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アリウムの唄

爪先を逸らさずに進むんだ

階段を通るときは目の前と横の壁、そして天井に仕掛けがないか確認すること。飛び道具が飛んで来る可能性がある、という情報に思わず隣にいた氷室と顔を見合わせた。
対策として、先頭の俺は高尾が西洋甲冑から盗ってきた盾を頭に乗せながら進むことになる。

新しい階を探索する際は、調べ残しが無いように端から回ること。開かないところは鍵を偶々見つけた時に探すようにして、その部屋に固執しない方がタイムロスを防げる。
それから────、

『それぞれの部屋で、隠れられる場所……クローゼットとか、ベッドの下とかを必ず探しておいて、そこの部屋を覚えて下さい』

「もし化け物とか出てきたときは真っ先にそこに走って隠れるのがセオリーだよん」

椥辻と原の探索講座〜新フロア編〜を聴き終えた俺たちは、いよいよ新しい階へと繰り出すこととなった。
鷲の目を持つ俺とホラゲーに詳しい椥辻が並んで先頭を歩き、その後ろに陽泉、桐皇、海常、秀徳、洛山、霧崎第一が順につく。

2列7行の移動集団に『何だかRPGゲームみたい』と笑う椥辻は緊張感が無いというかなんというか。その雰囲気に助けられてる反面、いつも通りのその様子と隣を歩いて俺だけに聞こえる声を掛けてくれてる事実に俺は緊張しか持てない。


「特に仕掛けはなさそう、だな」

階段の前で一度止まり、目敏そうな赤司と原も交えて周囲を確認する。段差にスイッチがあると困るから、ここからは1列で俺が歩いたところと同じところを進んで行く。

『伊月くん、気を付けてね』

「あぁ、ありがとう。椥辻も絶対俺の後ろからはみ出ないでくれよな」

『後ろは任せて!』

そういうことじゃないんだけどなぁと苦笑いを溢しつつ、1段目を踏む。……うん、何もない。
踏み外しのないよう、真ん中ではなくて一番右端を選んで足を下ろしていく。

それから順当に無事すべての段差を上りきり、ふぅーと息を吐いた。上り終わった先は少しの空間と壁しかなく、道は逆さまのL字を描いて少し開けたところに進む。めっちゃ疲れる……。集中力を保てたのは後ろに彼女がいたからかな、なんて考える恥ずかしい思考を振り切りながら全員の安全を確認した。

全体的にここの廊下は下より細身で、L字の先には直ぐにドアが見える。【Taffy's Room】と書かれたプレート。試しに大坪さんがドアノブを回したけれど開かなかった。
その部屋の先は直ぐに壁だったけど右に曲がれて、そこからは二手に廊下が分かれてた。直進か、左に曲がるか。


「では、ここからはさっき言ったグループで探索を。部屋の探索はあくまで逃げ場を探すだけに留めて、とりあえずこの部屋の構造を掴みましょう。だいぶ疲れていると思いますので、時間は20分。それまでには全員、2階のあの部屋に戻ってください」

赤司の声で、二手に分かれている廊下へ何となく良い感じにばらける。

俺たち誠凛・陽泉グループはそのまま直進することになった。
基本的には右手に部屋があって、左手はガラス張りの壁が広がっていた。中にはたくさんの木々があって、蝶や鳥が飛んでいるのが確認できる。

『すごい! 中庭? 植物園? 美味しそう!』

椥辻がガラスに貼り付いて歓声をあげる。美味しそう、ってのは、ブドウが生っているのが見えたからだろう。確かに色々と慌ただしいから忘れてたけど、お腹すいたな。
入り口はこの廊下沿いには見当たらないが、この部屋に沿って道が左に伸びている。


福井さんの声かけで椥辻を列に戻し、右手に見えた1つ目のドアの前に立った。それを霧崎第一と海常・桐皇グループが抜かすのを視界の端に確認しつつ、椥辻と氷室の声を聞く。

『ここも名前のある部屋です』

「しかも【Banbury Cross】───本来なら貴婦人の石膏像があったであろう場所ですね」

「ま、その下にある窪みを見りゃあ何をするかは言わずもがなだろーけどな」

「なるほど、“馬の形” ですね」

ドアノブの斜め下、削られたみたいに凹んでる部分を見下ろして見当をつける。一応福井さんがドアノブを捻ってみたけど、やっぱり開かなかった。
とはいえ、生憎鍵を開けてまで部屋を探索する余裕を作ってない。つまるところ、誰もあのアイテムを持っていないわけだ。



