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Still…

Episode.12 戸締まりはしっかりね

何となく、だけど。何となく、凪紗先輩が泣いた理由が分かってしまった。森山先輩は、見た目だけ少し “あの先輩” に面影があるから。

「森山ァアア!! 何してんだてめぇ!!!」

「ち、違うんだ笠松!! 俺は何時も通り心の声を素直に伝えただけなんだ!」

顔を手で覆ってしまった先輩は肩を大きく一度上下させた。深呼吸をしたんだと思う。先輩は何時だって弱さを見せたりしないから、……また、何事も無かったように笑うんだ。あのときみたいに。

『あの。驚かせてすみません、大丈夫です』

ホラ。外した手の下には、透明な仮面をつけていて。直ぐに森山先輩に笑いかける。

「ほ、本当かい? どこか痛いところは?」

『無いです。なんかこう、小さい頃に見た悪夢を思い出してしまってアハハハハハ。とりあえず一発殴っていいですか?』

「何で!?」

あの先輩が居なくなってから、きっと凪紗先輩の心の時間は止まってしまったんだと思う。
彼女の表情は複雑だ。ふと見せる感情的なものは中学生の時と変わらない。例えば、今みたいな泣き顔とか、笑っている顔とか。どれも心からの感情は、“あの先輩” の隣にあったものと同じ。だけど、言うなれば理性的…でいいのかな。何かを隠したり、現在【イマ】を見ているときの表情は変に大人びていて、私たちは全く知らないものになっていた。



赤司くんが小声で凪紗先輩がこの大学に居ると教えてくれたときは、思わず泣いてしまったっけ。不謹慎で、勿論そう信じてはいたけれど、でもやっぱり “生きてたんだ” って、実感した瞬間だった。

きっと先輩は、まだ私達に罪悪感を感じている。それは私たちも同じだし、 “あの事” もみんなのトラウマでもある。だけど、特に大ちゃんやきーちゃんはこの事を知れば直ぐに先輩を探して会いに行くだろう。それは、まだしてはならないって赤司くんが言った。
私たちの存在は皆の見た目もあって大学でも有名だから、先輩が知らないわけは無かった。それでも会いに来て下さらなかったって事は、そういう事なんだ。凪紗先輩は私たちを避けていた。だから赤司くんと私だけの秘密にしていた。

そう分かっていて、なのにコチラから接触を試みたのは、たぶん嫉妬ってものがあったんだと思う。きっかけは、日向先輩たちの話に凪紗先輩の名前が出てきたこと。それをたまたま聞いてしまった私と赤司くんは、あのとき同じことを考えた。だから、2人でこっそり凪紗先輩を見に行った。それまで先輩の避け方が上手かったのもあって、帝光の制服を着ていない凪紗先輩を見たのは初めてだった。そこには、伊月先輩や氷室先輩に囲まれて笑う凪紗先輩がいて、また涙が溢れた。

そして凪紗先輩を見て思ったんだ。 “先輩と話したい” “もう一度先輩とチームメイトになりたい” “先輩の後輩になりたい” って。だから、伊月先輩たちだけが凪紗先輩と堂々と関わっているのが気にくわなかったって節があって、結局はそれが赤司くんの決断の引き金になった。ああ見えて赤司くんは凪紗先輩のことを “あの先輩” と同じくらい慕っていたもん。私も同じだ。


「凪紗先輩、大丈夫ッスか!? 森山先輩に何されたんスか!?」

「俺は何もしてない!」

『そうそう。女の子の友達が出来るルートが潰れたなって思っただけ……あれ、おかしいな。視界が滲んで前が見えないや……』

わざとらしく目を擦る先輩に、きーちゃんも何かを察したのか「俺が紹介してあげるッス!」と話に乗る。『は?なんなのバカにしてんの?』「てか俺に紹介して!」とパンチを入れられたり足に縋られたりしてきーちゃんは地雷を踏んだみたい。

その間に、凪紗先輩が落とした、たった一粒の涙が、どさくさに紛れて先輩の靴下で拭われていって「あ」と声が漏れる。もう明るい雰囲気が戻っていて、凪紗先輩の一瞬の縺れはすっかり埋もれてしまった。

