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アリウムの唄


翔一先輩たちを送り出して、閉まりきった扉を見つめた。本当に私が行かなくて良かったのか不安になる。だってあの敵は、 “ミツケタ” と言ったのだ。彼は泥棒。奪うものは、肉に羊の骨、銀色のピン。人を拐う設定じゃないのに、何も持っていなかったはずの私たちを見て言ったセリフは、聞き間違いでもバグでもない。ならば二者択一。選ばれる理由を天秤に掛けて傾くのは、私が入った皿になるはずだ。仮に翔一先輩だったとしても、そうする訳は人質に他ならない。
どんな道を選んだって、結局辿り着く先にいるのは “毒” である私だ。ユーキちゃんは、真太郎やさつきちゃんが持っていた水色カードの事情をよく思っていないようだったけれど、帝光中に集中してたことを考えると今さら感はスゴい。
非現実的な力によって操作されているのは確か。それでも、犠牲が必要な道理はココでも等しいと思う。これだけ大きな世界を作るのに私だけへの怨念では不十分で、だから真太郎たちに集められた嫉妬や妬みまで利用したんだと考えるのが自然。キセキと呼ばれた彼らには、悲しいかな ずっと付き纏う感情だから……都合が良かったんだろう。

そうだと仮定すると、目下気になるのは目的と動機だ。脱出できるなら理由なんてどうでもいいと思っていたとはいえ、ここまで明からさまに指を差されてしまうと流石に無視も厳しくなる。
誰かに恨まれるようなことをした覚えはあまりない。勿論、知らぬ間に傷つけてしまったことはあるだろうけれど、それでも普遍的なものに止まるレベルだと信じたい。他の人たちと同じくらいのバランスじゃないくらい酷いことをしていたら、そもそも自覚しているはずだ。
ずっと一緒にいる真太郎は置いといて、真くんと翔一先輩だけがカードを持つなら中学時代の話。でも、リコと高尾くんが持つなら高校に入ってからの話になる。鉄平くんはちょうどその中間……どちらかと言えば中学の頃だ。
 
ここ2、3年のうちに起きた出来事を洗い直すべきかと口元を曲げる。そのとき、ズシリと全身に重みがかかった。
 
『うわっ!?』
 
「ねー、さっきっからずっと呼んでるんだけどー?」
 
『あ、ごめっう!? ごめんね、あの、ちょっとおもっ、ごめん! 重い!! ごめんなさい重いです!!』
 
背中から肩の上を通って回された紫原くんの大きな両腕。時間が経つにつれ段々と乗せられる体重が増大していき、彼の身体も私の背中にぴたりとくっついてふたりで前のめりになる。なんとか踏ん張っていると、「アツシ!」と慌てたような声がした。
 
「ダメだよ女性にそんなことをしちゃ……!」

「だって全然反応してくんないんだもーん」

「羨ましいぃ゙ぃ゙ぃ゙「失せろ森山」
 
「何をしてるのだよ紫原!!」
 
「うわ、みどちん激おこじゃん」
 
氷室くんは横から紫原くんを引き剥がそうとしてくれたのだけど流石に本人の意思無くてはどうにもできなくて。私の正面に回った真太郎がこの身体を自分に引き寄せることで事なきを得た。こ、腰が……!
案の定、姑みたいな細かさで紫原くんを叱責する真太郎を宥める。への字に歪んでいる口を、紫原くんは「だってさー」と動かした。ただ単純に構って欲しかっただけではないらしい。そうして私は彼との約束に気づく。
 
『もしかしてクッキーの話?』 
 
彼は細身だった目を開いて爛々と輝かせた。零れ落ちそう、と表現するには少し足りないけれど、それでも見違えるほどだ。どれだけ楽しみにしていてくれたのか伝わって、苦笑してしまう。
私が寝ている間に火神くんや水戸部くんたちが用意してくれていたお昼ご飯。それらを片付け終えたのはついさっきな気もするけれど……。クッキーを作る片手間、夕飯も考えなくちゃいけないな。

『遅くなってごめんね、今から作るからもう少し待っててもらっていい?』
 
「うん、待ってる」
 
おぉう……、かわいい。素直な反応に、真太郎で培われたお姉さん心がうきうきと弾む。いいこいいこしてあげたくなる手をグッと抑えて握った。よし、頑張ろう!
 
