×
「#オメガバース」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

Still…

Episode.11 別の出口教えてください

ムラサキに約束したゴリゴリくんを持参してきた保冷剤入りのクーラーボックスに入れる。店員さんには「用意周到ですね」と笑われた。お兄さん良い声してますね。



ムラサキに誘拐された昨日は、なんであんなにあっさり帰ってこれたのかが謎だ。考えながら第1体育館に足を運んだ。つい先日まで近寄りたくなかったあの建物に嫌な耐性がついてしまったようで、脚の震えなんて微塵も無い。罪悪感を無くしたかと言われればそうではないし、勿論バスケは見ていられない。

氷室が知り合いだったのなんて本当に最悪な事で、彼を見る度にアイツを思い出してしまいそうになる。もう、会えなくなるかもしれない。そう考えるとあの秀麗さをもっと目に焼き付けとくべきだったと後悔が湧く。彼は日々の目の保養だったのだ。

私の脳は、たぶん大樹みたいな形だ。四方八方、あらゆる方向に伸びた枝が感受した刺激は、それがどんなに小さなものでも幹へと流れ込んでたった一つに繋げてしまう。バスケットボールの弾む音、バッシュが床を擦る音、彼らの声。それらを感知すると、あるはずがないのにどうしたって探してしまう。白のジャージを羽織る後ろ姿。4番の文字。黒髪。視界を掠めた虹色。乱暴な言葉を発する声。どれもこれも、過去に置いてきてしまったものだ。
私の脳は余計なことばかり欲する。というよりは記憶を失いたくないらしい。後ろ姿は覚えているのに、段々とアイツの声が思い出せなくなってきているから、耳が毎日異常なくらい働いているのだ。やめてほしい。

それでも。流石に黒髪を受容するレセプターは破壊した。というより免疫をつけた。日本にいるのだから触れる機会も多く、そのうち気にならなくなったんだ。ただ、同じような髪型には弱い。うなじを隠して襟足だけ微妙に伸びたものとか、右分けの前髪とか。
氷室は片目隠れてるから大丈夫だった。あと伊月は前髪が違う。最初は固まったけど、逐一違いを見つけては言い聞かせる。アイツとは違う。アイツなんかじゃない。ココが違うでしょ、って。会話をしてみれば違いなんて顕著で、話している最中にふとそれに気づいては嗚呼なんて失礼な奴だろうって自己嫌悪。ごめん氷室。ごめん伊月。私は、きっとひどい顔で喋ってたはずだ。

忘れなくちゃならない。アイツを思い出しちゃいけない。だって前に進めなくなる。一生独りもんで、孫の顔を親に見せずに生涯を全うするとなれば親孝行も出来ない。
だから私は、刺激になってしまうものを遠ざけてきた。それなのに “お待ちしております” なんて言っちゃったのはぶっちゃけ言葉の文ってやつだ。だってなんか、昔に戻ったみたいで少し楽しかったから……って流されすぎだろ凪紗よ。
とりあえず今日を限りに、少しいつもの面子とも距離を置こうと思う。




第1体育館には、観客が多い。だからか練習を見れる曜日が決まっているらしいんだけど、それが何曜日なのか知る手だてはなかった。そしてたぶん、来る日間違えた。女子のギャラリーが強化ガラスの扉の前に集まって騒いでいる。まあ確かに顔面偏差値は高いですもんね。いいなぁ女の子可愛いなあ。

キュッキュッと、食器用洗剤宜しくな音が聞こえる。条件反射のごとく浮かびかける影を振り払って、『すいませーん』とクーラーボックスを胸に抱え肩をすぼめた。避け様に振り向いた近くの子の何人かは、眉を顰める。その刺さるような痛みを伴うものに内心舌打ちをした。劉やムラサキが担ぐから、只でさえ氷室たちのファンに目ぇつけられてたのに敵が増えたじゃねぇか畜生。

『すいません通ります「ちょっと待って下さい。ココは部外者は立ち入り禁止なんですけど」マジですか』

それは初耳だ。おいムラサキ待ってる〜じゃねぇよお前そういう大切なことを教えてくれよ。意図的に連絡先を交換しなかった私も確かに悪いんですけど、それでもこういう事態を予想できる子だったはずなのになぁ。

