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アリウムの唄

そうして証明書を作ろう

ユーキと名乗るクマは「ヤダ!!」と叫んで、それから誓う。言葉通り、 “何があっても俺たちを優先して守る” と。…… “だから嫌いにならないで” 、と。時折えぐえぐ嗚咽が混じったそれは涙なんて見えずとも小さな子どもが泣いているとしか思えないもので、椥辻さんは謝りながらあやした。

それから、泣き止んだユーキの指示で機械を使ったカード作りが始まる。説明には若干あやふやな部分が見受けられたが、その辺りはなんとか自分達の頭で補った。
そう、問題なのはそこじゃない。……作り方があまり良くなかった。まずはボタンでカーソルを操作して画面上で自身が持つアルファベットや記号を設定する。そこまでは何てことなかったが……。

『いっ、』

「円香!?」

『ったぁ……。大丈夫、ちょっとチクッとしただけ』

指紋認証の時にあるような指を入れる部分からは針が出るらしく、本人かどうかを血で判断するという悪趣味なものだった。真っ先に作ると言って聞かなかった椥辻さんは、緑間を苦笑いで落ち着かせる。
その間にピーッと音が鳴って、下部からカードが出てきた。それを見た彼女は感動に近い声を上げる。……本当にこういうのが好きなんだろう。葉山さんや高尾たちと同じ反応に、幼馴染みは呆れたように見下ろす。

次に名乗り出たのは、その幼馴染みだった。痛みが来ると知っているからか、右手人差し指を差し出して気難しい顔で臨むのを椥辻さんが昔話で和らげようとする。

『針と言えば、真太郎小さいときから注射苦手だったよね』

「余計なことを言うな。うるさいのだよ」

「えぇーっ! 真ちゃんお注射嫌いだったんでちゅかー!?www」

「………………………………」

「ちょwww 無言やめてwww ゴメンてwww」

「終わったのだよ」

『あれ? 痛くなかった?』

「あの程度の痛みなどヤツへの殺意に混ぜれば大したことない」

「真ちゃん? その卵どっから出したの??」

ジャージのズボンから出された殻の赤い卵に高尾の口角が引き攣る。その横で椥辻さんは出てきたカードを取って色を確認した。彼女と同じ色だったようで、『お揃いだね!』と笑みの含んだ声が聞こえる。

『あれ、』

「どうしたのだよ」

しかし、椥辻さんはカードを取り去った機器を見下ろして首を傾げていた。その声に応えるのは卵を手にしたままの緑間で、彼女は彼を見上げて機器を指す。

『確か、Aって誰も持ってなかったよね?』

「あぁ。そのはずだが……、」

『でもほら。ここ、さっきまで濃かったのに薄くなってるよ?」

「見間違いじゃねーだろーな?」

『ほ、本当だよ!』

疑ってかかる花宮さんを手招きして、椥辻さんはアナログな液晶を示した。俺や今吉さんも一緒に確認するが、アルファベットの選択画面には確かに隣のBとは明らかに濃さが違うAが映っている。
今吉さんがそのまま左矢印のボタンを2回押せば、一番端だったAの左に!と&が続けて表れた。

「円香チャンのマークは濃いまんまやな」

『こっちが消えてもいいんですけどね……』

「……とりあえず次はワシがやってみるわ」

それからもう4回ほど左ボタンを押して、今吉さんがWを選択する。同様のやり方で進め、出てきたのはまたしても赤いカードだった。
液晶は最初のアルファベット画面に戻り、先頭にAを置いてB、C……と並べている。右端のFまで薄くなっている文字はなく、彼はそのまま画面を右に流した。

「で、今度は……、───おった。 “I” やな」

「I……。そっちも誰も持っていませんね」

「せやけど、お次はちゃんとWも消えてるで。緑間、さっき選んだんはCやのうてKやな?」

「はい。……Kも薄くなっています」

俺の言葉への返しをしつつ画面を幾つか操作する今吉さん。彼が緑間に確認した通り、薄くなったKは確かに緑間が作ったカードと文字と一致している。
───となると、考えられるのは……。

