断固たる決意を持った台詞を、あの赤司はいったいどんな顔で聴いているんだろう。
陽泉の監督とそう変わらない背丈の女性は、ハッキリとモノを告げることが出来るタイプのようだ。つくづく、バスケに関わる女性はタフな人が多い。
『マネージャーはやらない。バスケには関わらない。私は、4年前から、そう決めてる』
4年前、つまりは高校1年生だったときか。
赤司相手に堂々と啖呵を切る彼女の名は白幡凪紗。人物の説明を聞くよりも前に名前は知っていた。時おり、日向や伊月たちの学部面子話で出てくる女子で、どうやら良くつるんでいるらしい。口が悪く手も出やすいが、気兼ね無く話せる人柄。それが耳で得た印象だった。
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彼女の名前を、ちゃんとした目的の下で聞いたのは2週間くらい前だったかな。1限が終わったあとに呼び出された俺たちはそこで初めて、新しいマネージャー候補の話を聞いたんだ。
だけど彼女はその日来なかった。本当は普段から仲がある日向と劉が連れてくる予定だったみたいなんだけど、
「あいつ、めっちゃ嫌がってよ。バスケと関わりたくないらしいんだわ。……なぁ赤司、なんで白幡なんだ?」
元から話を知っていたのは恐らく赤司とリコ、桃井、日向と劉くらいなもんだろう。白幡の話を聞いたときに一緒に仲が良いはずの伊月と氷室と中村、そして何故かキセキの世代まで驚いていた。
しかしキセキが騒ぐ前に赤司は彼らの反応を鋭い視線で抑制した。“喋るな”の命令に「「っ、」」と息を止めるキセキは赤司の突然の指示への対応力が早い。キセキが驚いたことは、きっと日向と劉には位置的に見えていなかったと思う。それを気にせずに話を続けたから。
「彼女の能力を知る機会がありまして。ですが俺はあまりよく思われていない。だからあなた方に頼んだんです。彼女の仕事の良さは俺が保証します。人任せで申し訳ありませんが、もう少しだけ誘ってみてくれませんか?」
「あいつがマネになったら楽しいとは思うアル。けど、……拒否の仕方が異常アル」
劉の言葉に、白幡という人物を知らない者は疑問に思った。つまり、その子はバスケが嫌いなんじゃないか? って。嫌いでなくとも、確実に好きではないだろう。そんな子に立派なマネジ業が出来るのかと考えれば、その答えはあんまり良いものじゃない。感情と行動っていうのは切っても切り離せないからな。
しかし赤司と、そんでもってリコは彼女を招き入れる気満々なようだ。
「だったら次は私が行くわ」と前に出る。日向たちが驚いたところで、赤司が口を開けた。
「時間ですね。呼び立てておきながら何も見せられず申し訳ありませんでした。少し時期が尚早だったようです。次の講義に遅れないよう、今日はこれで解散しましょう」
赤司の言葉はやはり絶対だ。というよりかは、的確だから従わずを得ない。従うって言い方が悪いのか。俺たちはその通りだと思い体育館を出る。けれどその中でも、キセキは赤司、白幡と仲が良い面子はリコの下へ歩いていくのが見えた。
「どんな人なんですかね、白幡サンって」
高尾の言葉に、「そうだなー」と返す。俺たちが苗字しか知り得ないのは、彼女の名前が今の段階ではキセキに知られたくなかった情報で、だけど日向が溢してしまったからだ。
日向たちの話を聞く限り悪いやつではない。きっと楽しい時間を作ってくれる人なんだろう。
「白幡さんか。……バスケ、好きになってくれると良いな」
その日はそれ以上彼女について考える時間はなかった。
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そして今。彼女がやはりバスケを好いていないことを目の当たりにしている俺たちは傍観するだけだ。
突然赤司が練習を止めてドアに向かったと思えば、紫原と氷室に挟まれる形でそこに立っていた白幡。
その表情は、今と同じくらい険しかった。
『理由は言うつもりない。と言っても、分かってるでしょ、赤司。あとさつき。ムラサキと黒子は賢いから二人も怪しいな』
最後にニヤリと笑う白幡。名前は凪紗ということを誰かの呟きの中で知った。
加えてキセキと知り合いだったことを考えると、やっぱり彼女は帝光中でマネージャーをしてたんだろう。名指しをされた黒子や紫原は何とも言えぬ表情で彼女を見るし、赤司の次の言葉でそれは肯定される。
「それでも、俺たちにはあなたの力が必要です」
白幡は一瞬目を丸くして、だけどすぐに伏せた。
『そう言ってくれるのは嬉しい。……だけど私は、……君たちやバスケを見てるだけで、思い出しちゃうんだよ』
悲しげに吐き捨てられた言葉は、誰にも拾われず床に当たって砕け散る。それでもショックを受けないのは、もう何度も落として割ってきた途方もない気持ちなんだろう。
「……待ってるんですか」
『っ……』
俺らから後ろ姿しか見えない赤司が、それをどんな表情で言ったのかは分からない。ただ、今まで聞いた中で一番優しい声だった気がする。二重人格の中の1人が消えて、元の赤司が戻ったと言った黒子。温厚で人思いな彼の側面が垣間見えた。
その後ろで、グッ、と。かなり強い力で拳が作られていく。あんなに握ったら痛いだろうに。白幡はゆるゆると首を振る。
『……ってなんか、待ってなんかない!! 大体なんで私が……っ、てか本当にお前は一言多いんだよデコ出せ!!』
顔をあげた彼女は握った手をほどいて中指と親指の輪っかを赤司の前につきだす。赤司はサッと額を手で隠した。
その対応に葉山とかが吹き出すのを必死に堪える。
『何隠してんだゴラ』
「防衛本能には抗えないものですよ、白幡さん。ですが貴方がマネージャーをやってくれると言うのならば、その怒りを晴らさせて差し上げます」
『誰のせいだと思ってんだ誰の!!!』
そんな風に騒ぐ白幡を見て、彼女の後ろにいた氷室が手鼓を打った。何か閃いたらしいその音に、白幡が振り返る。
『何いきなり……』
「いや、最近ナギサを見ていてずっと引っ掛かってたことがあったんだけど、今それが分かったんだ」
『はあ?』
訝しむ白幡に氷室は「Just Like!」と笑う。俺も治療でアメリカにいたから、その意味は理解できた。彼女は氷室の知り合いに似ているらしい。
「アメリカで知り会った友人にそっくりなんだよ。それに帝光中のマネージャーだったなら何となく辻褄が合う」
白幡がひくりと眉を動かす。何かを察知した桃井と紫原が氷室に手を伸ばすけど、予想以上に早く彼から放たれた言葉はその障害を上手くすり抜けて白幡に刺さった。
「シュウに似ているね、ナギサは」
その瞬間、白幡凪紗の世界は止まった気がした。
#木吉鉄平 side#