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アリウムの唄

枠に填めることは難しいけれど

全人類における女性は神に等しい存在だと思うし、それは俺の思考や感想に留まるだけでなく真理に近いものなんじゃないだろうか。だって俺ら全員女性がいなきゃ産まれてこれないわけだし、……いや、男も勿論必要だけど、身体や痛みを犠牲にしてくれるのは情けない話彼女たちで。……だからこそ俺ら男には、構造的にも力を与えられ、その尊き存在を守るという宿命があるはずだ。

それなのに。今の俺は不甲斐なくも全っ然それを為せていない。

「で、虹村たちがいた部屋で会長はその変な機械を見つけたんだな」

『うん』

探索の結果を報告する末尾、椥辻さんが見つけたという小さな機械が注目を集めた。日向の確認に頷く彼女の、膝上に乗っかったソレ。一言で上手く説明できない代物で、分かるのは片手で容易に掴むことができるサイズであるということと、背面からコードとプラグが延びていることだけだ。

「見たところコンセントも必要でしょうし……。やはり、皆で上の階に移動した方がいいと思います」

「俺も赤司に賛成だ。一緒に確認したが、ここよりベッドが多いのは確かだし、トイレがあったなら他の閉まっているドアにも生活空間があるかもしれない」

「ほんなら、鎧が言っとった “上に作った安全な場所” は恐らくその部屋っちゅーことになりそうやな」

「上に危ねェのは居なかったんだろーな」

『うん。とりあえずは、だけど』

「んじゃ、全員そっちに移動するとして、一応2組に別れるべ。高尾と伊月がいるから誠凛と秀徳は分けて───」



各校の主将(マイナス岡村プラス福井)に、椥辻さんが積極的に参加しているのを端から見ている俺。あぁ、なんてカッコ悪い。
新しく増えた虹村と灰崎は誠凛と陽泉の間に挟まれて事の次第を見物している。灰崎には色々思うところもあるが、誠凛の霧崎第一に対する態度を見ておきながらどうこうするつもりはない。

『私は誠凛として移動しますが、桐皇も一緒にしてもらっていいですか? 女子は固まった方が安心します』

彼女の言葉に、少なくとも視界にいた桐皇の美人マネは安堵の様子を見せた。赤司たちも異論はないようで、直ぐに頷いている。

「そうですね。では、誠凛、桐皇、それから洛山に虹村さんと灰崎を加えたメンバーで最初に移動しましよう。そのあと、残りの秀徳、霧崎第一、海常、陽泉でお願いします」

「ま、人数考えたらそうなるな。全員、直ぐに移動できそうか?」

確かに、誠凛だけやたら人数が多いのに加え、マネージャーがいる桐皇も考慮したらスタメンだけがいる学校との組み合わせになる。俺たちはスタメンに加えて中村もいるから一緒には行けない。ジーザス。
笠松がぐるりと円を見渡すのに合わせて、各々が頷く。どうやら女子勢も含めて問題はないようだ。皆が端に寄せていたカバンを取りに行き、先軍である面子が今吉の指示で並び出す。

「先頭はワシと伊月。それからすぐ後ろに円香チャンと……そうやな、根武谷辺りいっとこか。最後尾は赤司と青峰や。あとは適当に2列で組んでもろて、桃井と誠凛のカントクさんは真ん中におっとってな」

「それなら円香も、『私は何かあったときのために前にいるよ。リコはさつきちゃんをお願いね』……っ、分かったわ……」

そのやり取りに、また。心が苦しくなった。
自分の手を思わず見つめる。……ここに、すっぽりと収まってしまうほどの小ささだったのに。そんな彼女の方が何度も危険に身を晒して、俺は一度もそうしてないなんて。いくら好きで知識があるからといって、 “はいそうですか問題ありませんね” で済まされることじゃない。
グッと力を込める。こんなに加えたら、あの華奢な骨は簡単に壊れてしまうだろう。庇護欲を掻き立てる脆弱性は、誠凛のカントクや桐皇のマネとはまた違った種のものだ。
海常にも女子マネージャーはいるが、他校同様ひとりもココに来ていない。虹村たちのようにまだ合流できていない可能性ってのも低いと思う。俺たちをここに閉じ込めてるイカれた野郎は、この感覚のために彼女をキャスティングしたんじゃないかと勘繰るほどだ。

そんなことを考えているうちに、いつの間にか先行チームが出発していた。この部屋はあれだけの人数を収容するにはやはり少し狭かったけれど、こうも一気に減るとただのゲストルームにしては充分すぎる大きさだと感じる。
作為が入り交じりすぎた設定。……気味が悪い。