「カードを作るごとに誰も持たねぇマークが消えるが、1文字につき1人とは限らねぇってとこだな」

『それに、選択肢が減るのもちゃんとそのマークの人数分が登録されなきゃダメってこと?』

「花宮と円香チャンの案が一番ソレらしいな」

俺もおふたりの意見と同じだ。
椥辻さんの時に何も消えなかったのは、彼女だけが持つ記号じゃないから。逆に緑間や今吉さんは1人用のアルファベットに登録した為に1つずつ選択肢が消えたのだと考えるのが無難だ。
しかし、可能性としては彼女のカードがアルファベットではなく記号だったから、というのもあるだろう。……今言葉にするのは賢くないし、恐らく今吉さんたちも解っているだろうから黙っておくが。



それから、緑間の2枚目や高尾を皮切りに着々とカードの発行および登録が始まる。先に受けた痛みを少しでも紛らわしてみせようとしているのか、誠凛のカントクさんと桃井の認証の時間には椥辻さんがずっと手を握っていた。……計算だとしたら、末恐ろしいものだ。

最後に作った桃井のカードが出てきた時点で、これまでと違った電子音が流れる。……終了の合図では無さそうだが……、

『どこか開いたのかな?』

呟く椥辻さんに、なるほどそういう考えもあるのかと視野が広がる。どこにどんな伏線が張ってあるか分からない分、いつも以上に柔軟さを求められるな。

全員分揃ったカードには、無論俺の分もある。血がぷくりと滲み出る指を舐めながら確認。見た目や感触は普通のICカードとなんら変わりないもので、一気にリアリティーを覚える。
予想通り、カードのタイプは2種類。色によって分けられていた。真ん中に書かれた記号の字体はどちらも黒だが、ベースが青空より少し濃い水色のものと、なかなか自分の頭髪に近い真っ赤な緋色……いや、朱殷【シュアン】と言うべきかもしれない。謂れの通り、全員に等しく流れるものにそっくりだ。

「見たところ帝光中の奴らは水色って感じだな」

「で、緑間は両方か」

「真ちゃん絶対悪いことしてんじゃん……」

「うるさいのだよ」

秀徳の大坪さんと宮地さんが、緑間の手元を見て言う。高尾が眉を寄せてよそよそしく見上げれば、緑間が不満そうに顔を背けた。
確かに俺や虹村さん、灰崎を含める帝光中出身者の持つ色は一致していて、それは制服のシャツともリンクする。
そして、

「ふは、円香が赤ってことは、帝光中が嫌われポジションってわけだ」

「オメーも絶対水色の間違いだろ」

「あ゙??」 「大ちゃん!!」

花宮さんの言うとおり、椥辻さんの持つカードは赤く染まっている。そこにいるクマの言を信じるなら、絶大な歓迎を受ける彼女と違う色であるコレは悪人の証だ。
恨まれることを “悪いこと” というのなら、身に覚えがないわけではない。それこそ、この色が示すように俺たちは中学時代に大勢の人間の心を弄び、傷つけてきた。だが、灰崎は未だしもそこに桃井や黒子、況してや虹村さんがいるのは納得できない。頭数に数えられてしまったなら、それは巻き込まれただけで……、

──────!!

洛山の先輩方が座っているテーブルに目を向ける。……まさか、カードを持たない人間も? 俺たちと一緒にいたからココに来てしまったのか?
だが、紙を持たせたりする余裕があるのに、なぜこうも人の選別が杜撰なんだ。……いや、違う。……俺たちにとって、大人数の方が圧倒的に不利だからか。

今まで自覚しなかった可能性に、ズシリと心臓に鉛を沈められた感覚がする。


「そうなると、赤いカードがクマに感謝されてる面々になるわけだが……、謎だな」

「今吉、花宮、木吉、緑間、椥辻と誠凛のカントクさん。そんでもって高尾か……」

「お前だけなんか違うよな」

「解ってた!! 感じてた!! 改めて言わないで下さいよ宮地サン!!」

木村さんの台詞に再度大坪さんたちが口を開く。水色じゃない理由は帝光中出身かどうかで済ませられるが、そもそもなぜ彼が選ばれたのかが疑問だ。

椥辻さんをキーパーソンにするのはもう揺るがせられない事実であるとすると、彼女と長く関わりのある緑間、今吉さん、花宮さんまでは理解できる。木吉さんと相田さんも、名前で呼び合うくらいには他のメンバーと何か差があるんだろう。
……では高尾は? 仲良くなり始めた時期は緑間と出逢ってからになるのだから、他の秀徳生と大差ないはずだ。それこそ、同じ学校である黒子や火神よりも付き合いが無いのが普通。聞くところによれば緑間を介して何度か遊んでいるようだから、あるとすればそこに何か鍵があるのかもしれないが……。

