『何も変わらないから』なんて、嘘だ。そうだったと仮定して、その先にあるであろう未来を想像するのを拒絶しただけ。そんなことしたら、辛くなるのは目に見えてるからな、白幡。
白幡と虹村が昨日の合宿の帰り道を共にしたと聞いた中村に様子だけ見に行こうと誘われて白幡のバイト先を初めて訪ねた訳だけど。よもやあんな大事な話を聞けるとは思ってもみなかった(アル)。
白幡と桃井を自宅まで送り届けたあと、桃井ん家の最寄り駅から電車で帰っているワタシたち。白幡が最後まで虹村に会うことを良しとしなかった故に悄気た様子の黄瀬を鬱陶しく見下ろしていると、中村が喋りだした(アル)。
「……黄瀬。さっきのリストバンドの話だけど、お前らが伝言伝え損ねたこと、虹村も知らないんだよな?」
「え、あ、ハイっス……」
黄瀬の答えに中村がホッとする。何となくこいつの考えも分かるようになってきた(アル)。
……それなら。それならまだ、間に合うかもしれない。とか考えてるに違いない(アル)。
ワタシは別に、白幡が嫌がろうが喜ぼうがどうだっていい(アル)。でもこのまま白幡を放っておいたらどうなるかなんて、……分かりきってる(アル)。そしてそんな白幡はきっとウザくて堪らないから見ていることが出来ないだろうことも。
「そのリストバンドの写真とか無いか?」
「写真は…、探してみないと分かんないっスけど、虹色の珍しいヤツっスよ。長めのタイプで…、」
手首から腕の途中までを示してこれくらいの長さだと言う黄瀬の説明を聞きながら、中村は思考する。
「それって、……虹村が全中の試合前まで付けてたやつか?」
「え、えぇーっと、どうだったっスかね…、」
─────「そうです」
黄瀬が斜め上を見ながら追憶し始めた時、答えたのは黒子だった。
「試合中は規定があるので外して黒に変えていましたが、それ以外は必ずあのリストバンドをつけていました」
「なるほど。……あれか」
中村も確か全中ベスト8まで行ったらしい。それなら虹村とは対戦しているかもしれない。それでなくとも、帝光の存在感はとても大きくて嫌でも目に入ってしまうものだったと前に誰かが言っていた。
ワタシと中村を挟む形で隣にいた日向が、「メーカーくらいは桃井に聞いとこーぜ」と然り気無く言う。何をしようとしているのか、きっと日向も分かったんだと思う(アル)。計画はまだ誰にも言っていないのに、と驚く中村に、日向がワタシを見上げてニヤリと笑った。つくづく皆お節介なやつらだ。
スポーツ店はもうこの時間となればやっているとこはない。だから探すとしたら明日以降になる。
虹村が何時まで日本にいるのかは分からないが、虹色のリストバンドなんて未だ見たことない代物(アル)。人手は必要だけど、何よりそのリストバンドを見たことあるのが中村だけとなれば手分けして探すのも出来ない。
日向がうーんと悩みながら言う。
「……リストバンドなぁ。俺は試合中でしか虹村を観たことねーし…、そもそもリストバンドなんて覚えてないわ」
が、そこまで言ったところで、「あ!」と日向が顔をあげた。そして中村を見上げると、伊月の名を出す。
「虹村ってパワーフォワードよりポイントフォワードぽかっただろ?ちょいちょいPGっぽいことしてたしそれも上手かったから、伊月結構憧れてる節があったんだよ」
「へー。あの伊月がアルか?」
「おう!練習試合も何回か観に行ってたらしいし、聞いてみようぜ」
知らなかった(アル)。確かに虹村はフォワードにしては小柄な体型(アル)からな。中学の虹村を知らないワタシに解説してくれた中村曰く、その体型を生かしたプレイでも有名だったし、日向が言った通りポイントフォワード寄りの選手としても注目されていたのは事実らしい(アル)。
日向は早速伊月にメッセージアプリで連絡を取る。《なぁ伊月、お前虹村が付けてたリストバンドって覚えてる?》そんな問いかけに、タイミングが良かったのか直ぐに既読と返信が返ってきた。
《え?えーっと、確か二つあったと思うけど……》
《そのうちの一つに、ド派手な虹色のヤツあったの覚えてるか?》
《覚えてる覚えてる。練習用に使ってたやつだろ?思わず笑っちゃったんだよなー、俺》
その言葉に中村が同意した。「完全にファッションとして使うものだと思うんだけどな」と笑う。
「因みに、そのリストバンドは白幡先輩が中学一年生の時に虹村先輩にあげた誕生日プレゼントだそうです」