「森山、俺たちも行くぞ」

「あぁ、分かった」

笠松の声で重い脚を動かす。この廊下に出るのは、たった2回目だ。……なんて酷い経験値差だろう、本当に。今だけは俺を探索に入れてくれなかった笠松たちを恨んでしまいたくなる。役目を与えてくれないと、どうしたってあの子を守れやしない気がするから。



目的地の部屋に入ったことのある大坪たちを先頭に、俺らも漸く3階へ登る。階段の先は道が変な風に延びて狭かったが、それでもやはりこの屋敷は広いらしく、メインの場所まで出れば庭を彷彿させるガラス張りの部屋が目に入った。

「相変わらず金かかってんなァ」

そう言ったのは恐らく宮地の声だったと思う。その部屋───って言って良いのか分かんないけど───を右手にして廊下を進んでいく。ある程度のところでその動きは止まり、先頭の大坪たちが部屋の前に止まったのを察した。ここまで一つも入り口を見なかったから、かなり広いスペースなのかもしれない。

彼らが中に入っていく後に俺たちも続く。最後尾に笠松と並んでいた俺は、なんとなく開いていた扉を少し戻して表を確認した。別に先程までいた所とさして変わらないが、ひとつだけ。異様だと思えたのは、扉にわざわざ取り付けられたフックにかけてあるプラスチック製のプレートだった。
けれど。それを読解する前に、どこからかゴーン、ゴーンという音がこの階全体に響き渡った。本物を聞いたのは初めてだけど、いわゆる振り子時計とかについている一定の時間を示す───重々しい音。

「でけー時計でもあんのか?」

「みたいだな」

後ろにいる笠松の意見に同意すると、入らずに扉の前で止まる俺らを諏佐が振り返る。英語を読み直す前に「笠松。今吉が呼んでる」と言われてしまったのでとりあえず俺も部屋に入ることにした。
中はすぐに部屋があるわけじゃなく、コの字の開いている方を上にした形に廊下が伸びてその空間にある部屋にみんなで集まる。

大坪たちの報告通り幾つも並んだ円形のテーブルとイスに殆どの人が各学校ごとで分かれて座っていたが、一部例外もいた。
主将たちはひとつの机で集まり椥辻さんが持ってきたあの小さな機器を囲んでいて、そこに笠松も入っていく。けれど一番目を引くのは、その隣にある円陣だ。女子に高尾や実渕を混ぜた集団は恨めしいほど羨ましい空間に仕上がっていて、そんな蜜があるなら近づかない道なんてない。

「何を見てるんだ?」

『森山先輩』

振り返ってくれたのは椥辻さんで、「見てるのはクマですねぇ」と困ったように笑う。クマ? 視線を疑問に誘導させれば、確かにソコにはクマの人形があった。ぬいぐるみ、と言った方が正しいのかもしれない。テディベアと呼ばれる類いだろう。

『普通は破いてこの中に鍵とか入ってたりするものなんですけれど……』

見かけによらずバイオレンスな発言をかます彼女が誰も触れていなかったそのテディベアを顔の高さまで持ち上げたときだった。
ゲシ、と椥辻さんの顔に足が激突し、彼女の手から落ちる。だがそれは、無惨な姿を残す前によちよちと動き出して元から置いてあったように座った。

「「「き、キャアアアアア!!!!」」」

桃井さんと誠凛のカントクさん、それからなぜか実渕までもが叫びをあげて後退した。ただ、文字通り足蹴にされた椥辻さんは蹴られた箇所を押さえながらも白黒させていた目を輝かせた。……明らかに実渕と反応をトレードした方が良い気がする。
この叫び声で全員がこちらに集まってきてしまう。桃井さんに抱きつかれた黒子の「どうされたんですか!?」に、震える声が応じた。

「うご、動いたの!! 」

「え、」

「クマ、クマさんがっ、椥辻先輩の顔を蹴って……!」

「円香! 」

桃井さんが “椥辻さんを蹴った” という情報を流した瞬間に、緑間が立ち上がってこちらに来る。本人は『大丈夫だよー』とケラケラ笑って、彼の不安を払った。
そうして椥辻さんがもう一度テディベアに触ろうとする。何人かが彼女を声で制したり腕や肩に触れて牽制したが、自主的に引っ込めさせたのは彼ら人間じゃなかった。

「ユーキ ハ テキ ジャナイ!」

『っ、』

少し下がった椥辻さんを緑間が咄嗟に引き寄せる。テディベアは立ち上がっていて、指の無い丸い手を真っ直ぐ彼女に向けた。

「ナカミ ハ ワタ ダケ! ナニモ ナイカラ! ダカラ……!!」

『───分かった。破いたりしないよ、ごめんね』

そうか。さっきのバイオレンスな発言が恐かったのか。椥辻さんは眉を下げて申し訳なさそうに謝り、持ち上げたソレをぎゅうっと胸元に抱き締めた。うっわぁ……う、羨ましい……! 今だけは他のやつらに睨まれても成り代わりたい!! 俺にもその温もりと膨らみを!! ビバ谷間!!

