「お前、今日遅くなるって家に連絡しとけよ」
6月が終わって、7月になった。今日は体育館点検で放課後の部活動は全面禁止なのだが、知ったのは昨日でバイトもいれていない。要するに用事はないのでとりあえず今言いたいことは……、
『デジャヴュ』
「は?」
『いや、何でもない』
ボールをつきながら聞き覚えのある台詞を吐いたのは日向で、首を傾げてからスリーポイントラインに戻った。
確か先週辺りに同じようなことを言われたなぁと考えながらタオルを回収していると、後ろから軽く叩かれる。こういう風に、後頭部を掌でなく揃えた指でやるのは、
『普通に痛いんですけど宮地先輩、あの台詞教えたんですか?』
「なわけねーだろ」
この人しかいないのです。
あのご褒美ディナーから、宮地先輩とは良く話すようになった。頭を軽く叩いてきたり暴言吐かれたり、月並みの女子なら涙浮かべて可愛く怒るところをしれっと流す私には気を遣わないらしい。それは誉め言葉なのだろうか、甚だ疑問である。
その割に、あのクソ重いジャグを持ってるときにはさらっと手伝ってくれたりするんだから心臓に悪いんだよイケメンこの野郎。
耐性? あーなんかね、もう、そんなこと考えているより先に次の一手やら一言やらが飛んでくるので正直そんな暇ない。時おりバカみたいに胸の奥がグッて収縮するんだけど、先輩からちょっかいかけてくるもんだからどうしようもないし、冷たく払えるほど肝も根性も勇気も、けじめもない。
このやり取りはもちろんみんなの目にも映るわけだが、私の耳に入ってくる話としては、少し不安そうな顔のさつきが言う「最近、宮地先輩と仲良いですよね」くらいだった。他は特に何も言われてない。陰ではどうだか知らないけど。
宮地先輩とは学部も違うし、特に接点がないからもっと突っ込んでくるもんかと思ったけど案外大学生男子ってのはこんなものらしい。
『今日ってなんかあるんですか?』
「さぁな。ま、お楽しみにしとけ。お前今日授業何限から?」
『うっわ然り気無く話題そらしましたね。2限ですけど』
へぇ、ちょーど良いじゃねぇか。って口角で語る宮地先輩から目を逸らす。嫌な予感と嫌な気分しかしない。
「じゃあそれまで練習付き合え」
ほら見ろ。
『えー、なんで私が』
「どーせぼっちなんだろ」
『失礼な! 私には伊月や日向たちがいますけど!』
なんという暴言! 過去最大だよ!どこ見てんだこの人。私がいつも誰と放課後この部に顔出してるか知らないとは言わせないぞ!
「俺1人じゃ片付けめんどいんだよ」
『別の人探してくださいよ高男とか高男とか高男とか』
「お呼びですか凪紗サン!!」
『宮地先輩が』
「えーなんだぁ」
「あ? どういう意味だよ高尾ア? 随分な御挨拶じゃねぇかぁア゙?」
「痛い痛い痛い痛い!!」
『あ! さつき! それ重いから私やるよ!』
この隙に素早くさつきの元に駆け寄る。宮地先輩の低い声が諌めてくるけど聞こえませぇん。
空のジャグは格別重くはないけど、力仕事は私の役割なので見過ごせない。
「え! 大丈夫ですよ」と大きな二重をより大きく開いたさつきから半ば無理矢理奪う。奪われたら取り返せないと知っている彼女は、直ぐに笑顔で礼を言ってくれた。うむ今日もいい子だ……。
そんなさつきが宮地先輩から逃げ切った私を見て安堵していたなんて露にも思わず。朝練が終わるリコのホイッスルが鳴った。
****
今日は教授の出張や私の元からの時間割りが重なり、午後の講義が無くなった。家に帰るにも何やら放課後部で集まりがあるらしいからその選択肢は無い。こんな時に限っていつメンみんな他の講義取ってたりするから水曜日って好きじゃない。
さーどーやって時間を潰そうか。駅前まで出てゲーセンにでも入ろうかな。なんて高校生染みた考えを復活させた時だった。
「あ、あの白幡、さんっ」
『はい? あ、えっと、あれだ! 大山!』
「いや惜しくもないわ田辺だよ! 誰だ大山って!」
「ぶっは大山! お前大山だったのか!」
「うるせぇ陽太!」
「大山かぁ。あ、俺は林宏樹。よろしくな」
『あぁ、林。頭いい人だよね』
「反応しにくいなぁ」
話しかけてきたのは、さっきの講義が一緒だったいつも仲良し3人組だ。同じ学部で、他にも幾つか顔見せをする講義がある。
時おり伊月たちと席が近くなるので、彼らとも普通に会話できる友である……はずだ。
『えっとそれで? どうしたの?』
「いや、いつもこのあとの講義は確か全部一緒だったなっての思い出してさ」
「暇なら遊ばね?」
「劉とか中村とか、アイツらも途中で合流させよーぜ」
なんということだ!! まさかのお誘いに感極まって私は泣きそう。
「知也───あ、田な……じゃねえ大山のことね!「あってるけど!?」が実は去年から白幡ちゃんに話し掛けたがってたんだよねー」
「っおい!」
「でも白幡はいつもあんなイケメンらと一緒だからこいつチキっちゃって」
『何それ! あんなん全部雰囲気イケメンなのに! 中身は残念だよ! 中村以外!』
「ぶっ、ひでぇー!」
ケラケラ笑う陽太こと(確か)城戸はどこぞのコミュ力高男を思い出す。
そういえば高男って、本当は何て文字を書くんだろ。そういうの気にして得点表とかつけてないから今更ながら謎だ。まぁ今度見よう。覚えていたら。
そんでこの常識人っぽいのにイジられキャラでどこか残念オーラを醸す大山は笠松先輩っぽい。
あの人も私のなかではジャスティスなんだけど、女の子が苦手らしくあんまりお近づきになれません。悔しいような、嬉しいような。
林は頭いいイメージだ。実技とか、あとはちらっと見たレポートの考察とかめっちゃエリートだった。
バスケ部で言うと誰だろう……。氷室? いや、こんなに常識人やっていないしSっ気が比じゃない。じゃあうーん、あれ? あんなメンバーいるのにコレといって当てはまらない……だと?
