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「#エロ」のBL小説を読む
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アリウムの唄


背中に手の平が当たり、少々強引に圧が掛かった。早く部屋に入れと、後ろから急かす声が聞こえる……が、
 
「紫原!! アホ! 止まっとらんで入れ!!」
 
「むっくん!!」
 
「ッわかってるし……!! くそっ、」   
 
見た目に自分より大きい存在なのも相まって、紫原の脳は硬直しとった。桃井が引っ張って自分が背中に腕で圧をかけるも、なかなか思うように身体が動かへんらしい。そうこうしているうちにこちらへ走り出したバケモノに、流石のワシも後ろでドアを支えとる円香チャンも冷や汗をかく。
 
「オイさつき、うるせーよ」「アツシ、なにを───アツシ?」
 
ダイニングの部屋から声を聞き付けたんか、青峰と氷室が安全地帯の廊下に出てくる。隙間から岡村と福井が見え、紫原を引っ張るよう伝えた。我ながら切羽詰まった声に、意識の遠いところで渇いた嘲笑を浮かべとる自分が揺らめく。
非常を察知した岡村たちが桃井を退かして紫原の腕を掴んだところで、ワシは振り向いて円香チャンの手首を手に取る。無造作で不躾なんは堪忍してな。
 
「助けは足手まといや、いらん! 桃井たちよろしゅー頼むで!」
 
「今吉!」  
 
このままワシらも逃げ込むには時間が足りん。それを円香チャンも良ぅ判っとって、だからワシより先に元来た道へ爪先を向けて地面を蹴りだした。ホンマはこの子も中に入れときたかったんやけど、こうなってしもうたら仕方があらへん。
岡村の声は無視してもうたが、バケモンが到着するんよりギリギリで安全地帯のドアが閉まったのを確認する。おうおう、これでとりあえず桃井と紫原は無事やな。さて、緑間たちも上手く誘導しつつ一周分で撒けるとええけど。
 
「クレ、くれ! そレ、クれ!!」
 
『何を欲しがってるんだろう……!』  
 
円香チャンを追い抜かして、今度は自分が引っ張る。ノイズを混ぜた、カタコトな単語が本体より先にワシらを捉えた。見つけたアイテムを持たせていた桃井と紫原は既に眼中にないはずや。ワシらにあるモン言うたら、キーカードと……、………… “椥辻 円香” 。考えて、アカンアカンと首を振る。ありとあらゆるケースを想像するんは必須やけどあまりにバッドチョイス過ぎる、センス最悪や。
思考の方向を転換させる。そこで漸く、もっと悪い欠陥を見つけた。ああ、くそ、やられた。
 
「なーんでワシら斧とか持って来ーへんかったんやろな!」
 
『本当です!! 忘れてた私たちも悪いですが、真くんも何も言わなかったのが気になります!!』
 
「同意見や! ワシや赤司もおって、全員覚えてないなんてほぼ有り得へん!」
 
『ってことは…………そういう思考にプログラムされてた……っ?』
 
「怖いこと言うなや円香チャーン」
 
『スミマセーーーン!!!』     
 
桜井みたいな叫びを上げる円香チャンに、心の余裕が生まれた。バタバタ足音を立てて中庭の前を通りすぎる。そう言えば、カードキーで入った部屋に敵は入れへんっちゅー話やったな。そっちに逃げ───いや、アカン。この廊下には緑間や笠松たちも居る。ワシらだけ避難したって何の解決にもならんわ。
左折への選択は捨てて暫く走り、道なりに右折する。その瞬間、緑色が数十メートル先の視界に飛び込んできた。なんや、そっちも切羽詰まっとる顔して……。今の時点で問題増やされても対処仕切れるか分からんで?
 
緑間はスピードを上げて一目散にワシら───いや、円香チャンに駆け寄ろうとしとる。安堵と不安が入り交じる表情は、悪い要素だけを隣の子に伝染す。 
 
「円香!!」
 
『真太郎!? こっちに来ちゃダ───、っう、いたっ、』
 
「円香チャン!? どないした!?」
 
グ、と突然後ろから下方向へ引っ張られる。振り向けば、円香チャンが頭を押さえてへなへなと膝を折った。緑間のどでかい声が耳を劈く。
眩暈……ちゃう、頭痛か? 何でいきなり……。てか、アカン、この子また発作起こしかけとる。距離はそんなに無かったんやけどなぁ。夜も朝もいつもの飲み薬飲んどらんからか。昨日ほどではないにしろ、まぁ苦しそうやな。
 
