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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -

Still…

Episode.1 ホント、しょうもない癖だな

朝から嫌なものを見かけた気がして、私は迷わず踵を返した。かなり遠回りだけど向こうの道から行こう。おは朝見といてよかった。今日は何時もより15分早く行動しろって言ってたからね流石すぎる。お陰で開講時刻には間に合いそうだ。

彼らを避け続けて早2ヶ月。東京でも最大規模を誇る生徒数に絶賛あやかってる私は、未だ彼らと対峙したことはない。存在も恐らく知られてないと思う。1人を除いて、だけど。

『(てか、仲良しかよ……)』

毎度見る度に1ヶ所に集まってるカラフルズ。まあお陰様で逃げ場は増えるわ集る女子が目印になるわでコチラとしては嬉しい限りですがね。

───でも。
仲良しで良かったって思っているのも事実。あれから気になって気になって仕方がなくて、中途半端に声をかけたりしちゃったけど、結局独りじゃ何もできなくて逃げ出した私は臆病者。助けを必要としていた彼らにしてみれば、印象は最悪に違いない。

あ、ダメだ。このままじゃアカンとこまで回想が到達する。これ以上遡るのは危ない。
一旦思考を切り替えて、来週提出のレポートの構成を考える。そのうち10分なんてあっという間に過ぎて、何時もより時間をかけて到着した建物に入った私は中の冷気に息をついた。この月に入って蒸し器の中のような空気が辺りを包んでいる。いっそ早く夏になってしまえばいいのに。

──────6月は、嫌いだ。



「あ、白幡アル」
「はよ、白幡」

『劉、日向。おはよう』

ひらひらと手を挙げる2人の隣席は空いていて、そこに何の気なしに座る。彼らからは制汗剤の匂いがした。

『2人とも珍しく早いね』

「朝練が早く終わったアル」

『ふーん。お疲れサン』

さらっと言ってリュックから水筒とペンとノートを机に並べる。この話はここでおしまい。これ以上の興味を示せば、意図的に遮断している情報が私の中にいよいよ浸透して、彼らから離れなければならなくなりそうで怖い。
この2人が所属する部活は言わずと知れたうちの看板であるけれど、そこには触れないでおいている。あの子達も同じ部だと知っているから既に結構際どいのだが、アレらは逸材だ。どういうシステムかは分かんないけど、彼ら1軍系とまだ2年の日向たちが関わることは少ないだろう。人数も多いし、うん。そう信じてる。

日向たちも私がさして2人のサークル活動に興味がないのを察してくれているのか、話は次のコマの過ごし方に変わった。この後はみんな空きコマ。3限にまた入ってて、そこからは別々になる。日向とは4限にまた一緒だ。

「そーいや、木村先生のレポートやった?」

彼の言うレポートは私が来る途中に考えていたやつで、劉も同じ課題を抱えている。日向を挟んで2人で首を振るとお得意の舌打ちをされた。ムカつく。

『逆ギレしないでよ。たぶん氷室あたりがちゃんとやってるんじゃない?』

「氷室は説教オプションがついてくるからな……」

『いやいや、私だったらメガネ割りオプションだったから安いもんだよ』

「お前はいつからそんなバイオレンスになったんだ」

『やだなぁ、私はいつでも淑女ですわよ』

「キモいアルよ」

『黙れ流せそれこそ日本の文化なんだよ』



突如として怒濤の板書地獄と化した1限が終わり、私たちはだらだらとリュックに物を片付ける。昨日まで普通だった授業の速度は3倍になっていて、この教室の誰もが顎を外したまま腕を動かした。死ぬかと思った。ヨボヨボのお爺ちゃんだってナメてたわ。風の噂で面白いって言うから取って、そこは本当なんだけど……。まさかこんな秘密兵器を隠し持っていたとは、恐るべし井上先生。

『さて、結局どうする?』

「俺は3限西棟だからそこら辺で」

「南にも行けるようにするアル」

劉の南の言葉に反応する。私も3限は南だ!

サークルにも入っていなくてしかも男割合が多い学部の私は悲しいかな女友達が少ない。むしろいない。
入学当初から仲が良さげだったこの2人とあと氷室っていう直視できないほどヤバいイケメンが偶々前の席に座ってて、私が練習してたペン回しのペンを日向の頭に落としたのが馴れ初め。あのときは縦に刺さっちゃったもんね、ごめん日向。
あとこの人たちを通して伊月っていうまっこと残念なイケメンと中村っていうスゲーいい奴とも仲良くなった。同じ学科なだけあって講義もほとんど被っていたし、友達になるのにそんなに時間はかからなかった。

結局、この男子5人紅一点の6人組はなにかと気が合う面子で、私は女友達を作るのをやめてしまったのだ。だって既に氷室ファンとか寄ってきてウザいの痛感しちゃったし女子怖いし……。こいつらがいればいいやって思っちゃうのだ。
要するに彼らしか友達と言える友達がいない私は、ぼっち率が高い。いや、ぼっちとか平気な方ではあるけど、楽しいに超したことはないし、さ。

『じゃあ、どっちにも行けるハイソンでアイス買お《ピコンピコンピコンピコン》

リュックを背負いながら一番背の高い彼を見上げたとき、同時に2つの音が私の台詞を割いた。おいタイミング。バクモン(バックモンスターの略)のきとく状態みたいな音やめろ。
ムッと眉を寄せた私を置いて、2人はスマホを操作した。そして、あーっと気まずそうに私を見下ろす。

「すまねぇ白幡、集合かかっちまったわ」

「1軍メンツ全員呼び出されたアル」

『は、』

「1人で大丈夫か?」

いや、待て待て。問題はそこじゃない。今、なんつった? 1軍メンツ、だと? てか1軍って。それはつまり、

あの子達と、結構お話しする感じ……!?

「……おい、白幡?」

「ぼっち寂しいアルか?」

『……さ、サヨナラっ!!!!』

「「は!? ちょ、おい白幡!!」」


サヨナラマイフレンド!! そして一番嫌なのは、いつメン全員バスケ部所属だったこと! そりゃ仲良いもんね! たぶん彼らも1軍メンツなんだろーよクッソ!!!

1人でバタバタと階段を駆け降りる。なんでこんなに私は縁が微妙なんだ。仲良い奴はみんなバスケ部って……なんだそれ。
関わりたくないが為に高校もバスケが有名じゃないとこ行ったのに……、その時も隣の席の男子がバスケ部でいい奴だった。何も無かったから高校時代は良かった。彼らともズッ友でいられているしね!!

とはいえ、大学ですら私はダメなのか、マジか。吐き出した溜め息は、久しぶりの運動で悲鳴をあげた横腹に響く。

『今から友達作りとか……何このハードモード。やめたい……』

ぐだぁーと自販機に備え付けのソファーに背を預ける。まぁまぁ辛いぞこの現状。買ったばっかでキンキンの缶をおでこに宛てる。気持ちいい。
閉じていた目を開ける。視界に入ったオレンジに、私はまた息をつく。

『あー癖だ癖。ホント、しょうもない癖だな』

何度も手にしては捨てられないオレンジで、私はまた喉を潤した。