スッと入ってきた黒子の情報に日向と中村が「「まだいたのかお前!」」と突っ込む。黄瀬は大分前に降りていたから、てっきり黒子もいないと思ってた。
虹村ではなく白幡のセンスならすごく良く分かる。白幡は確実にネタとして贈ったんだろう。ワタシへの誕生日プレゼントもビックキャメラの首都圏店舗地図と三千円の商品券だった。『少しでも爆買いの足しになれば嬉しいな』とかマジふざけてる。
とにかく、知っているなら有り難い。早速伊月に計画を説明すれば、了承のスタンプが返ってきた。それから文字も付け足される。
《……赤司とカントクに休みの許可取らないとな》
その台詞に、すっかり申請について忘れていたことを自覚する。
「まあ二人は良いって言ってくれるとして……、俺は宮地先輩とかにド突かれそうで恐い」
“高校よりガチじゃないからそんなに酷くはないだろうけど……”そんな中村の不安を聞いたワタシは、対して真顔で確信風に言ってやる。
「いや、キノコみたいにジメジメした白幡をこれから見続けるのとどっちが良いか選ばせたら完全にワタシたちの勝ちアル」
「そうだな。……それにまぁ、これくらいしか俺たちが出来ることはねぇだろうし…」
ワタシに同意した日向が苦笑する。
これはあくまで、白幡と虹村の問題(アル)。でも舞台に二人が立たなければなにも始まらないから、ワタシたちは白幡をそこに上がらせる手伝いをしてやるだけで。出来るのもそこまで(アル)。
氷室にこの話を伝えるのはワタシで、中村が赤司に、日向が相田に明日の休みの許可を申請する手筈を組んでいく。
電車をワタシが降りる頃には、「何とかなりそうだな!」と中村が嬉しそうに笑った。
****
翌日。何時もより長く寝ることが出来たワタシたち四人は朝の十時に駅前で待ち合わせた(アル)。
二手に別れて、とりあえず片っ端からスポーツ用品店をあたる(アル)。日向がメーカーを桃井に聞いたら、分からない彼女なりに深夜までリサーチしてくれたらしく、三つほど候補も上がっている(アル)。とりあえず教えてもらったそのメーカーショップを虱潰しにしていく(アル)。
中村の目測だと一般的な物より長くてたぶん十センチくらいで、質感は普通のタイプでロゴは入っていないらしい(アル)。
桃井曰く、最近はダンスやウォーキングをする人からのニーズが高まっているから種類も豊富になりつつあるようなので見つからないってことはないと思いたい(アル)。最悪同じものが無かったとしても、特徴に当てはまる似たものを選べる余地があるなら救われた方(アル)。
……ワタシたちが買い直したものじゃ、たぶん全然意味が違う(アル)。アレが白幡からのプレゼントで、しかも御守りであり願掛けや証拠品としての役割を担っていたんだからそんなのは尚更だ(アル)。
でも虹村にとって大切なのは白幡の気持ちで、白幡にとって大切なのは、ああいう類いには口下手なバカの言霊の依代になるはずだった物。きっかけ。活性剤。
ワタシたちのこの努力が、あのリストバンドのちゃんとした代わりになるとは端から思っていない(アル)。望むのは、白幡の後押しになることだけ。……ワタシも大概お人好しになってしまったな。
伝言の話を知らない虹村は勘違いをしているから、奴にこれ以上のアクションを期待するのは賢明じゃない。全てを知った癖にまだ意地を張っているあのバカが素直になるのが一番の近道だろう(アル)。
「ここの店も置いてないアルな」
「……店員に聞いて該当店舗探してもらうか」
四件目の店で早くも無謀さを感じたので、自力で見つけ出したいなんてそれこそつまらない意地を張るのは止め、中村が店員に声をかける(アル)。
リストバンドの話を聞いて店にあるパソコンで直ぐに商品検索をかけてくれた店員は心優しく、「あ、ありましたよ!」と希望に添うものを見つけては中村に画面を見せていた。
「これだと長さが十二センチなので、手首からこの辺辺りまでですかね。ロゴはー…入ってなさそうです」
「ありがとうございます、質感も良さそうです。これがどの店舗にあるか調べて貰ってもいいですか?」
「はい、少しお待ちください」
そんな会話を聞きながら、私は店内の新しいバッシュを見て回る。が、正直あんまり入ってこない。……白幡のくせにワタシの思考を邪魔するとは生意気だ、(……アル)。
氷室だけ白幡への言い訳係として今日もサークルに出ているが、……明日ワタシたちも詰問されるのだろうか、酷く面倒(アル)な。
