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アリウムの唄


ウェールズの盗賊タフィー。盗賊ってんだから悪者で、しかも実際追いかけられたっつーんだから倒すべきヤツだ。なのに、今吉サンは俺と(なぜか)さつきにも謝りながら頭を下げた。 “「堪忍やけど、頼む」” そう言ってきたことは初めてじゃねェのに、こんな風に申し訳なさそうな表情してんのは見たことがなかったから、なんか、胸の辺りにグチャグチャしたもんが出来た。
作戦指揮でその今吉、知識の面で高尾が入り、力と身体能力で選ばれたのはまさかの虹村サンだった。
  
「よォ青峰 。仲良くチームとやってるようで安心したぜ」
 
「………………ッス」
 
あまりにも嬉しそうな顔は作り物でも何でもないのが伝わってきちまって、不本意ながら頷く。「でかくなりすぎだけどな」と茶化して背中を小突かれた瞬間、さっきのグチャグチャしたもんが粉砕された気がした。なんか、前にもこんなことあった気がするわ。今吉や赤司はあんましキャプテンって感じしない(強いて言えば主将?)けど、虹村サンは何年経ってもキャプテンらしい。

  
「そんじゃまぁ、ぼちぼち向かいましょか」
 
敵(?)が家にいる時間は、ヒントになるっつー日記からすると昼の1時以降。虹村サンと話したり高尾に絡まれたり今吉サンにくれぐれも勝手なことをすんなと念を押されていればスマホの時計が進むのはそんなに遅く感じない。
ヤツが家に居たはずの時間はドアに鍵が掛かっていたことを昨日の探索で確認したという声が上がった。だから1時になる前に先回りし、待ち伏せして倒すことになったわけだが……。
割りと危険なイベントだからか、俺らんとことテツ、秀徳、赤司と陽泉の涙ボクロ、そして……椥辻ってゆー緑間の幼馴染でテツんとこの先輩がドアの前までご丁寧に見送りをし始める。

「大ちゃん、今吉先輩……」
 
「さつき……───すっげーブサイクな顔してんじゃねーよ」
 
「なっ、何よそれ! こっちは心配してるのに!」
 
「ンなんいらねーよ。ゲームみてーなもんだろ」
 
「はぁ。君は危機感というものがまるっきりありませんね」     
 
テツのため息に口の端が下がる。危機感? そんな現実的なもん、この世界で持てるかよ。大体、そういうイベントなら初心者向けにちゃんと作られてるだろ。あんまゲームとかしねェけど。
 
「大変な任を済みません、虹村さん。どうかお気をつけて」 
   
「シュウの自慢の空手、効くと良いね」
 
「自慢じゃねーし直接触れるからそんなん使いたかねーけど、……ま、なんとかしてくるわ」

 
「気を付けろよ高尾」
 
「無理は絶対すんなよ」 
  
「死ぬんじゃねーぞ。ちゃんと帰ってこねーと轢くからな」
 
「死んでも殺しに来る宮地サン怖すぎっすわwww」      
 
「精々役に立ってくるのだよ 」 
 
「ハーイ。ガンバリマース」 

  
『翔一先輩、高尾くん……。青峰くんと虹村くんも、気をつけてくださいね』
 
「おん。ちゃんと帰ってくるから待っといてな」
 
「そうっすね! 俺がいないと真ちゃん泣いちゃうんで「泣かないのだよ!!」 
 
緑間と高尾のやり取りに少し不安を減らした椥辻はホラゲーだけでなくFPS系もやるというから、一応参考までに聞いとくか。
    
「ゾンビとかのイメージで倒しゃあいいんだろ?」
 
『え、どうだろう……。でも大体心臓と脳幹は急所に近いはずだし、あっ、脳幹は相手の鼻先から狙う感じね! それに目潰しはどんな敵でもそれなりに有効だよ!』
 
「椥辻ってそんなキャラだったんか?」   
  
椥辻は俺に両手でガッツポーズを胸の高さに作った。ただ、虹村サンが目を丸めるのを見上げてパッと顔を赤らめて拳をあわあわと解く。
虹村サンの驚きは他人事じゃないっつーか、意外性は俺にもわかる。さつきともテツんとこの女監督とも違う、なんつーかふわふわゆるゆるしてる雰囲気なのに、そんな見た目とは裏腹で割りと男みてェな趣味を持ってんだからな。やっぱ、外見だけで判断すんもんじゃねぇってことか。
 
