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「#幼馴染」のBL小説を読む
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Still…

Episode.23 鮮やかすぎて、

10分間の休憩が始まる。いつもボトルが置いてある方に行く前に、探していたそれがフェイスタオルを巻いて現れた。目を丸くしていると、『あ、いりませんでした?』と相手にも目を丸くさせてしまった。

「いや、サンキュ」

『お疲れさまです。黄瀬、ムラサキ、お前らも。はい』

「やったー! ココまで持ってきてくれるなんて嬉しいッスー!」

「凪紗ちん氷砂糖〜」

『これ食べたら今日の分終わりだかんな』

「え〜何でよケチ〜」

ぶーぶー文句を垂れているムラサキを適当にあしらって、周りの笠松や根武谷にも配り回る後ろ姿は未だに新鮮味がある。
此処は入り口に一番近い場所で、ボトルやタオルが置いてある折り畳み式の長机までは一番距離があった。この体育館には舞台がないが、その長机などを守るため前方部(入り口とは反対側な)には緑のネットが下ろされている。そこまで行くのは結構億劫なもので、いざこうして歩く必要がないと楽さを覚えてしまった。


新しいマネージャーとして一昨日入ってきた白幡は流石帝光中のマネだっただけあって良く動く奴だ。気づけば至るところに俺らのやり易いように仕度がされている。例えば、冷暖房完備のこの体育館の温度調整。汗が急激に冷えすぎないよう、かといって休憩時には涼しさを感じれる具合に風量や風向き、温度が変わっている。それを教えてくれたのが紫原だってんだからこれまた驚きだ。
あとは、スポドリの味。帝光の面子が騒いでてまさか、とは思ったが、昨日『今日のドリンク、薄かったですか?』って聞かれて確信になった。どうやら本当に1人1人の味が違うらしい。事前に好みを桃井に聞いたとしても、何人いると思ってんだよ。濃い味が好きな劉やゴリラはその分ドリンクの量が少ないが、2本持ってくるように頼まれたボトルの1本には常に麦茶が入っているらしい。もちろん俺のだってそれについても同じだ。
今も。机まで遠いのを知ってか、こっち側で練習してた奴らの分のボトルとドリンクをわざわざ持ってきてたし。

「なぁ、あいつってサークルに入んの嫌がってたべな?」

「そういう風に見えたけどな」

頷く笠松も、手元にあるボトルを見下ろして首を傾げた。
いくらなんでも献身しすぎっつーか、なんつーか。帝光はこれが普通だったのかって言えばそーでもないんだろう。悪口では無いが桃井はここまでやらなかった。まあ、アイツは別の仕事があるからこそだとも思うけど。
とにもかくにも、ムラサキやら黄瀬、更に赤司やあの劉が懐く理由が分かった気がするわ。

やるとなったからにはちゃんとやる。マネージャーの仕事を承けるにあたって正座をする俺たちに上から告げたその返事は宛ら様になっていた気がする。そして有言実行はそいつに相応しい言葉のごとく遂行され、不満が出るどころか、その存在感は日に日に大きくなるばかりだった。

何で嫌がってたのか、なんて。分からなかった。余りにもそいつはバスケを嫌ってるように見えないし、むしろ仕事中は笑顔すら浮かべていた。練習中にあいつの顔色を窺うほどの余裕は俺に無かった。



自主練が終わって、辺りがうっすら暗くなってきた頃。片付けの最中に雨が降ってきた。東京の梅雨ってのはそんなにじめじめしないんだな。むしろ乾燥してるだろコレ。秋田の方がよっぽど湿気が鬱陶しい。

気がついたのは、梯子からギャラリーに上がって窓を閉めていた連中で。脇にある2つの出口のガラス戸も濡れている。

「まじか。俺傘持ってねぇよ!」

そう叫んだのは誰だったか。何人か同意する声の中、折り畳み傘を常備している俺は少し鼻高々に片付けを再開した。

そして漸く、やっと。

憂う顔をする白幡を初めて目にした。外を見つめる視線は、そこら辺の景色なんかじゃなく、空を……どこかその先を見ているようで。
雨に嫌な思い出でもあるのか忌々しく舌打ちをする。だがその時の表情は怒りと形容するには楽観すぎに思えた。どちらかと言えばそれは────「福井ちーん」

突然俺の思考を閉ざした声に振り向くと、紫原がその長さに余るモップをゆらゆら動かしながら俺を見下ろしていた。

「なに見てんのー?」

「なんか、白幡が「雨強くなる前に帰りてぇからちゃんとやれしー」……悪ィ」

思わず謝ってしまったのは、不可抗力に近い。いつも一番に近い程だらけているコイツにそんな立場は無いわけで、本来ならそこについて言い返していた筈だ。だけどそう出来なかったのは、言葉よりも先に紫紺の瞳が喉を射したから。コイツはきっと、俺が何を見ていたのか知った上で声をかけてきたのだろう。
何時ものキャラには似合わない、愁色の顔つきに気づかぬフリをしとけ、って。何となく、何となくだけどよ。そう言われたような感覚がして。俺や紫原の為ってよりも、マネージャー業への礼という意味にして、その命に従った。

そのまま進み始めた紫原の背を追う形で爪先の向きを変える。その場を去る間際に、懲りずに振り向いた俺は、少しだけ後悔する。白幡は眉を顰めて俯いていた。空のジャグを握りしめたまま。
んな顔されたら誰だって放っておけねーよって心の中で悪態ついて、さっきの紫原の牽制を解こうとした時にはもう、氷室が俺の視界から白幡を隠すみたいな角度で立ちやがった。何を言っているかは聴こえなかったが、どうやら白幡の様子は元に戻ったらしい。氷室に軽く肩パンを入れて、地下に降りていく。


