×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

アリウムの唄

僕は誰かに認められたいんだ

赤司に呼ばれて近づこうとした女を、本当に聞こえているのか未だ俄に信じられねぇ高い声が引き止める。

「マッテ! ユーキ モ ツレテッテ!」

『あ、うん。いい、よっ!?』

承諾者が手を伸ばすより先に、ぬいぐるみが飛び付く。とはいえ、短い腕だけで貼り付くのは無理な話で、慌てて落ちないように掬い抱えた手があった。

「アブナー」

『そうだよ危ないよ!?』

まるで本当に幼女を叱るみたいに注意する姿に、どうしてか嫌悪感が無くならない。あーーホント、ムカつく。何でそんなに普通なんだよ、敵だったらどうすんだよ。……やめてくれ、 “日常” を持ち込むな。
元より人相が悪い自覚はあるが、今はわざと眉を寄せてしまう。そんな俺の視線を知ってか知らずか、まるでどこ吹く風で俺の前を通りすぎて赤司の隣に並んだ背中は細く小さい。頼りないことこの上無いのに、俺らは───俺は、ソイツからいつの間にか恐らく凄げぇ恩を買っちまってる。

ぬいぐるみを片手に、カードを取り出した椥辻。この部屋の外に広がる廊下に似た、少し鈍い赤色は、全員の視線を悠々丸飲みした。
“&” と書かれたパネルを一瞥してから、彼女はこちらを振り返る。俺と目は合わなかったと思う。

『通します』

宣言が耳に入ると同時に、その声を追う影が視界を少し変える。話したことのない緑頭のソイツは奇しくも俺と同様に眉を寄せて、椥辻の後ろについた。

「ダイジョーブ ヨ、 オニーチャン。ダッテ ココハ ユーキ タチガ ツクッタ アンゼン ダモン」

「……信用に足りん」

「フフ、 オニーチャン ハ シンパイショー ナンダネ」

「うるさいのだよ」

テーピングの無い手がぬいぐるみの頭を鷲掴む。そんな緑間を見上げた椥辻がそれっぽく叱った。

『真太郎! めっ!!』

「な、」

「ぶっはwwww “めっ!” てwww 真ちゃんwww 子ども扱いwww 無理www 尊いwww」

「黙れ高尾!! 俺は子どもじゃない!! 」

「いいからさっさと通せよ轢くぞオメーら」

あっと言う間に賑やかになる室内。桃井はクスクス笑っていて、相田は呆れた苦笑いを浮かべる。
恐怖でいっぱいいっぱいだった様子のマネたちの心労が和らぐのは良いことだと思う。……それは、分かってるけど、……まるで危機感の無い空間を疎ましく思うのは俺だけかよ。
場違いなのが自分であるような錯覚。ため息には程遠い嫌気の吐息を、どうしてか隠すように溢す。何で俺がこんなに気を遣わなきゃいけねーんだ、クソ。

和気藹々としている空間にお似合いと言うべき笑みで、椥辻はもう一度赤いカードを持ち上げる。

『中には何があるの?』


「フフ、 ナイショ! デモ ダイジナモノ ダヨ」


───ピピッと響いた電子音の3つ目は、1拍置いて何秒か長めに響く。その後にガチャンと聞き慣れた音がした。
どうやら鍵は解除されたらしい。
椥辻を先頭に、緑間と赤司が中を確認する。

『これは、』

「……キッチン、ですね」

「冷蔵庫に電子レンジまで。用意周到すぎるのだよ」

キッチンの言葉に、隣で桜井が若干反応した。そう言えば、先にこの部屋を探索していた赤司たちの話だと此処には他にもトイレや多くの寝室があるらしい。
ダイジナモノ、な。ハッ、と渇いた嘲笑が漏れる。それを誰かに視線で探り出されるよりも早く、最悪な比喩を口から出る。

「ンだよ、ここで暮らせってか?」

そう言ってから、胸にどす黒いものが渦を巻いたのを覚えた。
最悪なのはその台詞だけじゃない。いや、文字通り首位を得るのなら、それもまた間違いだ。両脇で4つの瞳が俺を怯えたように見上げるのは、それこそ視なくたって分かる。本当に酷いのは、女子のみでなく男子も含める全員の不安を煽るようなことを言ってしまう自分の脳ミソだった。挙げ句、この行為が散々な思いを抱かせた椥辻とは正反対のものなんだから尚更に質が悪い。

誰にでもなく自分に舌打ちをして、堪えきれずに「すんません」と呟いた。何に謝ったのか、どうして謝ったのか。それを問われないのは居心地が悪すぎて……、消えてしまいたいと、本気でそう思った。
そんな俺の背上に2点、何かが軽く触れる。