立ち止まざるを得ないワシらに向かってくる緑間に急かさず声を出す。
 
「来るな緑間! 円香チャンは大丈夫やからUターンしぃ!」  
 
「っな、そんなこと……!!」
  
歩みは止めたものの反論しようとする。円香チャンに似てホンマ頑固なやっちゃなぁ。
その肩越しに笠松と実渕も確認した。揃いも揃ってなんちゅー顔してんねん、やめてぇや。
 
円香チャンの腕を引いて支える最中、笠松がワシに「早く戻るぞ!」と眉間を狭める。それはコッチのセリフやわ。笠松たちの持つ情報を知りたいのもやまやまやけど、悠長なことも言ってられへん。
そんで、その説明をする暇が無いことも相手に伝わったらしい。最初から認識していた微弱な音は段々と近づいて、後駆け連中の耳にも届いたようや。実渕が逸早く悲鳴をあげる。
 
「なっ、何なのあれ気持ちわるっ!」
 
「チッ、遅かったか!」  
 
「とりあえずやることは一緒や、逃げるで! 円香チャン、おんぶしよか?」
 
『いえそんなっ! 大丈夫です、走れます!』
 
伸ばした手を掴んで握った円香チャン。未だ顔色は悪いし、喘息特有の呼吸音も消えとらんが、もーちょっと我慢してもらわな。
再び走り出したワシらに、笠松が振り返りながら進行方向を指差した。
  
「アイツは部屋に入ってこれねぇらしい! とりあえずあそこに入るのはどうだ!?」
 
「待ち伏せとかされへんなら賛成や!」
 
「んなこと知らねぇ『大丈夫です!! 待ち伏せされるタイプは今まで見たことありません、やり過ごす方法が提示されてるのなら尚更です!!』───分かった!」

ハハ、なんやすごい頼りになるやん。そう思わせるのは彼女の経験則を知っているからだけで済まされんくて、発声も強く関係しとる。この状況下、自信を見せれば見せるほど魅せられる。従うしかない、信じるしかない……そう思わせる。円香チャンのことやから計算なんかじゃないやろうけど。
感謝の意も込めてぎゅっと手を握り直す。受け取った円香チャンは、苦しそうな表情の隙間にやんわりとしたものを纏って嬉しげに微笑んだ。あーもう、そんな顔せんといて。旦那サン頑張るしかあらへんやん。 
 
目標の場所まであと30秒足らずといったところで、自動的にそのドアが開く。中から出てきたのは可愛い後輩のオトモダチや。どうやら早速別行動を取ってたらしい。風船ガムがパチンと割れて、一歩下がりドアを閉めようとした。
刹那、笠松の声が原を射止める。おおきに、良い仕事してくれるわぁ。
迷惑そうな雰囲気を醸す原に、押しの一撃や。
    
「円香チャン、もう少しやから気張りぃ!」
 
『ッは、い……!』
 
花宮に媚びうるタイプでないことは明白。霧崎第一がチームメイト以上の強い繋がりを持たへんなら、花宮は不要を感じたとき容赦なく切るはず。役割を持つ人間が指定されとるなかで、流石にそれは避けたいやろ。となれば、媚びは売らんでも嫌われんように最低限のことはしていかなアカンわけや。
その点、円香チャンは確実にポイント稼ぎになる。この子をぞんざいに扱えば、十中八九、花宮の視界からは消えるやろ。同じ学校に所属する原には、そうなったときに庇うんは円香チャンか山崎くらいしかおらん。探索中でそのふたりがおらへんときにやられたらまぁお仕舞いや。円香チャンの言葉で助けが来る可能性は100%やけど、…………それまで無事におられる可能性は同値なわけあらんからな。

ため息を吐いて、開けっぱのドアから手を離し自分だけ部屋の中へ下がる原。その数秒後になんとかワシらもそこへ入った。 
ぜぇぜぇ息切れるのは申し訳ない話円香チャンくらいで、他の連中は日頃の練習に救われとる。近づく緑間や実渕に無理矢理笑って見せる円香チャンを少し歩かせて、心臓を徐々に落ち着かせてから座らせた。ひゅーひゅー聞こえる音が耳に痛い。
 
「笠松、さっきのに心当たりあるんか?」
 
「あぁ、たぶん……。タフィーって名前の泥棒だと思う。緑間」

「これに書いてあります」
 
渡されたのは表紙に “Diary” と彫られた糸綴じの古ぼけた冊子だ。中身は全て英語やけど、一般人が書いたものを読むんはそう難しくない。一通り目を通してから、この部屋で一番目立つ時計塔に目を向けた。
ビック・ベンを模した場所なら正確な位置とかなり異なるが、 “タフィー” で “泥棒” なら恐らくはあの話から持ってきたんやろう。
 