桐皇・海常チームは俺たちの隣の部屋が開いていたらしく、そこに入ってしまった。霧崎第一はガラス張りに沿って曲がったようだ。

「突き当たりに部屋は無さそうですから、霧崎第一と同じ方に行きましょうか」

「だな」

氷室の提案した方向へ進む。左折して右手に現れた部屋を確認。【Tower of London】───ロンドンの塔、というよりロンドンタワーかな……? 聞いたことはあるが、どんなものなのかは知らない。タワー、つまり塔としてまず思い浮かぶのはビックベンだ。あれは国会議事堂として機能していたはずだけど、これは何だろう。
それにしても、2階とは違って屋敷の中にあるものとしてはへんてこな名前ばかりだな。

霧崎第一が入ったかは分からないから俺たちも中を見てみることになった。ドアノブを回したのは福井さんで、鍵がかかってないことを確認すると全員が見れるよう大きめに開いてくれる。


「うぉ、壁───いや、塀か?」

部屋は入口から左手に広がっていた。右側は壁だけで、目の前には冠を頭に乗せた王の肖像画が額縁に飾られている。
左側で目に入るのは福井さんの言葉通り石積みでできた塀……? で。高さは俺の肩下のあたりだけど、椥辻は塀の向こう側がギリギリ見えるか見えないかくらい。もちろん椥辻以外視界の利く俺たちは先に見えていたものに首を傾げる。

「ライオンと、ユニコーン?」

俺の呟きに、隣にいた椥辻が慌てて背伸びをする。塀に置かれた手とか踵をできる限りあげてる様子とかちょっとヤバいなかわい───「椥辻さん、真ん中は塀が途切れてるみたいだよ」───ッ。
くつくつと笑う氷室に肩を軽く叩かれた椥辻は少し照れながら不服そうに、けれど喜びも含めた表情で俺の隣を抜けて行ってしまう。

ああもう……、何をしてるんだ俺のバカ。人より視野が広いのが取り柄なくせに、全然それを生かして彼女の為に動けない。
椥辻の前だと得意のダジャレも全然出てこないし……。

誰にも気付かれないように反省して椥辻の方へ視線を向けたとき、その途中の石に不自然な丸い窪みを見つける。直径は指2本分くらいで、中には何も入っていない。試しに人差し指を入れてみれば第1関節くらいまですっぽり入った。なんだろう、何か入れるのかな?


「おい伊月、ちょっと近づいてみるべ」

「あ、はい。すみません」

福井さんに呼ばれてとりあえず塀から離れて塀の抜けている部分から奥へ進んでみる。
かなり大きめの2体の獣像が並んでいるのは、近くで見ると少し圧巻だった。銀製のそれは互いに向かい合っていて、ライオンは歯を剥き出しに、ユニコーンは得物である一角をライオンの首に突きつけている。

そして、その2体の前にはおじさんの首から上が乗った腰の高さまである台が置かれていた。

『あ。あの顔……、そこの肖像画にあった絵と同じ人じゃないですか?』

「本当だ」

椥辻の言葉にさっきの肖像画を思い出せば確かに一致する。頷いた俺に椥辻も今一度確信したみたいだ。
さっきの絵では王冠を被っていたから、ここはあの人の建てたもの、という設定なんだろうか。

「こいつらどうにかしねーと奥の部屋には入れねぇべな」

獣像たちの奥にはもうひとつ扉があるけど、福井さんの言うとおり近づくことすら出来ない。回りこんでみても殆どくっついてるくらいに扉と面しているから入り込める隙は無い。

「【The Medieval Palace】───中世の宮殿、でいいんでしょうか」

「もしくは旧式の、だっけか?」

相変わらずネイティブな発音と一緒に訳を教えてくれた氷室。受験を終えて東京の大学に進学を決めたらしい福井さんも付け加える。
塔のなかにある宮殿と言われても想像は難しく、椥辻と共にもう一度部屋を見渡す。

「隠れられるところは…無さそうだね」

『うん。ここまでないとなると、鬼ごっこシーンはないのかなぁ。そうだったら嬉しいけど……』

鬼ごっこ……。さらりと怖いシチュエーションを思い浮かべてるらしい椥辻。木吉やカントクからそういう類いのものが好きだと聞いていたけれど、本当に人は見かけによらないなぁ。