「なんや、随分と仰山な家族が出来てもーたなぁ」

「多すぎるからせめて学校ごとに分けた方がいい。な? 若松」

優しいという以外に表現できないそれらは、少しあとに伴う声と共に俺の心に沈んだ鉛をすっかり取り去ってしまった。上手く仮面も着けられずガキみたいな反応をした自分にとてつもなく恥じらいを覚えて、顔を合わせられない。
けれども、何とか諏佐さんの言葉に「青峰みてーな弟はいらねーっす」と返しておく。

「あァ? 何で俺がオメーの弟なんだよ」

「年齢的に妥当だろうがアホ峰」

「身長は俺の方が高いしバスケも俺の方が「大ちゃんは小学生だよ、脳内が。」真顔で言うんじゃねーよ」

ボコ、と軽く頭を叩かれた桃井が「いたーーーい!」と嘆く。それを桜井がおどおどと宥めて、今吉さんが青峰を説いて。どこか柔和な笑みで一連を眺める諏佐さんは、俺に「悪くないよな?」と問うからズルい。
まさかの身内から始まった家族ごっこの話題には、その手が好きそうな黄瀬と高尾が即感染した。

「俺たちんところは、笠松センパイがお父さんで小堀センパイがお母さんッスね!」

「秀徳ママンは不動の大坪さんっしょ! で、木村パパンに宮地長男。俺と真ちゃんは双子で、円香サンが真ん中の四人兄妹弟きょうだい!」

「おい待てよ高尾。何ちゃっかり会長取ってんだアホ」

「そうよ。円香は私と双子の姉妹に決まってるでしょ」

心底どうでもいい論争が向かい側で勃発。気にくわない相手が好印象よろしくなネタにされていることが殊更気にくわないのは、俺が所詮未成年のガキだからだろうか。……早く大人になりたい。今吉さんや諏佐さんみたいな(たとえそれが嘘であっても)余裕さがあって、他の人の為に動けるような人に。
そう願った刹那、直ぐ側で “俺の憧れ” という舞台から飛び降りる気配がした。

「いやーどっちもちゃうわ。円香チャンは随分前にワシと籍入れとんねん」

「ハァ?」

いつの間にか俺たちに一番近いイスに座って腕を組んでいた親役は、不満を声に出した宮地サンだけでなく、緑間や花宮に鋭利な視線を投げさせる。
その上、諏佐さんがわざとらしく口許に手をあてて一言。

「……やだお父さん、不倫…………?」

「あちゃー、やってもうた。しかもどっちかっちゅーと諏佐の方が後釜やし……」

「え、待って。円香サンの、ってことは、今吉サンが義理のお兄さん……??」

「黙れ高尾。そんなの認めないのだよ」

「因みに緑間と花宮がワシらの子どもやから」

「おっとーー!? じゃあアレかな!? 真ちゃんは甥っ子ちゃんかな!?」

カオス。ノリがいいやつらだけで広がる世界に付いていけないやつは多く、もちろん俺もそのうちの一人だ。

「なんでそうなるのだよ!!!!」

「つーか俺を巻き込まないでくれますか? 他所でやってくださいよ」

「何を言っとるねん花宮。自分が円香チャンと兄弟はイヤや言うたからこの設定ができたんやろ」

「言ってねーよ死ね!!」

敬語を易々と外して暴言を吐く花宮に、今吉さんは存外楽しそうに笑う。兄弟はイヤ、ってことは……そういうことなのか?
もう一人の当事者に目を向ければ、なにやら嬉しそうにニコニコ微笑んでいて。

『真太郎と真くんは兄弟だから同じ漢字が入ってるんだよ』

「そんなわけないのだよ! というか、この設定を認めたら円香は今吉さんに不倫されてるのだよ!」

『うーーん、そうか……』

「しまった、ワシは罪な男やった……」

「死刑なんでとっとと死んでください」

今吉さんの方は一瞥もしていないのに冷めた目をする花宮は、言いながら椥辻と赤司の方へ歩いていく。そうして誰よりも早くキッチンの中に入れば、椥辻が弾かれたようにその後ろを付いていった。
今吉さんは「相変わらずツレへんなぁ……」と苦笑いをして立ち上がり、緑間と赤司も追ったその路を同じように辿っていく。


