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アリウムの唄

僕で居られる場所へ

直進した誠凛・陽泉と霧崎第一たちに反するような具合で俺たちは左折した。右側にはガラス張りの植物園みたいな部屋を構えて進む。
向かい、左側の部屋はかなりデカいらしく、植物園の仕切りが途切れる辺りで漸くドアにありつけた。そこにはプレートこそあったが、中に書いてあるのは部屋の名前らしからぬ文───。

We can do this; it is all one could do.
You accomplish it by all means, and go out.
Don't mind fate,
'cause there is not in the world including God.
Good luck for a brave person.


さすがと言うべきか、即座に訳したのは赤司だった。
だが当の本人を含め俺たちはその意味に全員首を傾げる。主語も目的語も要領を得ないものばかりだ。
扉の横にはカードリーダーみたいなものが取り付けられていた。その機器上には赤と緑のダイオードも埋め込まれていて、今は緑が点灯している。

とりあえず部屋が開いているかを確かめることにした。ドアノブを握ったのは俺で自ら手を伸ばした癖に、それを捻る瞬間は首に変な汗が流れる。風も吹いていないのに気化したような冷たさが襲う。
───二度目の感覚に自分を嫌いになりそうだ。

奥には1階で見たようなバケモノがいるかもしれない。何か凶器が飛んでくるかもしれない。
年長者として、……キャプテンという名を背負うものとして。後ろに並ぶやつらやこの館にいる人たちを守りたいのは本音だ。なのにそんなものをまるで嘘だと言うように情けない恐怖が背筋をも冷やした。

椥辻たちはいつもこんな思いをしていたのだろうか。
一つ、意識して呼吸する。さっきも平気だった。こんなことに一々気迷いしていればこの先が思いやられるぞ。

「開けるぞ」

「はい」

赤司の凛とした返事は不思議と背中を押す。敵主将ながらやってくれるな、全く。



扉の先は意外なことに壁だった。かといって行き止まりなわけではなく、左右に道が伸び、更に目前右寄りには扉も見える。
部屋の中にまた廊下と部屋があるのは変な感覚だったが、まぁいい。

「左右二手に分かれるか?」

「そうですね。あちらの扉だけ開くか先に確認して、それから分かれましょう。」

そう言った赤司は、前方に見えるドアノブを捻る。キィと音を立てて新たに空間を生んだその中は想像以上に広く、奥には大きめの暖炉が置かれ、皺一つないクロスが敷かれた円卓のテーブルとイスがパーティー会場を想像させるように並んでいた。それと、中央のテーブルの上にひとつだけこちらを向いて座るクマのぬいぐるみ。

「……やだ、あのクマさんなんか怖いわね」

「───かなり良い代物ですね。触り心地が高級品のそれです。中に何かが入っていたりする様子はありません」

「装飾品、か?」

「……まぁ、とりあえず放っておこう。この部屋で隠れられるとしたら、テーブルの下だな」

「はい。紫原や根武谷さんには厳しいかもしれませんが……」

ぬいぐるみを触って確認する赤司、顔を歪める実渕と木村。猜疑心がかなり強まっていると言っても過言じゃない。
ぬいぐるみの話を俺が絶ちきれば、赤司が手中のものを戻して頷いて苦笑いを浮かべた。7人分のイスが囲うそこは俺としても窮屈だろう。

右と左にはまたどちらも扉がある。とりあえず右側を秀徳、左側を洛山が確認するが両方とも開かなかった。双方の扉にはさっきも見たカードリーダーがあり、ランプは赤に点灯している。

この様子に木村が両腕を組んで息を吐く。

「何かを通さなければ入れない、ってことか」

「だろうな」

「カードは見つかってませんから、今後はこれを集めていく形になるかもしれませんね」

「そうね。───あら、征ちゃん征ちゃん! ここコンセントあるわよ。ケータイ充電できるじゃない」

「便利ですね。電気も通っているので使えると思いますし……」

実渕と指の先を皆で追えば、暖炉の隣の壁、下方で確かにコンセントの差し込み口が確認できる。聞けば実渕は充電器を持ち歩いているらしい。俺も持っているし、危ない人たちには助かるだろう。


とりあえずここを出て、さっきと同様に左右に分かれて廊下を進んだ。俺と木村は左手に曲がり、その先に4つの部屋を見つける。右手に2つ並んだドアは全て開いたが、今までのようなカードリーダーはない。
手前の部屋には2段ベッドが両脇に設置され、少し広い奥の部屋だと左右に2つずつ。どちらもドアの向かい側に暖炉が置かれていた。

左手にあった部屋はひとつだが、その部屋の左壁と奥にもドアがある。どちらもカードリーダー付きのもので、ランプは赤。開かないのは何となく予想がついていた。
やはり、これを緑にしなければならないらしい。

「構造的にこっちのドアは向こうのリビングみたいなやつと繋がっていそうだな」

「あーあり得る。てか寝室多くねーか?」

木村の言葉通り、ここもまた寝室だった。さっき入ったふたつの部屋よりも大きいが、目を引くのはベッドと暖炉だ。違いで言えば空の本棚と机があることくらい。それと、ベッドの種類。2段でなくセミダブルと言われるものとシングルサイズが2つずつ。まるで病室みたいだ、なんて縁起でもないな。 だがこのサイズなら緑間や岡村、紫原たちでも問題ないだろう。