下の階から持ってきた斧と盾はメンバー満場一致でなぜか俺が持たされ、部屋を出てすぐに動き辛さが手足に纏わりつく。あーダメだ、帰りてェ。今すぐベットに寝転がりてェ。ったく、なんでこんなとこにいんだよクソ。
少なくとも高尾の視界に盗賊はいないらしい。「今のうちや」と歩を速める今吉サン。ちゃんと隣をついていく虹村サン。対照的にグダグダ歩く俺と、「大ちゃんちょっと焦ろう? いやぁ、大ちゃんて可愛いあだ名だよな〜」と1人でずっと喋ってる高尾。内容は今度みんなでストバスしたいとかメシ食いに行こうとかそんなもので、意見を訊かれたらとりあえず全て「さつきに言え」で流す。目の前では今吉サンと虹村サンっていう、元主将異色の背中が並んでて、ふたりの旋毛の辺りをボーッと見下ろす。
 
「改めて、初っ端からこんな危ない役回りで堪忍な、虹村クン」 
 
「いや、とんでもない。俺に出来ることならやりますよ。……どうも他人事じゃねーみてェですし」
 
「……せやな。何にせよ、そう言うてくれたら有難いわ」 
 
「あ、そう言えば全員カード持ってますね!」
 
俺への話を急に折り曲げてふたりの話題に入っていく高尾。相変わらずグイグイ行くなコイツ。
ただ、言ってることは確かな話だ。誰がなんの文字を持ってるかなんて覚えちゃいねェが、後から合流した虹村サンも俺たち帝光中の奴らと一緒の青いカードを作ってた。青、っつーよりは水色で、ちょうど帝光のシャツがあんな感じだった気がする。
緑間のラッキーアイテムで見たようなクマのぬいぐるみは、2色に分かれているカードは意味が違うと言った。どうやら命を狙われてるらしい椥辻を守るために用意されたソイツにとって、片方は嫌いでもう片方は感謝しているグループ。椥辻のカードは正反対に近い色だったから、俺らは嫌われてる方なんだと。悪いことをしたっつっても、何の話だかさっぱりだ。どっからがその線引きなのかもよく分からねェし、椥辻とは初めて会ったから傷つけるとか論外だろ。
 
そこまで考えたところで部屋の前に着いた。【Taffy's Room】あー、なんとなく、読める気がする……。でも待てよ?
 
「オイ高尾」
 
「ん? どした?」
 
「部屋間違えてね?」
 
「え? ───いや、ちゃんとタフィーの部屋って書いてあるっしょ」
 
「バカヤロー良く読めよ。タフィーじゃなくてタフィースの部屋だろうが「バカはオメーだアホ峰」いってェ!!」     
 
ガツンと拳骨を喰らった背骨に思わず飛び上がる。高尾はゲラゲラ笑っていて無性に腹が立つ。殴った虹村サンはテスト結果を見たウチのババァと同じ顔をしてため息をついた。
…………そういや、昨日の晩飯はコロッケだって言われてたっけ。外泊なんてすんの地味に初めてだし、ババァ怒ってかな。

「こらこら、静かにしぃや。とりあえず青峰はあとでお勉強会な」

「はぁ!? 何でだよ!!」
 
「いやいや、所有格のエス知らねぇんだからやってもらった方が良いって……ブハッwww」
 
「あーホント、もはや俺が恥ずかしいわ」    
  
顔を片手で覆って俺から目を逸らす虹村サンにグッと奥歯を噛む。吹っ掛けられた今吉サンの勉強会も高尾の言う “しょゆうかくのえす” も意味がわからない。それも悔しいからとりあえず高尾を殴る。コイツもバカそうなのに。
 
