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■ ■ ■

恭那は廊下を歩いていた。
板から伝わる冷たさは、常人の足の裏を通って全身を突付いたこただろう。足袋などまるで意味を為さず冷える身体を縮ませるに違いないなと考えながら、突き当たりを左に曲がった。

身体を反転させて数秒後、恭那は進むのを止めてまた左を向く。そして部屋の中へ声をかけた。

『永倉、起きてるか?』

「ん? 私都か」

恭那よりも早く障子を開けた屈強な男は、緑の鉢巻きを外した白い寝衣という珍しい姿で立っていた。

『夜分遅くにすまんな。実は千鶴が間違えてお前の部屋に多く枕持ってきちまったらしいんだが……』

その言葉に永倉は思い当たる節があったようで、相槌を打つ前に押し入れへと向かう。

今日の昼方、千鶴は布団と同時に括り枕
も干したのだが。それを戻す際に手違いで恭那の物まで永倉の部屋へ置いてしまったのだ。
それに気づいたのは遅く、恭那が夜の巡察から帰ってきたときだった。千鶴は偶然に起きていて、ごそごそと枕を探す恭那に事の次第を伝えた。
そうして今、髪も下ろし晒しも巻いていない寝巻き姿の千鶴を制して、恭那が自分で取りに来た次第である。

暫くすると、永倉が左手に見慣れた箱枕を持ち上げる。

「あったあった。誰のかなーとは思ってたんだがよ、なかなか千鶴ちゃんに聞きにいけなくて、」

そう言いながら、彼は恭那に背を向けたまま枕を投げた。このとき、廊下の脇を通りかかった斎藤と原田の姿を目で追っていた恭那は、反射が不甲斐なくも遅れてしまう。

『……っ!』

枕を寸でのところで認識した彼女は、それを叩き落とした。カコンッと畳に音を鳴らす枕に、永倉は振り返る。

『投げるな永倉! 危ねぇだろーが!』

「す、すまん!!」

木で出来た故に、これが当たれば結構強烈な痛みが伴うだろう。恭那は千鶴じゃなくて良かったと息をつきながら、落としたそれを拾い上げる。

『ったく、当たってたらそうとう痛いぞ』

「そうか?」

『痛いだろ。ほれ』

シュンっと投げられた枕は恭那が投げたもの。要するに速度が半端じゃなく速い。
咄嗟に何とか掴んだ永倉だが、掌に角が刺さり顔をしかめた。恭那はその表情にくつくつと笑う。

すると永倉は、そのまま座布団を何枚か担いで腕を振りかぶった。

「くらえええ!!」

『何すんだよ?!』

今度は余裕を持って座布団を片手で受け取った恭那は、それを再度永倉へ返す。もちろん投げて。
しかし永倉はもう一枚の座布団を投げつつ、自分も上手く投げられたものを取った。

『「…………………。」』

暫しの沈黙は、互いの気合いによって破かれた。


─────『「吠え面かかせてやら゙ァァ!!」』








「お、どうしたんだ千鶴」

廊下を歩いていた千鶴は身を震わせた。わざわざ足袋を履くのは面倒くさくて裸足で出てきてしまったが、それを少し後悔しながら。
突き当たり左側から出てきた男たちに声をかけられて歩くのを止めると、その後悔の念が倍増した。足の裏を刺すような痛みに耐えきれず、その場でまた足踏みをする。

でも、誰かに会えて良かったとも思った。

「原田さんに斎藤さん、こんばんは。あの、恭夜お兄さんを知りませんか?」

これで、恭那───恭夜の様子を尋ねられるからだ。

「いや、知らねぇ───「私都なら、新八の部屋で見かけたが、」───……あれ、そうだったか?」

きょとんとする原田の横で、斎藤は静かに頷く。そう言われればそうだった気も無きにしも有らずだったが……。

  相変わらず目敏いな。
  私都のことになると特に、だが。

一人微笑んだ原田は千鶴を見下ろした。

「だってよ」

「永倉さんの御部屋にまだいらっしゃるのでしょうか……」

「見に行くのか?」

「あ、はい。一応行きます。恭夜お兄さんには私の手違いで永倉さんの部屋に行ってもらったんです」

「手違い?」

千鶴は頷いて、恭那の時と同じように説明をする。事情を飲み込んだ斎藤と原田は、連れ添うように永倉の部屋へと向かい出した。どうやら、三人で様子を確認しにいくようだ。

永倉の部屋へ曲がる角の手前は、藤堂の部屋だ。そこまで来ると、永倉の部屋から物音が聞こえる気がしてきた。
もしや喧嘩か? と足を急がせた三人の前に、藤堂が調度良い具合で自室から頭を覗かせた。彼も何処と無く漂う騒がしさが気になったらしい。

「あ、はじめくんに左之さん! って千鶴もいんじゃん。三人でどうしたんだよ」

「起こしちゃった? 夜遅くにごめんね平助くん」

「いやいや! 千鶴のせいじゃないよ! 実はさっきから新八っつあんの部屋の方が妙に煩くてさぁ」

チラと目だけで永倉の部屋を指す藤堂に、千鶴は振り向いて斎藤たちの顔を伺う。軽く顎を引いた二人に、千鶴も同じように返して藤堂へ話しかけた。

「実はね、そこに恭夜お兄さんもいるかもしれなくて……。だからこれから私たちが見に行ってくるよ」

「へぇ……。じゃあ俺も行くよ」

千鶴は優しく礼をいい、後ろの二人は想像通りの答えに小さく笑った。



藤堂の部屋から角を曲がってすぐのところに、永倉の部屋は位置している。彼の障子からはまだ行灯の光が漏れていて、やはり物音もした。
橙にうっすらと照らされた廊下は滑らかで綺麗に磨かれており、千鶴の掃除の成果が良く分かる。そして、その廊下には二つの人影が暴れる姿がしかと映っていた。

