安時代からトリップしてきちゃった人だから。ツンデレはあの時代の得意分野なんだろうね、たぶん。

「てめぇ今失礼なこと考えてんだろ」

『まさかそんなまさか!』

部活に入ったので、バイトは週6から週4に減った。そんなに変わらなかったのは、土日と遅い時間に入るようにしたからだ。休日で部活が1日ある日も17時には終わるので、頑張る。身体を休める意味で20時半まである月水金は入れてない。

ここはマスターの粋な計らいで19時以降はカフェからカフェバー的なものに変わる。ガッツリとしたご飯メニューやお酒が飲めるようになるのだ。そのお陰で今までほとんどやらなかった具材の下拵えとかも任されるようになってしまい、てんてこ舞いしている。食材を冷蔵庫に入れる前にもこんなに準備が必要だなんて……。マスターの料理、絶品なわけだ。家でも母がしてはいるが、こんなに徹底的には絶対やらない。

そして、まこっちがここで夕飯を食べる日が増えた。今まで平日は18時か18時半ぐらいに来て、19時頃には帰ってたのに。例えそれより遅くなるとしても、本に読み耽ってるのが理由だからご飯なんて食べたりしないのだ。ほとんど来なかった休日にも姿を見せるようになるので驚いた。
訊けば代わりに平日は来ない日が増えたというし、バイト辞めるぐらいなら部活入るなとか言ってたし、……ここまで来ると勘繰っちゃうよ? まこっちって実は私のこと好きなんじ「神に誓ってねぇよバァカ」人の心読まないで下さい。

「でもさ、花宮くん確かに凪紗ちゃんがいるときにここ来るよね」

「は!?」

『高木さんよく見てる! そうなの? ねぇねぇそうなの花宮くん?』

「違ェしうぜぇ!! 高木さんもテキトーなこと言ってんじゃねーよ!」

「花宮くん俺50超えそうだけど…?」

『礼儀がないですねぇ』

「チッ」

クスクスと笑う店内。私が夜に入るようになってから、まこっち以外にも夕食を食べていく常連様が増えた。マスターが喜んでくれたので私も嬉しい。
この前は高木さんが奥さまを連れてきてくださって…、とても綺麗な方だった。2人とも50手前なんて全く見えない。あれがいわゆる美魔女ってやつだ。末恐ろしいな人間……。
それにしても私の周りは如何せん顔面偏差値高過ぎる。目の前のたぶん平安時代からトリップしちゃったこの方も然り、ダンディーなおじ様マスターも高木さんも然り。私に一体どうしろと言うんだ神よ。

「そういえば、花宮くんも凪紗ちゃんもバスケやってるんだよねぇ。俺はサッカーだったからなぁ」

『うわ、高木さんモテそー。でも私はマネージャーなのでバスケをやるってのはからきしですよ』

「ふはっ、見るからにボール握りつぶしそうだしな」

『てめぇの頭を握りつぶしてやろうか』

「凪紗くん?」

『スミマセンデシタ』

もう一つ変わったことと言えば、最近マスターが何かと私の女子力をあげようとしてくるんだよね。
休憩中は腰エプロンを取れば普通の御客様の席に座って良いんだけど、膝を揃えていないとミルクティーを頼んだのにブラックを出される。一口飲まないとシュガーもミルクも入れさせてくれないのだ鬼畜かよ。
こうやって少しお転婆な言葉遣いをすればにっこり笑ってくるし……、これがまた完璧すぎて怖い。

「さて、今日はもうあがっていいよ凪紗くん」

『ぇ、何だ、まだ11時じゃないですか』

本日木曜日と火曜日は自主練の時間から失礼して夜8時からシフトに入り、深夜12時上がりだ。
ここのお店はバーも兼ねるので深夜2時までやってるけど、そこからはマスターが1人で切り盛りする。バイトは私とあと1人しか雇ってないけど、そのバイトが居なくても回っていけるほどの小さな店である。心配なのはマスターの睡眠時間だけだ。この人寝てる?朝はここ7時オープンでしたよね……。

『あと一時間ありますけど……』

「今日はお客さんも少ないし、大丈夫。部活で疲れてるんだろう? 給料は変えないから、帰りなさい」

『でも……。そういえば、高木さんと花宮、今日は長居ですね』

高木さんはご飯を食べる日も一杯飲んで九時には帰る。まこっちも10時くらいにお会計だ。
因みにまこっちはあくまで心の通称なので、調子乗ったり冷やかすときにしか使いません。普段から連呼すると恐らく無視られる。数少ない友人をそんなことで失いたくはないのです。

「俺はカミさんが旅行中だからね、クローズまで今日はいるつもりなんだ」

「この本が読み終わるまでいる」

なるほど。果たして、このご時世に深夜までカフェバーで本に浸かる大学2年生がいるのだろうか。一種の都市伝説だなこりゃあ。 

マスターはどうしても私を上がらせたいらしく、渋々と拭き終えたシルバーやプレートを片付けてエプロンを外しながらスタッフルームに入る。お腹空いたなぁ。時々マスターが「こそっと食べなさい」と賄いをくれるから何とか生きていけるけど……。この時間帯になってから夕飯を食べる時間が遅くなってしまうから……太りそうで怖い。
帰ってお風呂入って、髪乾かしてる間にご飯食べて……寝るのは1時か。朝は5時起き。いい加減死にそうだ。だけどお金は稼ぎたいし若いからやっていけてる。明日はバイト無いし、うん、頑張れる!