「痛い!! なんで!? てかなにその目。傷つくやつなんですけど。和成傷ついちゃうんですけど」
 
「あぁ? 緑間なんてずっとこんな感じだろーが」
 
「ウチの真ちゃんはそんな凶悪面じゃないもん!」
 
「もんじゃねーよ気持ちわりィ!」 
 
「いい加減静かにせんとタフィーの囮として使うで自分ら」   

ガチャと臆することなくドアを開ける今吉サンはまず一番にそこを潜る。続くのは虹村サン、高尾に背中を押される形で俺が次に部屋の中へ入った。背中を曲げなくても通れるドアの高さにちょっと感動する。比較的どこのヤツも学校とかより通りやすかったけど、この部屋は更にデカいな。
 
まず見えたのは左側にあった、ちゃっちいキッチン。使われた形跡はあるけど、なんつーか……ぐっちゃぐちゃだ。さつきのダークマター製造後とはまた別の種類の汚さ。洗い物も溜まってるし、皿は使い回しなのか色んな汚れがついたまま放置されてる。虫が飛んでねーのが幸いだな。その向かい側には壁に端をくっつけて置かれた四角いテーブル。イスはない。

俺たちが入ったスペースの奥にもうひとつ空間がある。ドアはないが、本当ならそれが填め込まれてあるような壁で仕切られてっから一応部屋って言える造りだとは思う。
そっちには一番向こうの壁に今まで見たような暖炉があって、その目の前に向かい合わせで置かれたドでかいソファーが見える。背凭れも横の長さも見たことのないサイズだ。一方、部屋の中心に置かれているベッドはそこまでの大きさじゃなかった。普通に俺のと同じくれェだな。シーツや布団はちょいちょい破けていて、何とも寝心地は悪そうだ。

壁に寄せられているクローゼットを開く。中は空か、つまんねぇの。代わりに、ソファーとベッドの回りには、色んなものが転がっている。コイン、お札、価値のわかんねぇ置物、ペン、メガネ、それから何かの動物の骨……これ本物か? ヤベェな。あとは皿とか封筒とか、しっちゃかめっちゃか、って感じだ。
 
「あ、」
 
一緒の部屋を見回していた高尾が、壁の方を見て声をあげる。つられて視線を追わせると、そこにあったのは一枚の絵だった。鳥籠に入ってる鳥が、鳥の巣みてーな草の中にくちばしを突っ込んで何か咥えてる。隠そうとしてんのか取り出そうとしてんのかは判別できないまでも、咥えてるもんは見たことがあるやつだった。チェスに使う駒。名前とかは知らねーが、絵に描いてある黒色ともうひとつ白色で戦わせるゲームだってのは何となくわかる。
───で、
  
「あれがどうかしたか?」
 
「───ん? いや、あーゆーのもヒントになるんだよなぁってだけ!」  
 
ジャージのポケットに突っ込んでいた右手を出した高尾はそう言って俺に背を向ける。ふーん、そーゆーもんなのか。ってことは覚えといたほうが良い感じ? 何となくポケットに入れていたスマホでその絵の写真を撮る。ま、赤司に見せれば何とかなるだろ。 
虹村サンも俺の動作を見て幾つかシャッター音を鳴らし始めた。今吉サンは床から何か拾っている。直ぐにポケットに入れちまったからしっかりと見えなかったけど、銀色の細い棒、ぽかった。
 
「今の何?」
 
「ん? いや、ちょっとな、ピッキングとかに使えそうやなって」
 
ピッキングって……犯罪じゃん。つーか出来んのかよ。
深く突っ込んでは行けない気がして、「ふーん」と流しておく。触らぬ妖怪になんとやら、だ。

高尾も、右手をぷらぷら揺らしながら床に落ちてた封筒を拾い上げてた。中身にはもう1枚二つ折りの紙が入っていたようで、それに目を通す高尾。斧の刃を地面に付け、試しに俺も似たような封筒を手に取り中を確認した。が、入っているのはアイツのとは別のものだった。
小さなカード。縁取るのは洒落た植物のイラスト。そいつに囲われていたのは英語で、たった4文字だけだった。最初の1文字だけ字体が違う。何回かテストとか教科書とかで見たような気もする並びだが、読みも意味も全然思い浮かばねぇ!
  