「お客様…。その、大変申し訳ないんですが、こちらの商品の在庫がある店、当店の近くには無くてですね…」
そしてあっちでもため息が出そうな話が始まる。出してもらった一覧を中村と覗くが、確かに近隣と言える場所はなく、少なくとも電車での移動は必須だ。
「ありがとうございます。時間に余裕があったら行ってみます」
「あ、それなら……、」
店員は本当に丁寧な人で、中村が次に行こうとしている店を聞いたあとでその店の最寄り駅からの地図をコピーして渡してくれた。日本人らしい。……あ、またアル忘れてた。まぁいいアル、あれが思い遣りってやつアルな。
その店を出て、桃井からもらった地図より次の店に向かう。
「日向達にも各メーカーに商品検索してもらおうか。俺たちが次はここを聞くから、アイツらにはアディオスに行ってもらおう」
「了解アル」
中村がスマホをタップするのを横目に、ワタシはさっき印刷してもらった地図の上に同載されているリストバンドの画像を見下ろす。こんなのつけるとか勇者アルな、
正直、ワタシは虹村をよく思ってないアル。あんなプレイボーイ白幡には似合わない、花宮とどっこいアル。
それに、……白幡がこれまで虹村を忘れようとしてきた努力も、苦しみの存在もワタシたちはちゃんと把握したアル。その中身の重量こそ計り知れないが、そういう“モノ”があったことは分かった。
まぁ、だからこそあのバカは動けないんだろう。今までのそれを水の泡にしたくないって思っているに違いないアル。──もちろん他の理由だってあるだろうけどな。
それでもこんな所にいて自分が欲しくもない物を探し回っているのは、────結局、それが白幡にとっての善策だと思うからだ。最もなんて言葉はつけなくていい。正解かどうかは分からない。……ただ、客観的に。今自分達が出来ることのなかで、解る範囲で、あのバカにすべきことだと、信じているにすぎない。
「……付き合ってくれてありがとな、劉」
「何言ってるアルか。礼を言うのも謝るのも中村じゃなく、あのバカ白幡アル」
この一年以上付き合いを持った白幡は、本当にどうしようもない奴……アル。
口が悪くて、直ぐに手が出て。最初はまず性別を疑ったアル。人の名前は覚えないし隙あらば奢らせようとしたり自分の得意なゲームばっか勧めてきてはワタシたちをギッタンギッタンにして楽しむ非道アル。
───なのに、毎朝ワタシたちを見ると飼い主見つけた犬みたいに駆け寄ってくるから、結局流されて、放っておけなくなる。女って怖いと実感するアル。白幡は計算でそんなことができるほど器用な人間じゃないけどな。
……これまで以上に過去や後悔を引き摺っている白幡なんて想像するだけで鬱陶しくて、見ていられないアル。そんなのはあのバカじゃない、もはや別の人間だ。
日向にペンを刺したこともその謝る内容も何となくワタシの気を引いて、モアラ並みに弄り甲斐がありそうだと変なアンテナが受信した。だから次の講義の時間も同じだったアイツの隣の席を選んだのは、ただの興味本意だった。
話しかけてもらったことに嬉しそうな表情を浮かべたのを、ふとしたときに思い出す。あれ以上の物はないけど、アイスをあげればあれと同等のものを見せるから現金な奴だと思う。
アレは直ぐに顔に出る。嘘をつくのは誰よりも下手くそだ。日向と葉山と早川に劣らない。
だから、合宿中気にしないフリをしながらも虹村を避けていたことも、森山タラシたちに虹村を重ねていたことも、去年の七月に氷室や伊月を遠ざけていたこともバスケの話に必要以上に踏み込もうとしてこなかったことも、『待ってなんかない』とか『今更顔も見たくなかった』とか、そういうのも全部嘘だって、……バレバレなんだよ。誰がお前をぼっちキャンパスライフから救ってやったと思ってる。
「…………あーなんか、無性に白幡を殴りたくなってきたアル」
「えっ!?」
「ていうか白幡が恋とかマジキモい」
「標準語やめろよ劉……。俺がドキッとしちゃうだろ……」
「白幡はアイス食って太って笑ってアイス食って太って泣き喚けばそれでいいアル」
あんな風に白幡が変になるのは、決まって全部虹村絡みだった。……それならさっさと、その蟠りを消してくれないと困る。
ワタシの不満に、中村は苦笑しながら電車を降りた。
「…………そうだな、ちょっと寂しいな」
「誰が寂しいって言ったアルか!!!!」
#劉偉 side#