せっかく可愛く着飾った目元を鬼のように吊り上げて通せんぼするお姉さん方から目を逸らす。大学生になると、途端上級生かどうかの見分けがつかなくなってしまった。メイクでどうにでもなる世界。そしてこういった類いの女子は纏う雰囲気も一緒だから如何せん区別がつかない。

『それは知りませんでした。中にいる人に渡すものがある場合も部外者にカウントされますかね?』

「そういうのは代表者がまとめて渡すことになってるんです」

オイオイここはアイドルの出待ち場ですか。このクーラーボックスを渡したところで安全にムラサキの元に届くとは限らない。どうしたものか。

「私から今日の代表にお渡ししましょう。お預かりしますよ」

にこりと目が笑っていない笑顔で出される手。てか片手かーい。そこ両手の方がポイント高いのに。
うーんと渋りながら、私は逆に腕に力を加える。終わるまで待ってもいいけどそれって何時間後よ。こちとら暇潰す相手すらいないのにそれはきつい。時間わかんないし。となると……。

『あー、御気持ちだけ頂戴します。どうしても自分で渡したいので……って、あれあそこにいるのデルモでシャララなキセリョじゃない!?「「「え!?!?!?」」」強行突破ァアア!!!』

全員がフリスビーを追う犬のように私の指先を見た隙に、華奢な身体たちを軽く押し退けて走る。制止の声も聞こえる中無事に最前列に入った私に、突然現れたように見えたであろう周りの人は驚きを隠せていない。だけど私も時は一刻を争うわけで、急いで取っ手を掴んだ。なのに鍵がかかってやがる。嘘だろここまでセキュリティ必要なの!?

「ちょっとあんた何『ふざけんな鍵開けろムラサキィイーー!!! 待遇悪すぎんだよ早くしろバカ!!!』

ドンドンとドアを叩けば周りの女子は一層引いた。辛い。けどそんなことよりさっき吹き飛ばしたお姉さん方への恐怖心の方が勝っているので構わずムラサキを呼んだ。え、これ声聞こえてるよね?? まさかの防音とか違うよね。だってバッシュの音とか聞こえてたもんね。

中にいる全員がこっちを見る。緑間と話してた黒髪の人が指差して笑い転げた。あいつ誰だ名前探ろ。他の人たちが呆然とする間、私の肩に手が置かれる。

「どういうつもりよ白幡凪紗!!」

『まさかのフルネーム!!!』

背中越しの覇気に思わず突っ込む。てか私の名前知られてるのかオワタ。

「黄瀬くんそこにいるじゃない! 騙したわね!」

「てかいつもいつも何なのよ! 氷室くんたちと仲良いからって、抱っこされるなんて!」

「凪紗ちんじゃーん」

『おいムラサキ手ェ振ってる場合じゃねぇんだよ開けろよ!』

「「無視しないでよ!!」」

ギャアギャアと煩くなるこの空気に、赤司がため息をつく。お前も傍観してる時点で私の敵だからな。
のっそのっそと歩くムラサキが鍵を開けた。そして突然奥に引かれるドアに雪崩れ込むように入る。うぉ!! 転ぶ!! っと思った刹那ぼすんっと僅かに汗臭い臭いが鼻についた。目の前にある薄紫色。背中には大きな手。そして聞こえる悲鳴 “ギィャァあああァアア” 。あれだろ、これ日向に言わせると黄土色なんだろ。

もはや後ろは見まい。薄紫色のTシャツに額だけ押し付けると、ムラサキが集団の侵入を制止し出す。

「あんたたちは部外者だから入っちゃダメ〜」

「え!? 待って下さい! その女だって……!」

「凪紗ちんは部外者なんかじゃないし、あんたたちとは違うから。早くどけよ扉閉められないじゃん。捻り潰すよ?」

「っ、」

その2秒後には、私の背中に宛てられていた手が離れて鍵のかかった音がした。またもこのフラグを立ててしまった。部外者だよ部外者になりたい。私のキャンパスライフ……さらば……。ふぅと息を吐くと、ムラサキが僅かに離れる。てか靴! 砂入っちゃうじゃん! と、慌てて脱ぐ私の頭をムラサキが掴んだ。その扱いなんなの。

