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Still…

Episode.79 待ってます

日向たちが見つけてきてくれたリストバンドに、無理矢理オレンジジュースを通す。夏休みだからか結構な人混みの中、色とりどりを目印に私はズカズカ足を進めた。
ああ、何かイライラしてきた。

残り数メートル。気配に敏い青と赤が振り向いて、私を黙視すると道を開けた。私はその空間に、待ってましたと言わんばかりに手に掴んだフワフワの缶を振りかぶった。

『っチェストォオオオオオ!!!!』

「は、っぐ!?」

言葉通りチェストに向かって投げたソレを、アイツは胸と手で何とか受け止めた。背を丸めて悶えるその身を、見送りに来ていたカラフルズや氷室の十歩後ろで立ち止まって睨み付ける。

一つ、二つ。前に立てば、さっきまでこんがらがっていた物が少しずつ解けて、言いたいことが、少しずつくっきり浮かんできて。

『……つき、』

───この前言えなかった悪口雑言を此処で吐き出さなきゃ、一生後悔する。だから、息を吸う。

『嘘つきアンポンタン自分勝手バカアホドジマヌケお前の母ちゃん何で美人なんだよ!!!』

「っ、反応に困る罵倒すんな『もういいって何だよ、勝手に終わらせないでよ…っ!私から終わらせようとしてたのにっ、全部もう少しだったのに、何で空気読めないのっ、何で分かってくれないのっ、』

でも、でもね、百を理解して欲しいとか、そんな理不尽な言葉が言いたいんじゃないんだよ。なんて、心の中で言い訳をしてしまう私はやっぱり小心者だ。
出てくるのは結局、自分勝手なものばかりで。

『どうして、っ…も、やだ…っ、』

いざ喋りだしたら言いたいことと言えることが一致しないで、また結局こんがらがって、喉に詰まって。その息苦しさが視界をぼやけさせて、ああ嫌だな、何で泣きそうになってるんだろう。

突然叫びだした変人を、周りの人はどう見てるんだろう。とりあえず立ち止まらないでくれますか見せ物じゃないんで。
気持ちが伝わったのか、横を何人もの人がすれ違う。最後に肩に手を置いてくれたのはたぶん氷室だ。


こんな沈黙が痛くて顔を手で覆う。何が言いたかったんだっけ、考えろ、考えろ。そうやって念じたら、頭のなかでまこっちが怒鳴った。そうだ、気持ちの整理をするなと言われたんだった。それはつまり、綺麗事を言うなってことで。

意を決してこのオレンジジュースを買っていたときに背中に吐き捨てられた言葉も今さら重みを増す。曰く、“今さら足掻いたってオメーの馬鹿さ加減は一生治んねェんだから言いたいこと吐いてさっさと帰ってこい”
つまり時間が経てば私は置いていかれるのだ。そうなると一文無しで大学から連れ出された私に此処から帰る術なんて無い。やべぇよ一番の問題別のとこにあったよ。

もういいや。ワガママでもなんでも我らがまこっち様の言うことに従おう。日向たちの努力を無駄にするわけにも、カラフルズの気遣いを踏んづけるわけにもいかないのだから。
迷惑とか、全部捨てて。このバカみたいに抗った四年間の私を表すのに相応しい言葉を探している間に、さっき溜まったものが目から一つ、また一つと落ちて。

正解を見つけながらそれを拭って、もう一度息を吸う。

『……ってた、の、』

「…は、」

『…修が帰ってくるのっ、ほんとは、ずっと待ってた…っ』

「っ、」

『…でも、お前、帰ってくっからって、それだけしか言わなかったからっ!どうしたら良いのか分かんなくて…っ、そんな言い方されたら、待ってるしかないのにっ、ちゃんと言わないから、約束になったわけじゃなくて、』

───そう、約束じゃない。だから帰ってきたのに会わなくても、私に怒る義理なんてないって考えてた。修が私に会わなければならない理由なんて、確かなものは何一つなかったんだ。


今までのもどかしさとかが沸々泡立って、それに比例した感情野はなぜか全部涙腺に回す。

『でもっ、あの日からずっと言いたいことあったしっ…、そのリストバンドだって、殴り返そうって思ってたのにっ、来ないから、捨てちゃったよバカヤロー!』

「…凪紗、」

『も、もう会わないって言ったのに、なんで昨日、家に来たのっ……。どうして、そんな風に残していくのっ、何で、消えなくするのっ、』

そうだよ、ちゃんと言って欲しい。相手から突き放されたって、自分で突き放したって未練は残るものだ。
じゃあどうすればいいって、そんなの分かんないけど。でも、突き放すよりももっとスパッと切ってくれた方がいい。完全に道を失ってしまった方が、良いに決まってる。でもそれを自分でやることなんて、弱い私にはできなかった。