「ごめんね椥辻さん、アツシはお菓子に目がないんだ。宜しく頼むよ」
 
『ううん、作るのも楽しいから! 良ければ氷室くんも食べてね』
 
「ありがとう」    
  
ふわりと笑う彼は、童話の王子様みたいだ。黒い頭にはきっと王冠が似合う。…………王冠……。そういえば、氷室くんや伊月くんたちと見に行った部屋の肖像画は王冠を被っていた。一方、同じ顔をした石膏像の頭上はツルツルしていたのも覚えている。
リコとさつきちゃんが作っていくマザーグースの訳。英語があまり得意でない私はA5ルーズリーフに書かれたその訳をアルファベット順にファイリングするだけの役割だった。そのなかで気になっていたものの一つ、 “ライオンとユニコーン” 。肖像画の後ろにあったものたちが並ぶタイトルで、絶対にヒントになりそうだとは思っていたけれど。そうか、 “王冠” か。なるほど、やるべきことの目処はついた。探して試す価値はありそうだ。タフィーの部屋にあったりしないかなぁ。
 
「円香、前を見ろ。ぶつかるのだよ」 
 
そこまで考えたとき、左肩を後ろに引かれる。真太郎の助けで立ち止まり顔を上げれば、確かに横を向いた火神くんの腕が目と鼻の先にあった。彼はそのやり取りに気づいたのか、私を見下ろしてなぜか「スンマセン!」と謝る。
 
『なんで? 謝るのは私の方だよ、ごめんね。真太郎もありがとう』
 
「…………いや」
 
私に応じるために目を合わせてくれたのだけれど、それは何かから乱暴に顔を逸らした後だった。ここには真太郎が心から楽しめるバスケをする面子しかいないと思っていたので、一体何にそんな嫌悪感を示しているのかと轍を辿る。見つけたのは、この部屋の照明よりも眩いキラキラを放つ金髪。耳につけるピアスを手持ち無沙汰に弄る彼は真太郎と同じ雰囲気を醸している。
彼と真太郎がこんな様子なのは紛れもなく私のせいで、同時に大事なことも思いだした。そうだ、ひとりで作るなんて、そんな疑う余地有りまくりなことをするわけにはいかない。
 
『火神くん』
 
「ん?」
 
『頼みたいことがあるんだけど……。一緒にクッキー焼いてくれないかな』
 
「クッキーっすか? あー、もしかして紫原の?」
 
さっきまで私たちがいた場所を見て眉を上げる火神くん。そこにはじっと私を見る彼がいて、さながら待てをくらっている犬のようだ。
 
『うん。私ひとりじゃ少し大変そうだから、手伝って貰えると嬉しいんだけど』
 
「俺もいるのだよ円香」
 
『真太郎は爪に何かが入ったのだの熱いのは持てないだの言うからカウントしません』
 
「なっ……」
 
「緑間……オメー女子かよ」
 
「うるさい違うのだよ!!!」
 
『たくさんつまみ食いしていいから! お願いします!』
 
「いいっすよ、別に。暇だし」
 
『やった! ありがとう!』
 
手放しで喜びを伝える。快い笑顔の火神くんは本当に頼りになる後輩だ! 一人暮らしをし始めて大分経つけれど、今年1年で大変お世話になっている。何より彼と料理するのはすごく楽しい。
火神くんと一緒にキッチンへ歩き出す。『一緒にお菓子作りは初めてだよね!』「確かに。いつもメシばっかだもんな」なんて会話をしていると、後ろから来た真太郎が火神くんと挟むように隣に並ぶ。
 
「円香! 俺も手伝うのだよ!」
 
『え? 大丈夫だってば。真太郎は高尾くんの、あーいないんだった。宮地先輩たちのところで待ってていいよ』
 
「ワリィ、緑間。大量生産するときは要領わかってねーやつ邪魔なんだわ」        

「き、貴様……!!!」
 
全く悪気のないトーンで言う火神くんに少し冷や汗を覚える。言ってることは確かなんだけど、ストレート過ぎる。
怒髪天を衝く真太郎を何とか宥めながらキッチンへ入ると、手際よくボールや泡立て器を取り出す火神くんが言う。
  
