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Still…

Episode.8 ダメって言ったよね?

どんなに強い意思でも、一介の国民のそれは国王の前では大した大きさも持たない。容赦なく叩き潰される。つまりはどんなに努力したって、先天性のモノに楯突くのはあまりに無謀だってことだ。それをまざまざと痛感させられる世間は往々にして厳しい。




『ひぃいいいい!!! 離せぇええ!!!』

「ちょっとうるさいんだけど〜。てか地味に痛いし〜」

空中散歩再び。
この前より数センチ高い位置で、私は目の前の厚い肩に肩パンを何発も打ち込む。選手の大切な肩だぁ?知ったことか自分の身が大事!!

紫色の髪が頬を掠める。劉の時とは違って、私の膝と脇下に回る太い逞しい2本の腕。座ってるわけじゃないからまだマシだけど、この光景は如何なものか。秋田で女を担ぐのは何かの儀式なの? 成人になるために一度は通らなきゃならない門なんですか?

『ってか、止めろよ氷室!! あんたの後輩なんでしょ!?』

「あはは、ごめんよナギサ。キャプテンのご命令なんだ。それになにもしない方が僕にとっても利があるからね」

『裏切り者!!!』

エレヤンのほくろを上から見下ろして見る。なるほどイケメンだ。だがそんな彼は友人の危機なんてどこ吹く風。結局イケメンだって自分が一番大切なんですよねワォお揃いかウレシイナ。

この巨人に勝てる術などない。例え地上で私の華麗な技を回せたとしても、流石にコイツには通用しない気がする。どうせ痛くも痒くもないんだろうし、鏡返し必須。
肩パンをも疲れてきた私は諦めて眼を閉じる。それでも、あらゆるところから刺さる視線は第六感で察知できるらしい。実にいらないスペックだ。

てか赤司が来いっつったのに。結局あれからさつきと黒子が1回ずつ来て、そして今最終兵器を出された。アイツまじ先輩ナメてるわ。まさかの僕氏なんじゃね。



そうこうしているうちにまたまた見えてくる第1体育館。ここの大学は母校の中学より体育館が多い。まぁ体育科もあるから変ではないんだろうけど、ウチは全てを詰め込みすぎだとも思う。まあ5つくらいある体育科の中で一番大きな体育館だ。

あーあ、日々近づかないようにしてきたのに。ついに来てしまったかこの日が。
今回はもう前回のように本当の気持ちを吐露したって無駄だろう。切実な思いなんて、それこそ王様の前ではただの絵本の中身に過ぎない。他人事で終わらせられる。共感したとしたって、結局はそこで終わりなのだ。

「はい到着〜」

「お疲れさま、アツシ。ナギサも力ずくですまなかったね」

『今更すぎだろその謝罪』

「悪かったって」

眉を下げて綺麗に苦笑いをする氷室。その笑顔をジトリと睨んでから、漸く地に足がついた。嗚呼ただいま地面。やっぱり私、君から離れたくないよ。

息をつくと、キュッキュッと懐かしい音が聞こえてくる。今は放課後だけどやっと全員が揃ったくらいの時間と考えれば、ボールの音が聞こえないから最初のアップをしているところだと思われる。

「……凪紗ちん」

『なんだよムラサキ』

「んー、やっぱり何でもないや」

珍しく語尾を伸ばさなかったムラサキ。変な表情でもしてたのだろうか。だとしたら彼が言いたかったことが予想できてしまって、私も無言になる。

タイミングを見計らったように沈黙を破ったのは重たそうな扉が開いた音で、出迎えたのは王様自身だった。

「お待ちしていました、白幡さん」

『んじゃあ、とりあえず殴らせてよ赤司』

「「「「!?!?!?」」」」

こちらとしては先輩の威厳を示したいんです。という意気込みな訳で、中学の時を思えば大して珍しくはない。
だけど周りにいる全員が蒼白の顔で私を見やる。何となく分かってたけど、やっぱり物騒なことをコイツに言える人は多くないらしい。私がとんだ命知らずに見えているのか、誰もが口をあんぐりと開けている。

それに対し、赤司はこの気候に似合わない涼しい表情で穏やかに笑む。くそ、ここにもイケメンが。

「それは虹村主将並に痛そうなので遠慮させて下さい」

『よし、許可とった私が温かったわ歯ァ食い縛れや』

よくもその名前を易々と出せたなこの野郎。この数年漬け物石を乗せて地中に埋めたその箱を、ものの数秒で開けられた。中から飛び出る、もやもやした霧のようなモノが心に入り込んでとぐろを巻く。笑っている(実際引き攣っているけど)表情筋の今の働きにボーナスをあげたい。吐きそうだ。
どんどん浸透する黒い魔の手。比例して肥大化するのは哀しみなんかじゃなく怒りだ。誰に対してか、それは良くわからない。アイツへのものか、それとも自分なのか。

