目の前には照明に反射して視界の暴力並に眩しいシャララ、右隣は熱視線を絶え間なく送り続けてくる森山先輩、左隣はまだあまり関わりのない火神。この布陣は如何なものか。色々と目のやり場に困る席なのだが勘弁して欲しい。
それでも隣が火神であることに救いを感じる。予想はしてたけどこの子マジいい子だった。悪いとこない。
敬語が苦手? 笑止! 1回も使ってないヤツらなんてザラにいンだよ可愛いもんだろ!
しかも自炊してるって何それ。これで料理できるとか、ただ図体でかいだけの青峰やムラサキとは一味違う。敬意を表して火神くんと呼ばせて戴きます。
てか森山先輩を隣に置くなよ。いい人だけど、残念でもいい人だけど! 私が目から透明な液体出したこと忘れてんのかコイツらオイこら。
斜め前は高男と氷室。そして氷室を黄瀬と共に挟むのはさつき。この時点で美男美女の光景に一服してますが、さらにその隣はリコ。私を是非そのお2人の間にセットしてほしかった。切実に。
「今来た3人何飲むー?」
「俺コーラ」
「これ酒あり?」
「明日の朝練に参加できるならいいよってカントクが」
「生頼んだやついる?」
「俺頼んだよ」
「「「俺も」」」
「じゃあそれで」
双子がパパッと決めていくそれを聞きながら、渡されたメニューの文字を追って考える。若松酒飲むのか大人だなと感心してしまった。どうしても伸ばしてしまいそうになる手をなんとか引っ込めながら選択肢を作る。てか氷室のいる手前もうオレンジジュースなんて飲めない。ピーチネクターか、ジンジャーエールか。この2つのうちなら……、
「白幡は?」
『ぁ、えっと「ナギサはオレンジジュースだよね」え、』
斜め前方から飛んできた釘。当事者はニコリと相変わらずの美しい笑みで首を傾げた。さっきの疑問形ですらなかったけどね。
せっかく砂をかけて隠した道が突風で姿を現した。私の努力どこ行った。
「オレンジジュース、好きだろ?」
確信犯ってのは、そうとう質が悪い。私が執着する理由を知っている氷室の笑みはもはやヒールのそれで。何が目的か分からないけどとりあえず頷くしかない。だってコワい。これ逆らったら後がコワイ。いつメンの前でもほぼオレンジジュースばっか飲んでたから頷いてもなんら可笑しくはないので大人しく従った。
「シンヤ、ナギサはいつも通りオレンジジュースだって」
「りょうかーい」
え、何。ホントに何!? わざわざいつもを強調される意味が分からない。真意を問おうと彼の目を見れば、またキレーーーな顔で「頑張れ」と言われた。しまった、謎を深めた。
これ以上の詮索は無意味だと、首を傾げながらも大人しくオレンジジュースを待つことにする。頑張れって何を頑張るんだろう。途端に浮上する不安はそう易々と私を逃さなかった。
****
「凪紗センパイこれも美味しいッスよ食べて食べて!」
『いやだからこれ片付けるから待てってば!』
「ああ! 左利きになりたい! そしたら隣の女神と肘がごっつんこできたのに!」
────頼むから 席替えしよう 切実に
次から次へと目の前に置かれていく小皿には黄瀬がご丁寧におすすめの品を載せていて、さっきから自分でトン具を持ってない。しかもペースが速すぎて全然会話楽しめない。
森山先輩はもう意味わかんないし、火神くんはひたすら周りの物を平らげていくリスと化した。食べることにいっぱいなのか、合間に「黄瀬、食わせたいもん食わせろよ」的なことを言ってくれてるものの、ぶっちゃけ何言ってるか分からない。口の中の物をごっくんしてから喋りましょーね。
そんなこんなで、もうさっきから食べることしかしてない。ダイエットする予定どこいったよ。
「あ! 食べ終わったッスね! じゃあ次これ!!」
『…………』
氷室と高男は完っ全に楽しんでいる。何も言わないなんて裏切りも甚だしい。唯一笠松先輩が森山先輩への説教への合間に黄瀬も叱るが、席がそんなに近くないので大した効果はない。
泣きそうだよ凪紗ちゃんは。これもうギブアップしていい? いや、皿に乗ってる量としては一口サイズのものばかりで多くの種類を楽しめているわけだしどれも美味しいからまだ入る余地はあるんですけど。盛り方とその戦略含め食べ放題に来た女子かよお前。
「はい、どーぞ!」
『ごめんもう無理ハイどーぞ火神くん』
「あざっす」
「えええどうしてっスか凪紗っちちゃんと量も計算して入れてたのにしかも火神っちも何普通に受け取ってんスかそれ俺から凪紗っちへの愛なんスけど!!」
『いやもうこぇーよ』
「だってくれるっつーから」
『てかお前今どさくさに紛れて呼び捨てにしたよな? 呼び捨てだったよな? “センパイ” どこに捨ててきたんだよオイコラ』
前から送られてきた皿をそのまま左に受け流すと息をつく暇もない訴えを並べられた。おかしい。黄瀬はここまで私に犬みたいな感じじゃなかったんだけど……。再会してからホント飼い主のような扱いで甘えられてる。何コレ。