「宏樹なんかすげー見られてね」
「うん。知也場所交代する?」
「な! バッ……! しねーよ!!」
ダメだ! わからん! 考えんのやめよ「あ! 凪紗じゃん!」「ちょ、こら小太郎! いきなり飛び付いちゃ───「凪紗ーー!」『っんぐぉ!?』───あぁもう!」
ドシン! と、背中に大きな衝撃。重さと言うより加速度で増大されたそれを、何とか前のめりになりながら震えるふくらはぎと爪先で耐える。
高男以外もコミュ力あるんだぜ隊2年筆頭の葉山小太郎は今日も突飛だ。
「離れなさい小太郎! まったく! こんにちは凪紗、悪かったわねこのバカが。ほら謝って!」
2年のオカンこと、実渕様。自分が性別をガチで間違えたんじゃないかって不安になるし、むしろ間違えたことを謝罪したいくらい麗しいオネエさんである。同い年には見えない。そして男にも見えない。性別交換してあげたい切実に。私が女でゴメンナサイ。
頭を下げさせられている葉山と心の中で同じ格好になる。いつもこの2人と一緒の根武谷はいないようだ。
「御取り込み中だったのよね、本当に済まないわ。私たちのことは気にしないで。また放課後会いましょうね」
『あ、はい』
こちらに手を伸ばす葉山をズルズルと引き摺りながら歩く姿を見て、漸く実渕様は男なのだと実感する自分が悲しい。
思い出したように後ろを振り向くと、大山が複雑な顔をしていた。いきなり蚊帳の外に放り出してしまったみたいな状況だったから申し訳ないな。
『ごめんね。それで、遊びに行こって話だっけ「あのさ!」ぅおう、な、なに?』
え、今のでどこのやる気スイッチいれちゃった? まるで何かを決意したみたいな表情で私を見下ろす彼は、体の横で拳を作っている。
「俺! もっと頑張る!」
『え? あ、うん頑張れ……?』
「だから! そしたらまた話しかけていいかな!?」
『いや、別に普通に話しかけて欲しいんだけど』
「それじゃダメなんだ!」
どゆこと!? 凪紗ちゃん地味にショックなんですけど!? ダメって何が、私は何がダメなの!?
後ろにベタフラッシュを背負っていても、大山は理由を教えてはくれなさそうだ。まさか、名前を間違えたのがいけなかったのか!? じゃあえっと本名! 本名は、あの、ほら、あれだよえっと……た、たな、田中……? 嘘嘘待って、そんな有り来たって無い(全国の田中さん別にそういう意味じゃないですよ!)えええっと、「あれ、田辺?」『そうそれ田辺!!』「と、白幡じゃん」
へ? とよくよく恩人のお顔を拝見すれば、山崎と若松のコンビだった。お前らこの時間も一緒なのか……。
唖然としていると、更に城戸が2人を嬉しそうに歓迎する。
「山崎と若松じゃん!」
『え、なに? 知り合い?』
「俺らこの2人とも講義被ってんだよね!」
世界は広いやら狭いやら。3人が3人、ほぼ同じ講義を取っているのは知っていたけど、山崎たちの学部のやつも取ってたのか。
この2人にはこんな髪型しながら図書館で必死にレポート綴ってるのを見かけたときは思わず缶コーヒーを奢ってしまった。劉たちにやたら妬きもちみたいなの妬かれたけど。あれは危うくあいつらにまで奢らされるとこだったなぁ。
回想に浸る私の横では、何故か悄気ている大山、じゃないわ田辺だ───が、の肩を林が優しく抱いていた。
「でもすまない。今日は勘弁してやってくれ、大山が死ぬ」
「は? 大山って誰?」
「てか死ぬってなんで?」
「いや、気にするな。またな。ほら行くぞ大山。お前は山だから大丈夫。強いぞ」
「やめてそのフォロー! 俺本当は田んぼなんだ!!」
「じゃーねー白幡ちゃんに双子コンビ!」
「「だから双子じゃねぇって!!」」
『…………。』
遊びの件はどうなったんだろう。なんて質問はもはや愚問だろう3人の温度が違う背中はだんだんとぼやけていく。
「うぉ!? 何泣いてんだよお前!」
『泣いてない……っ』
「いや泣いてるし」
『泣いてないっつってんだろゥラァ!!』
「んぐっ!?」
「若松ぅゥウウ!!」
白幡凪紗、苦手なことは友達作りです。