「きゅーい、と?」
 
とりあえずカードだけスマホが入ってる方と同じポケットに突っ込んで、足元にあるもうひとつの封筒も手に取る。全く同じカード。今度はYから始まってる。 “Yield” ? っはー、こっちはさっぱりだ。見たこともねぇよ。Y持ってンの誰だっけ。


「青峰、高尾。作戦決めるで」

「おー」「はいはーい」
 
暖炉の前に手招きされ、数歩だけ歩く。呼び寄せた今吉サンは、最初に溜め息を吐いた。
 
「まず最初に問題があんねん。ヒントになる歌ではな、タフィー殺るんは火かき棒っちゅう暖炉に使うもんで叩くんやけど……」
 
「それが無い、ってことっすよね。確か、今吉サンと円香サンの話だとタフィーが持ってるって言ってませんでしたっけ?」
 
「おん。だからワシらは斧を持ってきたわけや。ただ、花宮のコレクションルームでの話は覚えとるな?」
 
「あー。あン時みたいに専用の役割と道具があったら最悪だよなぁ」   
 
コレクションルームのガラスを割るときもこの斧を持ってって霧崎第一のホクロ大仏がやったが、出来なかったらしい。そのあと、新しく出てきた甲冑の中にあるカードから役目が花宮であることが分かった、とかいう話だ。
…………あれ、カード?? 今、俺の手の中のジャージのポケットに入れているものを思い出す。
 
「せやから、斧で襲いつつ火かき棒も端から奪う方向にしようと思う。得物も2つあった方が挟み撃ちできるしな」
 
「ひー、難易度たっか〜」
 
頭に浮かべたものにポケットの中で触る。関係ない、なんてことは無さそうだよな。本当にコレが役目を教えてんだったら、Qは俺だし? Yの人間も呼んでこなきゃなんなくなる訳だし。
今吉サンたちの説明は聞かず、そんなことを考えながらついにカードを引っ張り出したとき。虹村サンが俺の名を呼んだ。 

「ちゃんと話聞いてろ。それとも何か気になったことでもあンのか?」

ナイスアシストパスだったと思う。直ぐに出さなかったことを怒られる気がして、少し気まずい空気を纏いながら指に挟んだ2枚のカードを差し出した。
高尾と今吉サンの目の色が変わる。
 
「おいおい、コレって……!」
 
「QuitにYield……。何かをやめるのと、何かをもたらす者……。しかもメンバーは青峰と───」
 
「───俺、っすね」
 
名乗り出た人物に目を丸くする。…………ドンピシャかよ、怖っわ。色々仕組まれすぎだろ……。
 
「……攻撃するんはどっちにしろおふたりさんに任せることになるようやな。そうなると……」
 
「ふたりで同時に、ってことですかね」
 
「やっぱり火かき棒も奪えってか」
 
3人の会話を聞きながら、斧の柄を握り直す。─── “やめる” ───、俺に与えられた言葉が、ぐるぐると頭の中を回った。カードキーの色は水色。それを見て思い出すのは、帝光のときのワイシャツだ。時期を表しているのなら、当時の俺が誰かに後ろ指を差されるほど “やめた” ことなんてただ1つだけ。
ユーキとかいうぬいぐるみは、椥辻と違う色をもった俺たちのことを “悪いことした人” だと言った。 やめたのが悪いことなのか、それとこれとは別の話なのか。 
どちらにせよ、虹村サンは違う。さつき同様、俺たちに巻き込まれただけの人だ。この人はなにも悪いことなんてしていない、と思う。たぶん、だけどな。だから、ふたりで襲うにしても止めになるだろう火かき棒は俺が、
 
「じゃあ、青峰は今持ってるソイツ担当で。火かき棒は俺が奪って使うから、致命傷宜しく頼むぜ。あの棒で頭跳ねンのとかほぼ無理に近いから」
 
「は? いや、俺の方が良い、ですよ」
 
「何で」
 
「それは、(役割、っつっても確証はねーし、)…………タッパ「あ゙ん??」……ナンデモネェッス」
 
さつきによく悪人面だとか言われるけど、マジでこの人の方がヤバイと思う。今吉サンは体格差で押し込めるけど虹村サンには勝てる気がしねぇ。灰崎がどんだけマゾだったっかってハナシだ。
 
「ククッ、青峰が後輩しとるで。いやぁ、おもろいもん見せてもろたわ」
 
「ほーう? 何だァ青峰、今のどういうことだァ?」
 
「げっ、余計なこと言うな、ッスよ今吉サン!」
 
「ナチュラルに俺を盾にしないでいただけます?」
 
バキボキ指の関節を鳴らす虹村サンから後退りして高尾の後ろに回り込む。何でこうなんだよ!!
 