「……ウェールズの盗賊タフィーか」       
   
「知ってるのか?」
 
「マザーグースの本に載っとった。ま、こんな時間制限はついとらんかったし、ヒトを襲うなんてことも書いとらんかったけどな」
 
「それで、どうするんですか? このまま1時まで待つんじゃ、円香ちゃんが辛そうです」

時計に因れば、廊下からタフィーが消えるまであと3時間。実渕の言うとおり、円香チャンには早く吸入器を使わせてやりたい。なんとかヤツの目を盗んであの部屋まで戻らな。
 
「原クーン、ちょっと聞きたいんやけど」
 
「ナンデスカ」
 
「標的を追っかける敵っちゅーのは、見つける前は規則的な動きするもんなん?」
 
「……まぁ、プログラムされてるから、特定の場所にいたときや設定された時間が経つと近くに来るって感じかな。人のいないとこに入るんなら、物音立てずに尾行して、他の部屋に入ったときに逃げるのが一番効率的っしょ」
 
「ほんならそれで行こか。円香チャンは堪忍やけど、緑間に負ぶってもらってくれへんか」
 
『えっ、嫌です』
 
「ワガママ言うのでないのだよ」
 
『だってそれで手を怪我されたら困るもん!』
 
「そんなこと言っている場合じゃないだろうバカめ!」
 
緑間との口論が始まりため息を吐く。ケンカするほどなんとやらっちゅーやっちゃな。全く、円香チャンのことやとホンマ花宮とそっくりやわ。
仕方ないからワシが名乗りを挙げよか。 
 
「あーハイハイ。そしたらワシ───「俺がやる」───…………笠松、なんて?」

遮られ、思わず数秒間を開けてしもた。とんでもないモンが聞こえた気がするが、どうやら空耳ちゃうらしい。秒針の音を掻き消す声で堂々と二の句を告げた。
  
「俺がやる。今吉は指示を出すんだから身軽な方がいいだろ」
 
「自分女の子苦手なんやろ」
 
「それこそ、ンなこと言ってる場合じゃない。…………今度こそ、ちゃんと、助ける」
 
真っ直ぐ円香チャンの目を見て言うた笠松に、ふっと笑みが漏れる。なんやもう、幸せ者やんか。これは、ワシと花宮が想像している以上に何とかなるかもしれへんな。
円香チャンは笠松の手も気にするが、そこはワシとおんなじ理由や。3年で引退し、受験も終わった笠松に緑間ほどのリスクはあらへん。そもそも、円香チャン1人担ぐくらいでケガもせぇへんけどな。
さっきの威勢の良さはどこへやら。また目を逸らしてどぎまぎ会話をする笠松やけど、決心は固い。梃子でも動きそうにない様子を感じ取った円香チャンはついぞ『お願いします』と頭を下げる。

 
 
円香チャンが笠松の背に乗ったのを確認して、全員でゆっくりと部屋を出る。周りにタフィーはおらんな。絨毯生地の床とはいえ、円香チャンの靴はローファーやさかい足音が立つ危険もあった。大人しく従ってくれたことに安堵する。
ゆっくりと中庭の方へ廊下を進む。ガラス張りの部屋やから向かいの廊下も見えるわけやけど、視界には入らへん。どうやら運の良いことにどっか部屋に入っとるらしい。
 
「今のうちや、さかさか歩くで」
 
忍者のような速歩きで廊下を抜け、安全地帯の部屋に続く通りに出る。と、同時に。どこかでドアが開く音がした。視線をさ迷わせれば、ガラス越しにヤツと目が合う。丁度中庭を挟んだ先の部屋におったらしい。となると、距離は一番遠い。ニタァと笑い目を血走らせてこちらに向かってくるが、まぁ追い付かれへんやろ。
 
「問題あらへん。ほれ、ゴールや!」
 
ドアを引き、円香チャンを負ぶる笠松を先に入れる。続けて後ろにいた緑間と原、実渕が入ったのを確認してワシも敷居を跨いだ。ドアを閉め、一息つく。この部屋はカードキーのロックはあらへんけど、人がいれば入ってこないようやから大丈夫やろ。嫌ンなるほどよう出来た設定やわ。
 