ボロボロ落ちる涙を両手の甲で拭ってる内に、ふと視界が暗くなったのに気付く。顔を上げると同時に、声が聞こえた。

「凪紗」

『な、に、「…待ってたか?」…は?』

いつの間にか目の前に立っていたことにもその内容にも理解を示せない私に、修がもう一度訊ねる。

「…俺が帰ってくんの、待ってたか?」

その言い方が、なんかとてつもなく恥ずかしくて。足が動けなくなる代わりに両手で顔を覆う。

『っだからそうだって言ってんじゃ、!?』

大袈裟に叫んだ途中で、後頭部に後ろから圧が加えられたかと思いきや、額をドンと目の前に現れた壁に打ち付ける。ジンジンするけれど、それよりも驚きの方が大きい。
私の右側でドサッと音がして、発信源を辿った先にさっきまで修が持っていたデイバックが見えた。その直後、視界を私のじゃない腕が動いて背中をぐいと前に押される。

「あー、くそ、…ンだよそれ、やっぱとんだ勘違いなんじゃねーか…」

『なっ、なにしてっ、』

「最初の一年は。本当に気が回らなかった。生活に慣れることもそうだし、親父の容態も安定しなかった」

『………、』

抱き締められてる、なんてことを考えたのも束の間、突然の回想モードに私は閉口する。

「二年目の後半から、先進医療ってのが効いて親父も回復しだした。けど俺、アメリカついた初日にやらかして携帯無くしててよ。元の番号引き継いだけど、中にあったデータは全部ぶっ飛んでて。連絡網とかもなかったし、でも来年帰るしいっかって思ったんだよ」

“なのに”と。修は舌打ちをする。

「日本に帰って久保田たちと何とか連絡とったはいいものの、オメーの連絡先知らねぇとか抜かすからもうどうしようもねーだろ」

『…………』

何も言えない。くぼやんたちのは一年後に着信拒否にしたわけで、明らかにそれは私が原因だ。
頭を胸に押さえつけられたままうんともすんとも言えないでいれば、また修が喋りだす。

「……お前、俺の誕生日の前に電話したろ」

『えっ!?』

「…バレてねーとでも思ったか?ざけんな、声さえ聞こえりゃ分かるっつーの」

『……さ、さいですか…』

「あのあとかけ直したのに出ねーし…。…でもとにかく、あれ聞いて繋がってるって思った。だから溜まってた課題終わらせて帰ってきて、…最悪八月末までいるつもりだった」

つまり、私のために帰ってきたって氷室の言葉は本当だったらしい。避けまくった申し訳なさと同時に“ウレシイ”なんて場違いな感情が湧いてしまった。
とはいえ、そんなの伝えられる訳もなく。修の回想は続く。

「そんで赤司にどうしてもって言われて合宿手伝ったら…、オメー普通にいるし…………しかも、花宮って…、」

『は?何て?』

「…いや、しかもリストバンド捨ててやがるし…、」

『あっ!あれは連絡ミスで!返してなんて言われると思ってなくて!』

「わーってるよ、桃井から聞いた。でも普通お前から貰ったもんをあげるわけねーだろ」

『逆にもう要らないって返されたと思ったんだよ!』

「ンなことするかっての!あれはお前が俺を忘れらんねェよーにって…!」

『…はい?』

意味を解読する前に言葉が止まるから上を向いて聞き直したのに、目が合うと困った顔をされた。僅かに逡巡した修は、それからヤケクソに叫ぶ。

「っ、…あークソ!だから、出発日の変更を伝えなかったのもリストバンド預けたのも全部お前に待ってもらう為の仕掛けだったんだよ!」

『へ、ヘェー…?』

「……意味分かってねーだろ…。まァ良いけどよ」

いや確かによく意味が分かってないですけど。仕掛け?中村は足枷って言ってたけど、同じこと?
悶々と考えていれば、「…ンだよコレ、やり直してェ…」そんな呟きと共にぎゅうと背中と頭に回る力が込められて、完全に密着してしまう。心臓がバクバク動いて、血が沸騰しそうだ。…ていうか、よく考えたらこの体勢色々アウトだよね!?

『………ね、ねぇ、言い訳?は分かったからさ、あの、その、…そろそろ、ちょっと、…苦しい…』

「ぇ、…っあ、ワリ…!」

バッと離れた修により、新鮮な空気が漸く灰に入る。酸素濃度が濃いってステキ。
しかしそれも、私の後ろを通った子供が一言によって全く意味を成さなくなる。

「ラブラブおわっちゃったねー「シッ!」

『「…………………………」』

お互いに顔を片手で覆って俯く。おいこの空気どうしてくれんだよクソ餓鬼。スゲー酸素不味くなったんだけど!大衆の面前で叫んだ私もそうだけど、何でだ、だだ抱きし、めたり、すんのかな…!もう嫌!帰りたい!