今日の夕飯は何かな〜。と荷物を持ってスタッフルームを出ると、まこっちの会計をしながらマスターがキッチンのサンドイッチを指した。どうやらくれるらしい。やったー! 明日の朝御飯にしようそうしよう。

「あ、花宮くん。ちょうどいいから少し凪紗くんを送ってやってくれないかな」

『え!?』

「あー、殺人犯が出たらしいからね。凪紗ちゃん1人じゃ危ないよ」

そうなのか知らなかった。だから早い上がりなのかな。……え、殺人犯!? 殺人犯っつった!?
それにまこっちと歩くって……置いてかれる気しかしない。歩みも話の内容にも。
というか、ホラね。マスターがまた私を女の子扱いする。いや、間違っちゃいないしこんなことに違和感を感じる時点で悲しいことなんだけれども……。慣れないなぁ。

『いや、大丈夫ですよ! こう見えても空手やってたんで、強いんです』

「だとしても、油断は禁物なんだから送ってもらいなさい」

『えっ、本当に大丈夫だって。てか花宮も嫌で「いつまでくっちゃべってんだよ早くしろ馬鹿」……ハイ』

ドアの前で爪先をトントンさせてるまこっち。あれはイライラしている証拠である。送ってくれるのかよ、とはもう言えない。黙って従う他ない。
気まずさに怯む心を何とか鼓舞しながら、ドアベルを鳴らした。アーメン。




2人で歩く夜道。月の形はロマンチックに満月……なんてあるわけもなく。一昔前の女性のように彼の2歩後ろをついて歩く。
何で断らなかったんだろう。……帰る方向が一緒なのかな、そうなのかな。何で私の家の場所を知ってるか分かんないけどさ。マスターが教えたことにしよう、そうしよう。

『花宮、ここら辺でいいよ?』

「は? ほんっとに残念な頭だなお前」

『気遣いが叩き落とされて我まじサッド』

「昨日の事件の現場、すぐそこの路地だろうがよ」

『あー、その事件知らないんだよねぇ』

「………………」

その残念な顔やめて。昨日は家族みんな出掛けてて寝ても起きても家に1人だったんだよ。今日は確か帰ってきてると思うけど、ここ通らなきゃ帰れないし……。てか私、朝も通ったけど野次馬だってパトカーだって無かったよ? 今も。
現実味が無いまま、何だかんだでまこっちと現場を通ると黄色いテープが張られた路地の後ろはブルーシートで覆われていた。

「発見されたのは朝の8時。因みに強姦された刺殺死体で女が被害者」

『まじかよ』

それって、あれだよね。……私、その仏さんの横を気付かず素通りしたって…ことだよ、ね……。
ふいっと路地から目を逸らす。どこか楽しげなまこっちと目があった。きっと私の心を読んでいるのだろう。知らないほうが幸せだったに違いない。ちょっと、まじ精神的に辛いわコレ。

「犯人は逃走中だ。まぁ、同じことするならまたこの近所っていうバカな真似はしねぇだろうけど、お前もちょっとは危機感持て。死ぬぞ」

『マスターがやたら早く帰してくれたわけだ』

そりゃそうなるわな。心なしか痛みを覚えるこめかみを押さえて、路地から離れる。
あのまこっちだってこうして送ってくれるくらい、他人事にはするなってことなんだろう。大丈夫、フラグなんかじゃないから。フラグなわけないから。

『花宮の家、ここから近いの?』

「どこにあってもとりあえずお前を家まで連れてく。死なれちゃ後味悪すぎるからな」

『どうしよう花宮が優しい』

「ふはっ、貸しが増えたな」

今回ばかりは致し方ない。
家まではそんなに遠くなくて、直ぐに見慣れた建物が目に入った。

『ここです。本当にこんなとこまでごめん、ありがとう』

「いいからさっさと家に入れ」

『ウス。花宮も気を付けてね』

「誰に言ってんだ。……お前も背後には気を付けろよ、恨まれてるかもしんねーからな」

『ちょ、やめて!! 不審者より怖いんだけど!』


「──────寝坊すんなよ」
「寝付けなくて寝坊すんなよ」



『っ─────、』

ニヤリと口角を上げたまこっちの台詞に、私が驚いた顔をしたのを彼はどう思ったのだろう。
だって、今さら思えば今の私のこの首の角度だって失いかけてた感覚で……。頷けなくて固まってしまった身体を、まこっちは訝しげに眉を寄せて、私の頭をぐしゃぐしゃと乱暴に弄ったあと後ろに押し放つ。───あぁもう、何でそんな……、……ドンピシャすぎるんだよ、クソ。

『花宮、』

「あ?」

『……その眉毛、そのままにしてね』

返事を聞く前に、家に入る。送ってくれた彼が見えなくなるまで見送ったりはしない。……出来ないよ、そんなの。

あーあ。もしかして今の正夢かよ。……自分で辿ってどうすんだ、バァカ。