『さて、帰るか』

「え、でもまだ外には女の子たちがいっぱいいるッスよ?」

『んなん待ってたら帰れないでしょ。てかむしろ考えてみればウェルカム! 日々女の子に飢えているんだ! これを逆ハーだと捉えずなんとする!!』

「馬鹿アル」

「恥ずかしくねーのかお前」

「なんか、白幡ってぶれないよな」

「それでこそナギサだよ」

「まあ確かに。白幡は女の子といれるような感じじゃないもんな」

『待って中村までそう言うこと言うの!? 裏切りだぁあ……っ』

ガッツポーズをする凪紗先輩に、仲良しな人達が自然に集まって突っ込み始める。あっという間に先輩の仮面を剥がしてしまった。凪紗先輩は、あの人達といるときはとても楽しそうで。それもまた、私たち帝光出身者の心を掻き乱す。

『いいよもうなんとでも言え! 私は帰る!』

悔しそうに顔を歪めた先輩が、私が立っている西側の扉に向かってくる。目が合うと、困ったように微笑まれた。ぎゅっと胸が苦しくなる。
すれ違い様に、先輩は私の頭を撫でた。女の人で私より背が高いのは結構珍しくて、包容力のある凪紗先輩にはいつも抱きつきたくなる。

『ギャラリーの嫉妬には気を付けるんだよ。何かあったら周りに相談しな』

「それは凪紗先輩でもいいんですか?」

そう問えば、先輩は目を泳がせた。頷いてはくれないみたい。

『うーん、私の方法は独特だから……あんまりおすすめはしないよ。間違っても真似はしてほしくないし……、黒子や赤司が妥当かな』

「あの、先輩! 連絡先だけでも『ごめんさつき。やっぱりね、ココにはいられないや』……っ、」

予想できた返事が返ってきたのに、用意していた言葉は何一つ出てこない。先輩が、あまりに悲しそうに、それでいて綺麗に笑うから……、何も言えなかった。

『じゃあ、帰るね。ムラサキが持ってるクーラーボックスと中の保冷剤は寄付するから使っていいよ』

「凪紗先輩……!」

『それじゃ、お邪魔しました!戸締まりはしっかりね!』

最後にそう告げて、凪紗先輩はガチャンっと鍵を開けて直ぐ様外に出た。後ろ手で扉を閉め、鍵の辺りを叩く。鍵を締めるまで押さえてくれてるんだろうけど、それでも私は動けなかった。代わりに鍵をかけてくれたのはテツくんだ。音が聞こえたのか、先輩は振り向いて笑う。

「やっと出てきた!」

「ねぇどういう関係なの!?」

『すみません答える義理はないので通してくれません?』

「はあ!? 紫原くんにあんなことされといてあんた……!」

「そうよ! 森山くんにも声かけられてるし、黄瀬くんにだって!」

『してほしいなら “やって” って言ってきたらどうでしょう? 好きな人の前でその性格の歪みを見せられる勇気、使いどころ間違ってんじゃないですか?』

「なっ!?」

『ま、生憎私はそういう目で彼らを見てないんで、ライバルなんかにはなりませんよ。ご安心ください。むしろ友達を募集してますっ!! 誰かお友達になりませんか!!』

「「この状況で何言ってんの!?」」

体育館の中からも外からも突っ込まれた先輩は、飄々とした態度で『残念』と肩を落として集団のなかを突っ切る。凪紗先輩は強い。そして、……脆い。弱いのではなく、脆いんだ。とても、とても。

私の隣でやり取りを見ていたテツくんが、まるで独り言のように言う。

「白幡先輩を無理矢理引き入れるのは、やはり難しいですよ。白幡先輩にとってバスケは、どうしたって虹村先輩に繋がってしまいます」

「……うん」

「だから、引き入れるのでなく、近づいてもらいましょう」

「え?」

「白幡先輩が僕たちのバスケに関わりたいって思えるようなバスケをするんです。そしたらきっと虹村先輩のことがあっても来てくれます。だって、あの人もバスケは好きですから」

「───うん、うん! そうだね! その通りだよテツくん!」

にっこりと笑うテツくんの手を思わず握った。こう言うとき、彼は欲しい言葉を言ってくれる。
そうだよね。凪紗先輩は、虹村先輩のこともだけど、バスケだってすごく大好きなんだもん。
いつもサポートしてくれたあの人に、今度は私たちがお返しをする番だ。明日からまた頑張ろう!


#桃井さつき side#