「ついでに晩メシもちょっと準備した方がいいっすかね」
 
『あぁ、そうそう! それもしようと思ってたの!』
 
「ブハッ、本当っすか?」
 
『本当だよ!?』
 
「仲良くなるな俺を置いていくな!!」      
 
『もー真太郎うるさい! 大人しくしてなさい!!』
 
「!?!?!?」
 
『それ以上わがまま言ったら夕飯にアレ入れるからね!!』
 
直ぐ側の壁にあるボタンを力任せに押し、自動ドアをスライドさせて真太郎を隔絶する。はぁ、全く。最近はこんなにワガママなこと無かったんだけれど……。ちょっとしつこいときも高尾くんが間に入って真太郎にストッパー掛けてくれてたわけで……。高尾くんって偉大だな。
 
大声を出したことに驚かせてしまったのか、呆然とする火神くんに申し訳なさと少しの恥ずかしさが沸く。『騒がしくしてごめんね』と伝えながらそそくさ計量器にボールを載せてゼロにし、火神くんに砂糖をドバドバ入れて貰う。とりあえず、いつもの4倍くらいで作れば良いかな。 
 
「いや、なんつーか……家族、っすよね。会長センパイと緑間って」
 
『ほとんど産まれた頃から家族ぐるみの付き合いだったから、必然かなぁ。でも、火神くんだって氷室くんと兄弟みたいな関係なんでしょう?』
 
「……まぁ、な」
 
照れ臭そうに笑う火神くんだけど、その表情には誇らしさや喜びだって映っている。
血の繋がりがない家族。その存在の大きさは、とてもよく知っているつもりだ。そしてそれを、真太郎一家だけでなく鉄平くんのところにも結んでしまっている私は、果報者であると同時に一人じゃ何も出来ない人間でもあって。……この屋敷にいる内の十数人は、それらの証明であるとも思う。 
 
 
火神くんを誘ったのは、人手不足解消だけじゃない。本当の狙いは、もっともっと、暗くて汚いところにある。今だって私は量りの数値を読み上げて教えたり使い終わった粉とかを片付けたりするだけで、材料をボールに入れる作業は然り気無く全て火神くんにさせている。こき遣いたいわけじゃないのは分かって欲しい。それを任せること自体が彼を呼んだ理由なんだ。
黄瀬くんに若松くん、それから赤司くんと……氷室くん。私を信じ切っていない人はそう少なくない。心からの嫌悪と疑いを持つのは1人だけで、他の3人は皆の安全を守るが故の半信半疑という具合だろう。
そういう意味では、私も、私が私で在るという確信は100%じゃない。同時に、私だけで真太郎含める他の人たちが作られたコピーの存在なんじゃないか、という可能性もある。水色のカードを持つメンツや私と一切関わりの無かった人たちを考慮すれば、後者は殆どゼロに近い確率だけど。
 
「計量はこれで全部だな」
 
『うん。じゃあ最難関のバターと砂糖混ぜに入りましょうか』
 
「うっす」
 
ここらはほとんど自然に手伝える。互いに1つずつ持ったボールの中に、計量済みの材料達を適宜加えていく。途中ベーキングパウダーだけ火神くんに振って貰い、数十分後には合計で6つのクッキー生地が完成した。残りはオーブンに入れて焼くだけだ。
時間をセットして1枚目の板をオーブンに押し込む。ガチャンと音を立てて閉まったのを確認し、曲げていた膝を伸ばした。  

『よし、終わり! ありがとう火神くん!』
 
「いや、こちらこそ。クッキーとか久しぶりに作ったんで、楽しかったです」
 
白い歯を見せてニカッと笑う彼に、究極の “良い子” を感じる。それなら良かった、と返しつつ、オーブン待ちの子達にラップを掛ける。 
 
『でも、火神くんがクッキーも作れるのは驚いちゃった』
 
「あー、アレックスへのお礼で、向こうにいたときに何度も焼いたんで……。逆にお菓子はそれしか作れねーけど……」
 
『えっと、確か火神くんのバスケのお師匠さん、だっけ。私は会ったこと無いけど、リコから聞いたよ。しかもスゴい美人さんなんでしょう?』
 
「いや、向こうはみんなあんなだから俺はあんまし……。ていうか色々と女に欠けるとこあるし自分勝手で無茶苦茶言ってきたり……。あーくそ、思い出したらなんか腹立ってきた!」
 