「俺たちも感謝されてるのかぁ。なんもした覚えないんだけどなぁー」

「シタヨ! オニーチャン タチハ オネーチャン ヲ マモッテクレテル カラ!」

高尾の呟きに、耳聡くクマが補足する。……椥辻さんを守っている人たち、か。やはり、ただ仲良しなだけではダメなんだろう。何か共通するものがあると見て良さそうだ。

「何から、ってのは聞かない方が良さそうだな」

『……鉄平くん、そのことだけど、私なら平気だから、』

「ダメだ。平気なわけないだろうバカめ。お前を犠牲にして知り得た情報など何の価値もないのだよ」

『でも……っ』

「円香、緑間の言うとおりだよ」

『っ…………ごめんなさい、』

申し訳なさそうに俯く椥辻さん。謝ってる理由は言わずもがな、だが。とうとう俺も他人事には出来なくなってきた。ココにいるべきでない人たちを巻き込んでいるのは彼女だけじゃないのだから。

水色のカードを見下ろす。これで、彼らを全員守れるならいいけれど、……俺ひとりじゃどうにもできないのは明白だ。出来れば避けたかったが、やはり最悪の事態となっても椥辻さんと別行動を取ることは厳しいだろう。
知識、行動力、そして彼女が引き連れていくであろうメンバー。同じカードを持つ緑間同様、今吉さんや花宮さんの頭脳を失うのは賢明とは言えない。まぁ、そもそも今のところ不穏な行動はないからこのまま杞憂であって欲しい。 “信じさせる” という観念を履き違えている気もするが、精一杯なのは伝わっている。敵として視るには、些か情を貰い過ぎた。


「そういえば、 “M” はやっぱりシュウじゃなかったんだね」

「あー……、まァ拾ったヤツだからな。とはいえ、全員やるわけにはいかねーし……」

「誰なのか示す物があったりすればいいけれど……」

「だな」

虹村さんが持っていたもう片方のアルファベットは、彼を適合者と認識しなかった。指摘した氷室さんの言う通り、本来の持ち主を示す物がなければいつか行き止まりになってしまうだろう。

もう一度アルファベットを選択するメニューに戻る。

「……ふたつか」

「征ちゃん? どうしたの?」

「どうやらM以外にも見つけなきゃならないものがあるようですよ」

俺たちが既に所持して作成したカードは16枚。最初から選択可能だった文字は、アルファベット26文字に加えビックリマークとアンパサンドの合計28文字。
誰も所持していない文字数は12文字だが、未だ液晶に映るのはたった3文字だ。椥辻さんの文字以外は消えているから他は全て1人用だったとすると、消える選択肢は15文字。つまり、消せる選択肢は全て消した計算になる。

「必要なのはOとM、それから椥辻さんと同じアンパサンド─── “&” 【アンド】の持ち主です」

「さて、それをどうやって探し当てるかっちゅー話やけど」

『流石にどこかにヒントがあると思います。せめてアルファベットの意味が分かればいいんですけれど……』

確かに、今現時点で役割が明らかなのは花宮さんの “Destroyer” のみだ。……彼がその役回りになったのは、くじ運なのか現実と関わりがあるのかまで分からないが。


そう言えば。探索に来たときに確認した、左方の壁に繋がるドアを閉ざすカードリーダーも機能するようになったということだ。確か、傍にあったパネルには “&” と書かれていたはず。
近づけばやはり予想通りで、取り付けられた機器の中では赤いダイオードランプが1つ点灯している。

「椥辻さん」

『は、はい!』

「ここの扉、貴女なら開けるかもしれません。すみませんが、そのカードで試してもらっていいですか?」

頼みに応じた彼女も、パネルに書かれた文字を見て察したようだった。話が早い相手で助かる。───どうか、俺が最悪な審判を下すことのないことを祈ろう。きっとそれは、他の誰にも出来ない俺の役割だから。