「みんなお疲れサン。成功や」 

ホッとした顔を浮かべる面々。原だけはさっさとダイニングへのドアを開けて入っていく。裏切らんなぁ。  
  
『笠松先輩、ありがとうございました』

「あっ、あぁ! お、おお下ろすな!!」
 
「カッコ悪いのぉ。最後までしゃんとしといたらええのに」
 
「うるせぇ!」
 
耳まで真っ赤な笠松はしゃがみながらワシに吠える。円香チャンは苦笑してそこから離れ、数回咳をする。おっと、こんなとこで休んどる場合ちゃうな。

「円香!!」「椥辻先輩!!」「椥辻!!」
 
誠凛のカントク、桃井、それから伊月がダイニングから出てきた。相変わらず彼らに笑いかける円香チャンの背を押し、全員で移動する。

「花宮ー、至急吸入器の準備頼むでー」
 
「チッ。来いクソボエ子」
 
『あっ、その呼び方やめてって言ってゲホッゴホッ!!』
 
「こらこら、叫んだらアカンて」
 
背中を擦ってやれば、悔しそうに眉を寄せられる。中学ん時からオーボエ担当やった円香チャンを文字ったあだ名は、可愛くないと本人に不評や。それを知って使っとるんやから花宮は小学生から成長せぇへんなぁ。
吸入器を手に持つ花宮についてダイニングを出ていく3人。円香チャンはあんまり吸入器を使っとる姿を見せたくないようやし、眠くなってまうからな。緑間と花宮の前なら気兼ねせずしっかり休めるやろ。

「あーもう! こんなことなら私も吸入器のやり方知っとくんだった!! 何であんなヤツに!!!!」
 
「まぁまぁ、リコにも後で教えてやるから」 
 
「!? そうよ、鉄平も知ってるじゃない! 花宮からあの役ブン取って来なさいよ!」 

「んー、俺より花宮たちの方が適任だからなぁ」
 
「はぁ? 何よそれ」

彼女の訝しむ視線に木吉はただ困ったように微笑むだけで何も言わんかった。それを見て全てを悟る。…………そーか。自分、そこまで知っとったんか。赤のカード持っとるだけあるわ。あれから支えてくれたんは木吉やもんな、可笑しな話やない。
天然ではあるが決して頭の悪いタイプではなく、だからこそ色々と不安もあると思う。どっかで時間取って木吉とも話とかなアカンな。
 


さて、落ち着いたところで報告でもしよか。その為に赤司を見て背筋が凍った。「ちょお待ち」駆け寄りドアノブを持つ腕に触れる。
 
「今回の報告しよと思っとんねんけど、どこ行くん?」
 
「この先、花宮さんや木吉さんだけが吸入器を操作できるのは危険です。おふたりが居ないときのために俺も知っておきたい」
 
「ワシもおるで」
 
「少しでも多い方がいいでしょう。…………どうしましたか、今吉さん。何か、不都合でも?」
 
コイツ…………。    
いつもより目を開けて、しっかり見下ろす。不都合ありまくりや。吸入器を作れるんはまぁ良しとしても、あのポーチの中にはチェスのコマが入っとる。今赤司に見られるわけにはいかへん。
 
赤司はワシを見上げて、それから他の連中には聞こえへんような小さな声で付け加えた。

「例えば……椥辻さんの救命道具なのに、四六時中ずっと花宮さんが管理している理由、とか?」
  
ほーう? そないなことまで言うてまうか。そうくるんなら、こっちも相応の態度取るで。 
先の赤司とは対照的に、しっかり他の人に聞こえる声を出す。 
 
「───せやな。正直、円香チャンの救命道具に触らせられるほど、ワシは赤司を信用してへん」
 
「今吉先輩!?」
 
桃井の驚いた声が響く中で、ドアノブを赤司の手ごと上から掴んだ。なんや、冷たいやん。心が冷たいんはワシの方か、傷付くわぁ。

「それはお互い様の話やろ? それに、赤司は “そういう役割” や。ワシと花宮が円香チャン側にいる以上、公平に見れる司令塔は自分しかおらん。…………審判は、自ら手を下せる方法を持ったらアカンで」
 
「……………………分かりました。確かにその通りです。残念ですが、諦めましょう」
 
ほーら、言わんこっちゃない。諦める時点で、何か目論んどったやん。ま、おおよそポーチの中身を怪しんどるんやろうけど。そうとなればこのワシの対応も疑心を増幅させてしもたかもしれへん。とはいえ、最善策なのは間違いない。もう少し、円香チャンの必要度と信用を他の人間に埋めてからやないと…………チェスの話は出来んわ。

いやはや、それにしても赤司は目敏すぎて侮れんなぁ。ワシも、もーちょい気を引き締めていかんと、……足元掬われそうや。