『でも、自慢の師匠で感謝してるからクッキー作ったんだよね?』
  
「っそれは……! クッキーが食いたいってうるさくて、タツヤまで一緒に作りたいって言われたから……!」
 
『氷室くんも作れるの!? 帰国子女組スペック高いなぁ……』
 
「なんすかそれ」
 
吹き出すように笑う火神くんだけど、少し目を逸らして口を手の甲で覆っている。そんな照れ隠しを堪能しながら、冷蔵庫に残っている食材を眺めた。お昼に使ったものは未だしも、朝に消費した面々はリロードされているようだった。扉を閉めなければ更新されないというから、復活する瞬間が見れないのは惜しい。
 
「…………タツヤはクッキーだけだから……っす」
 
『え?』

カレーとチキンライス以外のレパートリーを考えている途中に割り込まれた言い分。その時差に首を傾げた。火神くんはまだメニューも決まっていないのに何故かしゃがんでフラインパンを出そうとしている。死角に入った表情から得られるものはひとつもない。
時間をかけて考えて、それでも言いたかったことにしては少し引っ掛かった。聞き返されて、火神くんは何だか気まずそうに早口で二の句を継ぐ。
 
「あ、いやだから料理なら普通にカイチョー先輩も作れるし! べ、別にそんなスペック高くねぇよって話!! ……デス」
 
料理できる点は一緒でも、バスケや英語だってお手の物である火神くんと私とじゃ同じ土俵になんていられないのに。
  
「何言ってんだ俺……。なんかスンマセン……」 
 
未だフライパンを眺めている横顔が詫びる。私にしてみれば褒められたも同然で、だから素直に『ううん、ありがとう』と伝えるしかない。すれば彼は驚いた顔で漸くこっちを向くのだけれど、目が合うとバツが悪そうに眉を歪ませて息を吐いた。

「……っあー、夕飯、何にしますか?」
 
『んー、お昼はオムライスだったから、和食にしようか。この大きい炊飯器なら朝も足りたし、炊き込みご飯なら楽だよね』  
 
「となるとメインは焼き魚?」
 
フライパンをコンロに置いて立ち上がる火神くん。私が開いている冷蔵庫の中を数十センチ上から覗く。そのお陰で少しだけ視界の上部が暗くなる。更に彼は右手で右の扉を、左手で左側を漁り魚を確認しているから私をすっぽり覆っている状態だ。ただ、目の前の空間は白熱灯で明るく照らされているし、体格差が違いすぎるゆえか窮屈さも全く無い。
火神くん家で良く経験するこの状況に何度羨望を抱いたことか。日本の平均から大きくはみ出る彼らは、一体何を食べたんだろう。特に今回、縦に長い業務用冷蔵庫の最上段は私の頭より遥か上にあって、並んでいるものすら正直分からない。少しくらいその身長を分けて欲しいものである。
 
「すげぇ、全員分の鯵の開きがある」
 
『そうなの。ちなみにマグロとサーモンの刺身もこの通り』
 
「!! 切ってある、だと……!?」
 
『イエス。素晴らしきホスピタリティ』

  
無尽蔵に近い充実度にふたりで呆気に取られていると、キッチンのドアが開いた音がした。現れたのは実渕くんで、殺害現場を目撃した家政婦のように目を見開き、揃えた指を口に当てた。
 
「な、何なのその新婚感は……!!」
 
「『え゙』」
 
「どういうこと!! 全く初初しくない様子によりリアルさを感じるんだけど!!」
 
彼に言われて、顔を見合わせる間もなく火神くんがバッと離れる。昨日の書斎の時と似た具合だけれど、今度ばかりは私にも火の粉が掛かっていた。
 
「ば、バカ!! んなんじゃねーよ!!」
 
『そ、そうだよ実渕くん!! 』
 
「言われて自覚に照れるなんてそのものじゃない!!」

相変わらず、まるでドラマみたいに大袈裟に頭を振るう実渕くん。その後ろにいた水戸部くんとの間からひょっこり出てきた小金井くんはずかずか火神くんに歩み寄って何やら小声で訴えている。「追加攻撃だよ!!」と言うのは聞こえたのだけど、誰に対するどんな仕打ちなのかさっぱり分からない。 

