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アリウムの唄

自分にしかできないことだから

「───ガ コワレタリ、 “コロサレタリ” シナイヨウニ スルノヨ!」

口が無いはずのクマのぬいぐるみは、確かにそう言った。僕を含めるこの場の全員が目を向けた先にいるのは、幼馴染みだという緑間くんをよろしくと頼んでくれた、優しい心と表情を持つ先輩。
縫い合わされた唇を解くと同時に彼女はソレを少し舐め、そうして誰より先に開く。

『……そう、ありがとう』

その一言で、凍りついていた空気にヒビが入った気がした。
僕たちにあの頼み事をしたときと同じように微笑んでいて、弱虫で情けなさを感じている僕にはどうしてと疑問ばかりが泡のようにいくつも浮かんで消えていく。だって僕だったらそんなセリフ、カンペに書いて提示されていたってあんな風に言えないだろうから。

誠凛の制服を纏う椥辻さん。我らが桐皇マネージャーの桃井さんや、誠凛のカントクさんとは違った唯一のバスケ部員じゃないヒト。若松さんなんかはとても……その、なんていうか、……疑い深く見ていて、だけど僕はどうしてもそうは思えない。全て演技でしたと言われたら哀しくなるけれど、……それでもその行動力に助けてこれまで貰っているのは事実だ。


そんな先輩の台詞に嬉々とするのはぬいぐるみだけだったけれど、すぐにソレも悲鳴をあげる。どうやら、怪訝な顔をする緑間くんの手にかなり力が込められているようだった。椥辻さんが止めるよりも先に、誠凛のカントクさんが追い討ちをかける。

「 “ありがとう” 、じゃないわよ!! どういうこと!? 壊れるとか殺されるとか、そんなの……!」

『リコ……!!』

「そんなの絶対許さないんだから!! 大体どうして円香が……!」

クマの頭を文字通り鷲掴む様子に、慌てて椥辻さんが間に入る。クマは意外にもアグレッシブで、頑張って短い腕を伸ばして対抗する。

「ユーキ ダッテ イヤダヨ! ズット オネーチャン ミテキタモン!! ダカラ ココニ イルノ!!」

「ずっと見てたって、なん「カントク!! ストップ!!」っ……伊月くん……」

その猛攻を止めたのは同じく誠凛の伊月さんだった。2回も対戦したことはあるけれど、あくまでもバスケ選手のPGとしてだけ。だから、当たり前かもしれないけれど、今の表情は試合の時のソレとは全然違っていた。上手く言えないけれど、正直コート上みたいに頼りになるものではなく……、苦くて、どこか寂しげで……、あぁ、ダメダメ!! こんな勝手に盗み見て印象付けるなんて、……スミマセン!!

「そのクマが言ってることが正しければ、それ以上は訊いちゃダメだ」

「え、……あっ……」

「とりあえず、椥辻の味方だって言うなら、信じてみよう。彼女たちは他にも情報を持ってるかもしれないし、ここで敵に回すのは得策じゃないだろう?」

穏やかに染み渡るような助言に、カントクさんはハッとした顔を浮かべてから哀しそうに頷いた。椥辻さんは苦笑いで両手を使って彼女の手を握り、引き寄せる。

『真太郎もそんなに力入れるならユーキちゃん机に置いてあげて』

「………………。」

口を真一文字に結んだ緑間くんも、無言ではあったけど元あった場所にクマを戻す。
最初と同じように座ったクマ、もといユーキちゃんは、コテンと首を横に倒して言った。

「オニーチャン タチ シリタイコト アルノ?」

「せやな。ワシらお兄ちゃんもこのお姉ちゃんもみんな円香チャン守りたいんや。良かったら教えてくれへん?」

応えたのは今吉さんで、まるで本当に小さい子どもと話すように膝を曲げて背中を丸めてユーキちゃんと目線を合わせる。意外にお父さん気質なのかも、ってスミマセン!!! また勝手な想像を!!

「ソレナラ イイヨ! エットネー、アノオモチャ ツカイカタ シッテル?」

一人で頭を横に振りまくる僕を他所に、ユーキちゃんは明るい声音で小さな機械に腕と顔を向ける。そこにあるのは、ユーキちゃんが喋り出すまで今吉さんや赤司くんたちで使い方を模索していたもの。
質問に否を返せば、嬉しそうに続きが始まる。

「アレハ トッテモ タイセツナ カギ ツクル ヤツ! 」

「鍵?」

「ソウ! アソコトカ オソトトカ ノ オヘヤ ニ イケルヨ! ソレデ ハイッタラ テキ ハ ハイレナイ!」

「なるほど。あの機械はカードリーダーを作るもので、その部屋には敵が入れないのか」

海常の笠松さん、洛山の赤司くん。それぞれの返しに、ユーキちゃんはしっかりと首を回して応えた。


そんな会話を聞きながら、僕はさっきの誠凛の方々のやり取りを考える。伊月さんがどうして止めたりしたのか、最初の意味が分からなくて首を傾げてしまう。敵に回さないっていうのはその通りだと思うけど……。
そう考えているのはどうやら僕だけじゃなかったみたい。隣にいた青峰くんが「なァ良、なんでアイツが何なのか訊いちゃダメだったんだよ」と僕に尋ねる。

