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「#年下攻め」のBL小説を読む
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Still…

Episode.7 折角だから覚えておいてよ

あれから3日が過ぎた。悪魔のお告げはまだ降りていない。それも当然、季節の変わり目で何年ぶりかに本格的な風邪を引いてしまったのだ。そして漸く熱も下がって体調も回復した今日、朝イチから電話が鳴る。

《もしもし、伊月だけど、》

『おはよー、こんな時間に珍しいね』

《おはよ。ごめんな、今大丈夫か?》

『平気だけど、どした?』

《いや、風邪治ったって言ってたから今日は来れるのかなって》

時刻は8時過ぎ。私の家から大学までは言うほど遠くはないけど、伊月は確かそこそこ距離があったはずだ。今も登校最中なんだろう、ホームにいるのか駅のアナウンスが小さく聞こえる。今日は朝練は無いらしい。

『うん、元気になったし行くよ』

《そっか。良かった》

伊月の爽やかな笑みが想像できて、私も頬が緩んだ。そういえばタイミングが悪いのか最近こいつのダジャレ聞いてない。

休み中の間は、電話の相手も含めいつもの面子が暇潰しをしてくれた。練習中に携帯を弄っていたことがばれたのか、劉から日向があの麗しき監督さんにエビ反りの刑を喰らわされている写真が添付された時は笑った。と同時に、もう一度グループで勧告した。 “バスケ部の中の誰にも私のアカを教えるんじゃねぇ。例えそれが神様であろうと女神様であろうと赤司様であろうとな” と。つまり触らぬ神に祟りなし、そう言うことだ。

彼らのお陰で、余計なことを考える頭の馬鹿な部分もかなりシャットアウトできたと思う。自分じゃなくて家族の誰かが風邪を引いたとしても、私はどうしてもある一点の記憶を呼び起こしてしまう病があった。
特定の記憶を消せる薬を誰かそろそろ開発してくれればいいと思う。不愉快で仕方ない。

《でもまさか、白幡が3日も休むなんてな》

『私もビックリだわ。アイ――――』

ほら、今も。
“アイツですら2日で治したのに、何か負けた気分だわ” とか言おうとした口にチャック。また無意識に出てこようとしやがってこなくそ。
突然黙った私の名を伊月が呼んだ。それは遠い遠い世界から聞こえたような微かなものだったけれど、なんとか必死に食らい付いた。

『ごめん、家族に気をとられてた。で、なんだっけ。……ああ、私が3日も寝込んだことね。まあこれで劉辺りも私が一般的な乙女だと打ち付けられたでしょう』

《あ、うん、そうだとイイネ》

『ハイ苦笑い』

《そんなことないさ》

『罰としてダジャレを一句』

《ダジャレは罰じゃないっ!》

その台詞、通勤中のサラリーマンたちには一体どう取られるのか。いやあ、同乗したかった切実に。

いつものリュックを背負って、私も家を出る。時刻は8時10分弱になった。
今日の1限目の講義は面倒さがりやで有名なニートっぽい先生で、「俺の授業は毎回1時間だから他んとこより30分遅く始めまーす」だなんて謂う変人だ。話しやすい人柄から生徒には人気な人だけど、毎度の授業進度は速く1コマ丸々使ってほしい。この意見は毎年出るらしいけど「1時間半やるとか無理だから」って蹴られるようだ(先輩談)。
と言うわけで講義は9時半からだけど、いつもより30分近く早い出になる。でもたまにはこういうのもいいでしょう。

家族はみんなもう出ているから最後の鍵締めの当番は私です。今日も締めてからドアノブを2回廻す。うん大丈夫。
生活感ある音が聞こえたのか、「あれ、白幡も今出たのか?」と問われる。携帯を耳と肩で挟んで鍵を大事にしまいながら、言葉で相づちを打った。

『うん。何か早く起きすぎてさ。久しぶりにこの時間に家出たわ』

《近い勢は羨まし…ハッ!! ちか『あ、ごめんながらスマホ怒られるから切るわー』え、ちょ!》

うん。伊月のダジャレ恋しかったけどやっぱりウザいかな。聴かぬダジャレに祟りなし、なんてね。

駅まで徒歩7分。これまた微妙な距離をイヤホンを耳に装着しながら歩くと、ふと懐かしい色が視界を横切った。

「待ってよ健汰!!」

「おせーよバカ! 遅刻すんじゃねーか!」

「あんたが早く起きないからでしょ!? 朝練無いからって夜更かししすぎ!!」

「だからそこに関しては謝ってんだろ!!」

コツコツとローファーでアスファルトを鳴らして去っていく白のベスト姿。水色のワイシャツとのコントラストはここら一帯ではそう珍しいものではなく、今の時間からなら走って行けば余裕なんじゃないかなとか勝手に計算してみる。頑張れ若者たちよ。
2人の背中は、体格や髪色こそ違えど後輩の幼馴染みたちにそっくりだ。あれと同じ服を着ていたのがもう10年近く前だなんて……、現実は辛い。


****


1限目どころか2限目も片付けた私を迎えたのは、快気祝いと称してオレンジジュースとアイスを片手に持つ氷室と伊月だった。
隣を歩く日向と劉と、そして中村を置いて走る走る。