まあ何より先ず赤司をシバくシバき倒す。両指をぱきぱき鳴らしながら感情からの指令に耐えられなくなった筋肉が押し負ける。当然それにならって私の表情も硬くなる。完全に笑みが消えたとき、赤司がようやっと頭を下げた。

「済みません。まさかそこまでとは」

『お前あれな、本当に私を怒らせるのが得意だよな?』

米神を疼かせれば即座に靴を脱いで靴下で体育館に上がる。入るときに何も言わなくなってしまった “慣れ” を、頭の片隅で複雑化させながら。
1歩踏み出すだけで赤司とかなり近い距離になるが、彼は頭を下げたまま微動だにしない。

此処で他の人たちのハラハラドキドキスリルを頂点に登らせてやろうと思う。時おりズガタカな発言を挟むコイツにちょっとイラッてしてる上級生の諸君、その目見開いておきなさい。

ガッと赤司の頭を左手で掴む。流石にこれには赤司も驚いたのか肩が揺れた。因みに視界の端では大多数の肩も同じ反応を示しているが、赤司教だの知ったこっちゃないのだよ。髪の毛じゃないだけ感謝してほしいね。
そして間髪いれずにグイッと無理矢理面をあげさせればキレイな赤色の水晶が普段より一回り縮んでいる。そのまま左手をずらして前髪をあげ、んでもって右手の親指で弾みをつけた中指で白いスベスベな額を突いた。

全員の「「「「あ。」」」」の声に被さる “ベチンッ” という鈍い破裂音。ここまでの一連の動作、所要時間は僅か3秒。うむ、時間も音も良い出来だ。
瞬間、あの赤司が眉に皺を作って額を押さえしゃがみこんだ。

「ッ───────!!!!!」

「「「「赤司ィイイイ!?!?」」」」

叫び声の中、ふっと発砲後の銃口から上がる煙を散らすように中指に息をかける。
悶絶という、恐らくリーダータイプのオールマイティーお坊っちゃまにとって人生で片手も埋まらないであろう経験に痺れる赤司を見下ろす私はこの日ニヒル役を極めた。

『あんまり先輩をからかっちゃダメって言ったよね?』

普段使わない女の子らしい声音で吐き捨てれば、ゾッといつもの面子が後ずさりをする。そうかお前らもデコピンくらいたいのか。

「まじかよ」「あいつ何者……」「征ちゃんが、デコピンされた……」「すげーってか逆に不安」

と口々に囁かれる野次。それとは別に何度か赤司が私に制裁を加えられるのを見たことのある帝光中勢は大人しいものだった。

「あちゃー、凪紗先輩相変わらずだ……」「流石すぎるぜ凪紗」「あの音めっちゃ痛い奴ッスよ、俺知ってる……」「白幡先輩は本当に赤司くんに恐れがないですよね。尊敬します」「だから最強と謳われたのだよ」「赤ちん大丈夫〜?」

こいつは確かに常識人ではあるけれど、いつも一言多い。これまでやったのは頭を撫でる(これが結構嫌がるんだよな)と、米神グリグリだけど、今日は一番強いのにさせて頂きました。だって禁句だって知っててアレを言ったんだもんね? 質悪いなぁ。

『それで、話って? 思い出話するなら帰るけど』

「……いえ、違います。やはり白幡さんにウチのマネージャー業をやっていただきたくて」

よろよろと立ち上がった赤司は前髪を直しながら言う。それでも目を合わせてくるんだから歪みない。
ちょっと平均より力が強い女子のデコピンなんてたかが知れてる。そんなに痛みは続かないのだろう。赤司は前髪を弄った手を下ろせばすぐに何時も通りの秀麗な顔つきで私を見下した。

高校生の成長速度って恐ろしいものなんだな、なんて。だって中学時代は私より小さかったのに、今じゃ数センチ追い抜かされているようだ。
まあ私も女子にしては規格外レベルの大きさではある。なんで170も持ってるんだろ、死にたい。てか思ったんだけどさ。この身長を200センチが抱えあげる絵面って………うん、何でもないや。

とりあえず次は私が頭下げる番かなぁ。ガシガシと頭を掻いて、それから潔く下を向いた。

『お断りします』

ハイ空気底冷えー。