時間は探索を始めてから10分ほど経っていた。
最後にみんなで特に気になるものがないことを確認して、この部屋を出ることにする。

あ、しまった。あの穴のことみんなに言ってないや。

「すみません、そういえばさっき塀の上に不自然な穴……ってか窪み?を見つけたんです」

「窪み?」

『どこにあったの?』

「こっちです」

さっきの場所に誘導して、穴を指差す。福井さんや氷室は直ぐに反応したけど。
一番声をあげそうな彼女の音が聞こえなくて隣を見る。背伸びをして目下の塀を見てはいるけど、穴は死角らしく見えづらいようだった。……そっか、椥辻身長が足りないのか……。

「えっと、……椥辻見えない、よね」

『こんなのズルい』

「どうしよっか」

───「伊月くんが抱えてあげればいいんじゃないか?」

「え゙っ!?」

ひょっこり会話に入ってきた氷室の台詞に目を丸くする。抱えるって、……だ、だっこ、ってことだよ、な……いやムリでしょ!! だって────。

『そっ、それはさすがに申し訳ないよ!!』

ぶんぶんと手を横に振る椥辻を見下ろす。
俺たちとは全く違う身体つきだ。……筋肉は見当たらないし、「ってか、やるなら氷室オメーの方がいいんじゃねぇか?」……柔らかい、だろうな───って違う!!! 何考えちゃってんだ俺!! 「いや、伊月くんの方がいいと思いますよ? 椥辻さんにしてみれば俺は初対面ですし、」本当にもう最低こんなんじゃダジャレの神様にも見放されるよ!!!


ふと、俺の思考の外に広がっていた会話で氷室が一呼吸置いたのが気になり彼を見る。その瞬間、バッチリと目があってにっこり笑われた。

────「……伊月くん的にも、ね?」

「!?!?」

え、何それ何その笑顔。そして一瞬のウィンク。
バレてる? 俺の気持ちバレてるの?

ここで過る、日向の余計な一言。
「───もし次に会長と一緒になったら攻めてけよ」
なんでそう言われたかって、椥辻は緑間や木吉とだけじゃなく、まさかの花宮とか今吉さんとか宮地さんとか、挙げ句今日初めてのはずの黛さんとかと仲が良いから。

「大丈夫、椥辻さんくらいの人を持ち上げるのは鍛えてる俺たちにとってどうってことないよ。ね? 伊月くん」

「っいや、そりゃあそうだけど………!」

うかうかしてたら取られてしまうのは俺だって分かってることだ。
そう思い返せば、謎の氷室の後押しを逃すのはとても惜しくなってきた。こんなの、……最初で最後、にはしたくないのが本音だけどそうなるかもしれないし、何事にもきっかけは大事で───。

もう一度、椥辻を見下ろす。困ったような表情に心臓が煩くなった。
拒否のために氷室へ向けていた手のひらを、ゆっくり天井に向けて指先を椥辻の方に移動させる。

「……っお、俺は平気だから、その……椥辻さえ、良ければ、」

『ぅえっ!?』

「あ、いや!! 嫌なら全然いいから!!」

『あっ、違うの! い、嫌じゃないけどっ 「あーもうさっさと抱えろよ伊月ヘタレ。俺たちは外で待ってるからな」
え!?』

「は、いや、福井先輩!!」

俺たちの制止の声を無視して部屋を出ていってしまう陽泉勢。残された俺たちは目を合わせて、それから数秒沈黙を流す。

ヘタレって言われた。……これ、もしかしなくても福井さんにすらバレたんじゃないか……?

別の意味で冷や汗をかく俺の手。そこに突然、椥辻の手が重なる。肩を揺らす俺に『あ、ごめん! この手ってこうする用じゃなかった!?』と手を退けてしまう椥辻は、それから申し訳なさそうに俺を下から覗き込んだ。

『……その、……とても身勝手ですが、……やっぱりホラゲーファンとしては、窪みを見たいなって……』

「!」

『…………本当にいいの?』

「あ、はい!!」

『何で敬語? じゃあ……重いけど、宜しくお願いします』

クスクス笑ってからペコリと頭を下げる椥辻。これは夢なんじゃないかって思う。『後ろから一瞬持ち上げてくれればいいからね!』と、塀の前に立って俺に背中を向けられる。

「し、失礼、します」

『ふふ、失礼されます』

おそるおそる、少し膝を曲げた姿勢で腰のあたりに腕を回す。一瞬とはいえ、人を持ち上げるには上腕使わないと厳しい。
細いなとか、なんかいい匂いする、とか。瞬時に脳へ伝達される情報を慌てて振り落とす。密着してしまう俺の胸から椥辻の背中へ、この心臓の音が聞こえてしまわないことだけをひたすらに祈った。


あぁ、なんかもう、……死ぬのかな、俺。