「遅いよ凪紗ちーん、俺ちょー腹減ってんだけどー」

『それはこっちの台詞だ巨人。つーか練習中なんだからどっちしろ食えねぇだろアイス』

「えー助けてあげたのに何それー」

……唇を尖らすな。危うくフラッシュバックすんだろーが。とは言わず。私はずっと抱えていた銀のクーラーボックスを差し出す。

『はい、これ。約束のブツです。ソーダ味と期間限定味2本ずつ』

「やったー。ありがとー。うわ保冷剤まであるし。これ家から持ってきたのー?」

『うん。だって溶けたアイスなんて邪道じゃん? せっかく食べてもらうなら最高のコンディションを保たねばね』

「さすが凪紗ちんよく分かってるよねー」

誉めながら早速1袋目を開けたムラサキ。『今食っていいのかよ』と突っ込むと案の定後ろから赤き魔王が降臨した。

「何してるんだ紫原。白幡さんの言う通り練習中だ」

「げ、赤ちん……」

「昨日ぶりです、白幡さん」

『ん、昨日ぶり。 じゃあ用は済んだから帰るわ』

挨拶もそこそこにして踵を帰そうとすると、「まだ出ない方がいい」と赤司が苦笑いをして引き留める。なんで? と首を傾げると、後ろを振り向くよう示された。
ドアに張り付くように見つめるいくつもの鋭い目。すべてに怨念が込められている。おいおいついにあのホラゲーも実写化かよ。てかお前らその嫉妬は想い人たちに見え見えなんだが。
ともかく、そこからは出られなさそうだ。

『………………別の出口教えてください……』

「東と西にありますが、ご覧の通りです」

『……あぁ、把握……』

黒子とさつきがそれぞれご丁寧に手で指し示してくれたそこにもファンがいて、彼女たちの目的は練習風景より私の捕獲へと上手いこと上書きされているようだ。
こんなつもりじゃなかった。この人たちの人気をナメていた。中学より酷い量だけど、考えてみればそれもそうだ。あの頃は6、7人だったけど今じゃ20人近いイケメン数。そりゃ3倍になるわな。

いや、だからといって、ココにいたら……。
周りを見遣ればバスケ一色。私は精神崩壊するんじゃないか。この汗臭さも空気も何もかも全部がトリガーだ。私ひとりだけ過去に戻ったみたいな感覚が、足先からじわりじわりと侵し始める。

現実から目を逸らすように、視線を下に向けたときだった。そこに、なにかが飛び込んできて、だらりとだらしなく垂らしていた私の手を握りしめられる。
そりゃ必然的に視線が絡み合うわけだけど……、その切れ長で吊り上げ気味の目に、ざわりと胸がざわついた。喉がしまる。

「君が噂の新マネージャーかい!?」

『……っ、』

「嗚呼、感じる! 運命を感じるよっ! 名前は、えーっと、……あ! そうだ!」

ぎゅっと手に加えられる力に、筋肉が反応して収縮する。思うように身体が動かせない。というかどうやって力を入れるんだっけ。私は今ドコにいるんだっけ。てか昨日の今日でこの仕打ちとかホント勘弁。世界は私を殺しに来てるのか。

やめて、その顔で、名前なんて呼ばないで。




「白幡、凪紗ちゃんだったね!」





「白幡、凪紗だったか?」



『─────ッ、』




「凪紗、ドリンク取ってくれ」

「寝坊すんなよ、凪紗」

「凪紗ー、用意できたかー」

「………帰って、くっから……」



『……しゅ、う…………────、』



流れ込む、蓋をしていた記憶が感情を司る何かをぶち壊した。
落ち着け。落ち着け私。よく見て、探して。
違いはたくさんあるでしょう。色、声。あと、あとは? あとは性格だ、アイツは、こんな王子様みたいなことしない。跪いたりなんてしない。ほら、全然違うじゃん。

「え!? ちょ、凪紗ちゃん!?」

「何泣かせてんスかセンパイッ!」

「凪紗先輩!?」

だから、囚われるな。この頬を滑るものだって、涙なんかじゃない。泣いちゃダメだ。