廊下に戻ると赤司たちは既に探索を終えていた。というよりかは、探索する手間もなかったらしい。

「すぐそこの出っ張り、───道の狭くなっているところですが、あそこはお手洗いでした」

「曲がったあの角を右折したところにもドアはありましたけど、カードリーダーが付いていて開きません」

赤司と実渕と答えに俺たちは相槌を返すことしかできなかった。こちらの方が幾分実のある報告になりそうだ。
ドアが開いたこと、それから全て寝室だったことを告げると赤司が顎に指をかける。

「ふむ……。今の2階の部屋よりは随分居心地が良さそうですね。……いっそこちらに全員移るというのはどうでしょう? トイレがありますから、もしかするともっと日用的な部屋かもしれません。鍵となるカードさえ見つければかなり快適に過ごせそうですよ」

「確かに。この階にも変なのはいないようだしな」

「でもあのぬいぐるみは気になるわ」

「ちょっと不気味ですが、所詮ぬいぐるみです。俺たちが敵わない相手ではないでしょう」

そりゃあそうだ。1階の化け物とはレベルが違う。

今吉にも提案するとして、この部屋の探索は終わった。元の廊下に戻り、目の前にあのガラス張りの部屋を見る。中には霧崎第一が入っていて、原がゆらゆらとテキトーに手を振った。
すぐ左手は壁だが、俺たちが向いている向きの直進方向に道がある造りだ。そのまま道なりに足を運んでいくと、右手にガラス張りの部屋の入口がある。ここだけドアノブがない自動ドアらしいが、プレートが掛かっていた。

「【Botanical Garden】……中庭ですね」

「庭、なのか?」

「庭というよりかは植物園って感じだわ」

「……中庭にしといてやろう」

霧崎第一が調べているということで通りすぎると、前方に海常・桐皇ペアを見つけたので彼らに手を挙げる。

「小堀、諏佐。お疲れさん」

「お疲れ。残念だがここの部屋は開かないぞ」

こちら側に歩み寄ってくる4人。ふいに視線を俺たちから見て左に向けた小堀が、さっきの俺のように手を挙げた。

「福井、お疲れ。そっちはどーだ?」

「おう。こっちも開かねーよ」

「そうかー、残念」

どうやら左手の方向には陽泉・誠凛ペアがいたらしい。彼らも角から姿を表し、十字路の辺りで六校が集まる。

『大坪さん、木村さん、お疲れ様です』

「あぁ、椥辻もお疲れ。何も危なくなかったか?」

『はい、大丈夫ですよ。ありがとうございます』

柔らかく微笑む椥辻には、どうしたって俺も木村も頬が弛む。何度秀徳生であってくれと思ったことか。もう卒業してしまうが。

中庭にいる霧崎第一も含めて、これで全員合流したな。
桐皇の若松がガラス張りの部屋を見て口を開いた。

「あ、霧崎第一のやつらもあそこ調べてんのか」

「色々あるから、あそこはちゃんと高尾や椥辻さんたちに別で探索してもらったほうがいいかもな」

『分かりました』

諏佐の返しに含まれた名前と元気良く応えた声に少し呼吸が深くなる。───仕方ない。椥辻は今回とても重要な役回りだし、彼女自身がそうやって動くことを望んでいる。───解ってはいるが、やはり多恵と同じように思える存在だ。できれば危険に晒したくないんだけどな……。



ドアが開かなかったという他方に、俺たちはカードリーダーの存在を訊く。どうやら小堀たちの方は付いていないらしく、普通の鍵を探すことになりそうだ。
対して椥辻たちの方のドアはカードリーダーみたいなものが取り付けられていた。部屋のプレートは【E. W. S. N.】という言葉ですらないもの。機器の上には長方形の黒く薄い箱が埋めつけられ、中で赤いランプが4つ点灯していたらしい。

粗方調べ終わったようだから2階に戻ることにする。霧崎第一にも声をかけたが、彼らはまだ2階を探索したいらしい。
会話のすがら、学校ごとではなく学年ごとになんとなく纏まる。伊月と椥辻、それから赤司と実渕が先を行き、俺は木村・小堀・諏佐と一番後ろを歩いた。先頭が階段の中間まで下った頃、今まで聞いたことのない声がした。



「あァ? マジでなんじゃこりゃあ。どうにかしろよ」

「無茶言うなよ……。ユーカイとかじゃないんスか?」

「ンなわけねーだろ。片やアメリカ、片や日本だっつーの」

それらの会話に、まだこの世界に巻き込まれたやつらがいたのかと3年は目を丸くする。それはすぐ前にいる中村と若松も一緒だったが、それ以外の反応を見せた者もいた。
椥辻と伊月を半ば押し抜ける形で、ごめんと謝りながら赤司と氷室が駆け足で階段を降りていく。その様子に椥辻たちも訳が分からぬままとりあえずスピードをあげて廊下に降り立った。

そうして、未だ階段にいる俺たちの見えないところでいくつかの驚声が響く。


「虹村さん! 灰崎!!」「シュウッ!!」


「「は、───赤司!?」 と、タツヤじゃねーか!! 何で此処に!?」



漸く階段を降りきった俺たちは、先程まで鍵も見つからず終始スルーしていた部屋のドアがひとつ開いていたのを見る。それから、試合会場の客席から何度か目にした奴らの存在も、少し間近にしていた。

恐らく唯一知らない椥辻が隣に問いかける。

『……伊月くん、どちら様でしょう?』

「えーっと、……噂のバイオレンスコンビ……、かな」

『Oh、ばいおれんす……』

───その解説は一体どうなんだろう、伊月。