「す、スミマセン! 僕もよく分からなくて……!」

「これだからアホ峰は……。赤司がなんで椥辻が勇敢な者なのか訊いたときに言ってただろ。 “今はまだダメ、コワレタリしないように、守るためにココにいる” って。つまり、 」

続きを促すようにチラリとこっちを見た若松さん。そこまで言われたら、もうほとんど解答を目の前に置かれているようなものだ。
声を抑えつけて、床を見ながら急激に渇いた口を開く。

「……も、もし答えを聞いてしまったら、……椥辻さんに何か危害があるかもしれない……」

「……ってことだろ、たぶん」

吐き捨てるように同意をくれた若松さん。いつも以上に眉を寄せて渦中に視線を送っている。


「エラバレチャッタ ナラ ツクレル ヨ!」

「選ばれた? どういう意味じゃ?」

「オジチャン カミ モッテル??」

「おじちゃん!?!?」

「カミ、ってのはこれか」

そこでは更に会話が進んでいて、陽泉の主将岡村さんが涙目になるのを尻目に霧崎第一の花宮さんがあの小さな紙を掲げた。「ソウ! ソレ!」頷くクマに、僕は慌てて振り返る。

だって、それじゃあ、……青峰くんと桃井さんも、……だけじゃない、今吉さんだって……!

ぞわぞわと背筋に鳥肌が波立つのが分かった。だけど僕はどうしたってそれを表に出さないでいることが不得手で、意気地無しで。青峰くんは呆れたように見下ろす。

「ンだよその顔は。別に何の問題もねーだろ。っつーか選ばれたとか逆にカッコ良くね?」

終いにはニヤリと笑った彼に、僕は口をギュッと噤む。
……そうであるなら、どんなに良いだろう。でも、選ばれた、じゃない。ユーキちゃんの言葉は、正確には選ばれ “ちゃった” だった。そこには後悔や残念と言えるような気持ちが溢れてるようで堪らない。
気づいてないのは青峰くんだけで、若松さんはため息をつくし、桃井さんは苦い顔で青峰くんを見上げて……、それからユーキちゃんの方へと視線を移す。しなやかな髪よりも濃い色で塗られた瞳に映るのは、誠凛のカントクさんと椥辻さんだ。……あぁ、そうだ、あのふたりだって……。

「選ばれたら何か不都合でもあるのか?」

誠凛の主将、日向さんが訊く。ユーキちゃんは勿論表情なんて変えないまま、「フツゴーッテ ナーニ?」と逆に訊き返した。……一体何歳なんだろう。日向さんは「あーっと、悪いこと、って意味だ。分かるか?」と言葉を砕いてみせる。

「ワカル! エットネ、スコシ タイヘン ナ ダケ! デモ ユーキタチ ガ アリガトーッ テ オモウヒト モ イルヨ!」

「……それは、椥辻さん以外に?」

赤司くんの質問はご尤もだった。椥辻さんが彼女たちにとって恩人だというのは、既に周知の事実。けれど他にもいるなら、話がまたすこし違ってくる。バスケ関係者が集められている理由にも繋がるはずだから。

「ウン! デモネ、カード ヲ ツクッテ カラノ オタノシミ!」

「カードで分かるってなら、二種類あるってことか?」

「タブン! デモネー、 ソッチジャナカッタラ、 ユーキ ハ キライー」

『え、』

「ダッテ ナニカ ワルイコトシタヒト タチ ダモン」

椥辻さんが不安そうに驚きを漏らす。ユーキちゃんは 「オネーチャン ジャナイヨ!」と立ち上がってテクテクと椥辻さんの前まで数歩歩き、それから両手を伸ばして彼女に飛び付いた。慌てて落ちないように抱え寄せつつ、椥辻さんは目を白黒させる。

「デモ、オネーチャン ガ マモッテ ッテ イウナラ、 マモッテ アゲルンダヨ」

『…………私が言わなきゃダメなの?』

「ダッテ オネーチャン ノ テキ ハ ユーキ タチノテキ ダモン」

『……そう。じゃあユーキちゃん。ここにいる人は、何があっても、絶対、私の大切な人だよ。だから全力で守って。……例え私を守れなくても、皆を守ってほしい』

───円香!! 椥辻!! 会長!!───

酷く自己犠牲が過ぎた台詞に、前々から椥辻さんと知り合いだった面々が諫める。中には乱暴な物言いで何度かびっくりさせられた秀徳の宮地さんのものや、かなり大きな声もあった。
けれど椥辻さんは全く臆すことなく、ユーキちゃんを両手で持ち上げて目の高さを合わせ真正面から告げる。



『じゃなきゃ私は、ユーキちゃんたちを嫌いになる』



強く発せられたこの宣言に、どれほどの覚悟があったんだろう。……きっと、これっぽっちも無いんだと思う。彼女には、今もこれまでも、いつだって身捨ての為の意気や葛藤なんて感じられない。
生来そういう性なのか、僕たちがそうさせてしまっているのか……、…………そんなこと、一生分からない気がした。