『ユーキちゃん、でいいのかな?』

「ウン! オネーチャン ガ マドカ?」

『 ? うん、そうだけど……』

「ユーキ、マッテタ! アイタカッタノ!」

ユーキと名乗るテディベアは、目と鼻だけがついた口の無い綿でそう告げた。瞬間、空気が凍り、ゾクリと背筋が粟立つ。
名前を確認した、ということは。俺はもちろん、同じ女性である誠凛のカントクや桃井さんでもダメで、

『会いたかったって、……私に?』

「ソウ! ダッテ “オンジン” ダカラ!」

対象者は、椥辻円香───ただ一人。

『オンジン……、恩人? 私が?』

「アー、エット、ミンナ ハ ユーカン ッテ イッテタ!」

外国人が喋る、というよりは、AIやロボットの音声を聞いているみたいなカタコトの羅列。ぐるぐると部屋をなぞって渦を描いて、俺たちを飲み込む。
恐らく、この場にいる全員が眉を顰めただろう。そして一番強い力を使っていた緑間が、椥辻さんの上から質問する。

「下で喋る甲冑に会った。あれはお前の仲間か」

「カッチュウ……? ウーント、 シタ ニ イタナラ キット ユーキ ノ パパ “タチ” ダヨ!」

タチ、ってことは複数いたんだろうか。パパ、なら父親ってことで、……でもクマのぬいぐるみの親が甲冑?? どんな設定だろう。そうなると偉大なるマザーが気になるが、そんなことを聞ける空気じゃないことは察してる。

緑間はさらに眉間の皺を濃くして新たに問う。

「お前たちは何者なのだよ」

「オネーチャン ノ ミカタ! ユーキタチ ハ オネーチャン タスケニキタノ! ナンデモ スルヨ!」

今度は複数形じゃなく、オネーチャンだけを指していた。話の流れなら、クマも甲冑も椥辻さんの為に存在するということなのか。
困った顔をする椥辻さんから、緑間がゆっくりとクマを取り上げる。

「……俺たちの味方ではないのか?」

位置が高くなったクマを見上げて、今度は赤司が尋ねた。クマは首をくるりと回して、その愛くるしい表情に削ぐわない明るいトーンで返す。

「ソウ! オネーチャン ノ ミカタ! オニーチャン タチ ガ オネーチャン ノ ミカタ ナラ ユーキタチ モ ミカタ! テキ ナラ テキ!」

「どうして椥辻さんだけなんだ?」

「オンジン ダカラ!」

「キミはそう言うけれど椥辻さんは身に覚えがないらしい。具体的に教えてくれないか?」

「ソレハ マダ ダメッテ パパ イッテタ! ユーキタチ ハ オネーチャン ヲ マモッテ、 ココカラ ダシテアゲルノ!」

テディベアもとい、ユーキは手足をバタバタさせて言う。口調は小学生に上がるか上がらないかレベルの子どもを連想させるけれど、その年頃にはお約束なある種の残酷さを感じさせる台詞が部屋を更に冷たく凍らせた。



「オネーチャン ガ コワレタリ、 “コロサレタリ” シナイヨウニ スルノヨ!」



ドクリと、心臓が大きく脈を打つ。この場にいる全員の気持ちを想像する余裕なんて無いし、たとえ冷静だったってちっとも分からないだろう。ただ俺は、この瞬間だけ男に生まれたことを恨んだんだ。

───だってそうだろう。

どうして彼女なんだろうってことよりも先に、どうして俺もココにいるんだろうってことが頭を過って。それから追うようにして浮かんだ前者はもはや次いでのようで、罪悪感ばかりが沸いて。
それだけじゃなく、最悪な危険性に迫られる彼女を守らなければならない立場であることに一瞬恐怖を感じていて。


───男として最低だ。情けないったらありゃしない。


彼女の僅かに震える指先を認めてから、唇を強く噛んだ。