「……とりあえず、食料の問題はなんとかなりそうだな」

「俺、ベッドが何個あるか数えてきますよ。そんで寝る人交代で決めるってのはどうですか?」

「日向に賛成だ。普通にみんな部活終わりだろうし、一度しっかり休息してからのほうがいいかもしれない」

「一階にいたバケモノとユーキのこと考えれば異世界っぽいし、現実の時間は大して進んじゃいねーだろ」

笠松さん、日向、大坪さん、福井さん。ここに残った各校の主将の話し合いで、日向と大坪さんが部屋を出ていく。一方、キッチンから出てきた今吉さんは大声で桜井を呼んだ。

「あとは火神と水戸部やな。実渕ー、自分料理できるかー?」

「えぇ、多少なら」

「ほんなら集合や。他はイスにでも座って待っとれ、腹拵えさせたるから」

収集をかけられた料理できる面子が抜け、指示された通り何となく学校ごとに纏まって座る。諏佐さん、青峰、桃井、俺の順で円卓を囲めば、隣から残念そうな声がした。

「私も手伝いたかったなぁ。キャプテン、どうして呼んでくれなかったんだろう」

「ンなことしたら全員が生きることから脱出しちまうだろーが」

「どういう意味よ! そんなことないもん!」

「理解してンじゃねーか」

気怠そうに座る青峰。桃井は最初の頃よりだいぶ和らいだと思うが、やはりまだ気を張っているのを感じる。諏佐さんはくつくつ二人のやり取りに笑っていて、……俺はここにいる誰よりも神経を使って周りの状況を掴むのに必死だ。それは何よりも自己保身の為だと分かっていて、所詮偽善者にすらなれないのだと思えば嗤いそうになった。



───ここにいる人は、何があっても、絶対、私の大切な人だよ。だから全力で守って。……例え私を守れなくても、皆を守ってほしい───



忌まわしい音が、台詞が、…………思いが。灰色に染まり切った俺の脳裏にこびりついて、離れない。いつか自分は、あのキレイでどこまでも真っ当な考えに救われるんだろう。自己犠牲が正義だと疑わないソレは、どんなに中身が白くたって灰色に混じってしまえば終わりだ。汚く濁って、嫌悪感を抱かせる。

アイツは、俺らから “信用” を得られるよう意識していると言った。
でも、口先だけじゃどうにでもなるその言葉は胡散臭い。邪魔者という役目を受け入れることも、それで俺たちを守ろうとする方法も、間違ってる。

「バカっすよね、あの女」

「どこらへんが?」

「全員で出なきゃ意味ねーのに」

「……そうだなぁ」

俺の言葉に、諏佐さんは相変わらず優しい表情でゆっくりと頷いた。

もしあの言葉通りになってみろ、俺らは晴れて人殺しだ。そんなことで現実に戻っても、まともな精神で生きていける自信なんてない。それこそ桃井のポイズンクッキングが必要になってくる。
大体、邪魔者である以上この世界から排除されようとしているのはアイツの方だ。……壊れたり、殺されたり。そういう可能性が一番大きいのは自分なのに、よくもまぁ易々とあんな暴言を吐けたものだ。

「ッあーー!! 考えれば考えるほどイライラしてきた!! だから嫌いなんだよ女は!!」

チャラチャラしてるのも、化粧が濃くて原型止めてないのも、香水臭いのも、男を金づるだと思ってるヤツも好きじゃない。女は守られていりゃいい。それは割りと本当だと思う。けど、それを当たり前だと思ってるヤツも嫌いだ。でも、逆にああやって男を守りに行って傷つくヤツもすげぇ嫌なタイプになる。

ヒーローに憧れた時期がなかった訳じゃない。覆面ライダーだって毎週チェックしてる。
けど、もうそんなものを夢にできないくれェの知識は付いていて、純情さも失ってる。テレビのなかであんな風に捨て身で動けるのは、そういう能力があるからで。何も持たない、バスケしかしてこなかった俺に出来ることじゃないと解っている。
それでも今だって、誰かを守る人をカッコいいと感じてしまう。別にヒーローになりたいわけじゃない。ただ、男としてそれくらいの価値観やプライドは残ってる。


偽善っぽい行動はやめて欲しい。裏を読んじまうから。
もっと怖がってくれねぇと、そうしていられる “何か” があるんじゃねーかって思うんだよ。
信じてばかりじゃ、なにも守れやしない。これは事実だ。でもコレが理由で俺は、アイツを疑わずにいられなくなってる。

だから、やめてほしい。疑わせないでほしい。
何もかも面倒くせぇんだ、大人しくしてろ。余計なことしねぇで桃井たちと一緒にいてくれ。そこで時折不安になって、楽しいときにだけ笑ってりゃあいんだよ。


女に守られるなんて、真っ平ごめんだ。
頼むから、……俺をこれ以上悪者にさせんな。