「黄瀬は自分を押し付け過ぎなんだよ! ちょっとは! 俺に! 機会を! くれよ!」
森山先輩の言葉のスキンシップもそのまま右から左へ受け流してやろーか。
『火神くん、森山先輩が今度2人きりで会わないかって』
「何言ってるんだ女神!? その意訳嬉しいけど渡す相手が違う!」
『アッちょっと顔近づけないでもらえますか思わずピースサインが2つの穴を開けちゃいそうなんで』
「それって目潰しだよね!?」
森山先輩は思ったより返しが豊かだった。失礼ながら一度もきちんとお顔を拝見してないので表情がどうなってるかは分かりませんが。
そうだ、彼を照れさせて見よう。あいつはあんまり照れたりしなかったから、これで少しは森山先輩を克服できるかな。
嗚呼……ホント、失礼な後輩でごめんなさい。
そうだなぁ、森山先輩っていつも笠松先輩にツッコまれて───いや、シバかれて蹴り飛ばされる人だから全然そんなイメージなかったけど。あなたツッコミも出来たんですね。
『そういう二面性、好きです私』
「鞭打ちからの飴登場!! 意味わからないけどありがとう! 俺の女神ありがとう!!」
お前のじゃねぇよ。
ゴンッと拳を机に打ち付けて俯く森山先輩の背中が小刻みに震えている。この人の扱いは想像以上に難しかった。違うよ、そんな反応を期待してた訳じゃないんだよ。私のツンデレ(になっているはず)に言葉失くす感じで照れて欲しかったんです。つーかこの人、誰もが幻滅する私なんかが女神で良いのかよ。世の中にはさつきや東様みたいな絶世の美女がいるんですよ?
反動で揺れる机に何人かの怒号が容赦なく森山先輩に突き刺さる。ジュース溢した笠松先輩を筆頭として被害を被った皆さんごめんなさい。
そして私はこの日の彼への対応を終了させた。また明日ご来店下さいませ。
この時点で、今日の試練を乗り越えたと思ったのだ。
火神くんに言われて気づいたウサギのぬいぐるみをさつきとリコに1体ずつ渡す。「本当にいいんですか!」「やだ、ちょー可愛い!!」と感激する2人にこの場は和む。あ、今とても幸せだわ私。
「2体取るのにどんくらいかけたんだ?」と下世話な話をニヤニヤして訊いてきた日向に、『100円ですけど? 2体同時ゲットだよブァーカ』とまこっち受け売りの台詞で返すと、女子2人には「「すごい!」」と絶賛される中で若干名の男子に引かれた。何故だ。笠松先輩と火神くんだけにはその顔されたくなかったよ……。
複雑な心境の中、森山先輩に話しかけられないためにとりあえず私は火神くんとお話をすることにした。へぇ、氷室の弟分なのか。聞けば彼もまた帰国子女だとか。出会いはニューヨークですとよ。何ともまあステキな舞台ですとよ。
氷室はこの話に乗ってこないで、近くにいる赤司とお話ししてる。この人関係ない顔してバッチリ耳おっきくしてるからこの内容も聞こえてるだろうに。変なの。
『で、そのあと1人で日本に来たと。待って、火神くんはどこ高なんだっけ』
「誠凛だっつーの! 何回言わせんだよ!」
『え? ごめん先輩だよね私先輩だよね?』
「いっ! バッ、足は止めろよ!! あんた曲がりなりにもバスケ部のマネージャーだろ『あ゙? 正しく日本語喋れや』足ハ止メテクダサイ。センパイハ曲ガ、曲がり、曲がってなく、あれ、えっと、『うん可愛いからもういいよ』は…?」
畜生。ここにも天使が。席替えしなくて良いわもう。
左足を大人しく火神くんのそれから退かして、『誠凛かぁ』と天井を仰いだ。確か伊月と日向がそこだよね。新設校で先輩が居ない学校生活だし、バスケ部も出来るかどうかすら危うい上にそこまで発展しないだろなんて失礼極まりないことを考えて併願の候補に入れていたけれど。家から遠かったんだよなぁ。私立だし。行かなくて正解だった……。行ってたら間違いなく関わってたもんね。15の私よ都立合格おめでとう。グッジョブ。
「そういうセンパイはどこなんだ? です」
『いや、無名バスケ部の都立ですから知らないと思われる』
「へぇー、都立……、(ってなんだ?)」
『うん、君もはや都立の存在すら分かんないって顔してるね』
「! ス、スイマセン」
別に謝ることじゃないだろうに。って笑えば火神くんは照れる。何だこの子ズルい。そうだよこういう照れ方がツボなんだよ私。と、ハートヒットしたのも束の間。
「あ、もうひとつ聞いて良いか? ッス。センパイって、帝光のマネだったんですよね?」
『待って火神少年。私良いって言ってないけど? 何で返答待たなかった?』
天然? バカなの? 火神くんは優しくて空気の読める子だと信じてましたけど。今の一瞬で粉砕したわ。
よし、まだ遠くの方は気づいてない。おいこら息合わせたように静まり返ってんじゃねぇぞ右隣と前3人。