『ぎゃーーーっ!! 大好き二人共ォオ!!』

「もはや歓声すら乙女じゃないアル」

「あれ何色って言うんだろうな。黄土色?」

「少なくとも黄色じゃないアル」

とりあえず後ろの2人はあとでしばくとして。一目散に駆け寄ってその逞しい胸板にダイブを決め込もうとした時だった。

「凪紗せんぱあぁああいぃい!!!!」

あれ、可笑しいな。夢でも見ているんだろうか。だってこの声、3日ほど前に同じようなものを聞いた気が『がはっ!!』「お元気そうで何よりです凪紗先輩っ!!」おおそうかそうか。絶賛気絶寸前中なんだが。
ふにふにと胸の下を圧迫する柔らかさにそろそろ男心が芽生えそうです。この身長も相まって私はやっぱり産まれてくる性別を間違えたと思うの。あ、これ神様の今世紀3番目くらいの失態ね。

私の快気祝いに手は届かない。あんなに美味しそうなものが揺れているのに。アイス溶けちゃうよどうしてくれんべ。

『一旦離れよっか、さつき』

「え〜、逃げませんか?」

『逃げない逃げないむしろ私からアイスが逃げようとしてるの捕まえなきゃ』

「それは大変ですね!」

おう9割方お前のせいでな。なんて言葉は彼女から漂う甘い香りとやんわり持ち上がる綺麗な三日月型の赤に止められた。うん、どんな状況でもこの子はやはり別嬪さんだ。

離れるさつきと入れ替わって、氷室と伊月が私に祝杯を持たせる。この歪みない動作はきっと、 “アイスを捕まえなきゃ” っていう台詞をしかと理解してくれていたからだ。劉や日向には真似できないスキル最高。

「えーっと、何か変なタイミングだけど、風邪治って良かったな」

「3日も休むから心配したよ」

『うん! うん! 私は休んで良かったと思う!!』

渡された両手の花を見下ろして目を輝かせれば、「現金だなぁ」と伊月が笑う。このときいつもの日常が戻ってきた。なんて、思ってた私は愚か者だ。
早速袋から開けて出したクリスピー。この前はあんまし味わえなかったけど、今日リベンジできるとは!!もうほんとこのチョイスも神!!
眩しい日差しの中で一口齧って広がるうま味に絆された時だった。

「あ、あの、凪紗先輩っ、」

さつきが私の七分丈の袖を引いた。無意識の上目使いもその所作もあざとい。そんなの他の野郎にやったらダメだかんな娘よ。

「───くんが……」

『うん?』

「赤司くんが、……呼んでいます」

ピシャーーーンっと、後ろに稲妻が落ちたに違いない。クリスピーを嚥下したばかりの喉が急激に渇いた。さつきの、申し訳無いけどでもどこか嬉しそうな複雑な表情を横目に私はペットボトルを脇に挟んでキャップを開ける。なんて幸せな組み合わせ!! なのになんでこんなに美味しくないんだろうね!!
ごくりと飲み込んだオレンジが気管を通り終えてから、私はさつきをもう一度しかと見下ろす。

『……なんて?』

「え、」

いかん。おなごにこんな低くて冷めた声で喋りかけるなんて! 人生初。だけどまあ、謝らないよごめん。
だってそうでしょう? 赤司は無論、頭のいいさつきだって理解してるはずだ。

『私がバスケと関わらない理由、知ってるよね?』

「それは……、」

シュン、と下を向くさつき。私の服にかけていた細長い綺麗な指を、今度は自身の手で居心地悪そうに組んだ。
鮮やかな桃色が、太陽の光を反射する。梅雨だと忘れそうなこの日和が今の私の何よりの糧になる。そう、嫌いな6月じゃないってことが救いなのだ。だから強く居れる。

さつきの頭に手を置いて、一応は嫌ってないことを伝えてみる。何だか卑怯だな、なんて。

『てか、赤司が来ないなんていい度胸じゃん。確かに次の誘いを断るのは辛かったんだけど、赤司じゃないなら話は別だよ』

「っ、でも凪紗先輩!」

『伝言を頼もうか、さつき。 “何かあるなら自分で来なさい。結果、時間の無駄になるだろうけど、話は聞くと言ったから、そこに関しては逃げないよ” 。───ま、さつきからは逃げるんですけどね』

「そ、それ私が伝えるんですか?」

『じゃあボイスメモでも聞かせる?』

ニヤリと口角をあげれば、対してさつきは困って眉を下げる。我ながら大人気ないな。だがこればかりはやはり譲れない。
ここまで来ると、一度私の本気具合を見せておく必要があるのかもしれないな。うん。

『……私は、もうバスケには関わらないよ、そう決めたんだ。不甲斐なくもさ、これしか見つからないんだよ、方法が』

「凪紗先輩……」

『伊月たちもさ、ついでだし折角だから覚えておいてよ。私、ある目的があってバスケ遠ざけてんだよね。だからこの先、きっと私が君たちと同じ土俵に立つことはないと思うよ』