「っつーか! そろそろちゃんと作戦立てようぜ! ッス!」
 
「いやもはや火神な」
 
バ火神と同類にされんのは癪だから高尾の首根っこの皮を指で摘まむ。でも、俺の言葉はごもっともだった。「痛った!?!? 何これ新しいんだけど!!」と喚く高尾を無視して、今吉サンが部屋の構造を使った作戦を考える。
火かき棒を置く場所なんて分からねぇ。ただ、隠れる場所はある。虹村サンがベッドの下を覗き込んで何度か噎せる。
 
「───ゲホッゴホッ! あークソ、掃除くらいしろよ、ったく……。本の内容的には寝てるところを攻撃するって感じでしたよね」 
 
「おん。せやから、この部屋に誘き寄せるしか道はあらへんな。そこのベッドに隠れるとして、全員入るやろか」 

「ちょっと厳しいかも、ってことでたぶんあのクローゼットも使うんじゃないでしょうか」
 
「青峰、さっきそこ見てたやんな? 中は?」
 
「空っぽだったぜ、……ッス」
 
「んー、なんや気持ち悪いな火神語。やめてくれへん?」
 
「ぐっ……」
 
この野郎……っ、やめたいのは山々なんだよ!! 俺を見てによによしてるあのヒトさえいなければ好き好んで趣味人間弄りの妖怪に敬語なんか使わねェよ!! 
奥歯を噛み締める。少し懐かしい感覚に舌を打った。      

 
   
「作戦言うても相手の攻撃も動線も何も解らへんし、とにかく寝るまで隠れてるっちゅーことくらいしか今んとこは決められへんな」
 
「寝てるのはどうやって確認しますか?」
 
「あー、たぶんいびきとか聞こえてくる設定だとは思いますよ? そうじゃなかったらクローゼットからバレないよう窺うしかないっすけど……まぁそこら辺は俺の役目、なんで」
 
「……ほんま、おおきにな」
 
「いえいえ! お役に立てるなら光栄ですって!」  
 
こういうところに、コイツの頭の良さというか、気配りの凄さを覚える。いつも通りの明るさと笑顔で快く流しているが、貰った箱の蓋を開ければ中身は死と隣り合わせのブラックホールだ。落ちたら最期、無事に戻ってくる可能性なんてゼロに近い。
あの椥辻も一緒だ。いや、少しだけ違う。ビビっているのを隠したり見栄を張ったり空元気を拗らせる様子が一切ない。だから、コッチはそれ以上の謝罪を口にすることも躊躇えば、制止も及ばない。
 
……俺は、どうだろう。虹村サンも、どうなんだろう。
敵の姿形は知らないし、俺らと同様の赤いもんが流れているかも分からない。よくアニメとかで見る怪物の中には土人形もいるし、肉も体液もあれど茶色や緑、紫で着色されていて。おおよそ、 “殺す” というより “倒す” って認識に近い。そうなればあの女子のように恐怖や不安、……罪悪感も、感じねェでいれるんだろうか。
この手に握る斧にはきちんと重さもあるし、斬れ味も保証されてる。普段の日常生活でも存在するモンだ。……少なくとも、偽物や魔法道具なんかじゃねェ。ベッド、部屋、キッチン。どれもこれも汚くて嫌になるが、……全部に使われてる。───アイツは、ここで、生活をしている。
 
「青峰? どうした?」
 
高尾に話しかけられて、ハッと我に返った。───今、俺は何を考えてた? 同情なんてする余地ねェだろ、女々しい。
 
「別に。そろそろ時間だろ、早くクローゼットの中入ってろよ。そこにいりゃ “安全” だ」
 
「! いやいや、全くコレだから天才様は困るねぇ。フォローはしますよ、ちゃんと。ひとりじゃないんだからさ、大ちゃん」
 
「だから大ちゃんやめろ」