えーっと、つまりなんだ。向こうは私の電話番号を故意的に消した訳じゃなく。私は携帯番号変えてないけど、くぼやんたちからの連絡は着信拒否してた(そうとは言えるわけもなく、夏休みに交換した番号はメッセージアプリのもの)から、連絡が取れなかったと…。

「……凪紗」

『は、はい!』

「……あのよ、」



修がそこまで言ったところで、アラームのような音が近くに聞こえる。おまけに振動も感じた私は慌てて携帯を取り出した。そういえば先刻、夏休みの間はサイレントモードをやめろとまこっちに言われて設定を切ったのを思い出す。
緑色のランプが点滅するのと一緒に、黒い画面にはメッセージアプリの通知が浮かんでいた。その内容に、サッと体温が下がる。

『ご、ごめん!もう私行かなきゃ!』

「はァ?」

『もうあらかた話は終わったよね!?』

「終わってねーよ!!」

本人より時間の無くなった私が、急いで横に落ちている修のバッグを持ち上げ胸に押し付ける。ただし修はそれを受け取らずに私の手首を握った。なにゆえ!!

「まだお前に言ってないことがあんだけど…!」

『それ今じゃなきゃダメ!?電話とかでいいでしょ!』

「良くねーよ!これ以上野放しにしてたら盗られるだろーが!」

『……いやいや、意味わかんない』

「あっ、…いや、分からんで…良くないけど、いい…」

『何なんだよ!?もうこれ以上待たせるとまこっちに置いてかれちゃ「ア?今なんつった」…え、だから、私ここまで手ぶらでまこっちにバイクで連れてこられたからアイツに置いて帰られると…、!?』

そこまで言うと、グッと掴まれていた手首に力が込められる。痛いってか何やら御立腹の様子だ。解せぬ!
さっき見たメッセージによると、あと十分ほどで奴は帰ってしまうらしい。バイクを置いた場所まで戻らなければならない私はそろそろ此処を出ないとまずいわけで。
なのに修は眉をつり上げて私を睨んだ。

「オメーは……、口を開けばやれまこっちだのやれ花宮だの…そんなにアイツがいいのかよァア?」

『なっ、何でそういう話になるの!?別に花宮がいいとかそんなんじゃ、』

「……花宮じゃなくてもいいんだな」

『え、』

そして私の手を掴んだままバッグを開けて財布を出した修は、千円札を二枚取り出し、無理矢理私にそれを握らせる。

「じゃあこれで帰れ。いいか、返さなくていいから、お前一人でコレ使って帰れ!」

『い、いや、今ならまこっち間に合うし、悪いって』

「そっちの方が悪ィんだよ!いいから使え!…そんでもって、───こっちも覚えとけ」

『っは、』

お金を渡して空になった方の左手で、顎を掬われて。斜めに傾く修の輪郭を追ってる最中、唇に、身に覚えのある何度目かの熱が襲う。
舌打ちに近い音を立てて、それは相変わらず直ぐ離れたけど…少しだけ今までより長かったかもしれない。


一点だけ確実に違うのは、終わった後にも目が合ったことだ。修の目のなかにいる私は、呆然としていて。彼の眉間に寄った眉が、目を逸らすのを拒ませた。

「言っとくけど、あンときのコレと今のコレは同じ意味だかんな。…そこら辺も帰ってきたら全部説明してやらァ」

『………………』

「……次は真っ先に凪紗ンとこに帰っから、今度はちゃんと待っとけ、……ださい」

『は、』

「ッだから!俺が帰ってくるまで誰かのもんになったりしねーで待っといてください!」

火神くんメソッドの敬語とその意図を直ぐには理解できず間の抜けた声が落ちた。それは修の顔を少し赤くさせて、それからちょっと怒らせたらしい。
言い直されてもよく分からない私がバカなのか、それとも修の喋ってることがおかしいのか。とにかく情報を整理する手が塞がっていて私は沈黙を返す。すれば不機嫌そうな低い声が耳を焦がした。

「…返事。待ってんのか待たねーのか、どっちだよ」

『っ……ま、待ってます、ハイ………。』

もはや半ば生返事だったにも関わらず、満足気に口角をあげた修は私のリストバンドをオレンジジュースから外して左手につけた。鮮やかなそれはやっぱり私よりこいつの方が似合う、というよりは違和感が無いと言った方がしっくりくるか。
それから、重ねていた私の手からバッグをかっさらう。

「ならこれはそん時返すわ。────じゃあ行ってくる」

耳元で小さく、さっきよりも心地良い低さで流し込まれた声と共に私の頭をポンと触ってから、そのまま保安検査場に向かう長いエスカレーターに乗り込んでいく。
その背中を呆然と眺めている間、息をしている実感がなかった。