斎藤はいの一番に障子の脇に控え、あとに原田、千鶴、藤堂と続く。思わず息を潜める三人。
斎藤が身を翻して一思いに障子を開け放つと同時に彼に飛び込んできたのは、四角い物だった。




『うおっ、』  「っ、」

自分が避けたとき、誰かが頭上で息を詰める気配がした。

『すまな────、』

見上げた先にある景色に、恭那の息も詰まったのは言うまでもない。白い肌、蒼い瞳、濃藍を帯びた髪、白い襟巻き。一目で正体を判断できてしまう条件に、恭那は言葉を失った。

顔に貼り付いた物を落とすように広がる男の威圧感。その落ちた物を掴んだ手を強く握った男、斎藤は、何を為すべきか良く理解していた。
殺気を感じた永倉は無意識に身を引いて制止をかける。

「ちょっ、ちょっと待て!! なんで斎藤まで座布団構えてんだよ!」

「これはあんたの仕業だろう。報いを受けるのは当然だ。」

踏み出した斎藤のお陰でようやく出来た入り口に、後ろの三人もやっと部屋の状況が見て取れる。辺りに散らばる座布団を見て、藤堂は張り切った。

「ずりぃぞ新八っつぁんに私都!! 座布団投げなんて楽しいことやりやがって!俺も持ってくるっ」

「あ、平助くんっ」

「ほっとけ千鶴。楽しそうだから俺たちも参加しようぜ!」

足元にある近場の座布団を二つ持ち上げた原田は素晴らしく爽やかな笑みを刻む。
だが、こんな夜更けに座布団投げなんてすれば、鬼の副長の角を光らせるに違いない。危惧する千鶴は、原田に押し付けられた座布団を胸に困惑する。
しかし、原田はやる気満々といった様子だし、藤堂も大量の座布団を抱えて戻ってきてしまった。

「「戦だあああ!!」」

咆哮して部屋へと駆け入る二人の背中を呆然と見つめる千鶴。


そしてついに、此処から二つ隣の部屋の障子が開いた。

「騒がしいなぁ。全くこんな時間に何してるのさ」

白々しく登場した沖田の手にも座布団があり、その口が弧を描いていることは言うまでもない。

「えっ、あのっ、」

立ち呆ける千鶴の背を押して一緒に永倉の部屋に入った沖田は、敷居を跨いで早々藤堂に座布団を投げつける。後頭部に衝撃を受けて振り向いた藤堂に、沖田は千鶴を指す。

「やだなあ、僕じゃないよ。可愛い顔してやるなぁ千鶴ちゃんも」

「はあ?! 嘘つくなよ総司! 千鶴がんなことするわけないだろっ!!」

そうして、沖田対藤堂の戦いが始まった。優勢に立つのは沖田だが、藤堂の真剣さに千鶴は苦笑いを浮かべて後ずさる。

  土方さんに見つかる前に、どうにかしなくちゃ……!

目の前を凄まじい速さで飛び交う座布団をどこか遠くから眺めながら、千鶴は考える。こう言った場を収められるのは、恐らく一番に力を持つ者だ。けれど、新選組一の腕前を奮った恭那は、先陣を切ってこの戦場を疾走している。
どうしたものかと悶々と悩む千鶴の耳に、足音が聞こえてきた。ドタドタと踏み鳴らすそれは、鬼の御出座しを実にうまく表すもので。千鶴は顔色が青くなるのが鏡を見ずとも分かった。
彼女の焦る気持ちが伝わったのか、それとも足音を直に聞き付けたのか。沖田と恭那と斎藤がぴくりと反応し、千鶴の後ろに注目する。

「新八ィ!! なんだこの騒ぎは!!」

「ひっ! あ、えっと…っ!」

『千鶴っ!こっち来い』

「きゃっ!」

咄嗟に千鶴を身に寄せた恭那は、走ってきた男に座布団を構えて笑う。同様にしているのは沖田で、彼は早くも曲げた肘を伸ばした。





「総司ぃぃぃっ!!」

「あはははは!! そんなんじゃ当たりませんよ土方さん」

『隙ありー』

「ぶっ!! ────私都っ!!!」

『おまえなぁ、何回この手に引っかかんだよ』

「っ、うるせぇ!」

「僕にばっか構ってますと、恭夜くんにやられちゃうんだってば」

「だからうるせぇ!」

土方の参加から四半刻はまだ経っていないだろうが、千鶴の感覚的には半刻は過ぎた気がしていた。

恭那と沖田の座布団は綺麗に土方の顔を直撃し、彼を仲間にしてしまった。一番良い方法だったかどうか、判別は出来ない。
ただ、何だかんだで楽しんでいる面子に、千鶴の焦りや不安は消えている。原田や藤堂に守られながら、彼女も細々と参加していた。

「くらえっ!」

『甘いぞ土方』

「私都! 副長に何の恨みがあるというのだ!止めろ!」

『……煩い斎藤。』

「そう言いながら、恭夜くん一回も一くん狙ってないよね」

『黙れ沖田』

「うわ、流石に速いね恭夜くんの座布団」

そして今更、沖田と恭那の睨み合いが始まろうとしたとき。暫く忘れていた足音という存在が、またも近づいていた。

時は子の刻をとっくに過ぎている。

「こら君たちっ!!!」

「一体何をしているんだ!!」

「全く、土方くんまで此処にいたとは……」

現れた三人に、時間が止まった。



(そこに全員座りなさい!)
(総司! 歳さん! それに永倉くんと私都くんも! ────私都くんは胡座をかかない!!)
(何もこんな夜中にやらなくても良かったのになぁー)