小金井くんが入ってきたのを皮切りに、未ださめざめとした謎の演技を続ける実渕くん、困った顔でちらちら後ろを振り向く水戸部くん、盛大に頭を下げては上げまた下げるを繰り返す桜井くんもぞろぞろと中に続く。
最後に入ってきた謝り少年が、私を丸い目で見上げて言った。
    
「あ、あのスミマセン! 赤司くんたちが呼んでいて!! ここは僕たちと交代して欲しいって言うか、スミマセン!!」
 
『分かった、ありがとう。そんなに謝らなくても大丈夫だよ』
 
「す、スミマセン〜〜!!」
 
『あ、うん…………』
 
癖になっちゃってるのか。むしろ申し訳なく思うんだけど、こっちが “ゴメン” なんて言えばその連鎖に拍車をかけるだけだ。
桜井くんの言うとおり、クッキーの仕上げと夕飯はお願いしてキッチンから出る。私を呼んでいたという赤司くんを探していると、不意に───いや、こちらを気にしていたらしい伊月くんと視線が絡んだ。なのだけど、何故か気まずそうに逸らされてしまう。
 
「椥辻さん。少し相談したいことが……」
 
『あ、はい!』
 
伊月くんの行動には少し蟠りが残るものの、赤司くんの方に駆け寄る。真くんと原くんが左脇に立つというどこかカオスな彼らは、この時間内にもう一度探索隊を出すつもりらしい。
 
「勿論椥辻さんは連れていけませんが、何かやってほしいことがあれば、と思って」
 
『えっと、もし今から言うものが見つかったら試して欲しい仕掛け解きがあります』
 
「教えて下さい」
 
原くんたちの探索結果は、お昼ごはんの時に聞いている。実際に目にしていない上に、彼らが集めてくれた情報は見当の付かないキーワードばかりで今はなんの策も浮かばないけれど、【東西南北】の部屋とさっき思い浮かんだ王様の案は伝えておくべきだろう。
 
『これくらいの王冠と、それから、ガチョウを2羽、見つけて欲しいんです』
 
「…………ガチョウ」
 
『ガチョウです』

真顔で繰り返す赤司くんに、真顔で頷く。うん、大事だからね。 
  
「グースだけに?」

『ガチョウです』
 
次に聞いてきた原くんも珍しく真剣な雰囲気を模していた。でも原くんは原くんで、私の答えに突然その場の床を両爪先で蹴って跳ね上がる。 
 
「ジャンプするな。1文字間違ってるやつ挟むんじゃねぇ」
 
「ナイスツッコミ〜」
 
「…………あー腹立つ」
 
「原だけに?」
 
「……………………」
 
無視を決め込んだ真くんにも原くんは楽しそうにケタケタ笑った。

『さつきちゃんが東西南北の部屋から持ってきてくれたものと同じものがあると思うので……」

一方、私の付け足しに赤司くんは「分かりました」とはっきり頷いてくれる。
 
「ガチョウはそのまま東西南北、王冠はライオンとユニコーンが置いてあったという部屋で使うということでお間違いありませんか?」
 
『は、はい! ……あの、もしかしてお話覚えてるの?』
 
「えぇ、まぁあの量なら大体は。花宮さんもそうでしょう?」
 
天才はやっぱり努力だけじゃ成し上がれない世界だと悟る。元々の知識もあるのかもしれないけれど、赤司くんの言い方だと本を見てから得たのだろう。恐ろしい才能である。 
真くんは赤司くんのように頷くことはせず、淡々と自分の言いたいことだけを口にした。
  
「俺か赤司が行きゃあ何するかは分かるから説明はいい。それぞれの方角も分かるんだな?」
 
『うん。本の内容を覚えているなら絵を見れれば分かるはずだよ』
 
「分かった。メンバーはこっちで決めるからキッチンに戻ってろ」
 
『…………はい』
 
彼の指示に大人しく従って、赤司くんに一礼してから踵を返す。───大丈夫、まだ心配はいらない。必要とされているから呼ばれたんだ。失ったわけじゃない。ちゃんと貢献できている。
謎解きや行動の指針以外にもやるべきことはある。私にしか出来ないことじゃなくても良い。…………出来ることを奪われないでおく方がよっぽど重要だから。だから、大丈夫。…………本当に私のせいで危害が及ぶ手前までは、何としてでも義務を果たさなきゃ。うん、頑張ろう。