「……雨、か」

6月。梅雨。ツブリ(標準語はカタツムリって言うんだっけ)。水溜まり。カエル。紫陽花。虹。
俺の中で、この気象から連想できるのはそれくらいしかない。屋内スポーツのバスケは雨でも特に問題ないからな、気持ちとしても何も思うことはない。
あそこまで雨を嫌悪する理由の片鱗すら掴めそうにないな、とモップを片付けながらぼやく。紫原の行動からすれば、知らない方がいいってことなのか?女心ってのはイマイチよくわかんねぇ。

男女ともに着替えを終えて、入り口で靴を履いている間に白幡が地下への扉に鍵をかける。白幡の係というのも既に幾つか出来上がっているようだ。
ストラップの輪っかに通した指でくるくると鍵とキーホルダーを回す白幡は普段の表情で相田と桃井に挟まれてコッチに向かってきた。
もう随分前からいるような雰囲気で、馴染むの早ぇだろと宮地が呟く。確かに。


「あ! 見てみて赤司! 虹だ!」

雨はいつの間にか止んだみたいで、葉山が空を指差した。お前は小学生か。すかさず「うおっほ!」と何やら怪しい声を出す高尾がスマホでカメラを起動する。お前はギャルゴリラか。モアラは「綺麗じゃのー」と微笑んだ。お前はゴリラだ。

「真ちゃんにも送ってやるよ!」

「いらないのだよ」

「こんなでけー虹見んの久々! 俺も花宮に送ろー」

「やめとけよ原」

あちらこちらでバカみたいに騒ぎだした連中は今まで練習してたのが嘘みたいに元気で、底無しだなと呆れてしまう。そういう俺は結構クタクタで、早く家に帰りてぇ。

「雨やんだのか、良かった。俺傘無かったからラッキー」

隣の宮地のガッツポーズに、ふと白幡の存在を思い出した。そうして後ろを振り向いた俺は、2度目の後悔をする。

「凪紗? 顔怖いわよ?」

『……虹なんて、大っ嫌い』

「凪紗先輩……」

『鮮やかすぎて、ホント嫌になる』

それは恐らく、あいつらを気にして振り向いた俺と、それに釣られて同じく後ろを見た宮地にしか知り得ない会話だった。
桃井の切なげな台詞と、驚いた様子の相田の顔は何ともミスマッチで。中間の白幡に至っては般若並に不機嫌そうだ。

虹、ってのはそれこそ女子が挙って “キレー” だとか “ステキー” だとか言うもんだと思ってた俺と、そして宮地にしては虚を衝かれたような気分だ。
何とか前の連中を前に進ませた俺と宮地は列の一番後ろを確保し、体育館の出入り口の施錠をする女子を意識しながら歩く。

『私、こっちから帰る』

「ちょっと凪紗!?」

相田の制止などものともせず、最寄り駅に一番近い北門ではなく西門の方へ足を伸ばす白幡。その方角は虹とは真反対だ。虹を視界から退ける際に真っ直ぐ前方を見るしか術のない北門よりかは自由も融通も安心もあるだろう。
先に北門へと歩き始めた前の集団も相田の声に漸くこの事態に気づいたらしい。そうして何を言わずとも列から抜け出してきたのは、白幡と同じ学部で仲の言い5人組で。

「何にそんなに怒ってるんだよ」

『別に……伊月たちには関係な「くねぇだろァア?」痛い痛い痛い痛い!!!』

頭を鷲掴みにする日向に、中村が慣れたため息で「今日は西門から帰るか」って言い出す。バイオレンスだな、相変わらず。あいつらの中にいると白幡ってますます女に見えねぇ。

「あ、分かったアル。私が前にあそこのたこ焼き食べたいって言ったの覚えててくれたアルな。白幡の奢りとは気が利くアル」

『オイこら待て』

「あぁ、前に通った場所だね。お腹も空いたし、ナギサの奢りなら行かないわけないよ」

『氷室くんンンン!?』

「そういうことなら早く言えよな。じゃ、行くか!」

日向の決断に、白幡以外の足は完全に俺らと違う方向に向く。トントン拍子で進む話をただ傍観している俺たちに、中村が先立って言った。

「おう。───すいませーん、俺たち今日コッチから帰るんでここで! お疲れさまでしたー!」

「「「「お疲れ様っしたーー!!」」」」

『いや、ちょ、待っ、何決定事項みたいになってんの!? 奢んないよ!? 奢んないからな!?』

ずるずると劉に引き摺られながら歩く白幡の訴えが最後まで聞こえてる。結局じゃんけんをして奢りを決めるらしい。会話の内容筒抜けじゃねーか。

「仲いいなー、あいつら!」

木吉の晴れ晴れした感想とは逆に、キセキの世代と呼ばれる奴等は面白くなさそうな顔をしていて。

「俺もたこ焼食べたくなってきた〜」

「奇遇だな紫原。俺も食いてぇ」

「大ちゃんが行くなら私も行く! テツくんも行こ!」

「はい。そうします」

「俺も! 俺も行くッスよ!」

「……たこ焼か。たまには俺もそういう店で食べたいな。緑間は?」

「……どうせ、俺も連れてくんだろう」

「そうして欲しいんだろう?」

「なっ!」

西門のたこ焼き屋ってのは、店の外と中に3人掛け程の立ち食いカウンター席、奥に6人用の座敷が1つある。俺らの大学では有名な店だが、んな大所帯で言ったら迷惑だろ。
と、突っ込む奴も誰もいないのがこのバスケ部だ。
一気に閑散とした北門への道の途中に残された俺らは、とりあえずたこ焼屋の店主に合掌した。



#福井健介 side#